第42話「お前なんなん?『働く真紀奈さん』」参照
吹き飛ぶ雨宮小春、小3、9歳。
対するは八極拳の達人、そして謎の因縁を吹っかけてきたノア・アヴリーヌさん。
『大武連闘技会!いよいよ最終決戦だァッ!!』
『うぉぉーーーっ!!』
大歓声が震わせる闘技場でお腹が爆発した僕は無様に、砂まみれになりながら地面を転げ回る。
--優勝賞金1000万円を賭けた武術大会。
慰謝料を払えず怪物に殺されるかここで拳法家に殺されるかの究極まで追い詰められているのが、僕である。
数多の屍を踏み越えて--
闘技場に立つは2人。
彼岸神楽流、雨宮小春。八極拳、ノア・アヴリーヌ。
最終決戦。
「…こっ小春……っ!」
無様を晒す弟子に怒りの声を震わせるセコンドにして師匠、彼岸神楽師範の前で僕は血を吐きながら立ち上がる。
低い位置で拳を構えたままのノア・アヴリーヌがそんな僕を悠然と待ち構えていた。
先手を取ったのはこの麗しき拳法家。
しかしこの雨宮、このままやられたままでいる訳にもいかない。
刀を握る手に力を込め直す。
「……はぁ、はぁ…流石……派遣社員の殺し屋……でも、僕にはここで負ける訳にはいかない理由があるっ!」
「……」
「--彼岸神楽流」
彼岸神楽流『爆心活経』。極限まで高めた心肺機能により身体能力を底上げする。今僕が発動しているのはその上『昇』。
極限を超えた極限--振り絞る全力から奥義を繰り出した。
「奥義!毛根死滅--」
「ハァッ!」
速いっ!?
僕が刀を振り抜くより先にノア・アヴリーヌ、再び僕の懐に滑り込み拳を叩き込む。
今度は三連打!僕の体が宙に飛ぶ。
「小春ーっ!!」
『おぉーーっと!?ノア選手渾身の殴打が炸裂!坊やにはキツいかっ!?』
「決まった!?」「終わりだ!」「死んだぞ!!」「ポチョムキン!!」
師範、司会、観客がそれぞれ声をあげる中、僕は血を吐きながら冷静に空中でノア・アヴリーヌを捉えていた。
「毛根死滅剣っ!!」
「ナッ!?」
飛ぶ斬撃--それはロロノア・ゾロの十八番ではない。我が彼岸神楽流では五段以上を取るには斬撃を飛ばせなければならないのだ。
空中から放つ毛根死滅剣。毛髪を毛根ごと消滅させる僕のこの悲劇が始まった元凶の技。
髪の毛が生えていればその一撃はルックス的に致命的なダメージを与える事必至。
が、達人拳法家はその斬撃を躱してみせた。
空気を切り裂き飛ぶ斬撃と入れ替わるように跳躍するノア・アヴリーヌ。
跳躍……そう、空中の僕に向かって飛んだ。
僕らが空中で、地面から足を離して対峙する。
八極拳は震脚(足を地面に激しく踏み落とす動作)からの体重移動によりその強烈な破壊力を生む。
つまり、地面という支えがなければその真価は発揮されない。
--彼岸神楽流はいかなる時、場でも最大限の力を発揮する。
「彼岸神楽流--」
「ッ!?」
僕は大きく空中で体を回転させる。
彼岸神楽流は空中でも筋肉による肉体の捻りにより爆発的な攻撃力を生む。
ノア・アヴリーヌが拳を打ち出す。
が、僕はその攻撃すら巻き込むように斬撃を回す。
「風車弍式!!」
「キャァァァァァッ!!」
ちなみに壱式は普通に地上で回転して切り刻む。参式は横回転。
この弍式は空中での縦回転。
肆式は飛ぶ回転斬撃。未習得。
まあとにかく空中での一撃はノア・アヴリーヌを斬り裂いたんですよ。えぇ。
「よくやりましたっ!小春っ!!それでいいのですっ!!」
師範からのお褒めの一言。観客の大歓声。
ノア・アヴリーヌは地面に墜落した。
その前に砂埃をあげながら着地する僕。
真剣での一太刀。勝負ありだ。確実に斬り裂いた。
……だが。
「--ナルホド、コノ若サデコノ強サ…」
「……っ!」
「彼岸ノ門下ナダケアリマス」
彼女は立ち上がった。
その紺碧の瞳の奥に紅より熱い蒼の炎を滾らせて……
「私モ、負ケラレナイ……私ニハ、約束ガアル……」
その目には揺るぎない信念があった。
