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第38話 605万

「いや、報酬は貰っておく」

「そ、そんなぁ…………」


 伝説の霊媒師の思わぬケチっぷりに落胆の表情を見せるのは日比谷教教祖、雨宮小春君9歳ゼロヶ月。


 神宮寺天連原作『虚空』のドラマ撮影--その撮影に関わっていた悪霊は全て祓われた。


 最大の障害だった少年の霊は我が師範、彼岸神楽が秘奥義で屠り去った。

 ので、ジョナサン・小西は今回に関しては仕事してないので依頼料100万円返してよって言ったら彼はチンピラ風の顔でそんな事を口にしたではないか。


「--どうあっても私の仕事の邪魔をした事は許せない。私の霊に対するポリシーは対話であり暴力ではない。あれは私のやり方ではない…この100万は私への謝罪料として受け取っておきます」

「ガーーン」

「あと、雨宮君にはまだ生霊が憑いてるね」

「ガーーーン」

「祓ってほしければ、もう100万用意するんだ」


『おーーっほっほっ!!頭が寒いですわーーっ!!』



 --こうしてドラマ『虚空』は全ての問題を解決させた。


 しかしなぜ100万に対してこんなにショックを受けてるのかと言うとそれは今回のお祓い料100万は原作者、神宮寺天連からの出資だったから……

 そして……


『……雨宮君、私はね、子供と言えど容赦はしない性格なんだよ』

「ガタガタガタガタ……」

『ジョナサン・小西が仕事をしなかった以上、借りた100万はきっっちり返してもらう…』


 こんな事言い出した。



 もうすぐ新年を迎えようと言うのに気分は曇天……師範の背中の上で音速を超え、北桜路市への帰路に着く僕へ更に追い討ちをかけるようにまた電話……


『おい雨宮』

「あ、美夜さんこんにち『お前調査料5万円いつ入るの?早くして欲しいんだけど?』

「え?いや……まだ撮影終わってな『お前後からやっぱり払えませんとか許さねーからな?私はな?子供相手にも消火器をフルスイングする女の子だから…』

「ガタガタガタガタ……」


 *******************


 日比谷教教祖雨宮小春の現在の金銭事情について説明しよう。


 まず、所持金322円(月々の小遣いが500円)

「ヤッテ・ランネー・プロダクション」への慰謝料が500万円。

「浅野探偵事務所」への調査料が5万円(『虚空』のギャラで支払い予定)

 神宮寺天連へのジョナサン・小西への依頼料100万円の返済。


 必要額605万円。


 ついでに城ヶ崎麗子の生霊の除霊に100万円が必要とのこと……



 …………お母さんに相談しよう。



 僕が東京から帰ったのは年越し目前のある日だった。


 まだデビュー前の子役の僕にこんな大金を用意する財力はない。が、宇佐川結愛や社会的地位の高い神宮寺天連、小学生に消火器をフルスイングする双子探偵など、払えませんなどと言ってられないのが現状だ。

 というか城ヶ崎麗子への慰謝料に関しては完全にこちらの過失である。


 僕はかつてない程重い足取りで自宅の敷居を跨いだ。


「……ただいま」

「おかえり小春。ちょっと来なさい(ニコニコ)」


 今までどこ行ってたの?はなく、放任的な我が家庭の教育方針の象徴たる母が僕をリビングに連れていく。

 そこには別々に暮らす祖父母の姿もあった。


 祖父母がこうして揃ったのは「健二事件」以来であった。


「おじいちゃんおばあちゃん、久しぶり」

「……元気にしてたかぁいや(ニコニコ)」

「男子三日会わざれば刮目して見よ』か…男の顔になっとるなぁ…じぃちゃんは嬉しいぞ(ニコニコ)」

「帰ったか小春……座りなさい(ニコニコ)」


 ……僕の気なんか知らないで何故か家族は皆異様なほどご機嫌だ。

 毎日生理痛が来てるような顔してるお母さんすらニコニコしてる…

 その不気味さは食卓に並ぶ異様なご馳走にも感じ取れた……


「小春、今日は大事な話があるのよ」

「まぁまぁ……まずは飯にしよう」

「そうねあなた。デザートはパイナップルよ」


 デザートにパイナップルっ!?『パイナップルショック』の余波がまだ収まりきらない昨今でパイナップル!?

 パイナップルが今1個20万なら安いという今日日で我が家にパイナップルがあるなんてこれはただ事ではない……


 …………もしかして宝くじでも当てた?




「ははははははは」

「おほほほほほほ」

「ほっほっほっほっ」

「ふぉっふぉっふぉっふぉっ」

『おーーっほっほっほっ!!』


 雨宮小春、これ程居心地の悪い食卓は経験にない。こんなにご機嫌な夕食は今まで無かった。はっきりいって気持ち悪い。


 …しかし家族の目に宿るのは確かな幸せの色だ。間違いない。なんだか気持ちが悪いけど間違いなくいい事があったんだろう。

 表情や言葉の端々に見え隠れする気持ちにもそれは見て取れる。


 言い辛い話を切り出すのにこれ程好都合なタイミングはないだろう。


 今なら605万円くらい出してくれるんじゃないか……?


