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第382話 銀幕の女王からの宣戦布告

 クランクイン初日--

 映画『若人達』の初日は無事終わった。今回は心霊も脅迫事件も演者のわがままもなさそうなので安心した。


 成人組は焼肉の後呑みに繰り出し解散になる。僕ら未成年ピチピチ組は陸に打ち上がった魚の如くピチピチしながら帰路に着く。


 僕はらいむと連れ立って帰宅する。

 銀幕の女王という肩書きがある小鳥遊らいむではあるが、夜に四股俳優と出歩く事に全く躊躇がない。


 僕の名前は雨宮小春--

 世界を震撼させる四股俳優である。



「腹減った、牛丼食べに行こう」


 驚異的な代謝のなせる技か…僕の焼肉を散々食い散らかしておいてまだ腹が減ったとほざくウエスト47センチらいむ女史。

 僕はキムチとサンチュだけでお腹いっぱいだと言うのに…


「らいむ、明日も学校があるんでしょ?真っ直ぐ帰りなよ」

「そういう小春はお腹空いてないの?結局肉一枚も食べられなかった小春君」


 言うじゃないか……


「……大盛りはダメだよ?」





 夜の牛丼屋。補導ギリギリの時間。らいむの前には大盛りつゆだく。しかもサラダと味噌汁までセットだった。

 僕はカルビ定食を注文した。


「そう言えば今日谷は?」


 谷とは僕の愛しきマネージャー。谷女史が僕の姉になってくれるのならば僕の資産の中で最高額であるオメガ スピードマスターを手放してもいいと思えるくらい敬愛すべきマネージャーである。


「谷さんはバランスボールを轢いてしまったので今拘置所です」

「そんな事はどうでもいいんだけど…」

「そんな事?(怒)」

「この映画どう思う?数字取れると思う?」

「南戸監督とエレナ・アッシュクロフト…このブランドだけで興行収入4,308億円はいくはずだ」

「それ映画史上最高の興行収入を記録した『アバター』の興行収入じゃん」


「エレナ・アッシュクロフトね…」とらいむは呟く。らいむは大食いのくせにサラダのコーンは一粒ずつ食べる派だった。


 ハリウッドのトップ女優、エレナ・アッシュクロフト。ブライド・花嫁オブ・ゴッドの異名を持つ世界トップレベルの美女にして世界中の俳優の頂点に立つ存在。


 結局初日は彼女の芝居を見る事は出来なかった。


「どう思う?」

「私の方が可愛いし美しい」

「彼女、日比谷神の代役らしい」


 僕の口にした日比谷真紀奈の名前にらいむの箸が一瞬止まる。

 僕もらいむも日比谷神の熱狂的信者。

 日比谷神が表舞台から姿を消してしまってから一年。一年という歳月は僕らの心の傷を癒すには足りない。


「…格は少なくとも、エレナの方が上だろ」

「(怒)」


 らいむは日比谷教失格だった。


「日比谷は役者としては演技のレベルに難があるからな…代役というより、より上位互換が見つかった、というべきか…」

「大河観た?日比谷教の演技は充分世界に通じるレベル--」

「私は日比谷と共演したの。大したことなかった」


「ただ…」とらいむは言う。


「日比谷の持つ存在感…周りの視線を惹き付けるそれは、理屈じゃ説明出来ないものがあった。んで、エレナにもそれはある」

「…理屈。説明はできる。日比谷神は世界最高の美女…それだけだ」


 らいむが僕の股間にお茶をこぼしてきた。


「熱い!?」

「……日比谷日比谷って相変わらずだな。忘れちまえ。あんな寝たきり女」


 殺すよ?


「まぁエレナはいいとして…」

「らいむ、クリーニング代ちょうだい」

「この映画、面白いと思う?」


 らいむは問いかける。


 撮影中ずっと思っていた。

 演者を最大の売りにした今作…肝心の中身はどうなのかと…

 正直、脚本は陳腐…序盤の撮影時点で物語自体に惹き付けられるものはなかった。


 南戸監督の作品らしからぬ内容。


「演者のブランドで客は呼べるだろう…ただ、私達は役者だ。撮った作品が「つまらない」って言われる訳にはいかないよな?」

「…この作品は、南戸監督の名前を冠しただけの、僕らの映画だ」


 全てを役者ぼくらの演技に委ねた今作。南戸監督の手腕は問われない。この作品は僕らがゼロから作り上げる作品。


 僕らは考えなければならない。

 この作品を通じて何を伝えるか。どうすれば名作として後世に残るのか。

 考えて、自分なりにそれを映像に映す。


「この作品は南戸監督からの問いかけ。僕らはどんな役者なのか…何が出来るのか……何を作りたいのか」

「なんでそんなの南戸さんに問われなきゃいけないのよ」

「らいむはこの作品をどんな作品にしたいの?」


 らいむは箸を止めて沈黙を挟む。僕の質問への返答を考えている…訳ではない。口にするかどうかを思案している。

 が、結局らいむは口を開いた。


「…この映画が私達のものなら、私はやりたい事がある」

「……」

「この作品は私とお前の初の共演。私は役者だ。それは小春も同じでしょ…引退を考えて、やっぱりこの世界に残った小春は、生粋の役者だ」

「……どうかな」

「小春、私は小春が好き」


 らいむは何度目かの告白をする。ちょうどその時、隣の席のおっさんがゲップした。

 ゲップをBGMにらいむは続ける。


「私はこの作品で小春を落としたい」

「……」

「お前が日比谷真紀奈に恋に落ちた時みたいに…私に恋に落ちるくらい、小春を夢中にさせる芝居をする……この仕事で私が作りたいものは--」


 らいむは僕を見つめる。宝石のように輝くらいむの目が僕を見据えていた。

 僕はその瞳に息を飲む。


 彼女の覚悟を見た気がした。


 らいむ自身も認める魅力を持つ日比谷真紀奈。

 それが僕の想い人。

 そんな人から僕を奪う。その決意と覚悟。


 その瞬間のらいむは日比谷神や神の花嫁にも負けないくらい……



「私には演技しかないから…それしか日比谷に勝てるものがないから」

「らいむ……」

「誰にも負けない芝居をする。小春が思わず恋する女優に、この仕事で私は成る」


「ゲップ」



 小鳥遊らいむ渾身の宣戦布告--

 しかし隣のおっさんのゲップが止まらない。台無しである。

 だからあれほど並盛にしろと……


 おっさんの茶色のゲップは僕から全てを持っていってしまった。


「……この仕事で小春が私を好きになれなかったら--」


 お盆の上に箸を置いたらいむは僕から視線を切って告げる。


「多分、もう小春の心は動かないと思う」

「……っ」

「それくらいの決意でる。だからもし、この映画を撮り終わってまだ日比谷が好きなら--」


 僕はらいむの言葉を切るように立ち上がる。あんまりの勢いに隣のおっさんもびっくりした様子だ。


「……え?卵付けたよね?俺…」


 違った。


 どうやら注文した卵が付いてきてない事に今更気づいたようだ。


「……らいむ」

「……」

「…………やれるもんなら…やってみなっ。フハハハハ」


 らいむは日比谷真紀奈みたいになりたくて女優になった。

 僕と再会する為に女優として成功した。

 僕と共演する為に女優を続けた。


 らいむの決意とは、銀幕の女王としての存在意義全てを賭けた決意……


 あまりにも重すぎるその宣戦布告に僕は思わず大和田常務になるしかなかった。



「……らいむ。ご馳走様。おやすみ」

「え?割り勘じゃねーの?」


「すみません……卵来てないんですけど?」

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