僕は気付く。観客席から一際熱い視線を向ける1人の外人の男の姿に……
「…………Believe」
ブラッド・ピットというよりはレオナルド・ディカプリオ似のナイスガイの呟きに一瞬振り向いたノア・アヴリーヌは力強く頷いた。
「私ガ彼ノ……ボンジョリーヌノ、クレカヲ復活サセルノデス……賞金デ……ッ」
「……あなたも金か」
そんな男やめとけ。
「ハァァッ!!」
ノア・アヴリーヌ、決意の踏み込み。その一歩は斬撃のダメージを感じさせない。
が、直線的だ。速いけど、もう慣れた。
「彼岸神楽流と戦うにはまだ早かったですね」
剣を振り上げる。彼岸神楽流の真髄「死に際の集中力」で超速のノア・アヴリーヌを捉える。
--ここだっ!!
『おーーっほっほっ!!賞金頂きですわーーっ!!』
この一撃で終わり。勝利の確信に城ヶ崎麗子の生霊も思わず高笑いをあげる。いや、いつもである。
これでようやく城ヶ崎麗子に慰謝料を払え--
「ホザクナッ!!」
「っ!?」
が、ノア・アヴリーヌは止まった。
僕の目の前まで滑り込んで来るかと思ったら、その前で--剣の間合いの外で止まったのだ。
「青二才ッ!!」
そこから放たれるのは空気を叩く八極拳。
そしてなんとその一打は--
「ぐはっ!?」
離れた僕の顔面を激しく撃ち抜いたのだ!
意外と口が悪くてびっくりする僕へノア・アヴリーヌの追撃。
まさかあっちも攻撃を飛ばしてくるなんて…この世界の武術はどうなってんだなんて思ってたら息をする間もなく猛連打が叩き込まれる!
『ラッシュだァーーっ!!ここに来てノア・アヴリーヌ、奥の手を使い決めに来たァ!!』
『おほほっ!?おほーーっ!?』
痛だだだだっ!?死ぬ!?
彼氏のクレカの為に命を燃やすノア・アヴリーヌの嵐のような猛攻!
連撃が止まらない!
「死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネッ!!」
「ぐはっ!?おぶっ!?ぶげげっ!?ごげげげげっ!?」
まずい!テレビのカメラも来てるのに役者の僕がこんな不細工な殴られ面を晒したらっ!
いや!それよりヤバい!!これは死ぬっ!!
『爆心活経・昇』による肉体強化のキャパを超えたダメージに全身が悲鳴をあげる。
このままではノア・アヴリーヌの殺意に呑まれる!
「小春ぅぅーーっ!!」
さっきから叫ぶしかしてない無能なセコンドの声が遠のいていく……
その場に踏ん張る事も出来なくなり膝が砂の中に落ちていく。
上から容赦なく叩きまくるノア・アヴリーヌは小学生にも遠慮なし。流石は殺し屋である。
「ハァァァーーーーッ!!!!」
ヤバい……死…………
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--それはよく晴れた日だった。
初めてあの人と出会った日--
お小遣いを握りしめて向かったいつものハンバーガーショップには、たくさんのお客さんが行列を作ってて……
「彼氏とか居るの?」
「連絡先教えてよ。俺ヒロって言うんだ…そこの飲み屋街でホストしててさー…」
「歳いくつ?どこ住んでんの?」
「撮るよ!はいチーズっ!」
思えばあの時からあの人はスターだった。
いつもは全然混んでないお店なのにその日は沢山の男性客がレジの前に群がって、小さな僕の姿は人垣に紛れてきっと、誰の視界にも入らなかったと思う。
「来てくれてありがとう。何にする?」
--でも、あの人は僕を見つけてくれたんだっけ。
最高の笑顔で僕に微笑みかけてくれるあの人の声に、笑顔に、その優しさに--
僕の心は撃ち抜かれていたんだ。
僕があの人--日比谷真紀奈を見つけたんじない。
日比谷真紀奈が僕を見つけてくれたんだ。
それが僕とあの人の『約束』の始まり……
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おっと……走馬灯かな?
