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第44話 あの『おひねりちょーだい』ですか?

『若戸大橋封鎖出来ませぇん!』

「わかとおおはしふうさできましぇん!」


 朝から情けない声がパソコンから流れてくるのを聞きながら学ランのボタンをひとつずつかけていく。

 おろしたての制服に身を包み姿見の前に立つとそこにはなんとも初々しい新中学生の姿があった。

 変な感じだ…ついこの前まで小学生だったのに……

 ランドセルを背負えばまだ小学生。でも学ランと通学カバンを揃えればひとつ大人になったように見える。

 身だしなみというのは大事だな……その人の見え方を八割決めてしまう。


 ……そう、大体人なんてその人の顔とか見てない。まず服とか見る。

 お巡りさんに職質された時、まず見るのは顔じゃなくて制服だろう?制服見て「あ、お巡りさんだ逃げなきゃ」となる。

 ちなみにこの街、北桜路市ではお巡りさんの気分で職質が行われ場合によっては気分で前科がつくので逃げ切れるなら逃げるのが得策だ。

 まぁつまり誰も僕の顔なんてまじまじと見ないわけで……


「なのでこの眼鏡は必要ないよ、母さん」

「何言ってるの。あなた俳優なのよ?そんな格好で外に出たらすぐに人が群がってくるに決まってるわ……変装しな」

「……そんな格好とはご挨拶な…」

「今や小春の顔は全国に垂れ流しにされてるのよ?」


『若戸大橋封鎖するんだったら国土交通省と戸畑区と若松区と市と福岡県警と全日本国道財団と株式会社ネクロマンサーと洞海湾漁船組合に許可取ってください』

『そんなに!?』


 ネットで垂れ流されてるとある俳優が行政というものの融通の効かなさに驚愕している。

 何を隠そう、その男こそこの僕、雨宮小春なのである。


「……なんで小学生(撮影時)が若戸大橋封鎖したいのよ……」

「『子供大捜査線The・ムービー』だから…」


 最近はネットで映画が公開される。映画館要らずだ。近年流行ったゾンビウイルスのパンデミックの影響だろうか…?


