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第33話 魔人、宇佐川結愛

 日比谷教教祖雨宮小春は今日も行く--

 どこへ?

 我が彼岸神楽流の道場です。


 幽霊に完敗した彼岸神楽流五段、雨宮小春です。

 先日行われた神宮寺天連原作『虚空』のドラマ撮影。

 そこで見舞われた幽霊被害により僕の芸能界サクセスストーリーは再び頓挫した。


 無期限の撮影延期--

 多大な被害を出した撮影は事実上打ち切られてしまった。無理もないか……


 やってらんねーです。


 しかし僕は日比谷真紀奈と再会する為に芸能界のスターにならなきゃならない。

 この作品はデビュー作となるんだ。こんなところで終われない。


 ここで僕の小学3年生とは思えない人脈の広さが光る。


「もしもし?雨宮です」

『……その可愛げのねー喋り方は雨宮か?』


 そう言ってるだろとツッコミたくなる電話の相手は双子探偵、浅野美夜。

 双子探偵とは『頼ろう会』事件でお世話になった浅野詩音、美夜の双子の探偵だ。


「ちょっと頼みたい事があるんですけど…」

『タダ働きはしない』

「えっと……今撮ってるドラマが完成したらギャラが入りますので……それで」

『……お前、なんか小学生と喋ってる気がしないんだけど……大丈夫なのか?それ、お前が自由に使えるの?いくら?』

「多分……5万くらい……」

『安っ!?役者って儲かんねーのな!?』


 今はね?失礼な。


『で?なんだ?内容によるぞ?』

「えっと……実はその撮影が今幽霊騒ぎのせいでストップしてて……」

『幽霊騒ぎ?』


 僕が事情を話すと『あぁ、あのジョナサン・小西ね』って美夜さんが事態を呑み込んだ。やはり、僕が知らないだけでジョナサン・小西は只者ではないんだ。


『んで?』


 小学生相手でも金になると容赦のない双子探偵が仕事内容を尋ねる。

 その仕事内容だけど、なぜ僕が浅野姉妹を頼るのか……


 それはやはりジョナサン・小西。


 ジョナサン・小西が言うにはこのドラマ撮影を呪ってる……ていうか僕を呪ってるのは3人。

 1人目はサッちゃん。これは成仏。

 2人目は定かじゃないけど……多分城ヶ崎麗子。僕が毛根死滅させた共演者。なんか撮影中の霊障が起きた時その場に居ない城ヶ崎麗子の高笑いが聞こえた。あれ、城ヶ崎麗子の怨念かなんかだ。

 3人目は謎。


 ジョナサン・小西曰くこのドラマ撮影そのものがなんか怨念と無念にまみれてるっぽい。

 なので考えました。


 このドラマ『虚空』が呪われてるとしたら、島、あるいは『虚空』という作品に問題があるのでは?と。

 撮影現場となった島は実際に原作の舞台になっている島のモデルとされてる。


 んで、なんでそれが僕に取り憑いとんのかは知らんけど、とにかく、心霊現象とこの撮影の因果関係を解明できれば事件の解決が見えてくるのではないのか……?