気づけば僕の視界は青空を仰いでた。
日比谷真紀奈と初めて会った日の空と…そして日比谷真紀奈と最後に会った日の空と同じ青空だ。
僕は倒れていた。
『ついに倒れたァ!雨宮小春!!もはや絶望的!!これは決定的かァ!?』
きっと僕は致命的なダメージを負ってる。
もう動けそうもない。
そんな僕をノア・アヴリーヌが勝利を疑わない瞳で見下ろしている…
……ここまでか。
きっと僕はお金を用意出来なくて宇佐川結愛に殺されるんだろう……
それ以前に僕はここから生きて帰れるのかな?
日比谷真紀奈との約束を果たす為に目指した芸能界だけど……どうやらここまでらしい。
芸能界で成り上がるはずなのになぜかこんな所で血だるまになってる僕にノア・アヴリーヌがトドメの拳を振り上げた。
……終わる。
…………終わる?
………………終わる?
--日比谷真紀奈との約束は?
僕は--あの人に会うんだ。
『--また来てね?』
約束したんだから……
『……じゃあ、大きくなったらね?でも、かっこ悪かったら好きにならないからね?』
「……かっこよくなるもん」
まだ、かっこよくなってない。
このまま終わったら、かっこ悪い。
振り下ろされる拳を前に僕は最後にもう少し悪あがきをしてみようと思った。
「トドメ--」
「彼岸神楽流……」
「ッ!?」
ボロ雑巾同然の小学生相手にノア・アヴリーヌ、野生の勘で危機を察知。振り下ろしかけた拳を止めた。
そのまま独特のステップを踏んで距離を取った。
しかし開いた距離もお互い攻撃を飛ばせる者同士の戦いでは意味をなさない。
僕は何とか背中を地面から離し刀を構えた。
彼女のタフさは僕の斬撃を食らってもまともに動ける程だ。並の奥義では勝てない。
それに僕の体はもう、自分の攻撃のインパクトにすら耐えられないだろうから、一撃の下に吹き飛ばさないといけない。
「……小春、最後です…」
師範が呟き息を飲む。セコンドのくせにこの土壇場、全てを僕に丸投げしてヤムチャに徹する。鴨川会長を見習ってほしい。
広範囲を、高火力で一撃の下--
やはりここは……アレだろう。
朦朧とする思考の中で自然と導き出される選択に僕は最後の『爆心活経』を発動した。
ノア・アヴリーヌ、発火。
爆発的加速で、もはや僕の反射速度を置き去りにして、彼女はスタートを切った!
「雨宮小春ッ!!終ワリデスッ!!」
--僕はかつて師範が使ったあの技を頭の中で思い出す。
それこそ、我が彼岸神楽流の代名詞的な…アレである。
しかし僕はまだ“燃やした”事がない。
ぶっつけ本番……いけるか?
斬撃を飛ばす筋力を集中させ、身を包む空気を意識し、切っ先を地面スレスレまで下ろし……
もはやノア・アヴリーヌを捉えられていなかった。位置もタイミングも、今の僕には捉えられない。
それら全てを度外視し、全てを焼き払う一太刀を--
「彼岸神楽流……」
「ッ!?」
目の前でノア・アヴリーヌの息を呑む声が聞こえた。
僕は全力で、全身で刀を振るう--
地面と空気に擦り付けた刀は摩擦で赤く発光し、やがて熱を帯びた白銀は発火した。
「奥義、炎斬っ!!」
雨宮小春渾身の奥義は闘技場の全てを焼き払う斬撃となり、全てを呑み込んでいた……




