第40話 挨拶を忘れてはいけない
『第123回大武連闘技会!白熱して参りました!!』
古代ローマのコロシアムを彷彿とさせる地獄絵図の中で返り血を浴びるのは彼岸神楽流五段、雨宮小春9歳。もうすぐお兄ちゃんになる日比谷教の教祖でもある。そしてドラマ『虚空』に出演する役者だ。
結局お前は何者なんだというご意見を日比谷教のホームページに頂く昨今、僕は戦っていた。
ドラマ『虚空』撮影を巡る心霊騒ぎ。
それによって生じたゴタゴタにより僕は605万円の支払いを命じられていた。
小3にして金の工面に奔走する新年、僕は賞金1000万円を狙ってこの中国の地で数多の武術家としのぎを削る…
憧れの日比谷真紀奈にカッコイイ姿を見せるんだ。いつか…その日の為にっ!!
今日も僕は剣を振るいます。
「--彼岸神楽流、双竜の理」
「うぎゃっ!!」「やーらーれーたーっ!!」
この日初めて人を斬った僕ですが、1度斬ってしまえばもう吹っ切れるもので、彼岸神楽師範の下で学んだ剣技を遺憾無く振るいます。
暴力の嵐と化す闘技場で煌めく銀閃--
「いいですよ小春っ!!その調子ですっ!!彼岸神楽流の真髄を捉えていますっ!!」
師範からの激励を受けつつ僕はライバル達を斬り伏せていく……
その中で一際大きな殺気が僕を叩いた。
『破竹の勢いで血飛沫を上げるダークホース!今大会初出場にして最年少のサムライ雨宮小春の前に!ジャパンの闘神、古武士拳士が立ち塞がったァァっ!!』
『うぉぉぉーーーっ!!』
格闘技大会には不可欠のハイテンションな実況が僕の前に立ち塞がった猛者の名前を上げる。
大日本空手--古武士拳士。
なんか3メートルくらいありそうな巨体のカイリキーみたいな男が僕を睨みつけていた。
…来たか。
ここまで雑魚を蹴散らしてきたけど、時間と共にそれらは間引かれ、やがて強者と強者がぶつかる事になる。
僕の前に最初に立ち塞がったのは同郷の拳士だった…
「……お前があの彼岸流から派生したという彼岸神楽流の代表か」
「初めまして、雨宮小春と申します。ドラマ『虚空』に出てますのでよろしくお願いします」
相手が誰でも礼儀正しくしなければならない。
「お前のような子供をこの大会に寄越すとは…彼岸流も落ちたものだ。是非、あの彼岸三途と戦いたかったものだが……」
「僕は彼岸神楽流です」
「迷いない太刀筋……思い切りは評価するがまだ剣筋にブレがあるな……まぁいい。お前を潰せば彼岸流にも俺の名が轟くというもの……」
「すみません彼岸流と彼岸神楽流は完全に別流派なんですよ……」
勘違いしたまま男は拳を構えた。中段で。
瞬間爆発する男のオーラ……
「いいですよ小春!!体のでかい相手は噛ませ犬と相場が決まっています!!」
何やら師範が失礼をこいてるが……
生憎負ける訳にはいかない。
僕は金が必要なんだ。金が手に入らないとお前よりずっとおっかない魔人に殺される…
雨宮小春、参る。
僕が剣を上段に構えた時、空手家は勢いよくダッシュを切った!
「我が拳の真髄骨身に刻め!!これが大--」
「彼岸神楽流奥義、内阿柄!」
ズバーーーーンッ!!
彼岸神楽流奥義のひとつ、内阿柄。上段からの構えから唐竹割りに相手を叩き割る。その落ちる斬撃の威力は正にナイアガラの滝の激流の如し……
彼岸神楽流の中では珍しい水属性の攻撃です。
「うぎゃあああああっ!!」
情けない悲鳴をあげながら拳の皮すら触れる事叶わず古武士拳士、撃沈。
この程度であればKKプロの教官と同レベル。黒蝶の鞭を見切った僕の敵では無い。
「うぐぐ……(コクッ)」
「……命までは取りません」
優勝候補の大物選手を潰した事で観客のボルテージが上がる。
それと共に闘技場内の猛者達が一斉にこちらにターゲットを定めた。
「やっちまえぇっ!!」「うぉぉっ!!」「ほぁちゃぁぁっ!!」
「どうも初めまして、KKプロダクションの雨宮小春と申します」
ズバッ!!
「よろしくお願いします」「うぎゃっ!?」
ズバッ!!
「応援してください」「ぎゃっ!?」
ズバッ!!
「お仕事ください」「ぐげっー!?」
ズバッ!!