 そんな淡い期待と、胸を焼く焦燥感に迫られ僕はパイナップルが出てくる前に切り込む事にした。


「あの……お父さん、お母さん…話があるんだけど…………」

「ん?」

「なぁに?小春」

「じ、実は…………」

「まぁ待て小春」


 僕を制止したのは父だった。

 ニッコニコの父は僕の言葉を切り「全く慌てんぼさんだなぁ小春は。はっはっはっ!!」と大様に笑う。


「仕方ない。パイナップルを食ってからと思ったけどな……小春、お前の話の前にまず父さんと母さんから話がある」

「よぉーく聞きぃや」

「あ、はい……」


 予想、宝くじの二等が当たった。


 僕の中に期待と緊張の沈黙が広がる。

 おじいちゃんとおばあちゃんがニッコニコで見守る中お父さんがお母さんの肩を抱いた。

 基本冷めきった倦怠期のはずの両親がこんなに仲睦まじい姿を見せるのはいつ以来だろう?

 やはり金か--


「小春、お前に弟か妹ができるぞ」

「私……できたみたい……」

「……………………え?」


 雨宮小春、恐らく日比谷真紀奈と初めて出会った時以来の衝撃。


 愛おしそうに自分のお腹をさする我が母の慈母の如き、いやリアル慈母と化した姿に頬張っていたヤモリを思わずこぼしてしまった。


「最近ね?なんか調子が変だから病院に行ったら2ヶ月だって……だから来年の夏頃には産まれるわよ」

「お前と9歳違いの兄弟だ!嬉しいだろ!はっはっはっはっ!!」

「小春もお兄ちゃんだねぇ……おばあちゃん、なんだか感慨深いよ……」

「あの橋の下で拾った子供がお兄ちゃ「これじいさんっ!!」


 なにやら聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたけどそんな場合では無い。


 …………日比谷教に後継者が?

 いや違う。


 かつてないほど幸せの絶頂に立つ我が両親を前に僕は落としたヤモリを拾うことすら忘れて遅くなった脳を回転させる。

 が、その現実を受け入れるには僕はまだ幼く、そして金銭的に追い詰められていた…


「これから金がかかるなぁ」

「がんばって稼いでね?あなた!なんせ2人分になるんだから!」

「はっはっはっ!よーし!パパ気合い入れちゃうぞぉ!」

「小春も役者だし……家の男連中には頑張って貰わないとね!ね?小春」

「……………………」

「ところで小春、今撮ってるドラマのギャラっていつ入るの?」

「はっはっはっ!」

「ほっほっほっ!」

「ふぉっふぉっふぉっ!」

「うふふふふっ!」

『おーーっほっほっほっほっほっ!!』


 *******************


 12月31日。その日僕は道場に居た--


「おはようございます小春。では先日伝承した彼岸神楽流秘奥義「霊幻斬」の習得の為の--」

「師範!後生の頼みでございますっ!!605万円貸してくださいっ!!」


 現役高校生に土下座で605万円を無心する役者の卵がそこに居た。


「……なんのお金ですか?」

「慰謝料と依頼料と依頼料の返済です」

「小春…見損ないましたよ。人に頭を下げてまで金を無心するなど……」

「そのくだりは前回もやりました。どうしてもお金が必要なんです!!師範っ!!」


 ちらっと師範を見たけどその視線は冷たい。これは「給食の時間に吐いちゃったクラスメイトを見る女子の目」あるいは「担当の生徒が給食の時間で吐いちゃってめんどくせぇ事しやがってと思わず舌打ちしそうになっちゃった担任の先生の目」だ。


 ダメか……


「小春、あなた最近変ですよ?」

「お頼み申す!!僕が何とかしなければならないんですっ!!男としてっ!!」


 男としてとかカッコイイ事言っとけば心意気を買ってくれる気がする。


「実は師範……僕、弟か妹ができるんです!」

「……ほぅ、入門はいつですか?我が彼岸神楽流は3歳から入門可です」


 させるか。


「兄として……弟か妹が生まれる前に綺麗な体になりたいんですっ!!」


 渾身の土下座で情を誘う。大晦日に炸裂する小3の本気の土下座を前に師範が折れた。


「…………例の宇佐川結愛の件とはまた別に、色々とあると見ました」

「ははぁ!」

「……しかし小春、金を返して綺麗な体になりたいと言うのなら、自らでそれを成さねばなりません。人に頼るのではなく、自分の力で」

「(いや借りてはないんだけど……)」


 そこで師範は1枚のチラシを僕に差し出した。

 畳の上を滑ってくるそれは新聞広告っぽいポップな字体であるイベントの詳細について書かれていたものだ。


「……「新春!大武連闘技会《だいぶれんとうぎかい》」?なんですかこれ……」

「中国で毎年開催されている武術の大会です。今朝の新聞に入っていました」


 今朝の新聞に!?


「下に書かれてる詳細を見なさい」

「…………「優勝賞金1000万円」!?な、なぜ円なんですか師範!!」

「作者が中国人民元が円でいくらなのかよく分からなかったからです、小春」


 1000万……師範のメタ発言が吹き飛ぶ勢いで僕はこの大金に食いついた。

 1000万円あれば全ての問題が解決した上に395万円も残るじゃないか……


 僕は生唾を呑み込んだ。


「……し、師範……」

「小春にはまだ他流試合など早いですが……あなたがどうしてもと言うならば小春…彼岸神楽流として出場することを許可します」

「し、師範っ!!」


 地獄に落ちた蜘蛛の糸。

 世界一の武闘派小学生雨宮小春、中国へ--


「中国までの旅費、貸してください!!」

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