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第387話 娘だけは許してください…私がお相手します

 撮影終了。今日はいつもよりスケジュールが押した。それも無邪気な幼女が原因故、誰も不満を口にすること無く解散する。



「雨宮さん」


 谷女史の車に乗り込もうとする僕を呼び止める声が背後から飛んできた。


「僕が雨宮小春ですが?」

「存じ上げております」


 そこにはくーすか眠る幼女を背負った一人の母親が立っていた。


「本仮屋ちいの母親兼マネージャーの本仮屋です」

「存じ上げておりますが?」


 何用だろう?僕は今忙しい。チラチラとスマホの画面を注視する様子に奥さんも察したようだ。


「すみませんお忙しいところを…ただお礼をと思いまして」


 若奥様からの「お礼」…とな?


「谷さん、先に帰っているんだ。後、明日の朝は少し遅れるから」

「気持ち悪いです、小春」

「奥さん。お礼を言われるようなことをしましたかな?」


「奥さん……」と繰り返す何故か奥さん呼びが気に食わない様子の奥さん。しかし何かに恩を感じている奥さんはそれをグッと呑み込んで改めて「今日はありがとうございました」と頭を下げた。

 母親の背中が丸まり、背負われた幼子がむにゃ…と目を逆さかまぼこ状に開く。が、すぐに夢の中だ。


「今日、ちいの事を手助けして頂いて…」

「ああ、その事……とんでもない。人格者兼聖人として当然の事をしたまでです」

「……はぁ(やっぱりこの人、変)」

「娘さんはいい役者さんですね」


 なんか顔が微妙に引きつっておられる奥さんに笑いかけるが、誇らしき愛娘への賞賛を受け奥さんはあんまり嬉しそうな顔ではない。

 曖昧な声音で「ありがとうございます」と繰り返した。


 そして背中からずり落ちそうな娘を背負い直しながら提案する。


「今度何かお礼をさせてください」

「ほう……お礼とな……」

「…………ヒッ」


 なぜだ?いかに僕が四股俳優とはいえだ。ちょっと女性の「お礼」という言葉に反応しただけで「ヒッ」はないだろう?



 ブォォンッ!!



 流れ落ちかける瞳の雫を吹き飛ばしたのは豪快なエンジン音だった。

 無論、普通にエンジンをかけただけでこんな

 派手な音と排気ガスは出ない。この勇ましい音は谷女史の愛車の最後の気合い…いや、断末魔か。

 ボンネットからは既に煙が出ていた。

 何故なら今日、この車に乗ってきたからだ。谷女史の運転で。

 谷女史の運転で。


「帰りますよ、小春。この後Y〇utubeチャンネルの撮影です」


 Y〇utubeチャンネルとはあの…僕がカメラの前で全身黒タイツになってひたすら回転するだけのあのチャンネルの事か?


 なんか液体が垂れ流されている車と「では」と頭を下げて駐車場の方へ向かっていく奥さん。


 僕はすぐに奥さんの背後を取った。


「奥さん……」

「……っ!!」


 僕はねっとりと話しかける。


「今度と言わず今、お礼を頂きましょうか…」

「…………(ガタガタ)」


「……乗らないんですか?小春」





 乗るわけねーだろっ!!


 てなわけで谷女史は空の後部座席を連れて帰った。道中黒焦げになるであろう谷女史に合唱。もう飽きたのだ。谷女史の車爆発ショーは。


 僕は本仮屋ちいとママさんマネージャーの乗る車で帰路に着く。


 運転席でハンドルを握る奥さんが助手席の僕を怯えた目で見ていた。


「……あの、どちらまでお送りすれば…」


 ……ちょうど夕飯時か…

 先日家賃を滞納したので金がない。なぜなら、滞納するくらい金がないからだ。


「……やはり純金ルービックキューブなんて買うんじゃなかったな」

「え?」

「いえこちらの話です…そうですね。このまま送ってもらってもいいんですが……」


 後部座席ですやすや眠る幼女をダシに使う。


「ちいちゃんともう少し仲良くなりたいので…」

「……む、娘と……あの…」

「奥さん、今晩の献立は?」

「……(フルフル)わ、私はどうなっても構いません…でも娘だけは…………っ」


 ?