「こんにちは」「かはっ!?」
「おぉ……すれ違い様に斬り捨てていく…あれは彼岸神楽流、愛殺廻り…まだ私は小春には教えてませんでしたが……兄弟子の誰かが伝授しましたね」
師範の解説を聞きながら次々襲いかかってくる猛者達を斬り伏せていく僕の背後にその時、微かな寒気が走る。
殺気に塗れた闘技場、敵意に紛れ背後を取るのは難しくはない。
しかしその拳は触れるまで全く僕に気取られる事なく……
ズバッといかれました。痛い。
「こっ!小春っ!!なんてザマですか!!」
小3に容赦ないスパルタ師匠の怒号とズバッといかれた小3の姿にさらにボルテージを上げる鬼畜な観客達の騒がしさの中に溶けるようにその男は消えた。
僕はこの拳を知っている。
「……彼岸神楽流、爆心活経」
過去のトラウマを思い返し、傷口の止血の為に彼岸神楽流の奥義を発動。血流の加速による身体能力の強化と同時に背筋を強化し無理矢理傷口を塞ぐ。
「止まったぞ!!」「くたばれ!!」「アバダケタブラ!!」
小3をリンチにかけようとする鬼畜戦士達が僕の爆心活経の隙を突いて飛びかかってくる。
が……彼らの凶牙が僕に触れるより先にまるでかまいたちに襲われたみたいに見えない斬撃が彼らを斬り裂いた。
「ぐわーーっ!」「やーらーれーたー!」「クルーシオ!!」
バタバタ倒れていく猛者達の姿に他の武術家が円を広げるように僕から距離を取る。
誰も攻撃者の姿を捉えられていない。彼らは僕が見えない程のスピードで彼らを倒したように錯覚する。
しかし……
「--研ぎ澄まされた今の僕にかかれば…それに僕はこの拳法を知ってる」
まるで蜘蛛の巣のように周りに張り巡らされた意識の糸にその音無き暗殺拳がかかる。
「水月下っ!!乱!!」
「なにぃっ!?」
背後を取った暗殺者の足下に斬撃を這わせる。彼岸神楽流奥義『水月下』。地を這う斬撃は何人にも回避の隙を与えず機動力を奪う。
…はずだけどジャンプで避けられた。しかも手数を増やした乱、でだ。
着地を華麗にキメるその男は両手に鉤爪を装着した凶暴な顔の男…頭の上にジャイ子みたいなベレー帽を被ってる。
「…『なんと!?無音拳』のヤ・ンデレさん」
「いかにも、たこにも、きくらげにも」
『おおっと!不可解なかまいたちはヤ・ンデレの仕業だった!サムライと暗殺者が向かい合ったァ!!』
『うぉぉぉぉーーっ!!』
「……『なんと!?無音拳』…極限まで気配を消してからの奇襲を十八番とする『なんと!?108派』の暗殺拳…」
師範が解説してくれたのでもうみんな思い出しただろう?
そう、我がKKプロダクショングループ芸能養成所、俳優コースセカンドステージ教官、カー・ネルの使う暗殺拳である。
僕も俺の名前は風見大和bot君や小鳥遊夢女史と共に幾度と暗闇で切り裂かれた…
今から思い返してもあのレッスンもとい虐待になんの意味があったのか…分からない。
「…その答えをここで出す」
「何やら気合いが入っているようだけど…このわたくしの奇襲に反撃できたのはまぐれ…マーガリンを塗った食パンを落とした時マーガリンを塗った面が床に触れない位の確率よ?」
「あ、すみません遅れました。俳優の雨宮小春です。よろしくお願いします」
「あ、ども…」
「--水月下!翔!!」
彼岸神楽流五段。その資格は『飛ぶ斬撃』の習得を条件とする。
水月下、翔は水月下を飛ばす技だ。我が流派においても『翔』はかなりの高等技…
「危ないっ!!」
…しかしこの男、挨拶に混ぜ込んだ奇襲をまたしても回避。
「小春!気をつけるのです!!この男は強い!!人造人間編の17、18号クラスです!!」
それは強い。ベジータでは勝てない。
「気づいたところでもう遅い!!貴様の技は全て見切った!!」
高速のフットワークを魅せるヤ・ンデレ。それでも吹き飛ばないベレー帽の執念とついでにそのスピードに驚きながらも、僕は冷静だった。
僕はカー・ネル教官から沢山『なんと!?無音拳』を食らってるんだ…
『なんと!?無音拳』は無音の奇襲攻撃を暗闇から繰り出すのが得意技…相手の視界にすら入らず、気づいた時には相手を屠り去るのだ。
しかしここは昼の屋外の闘技場。
開けた空からはお天道様が覗いている…『なんと!?無音拳』を使うには好条件とは言えない。
故にヤ・ンデレは人混みに紛れた。
極限まで気配と音を消し、揉み合う武術家達の人垣に消え、その機会を伺う…
わざわざ相手の視界から消える…確実に背後を取る。
ならば…後はタイミング。
極限まで集中した僕の鼓膜はその気配を逃さない!
「勝った!死ねぇぇいっ!!」
この手の相手はなぜか背後を取ったのに叫びながら襲いかかってくる。お約束だ。
約束は守られた。
「--毛根死滅剣っ!!」
「なにっ!?」
なにっ!?ではない。お前はカー・ネル教官の足下にも及ばない。
僕の放つ彼岸神楽流奥義その77、毛根死滅剣が飛ぶ斬撃となりヤ・ンデレを襲う!!
『おーっほっほっ!!トラウマですわーーっ!!』
まだ消えぬ生霊からの抗議の高笑いを聴きながら僕は勝利を確信…した。
「ぐわぁぁっ!!」
断末魔と共に吹き飛ぶヤ・ンデレのベレー帽。
そして…
『おぉーーっと!?これはっ!?』
「…なっ!!」
実況と師範が同時に息を呑む……
その先には…吹き飛んだベレー帽の下で燦然と輝く……
……ハゲ頭があったから。
「…も、元から毛根死滅……だって…!?」