 やはり眼鏡は嫌な僕が愛すべき母と格闘戦を繰り広げる中、僕のおニューの制服ズボンに鼻水が顔ごと擦り付けられた。

 その犯人は……


「ふうさできましぇん!」

「寧々《ねね》ちゃん♡上手だねぇ!寧々ちゃんもお兄ちゃんと同じで役者さんになれるよ!」

「できましぇん!」


 僕が9歳の夏、妹が産まれた…

 雨宮寧々、3歳。

 可愛い。以上。


「さぁ寧々、今日はお兄ちゃんの入学式よ。お兄ちゃんの映画はその辺にして、おめかししましょうね」

「できましぇん!」


 この僕に似たはっきりした目鼻立ち。イカスミを溶かしたような黒髪。新品のまな板にも勝るとも劣らない白い肌。


 僕には分かる。この子はいずれマリリン・モンローを超える……


「寧々は将来は公務員か政治家と結婚するのよ?お母さんを楽させてね?」

「できましぇん!」


 *******************


 --桜の街がピンク一色に埋め尽くされる。


 KKプロダクション所属、俳優、雨宮小春。12歳。今日から中学生。



 ドラマ『虚空』からデビューして約3年…

 僕は養成所を卒業し、そしてKKプロの役者としていくつかの仕事をこなしていった…



「きゃー!久しぶりー!」「なによ、小学校の卒業式であったじゃん」

「違う校区からも人がたくさん来てるね」「おいおい、どの娘がかわいい?」

「……なんか緊張するでゲス」「あそこに居るの……ヤンキーでゲス」


 ……しかし現実は入学式の開始を待つ教室の隅っこでこうして1人ぼっちだ。


『虚空』はそれなりにヒットし、その後芝原ききや希屋凛斗などの僕より知名度のある役者とも共演したけど……

 こうして教室の風景になってる僕が役者だと気づく者は1人も居ない。


 しかもだ。芸能活動にかまけて小学校を休みまくってたら気づいたら友達が霧散していた。


「……あの子たしか小学校同じだったよね?」「え?あぁ……話したことないけど」


 なんということだ……

 華の芸能人、しかし新生活に飛び込んだ今の僕は悲しき陰の者--


「おい、コラァ」


 しかもだ。


「ちょっと面、貸せや」


 中1にして金色のフランスパンを頭に乗せたヤンキーに絡まれるという緊急事態。


「……いや、あの、僕アンパンマンじゃないんで……」




 --桜吹雪の中で赤い雫が飛び散る。

 日の当たらない校舎裏、血飛沫が舞う惨劇のきっかけは「おめー金出せや」のヤンキーの一言だった。


「ぐはぁっ!!」

「えっ!?」「まじかよ…嘘だって言ってくれよ!!こんなモヤシ野郎によォ!?」

「……モヤシとは失礼な……僕は彼岸神楽流八段、雨宮小春だよ?」


 あの雨宮小春ですよ?あの!あの!!


「ヒ、ヒガンカグラだぁ?ふざけんな…俺はあの永谷ながたに兄弟の次男、その様だぞ!!」

「永谷兄弟……知らないなぁ」

「アホかコイツ!!」「今ここらをシメてるやべー兄弟だよ!てめぇ!殺される前に謝れ!」


 しかし今鼻血を垂らしているのはその永谷兄弟の弟だよ?


「そんなことより、僕のこと知らないの?僕に怪我させたら大変だよ?損害賠償だよ?ほら、見覚えがあるだろう?」

「てめーなんか知らねえよ!!」

「……」

「おらぁぁっ!!くたばれ!!メリケンストラ--」

「彼岸神楽流、千葉柳せんはやなぎ


 ズドドドドドドドドドドッ!!!!


「うんぎゃぁーーーっ!!」

「うわぁぁっ!?」「そっ!園ちゃぁぁぁぁぁんっ!!」


 *******************


『……もしもし?芝原だけど…』


 華々しい中学デビューを飾った僕、雨宮小春の下に1本の電話がかかってきた。

 それは地面に散った桜の花弁を踏み散らかして歩く、勝利の凱旋の最中だった。


 そう!雨宮小春は中学にあがって携帯電話を手に入れていた!!


「きゃああっー!?」「おっ!おい!!なんで血まみれなんだアイツ!!」「ひぃぃっ!人殺しぃぃっ!!」


「お久しぶりですききさん。またゴンズイ釣り、行きましょう」

『……うん。今日から中学生だっけ?おめでとう。どういたしまして……ところで最近見ないけど今暇?』


 業界人の言う「最近見ないけど」とは「お前仕事ねーのか?」っていう意味です。


 そう、雨宮小春はここ半年くらいまともな仕事がなかった。

 ドラマ『虚空』で華々しくデビューしそれなりの評価を得て、そして徐々に右肩下がりに降り続ける男、それが僕だった。


 そんな僕にも交流はある。

 それがドラマ『虚空』で共演した劇団『ゴクドウ』の芝原きき…その後も何度か仕事を貰った。


 そしてこのニュアンス、間違いなく仕事だっ!


「暇ですね。とても……」

『実は私が主演の映画なんだけど役者が決まってないのがあるんだけど……』

「映画……」


 ……映画か。

 映画作品には何回か出た。「子供大捜査線」もそのひとつだけど…

 映画撮影は長期に渡るからな…拘束時間も長い。なんの映画かは知らないけど、中学に進級したばかりの今は…………


『うん、主演が私と『おひねりちょーだい』の橋本圭介君と早川大地君……でね、アニメが原作の--』

「はっ!橋本圭介!?!?」


 その瞬間、僕は人目も憚らず声を張り上げていた。

 なんせその名前を僕は深く、深く頭に刻み込んでいたから……


「じ!事務所に聞いてみますっ!!」

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