 ********************


 本仮屋宅は埼玉の普通のマンションの一室だった。

 今晩はビーフカレーだそうだ。


 余程疲れたのだろう。家に着いても起きない本仮屋ちい女史を抱っこした奥さんと共に入室。

 リビングには子供のおもちゃが散乱している。実に生活感のあるお宅だ。


 奥さんに気を遣わせない為に僕はすぐにリビングのソファに腰を下ろす。


「……まずは…」

「……シャワーだけ……浴びさせてください」


 なぜ震える?なぜシャワーだ?奥さん。


「……まずはお茶を頂きたいですね」




 ビーフカレーは煮込むのに一時間程かかるのだとか。空腹を抱えた雨宮少年、衝撃にひっくり返る。

 ぷりぷりしだした僕の様子に「え?本当にご飯食べに来ただけなんですか?」と何故か枕元にティッシュ箱を用意していた奥さんも衝撃でひっくり返る。

「四股俳優なのに!?」の一言は一生忘れない。


 本仮屋女史は起きる気配がないので寝室に直行になった。

 そしてビーフカレーが出来るまで暇なので僕は奥さんとおしゃべりでもするかという流れ。


 ……ちなみにこの間ずっと双子探偵からの連絡を待っているけど何もなし。


「噴ッ(怒)」

「……(汗)」


 怒り狂う雨宮小春、リビングにてハーブティーを啜る。


「いやぁ…誤解が解けて何よりですな(怒)」

「誤解……なんの事でしょう?(汗)」

「もう遅い(怒)」

「それはそうと雨宮さん……あの……今日の撮影の件なんですけど…どうやってちいの感情作りを上手くいかせたんですか?あの子ったら、将来が不安……間違えた。お恥ずかしい話、雨宮さんとの撮影にすっかり浮かれちゃってて…」


 僕との撮影に終始ニヤケ面だった本仮屋女史。

 彼女のわくわく顔を場面にあった不安と恐怖顔に変えた僕の手腕を聞きたいと……


「なに、簡単なことですよ」

「簡単なこと?」

「感情を作るにあたって一番簡単なのはシーンに最も近い感情を実際に湧き起こす事。演じる必要がなくなりますから」

「どうやって……?」

「身の上話をしただけです。僕がなぜ、四股俳優と呼ばれるようになったのか…つまり、四股俳優がいかにして四股を成し遂げたのか。四股俳優のお股事情……それを生々しくね」


 ハーブティーが飛んできた。


「わっ!私の娘になんて事吹き込んでるんですかっ!」

「……ご心配なく。最初に「このお話はフィクションです。実在する人物、団体とは一切関係ありません」と付け加えておきました」

「ご心配だわっ!娘はまだ5歳ですよ!?」

「だからこそ衝撃的だったでしょう…僕と四人の女達との密なる夜……追体験するかのようなリアリティある語り口により、彼女は未知なるものに触れたのです。ショックも大きかったでしょうが、それでこそ意味が--」


 花瓶が飛んできた。


「……奥さん、奥さんにだけ真実を話しましょう。僕の四股はマジでフィクションです。なのでご心配なく」

「私の娘によくもそんな汚らわしい話を……道理であなたを見る目が変わったわけです!目の前の男がケダモノだと知った女性の恐怖心を利用するなんて……っ!」


 発狂する母。


「お静かに……娘さんが起きますよ?」

「やめてっ!汚らわしいっ!!ああっ!やっぱり…ちいをこんな世界に送り出したくはなかった…!だから役者なんて……っ!!」


 ダイニングテーブルで頭を割り始めた奥さん。

 カレー鍋はまだ完成を知らせる様子はない。どうやら身の上話をする上でおあつらえ向きな時間はあるようだ。


「……奥さんは娘さんの芸能活動には反対なんですか?」

「奥さんって呼ばないでくれます!?(怒)」

「……奥さん……落ち着いて……」


 気になっている事がある。

 それは本仮屋ちいの顔の傷。

 役者は人前に出る仕事。幼い彼女に傷跡を晒す事への抵抗感はないかもしれない。しかし、母親はどうだろう?


 この際踏み込んでみることにした。暇なので。

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