「……というわけで『虚空』に関する事を色々調べてほしいんです。作品の背景とかモデルになった島とか原作者の事とか……」

『…ふーん。分かった、いいよ。そろそろもやし以外食べたいし』

「ありがとうございます。呪いが解けたらドラマが完成するので、その後報酬払います」

『忘れるなよ?忘れたら東京湾に沈めるぞ?』


 ……さて。

 ジョナサン・小西に除霊を頼むのが早い気がするけど、そんな金は無い。なんか調べたらジョナサン・小西の除霊、1回30万もする…

 ドラマ『虚空』のプロデューサー、河上チェケラッチョ曰く「もうそんな金ねーし☆」との事。


 ならば東京湾に沈められないためにも自力で解決する他あるまい……


「あ、師範お電話ありがとうございます」

「もう良いのですか?」


 道場の廊下で僕の電話が終わるのを待っていたこの人こそ、我が師範、彼岸神楽流総師範、彼岸神楽。現役高校二年生。卒業後の進路は剣士。



 僕は地元、北桜路市へ帰還後、師範に呼び出されていた……


 師範の部屋に通された僕は正座のまま師範に要件を尋ねる。僕も暇では無い。いつまでも道場で油を売ることはできない。


「神楽師範。今日はどうして道場に来いと?」

「門下なのに道場に全然顔を出さないからです」

「ごめんなさい……」


 師範、ちょっと不機嫌。怖い……


「しかし小春。先日の電話で私は感動しました」

「せ、先日の電話?」


 師範の目には熱いものが込み上がってる…あれは、子供の成長を喜ぶ親や先生のそれだ。そしてその熱は時に暴走を生む。


「小春、幽霊の斬り方を教えてくれと言いましたね?よくぞ、我が彼岸神楽流の秘奥義を習得する気になりました」

「……いや」


 違います。「霊幻斬」はいいんです…


「小春にはまだ早いと私は考えていましたが…今から過酷な修行を積めば、5年後には秘奥義の伝承が可能でしょう…そうなれば小春……あなたは彼岸神楽流免許皆伝です」

「結構です」

「授けましょう……かつて九尾の狐との戦いで、霊体を斬れず糞を撒き散らしたあの屈辱……あの屈辱を糧に生み出した究極奥義。霊体をも捉える彼岸神楽流の真骨頂--」


「失礼します」


 ひとり燃え上がる師範から僕を救ってくれたのは兄弟子だった。


「雨宮、芸能事務所から電話だ」

「すみません師範!奥義伝承はまた今度で」

「こ、小春!?」


 また生皮剥がれたらたまりませんので。


 *******************


「雨宮君、「ヤッテ・ランネー・プロダクション」の方がお見えだよ」


 ドラマ撮影の件かな?……なんて軽い気持ちで養成所へと赴いた僕を待っていたのは深刻そうな顔をした校長だった。


 僕は応接室の前まで通され来客と話せと言われた。なぜか校長は来ない。


「ヤッテ・ランネー・プロダクション」は『虚空』の共演者、城ヶ崎麗子や鳴海誠也の所属事務所だったと思うけど……


 ……城ヶ崎麗子?


 嫌な脂汗が背筋に浮かぶ中、応接室から強烈なオーラを感じた。



 --その瞬間を僕は形容することができない。

 例えば都会で生活する現代人がサバンナのただ中でライオンと対峙したら?海でサメに襲われたら?その時どんな感覚?と訊かれても想像がつかないと思う。

 けど、漠然と「恐ろしい」「怖い」と言うのは分かる。そして恐らく、その時の恐怖はイメージを凌駕してくるだろう。


 多分今、僕はそんな「想像しか出来なかった未知の感覚」に襲われてる。


 彼岸神楽流をおさめる僕にとってライオンもサメも脅威じゃない。今この扉の前に居るのは、もっと恐ろしい存在--


 現代人からしたらライオンやサメに置き換えられる未知の恐怖が今扉一枚隔てた向こうにいる。

 この恐怖--僕の知る恐怖とは明らかに質が違うこれはなんと…………


『死』か?


 手に触れられる程リアルに迫った『死』?その恐怖……?

 地獄のハゲなど比じゃない…あのゲロにまみれた戦いが茶番だったんじゃないかと確信する程リアルで確実な『死』が--


「早く入りやがれ」

「っ!?」


 心臓を鷲掴みにされモミモミされるってのはこういう事か……

 部屋の中から聞こえてきた刺々しい女性の声は僕に「あぁ、遺言…書いてくれば良かったな」って一瞬で後悔させた。


「早く行きたまえ!!」


 遥か後ろから小声で急かしてくる校長を前に逃げられず僕はゆっくり、汗ばんで震える手でドアノブをひねった……



「…………こ、こんにちは…」

「こんにちはじゃねーぞ?」


 その先に待っていた人を前に僕の想像が如何に甘かったのかを実感。

 ライオンとかサメとかいうレベルじゃなかった。目の前に富士山の大噴火が座ってた。

 天変地異に勝てる人類が居るか?居ない。


 あ、僕ここで死ぬんだ……


「…………ア、アノ……ユイゴンキイテモラッテイイデスカ?」

「遺言は聞いてやるがその前に私の話を聞け」


 もうおしっこジョンジョロンリな僕にソファに腰掛けたふたつの三つ編みを下げたスーツ姿の女性が、日本刀のような三白眼の眼光をぶつけてきながら座るように促した。


 僕は本革のソファを股間で湿らせながら座った。


 生まれて初めて、本気で怒ってる人を見た気がした。

 僕は対面の、一見可愛らしくすら見えるうら若き女性を直視出来なかった。


 だって、なんか全身から赤黒いオーラが立ち昇ってるんだもん……

 なに?この湯気みたいなの。

 この人師範と同タイプの人だ。

 でも……師範が土佐闘犬ならこの人チベタンマスティフだと思う。師範より強い(多分)人初めて会った……


「私は「ヤッテ・ランネー・プロダクション」タレント警護主任、宇佐川結愛だ。この街の人間なら名前くらいは聞いた事、あるんじゃない?私もこの街の出身でね……」

「ナイデス……」

「…………あっそ。てか、ハキハキ喋れ」

「…………ムリデス」

「なんか私がいじめてるみたいだろ?」

「…………ボク、ナニカシマシタカ?」


 恐怖が止まらない。もう肌を突き刺す殺気がとんでもない事になってる。なに?タレント警護主任って。


 僕がビビり散らかしながら尋ねた一言に「なにかしましたか?じゃねーぞ?」と厳しい声が返ってきた。


「わひぃっ!ごめんなさいっ!!」

「……お前、うちのアイドル、城ヶ崎麗子の頭を落ち武者にしたんだって?」


 ぎくりっ!!

「ヤッテ・ランネー・プロダクション」って聞いた時に嫌な予感がしたんだっ!


 この人あれだ!ヤクザだっ!芸能界とヤクザの癒着は根深いって言うしケジメ取りにきたんだっ!

 大変な事になってしまった……城ヶ崎さん、ロケ地ではそんなに怒ってない…………ように見えたような気がしたのに…………


『おーーっほっほっほっ!!』


 っ!?今城ヶ崎麗子の高笑いがっ!?


「おい、聞いてんのか?」

「はぃぃっ!!あのっ!!エンコだけは勘弁してくださいおヤクザさんっ!!」


 --メキッ!!


 なんの音かな?って思ったら2人が挟むガラステーブルにヒビが入ってた。ちなみに、どちらもテーブルには触れてない。なぜ?


「警護主任っつってんだろ?私はこの世でヤクザといじめっ子が1番嫌いだ。ヤクザ呼ばわりしたら小学生と言えそら豆サイズに丸める」


 そら豆サイズに!?


「雨宮小春…私はうちの事務所の所属タレントの安全を守る仕事をしてる…要はボディガードなんだけど……まぁ要するにヤクザでは無い。そして、お前はうちの城ヶ崎の髪の毛を毛根ごとむしり取ったいじめっ子だ。おい、さっき私が言った1番嫌いなふたつ言ってみろ」

「…………1番なのにふたつあるんですね」

「え?殺してくださいって?」

「ごめんなさい嘘ですヤクザといじめっ子っです」


 いや待って。ほんとに怖いんだけどこのおねーさん。


「……私はいじめっ子は許さないと決めてる。でも、私も大人になった…なんでも暴力と死で解決しようとは思ってない」


 はぁぁぁぁ……範馬勇次郎が突然目の前に現れたライオンってこんな気持ちなのね…


「慰謝料、払えよな」


 小学生相手にも情け容赦のない三つ編み魔王さんのそんな要求に「あ、命じゃないんだ」なんて、なんならホッとするくらいには僕はビビってた。

 しかしそんな安心も束の間だった。


「500万でいいよ、お前小学生だしまけてやる」

「ゴッ…………」


 甘かった。


 眼前に突き出されたナイフの切っ先のような鋭い視線を前に首を横に振る選択肢はなく…

 ていうか城ヶ崎麗子が禿げたのは間違いなく僕のせいなわけで…



 --雨宮小春に芸能生活1年で早くも最大の危機が到来した。

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