第32話 オ・ワ・ラ・ナ・イ
「今日はありがとう雨宮君」
「あ、ありがとうございます……?」
芸能界で輝くスター、日比谷真紀奈を追い求め邁進する日比谷教教祖、雨宮小春。通称こはるん。
今度勧誘に行きますので皆さんは入会料6,000円用意しといてくださいね?
さて、僕らは今、神宮寺天連原作『虚空』のドラマ撮影に訪れてる。
しかしそこに憑いてきてしまったSM嬢の幽霊、サッちゃんをただ今除霊しました。
良かった良かった……
なぜか除霊師の方からお礼を言われ困惑する僕……が、胸を撫で下ろす僕らの前で除霊師もといドM、ジョナサン・小西は信じられない事を口にした。
「しかしまだだ……」
『え?』
撮影スタッフ、共演者達共々何がまだなのか?と声を揃える中でジョナサン・小西はイカついサングラスをくいっと指で持ち上げる。
その透けた瞳からは僕らの前に現れた時と同じ不穏な空気を纏った視線……
そこにSMプレイの余韻は無い……
余談だがジョナサン・小西は除霊の為…そう除霊の為にサッちゃんから濃厚なプレイをしてもらってプレイ料金26,000円を持ってかれてる…
彼の言う「まだ」とは除霊の依頼料にこれを上乗せするぞという交渉の火蓋が切って落とされた合図--
「この撮影にはまだ不穏なものが憑いている……」
ではなかった。
「ちょっ…どーゆー事?サッちゃんは成仏したんじゃねーの!?」
おどおどしだすのは主演、鳴海誠也。スターの貫禄をほたくり投げながらヒロイン役、芝原ききの後ろに隠れる男の中の男。
「サッちゃんだけではないという事です」
なんだって……?
「……あんた、適当こいて依頼料ぼろうって考えてないよな?」
と、ドMに対して辛辣な物言いをするのは監督の処さん。自分で呼んでおいて信用ゼロ。監督の油断ない瞳は長く業界を渡り歩いてきた大人のそれだ。
この人から多くを学べる気がする……
そしてそんな監督に対してジョナサン・小西はゆっくり首を振る。
「……私はそんなセコい真似はしない。ただひとつ……私が今感じる不穏な気配は2つ……」
2つ!?ひとつ!?どっち!?
「撮影中に事故が起きたと聞いてるが多分それはサッちゃんの仕業では無い…恐らくもっと邪悪なものが君達に…この撮影に憑いてる。そう……君に強く……」
ジョナサン・小西の毛深い指が僕を指す。心霊体質過ぎてなんかもう目眩がしてきたよ…
「なんで僕?」
「ひとつは強い恨みの感情……」
「恨みの感情!?そんな覚えありませんけど!?」
「……そうですよ。この子まだ9歳ですよ?」
僕をドMから庇ってくれるのは芝原きき。
しかし彼は構わずに続ける。その額にはじっとりと汗が滲んでるのを見て、僕は不穏なものを感じた。
この人の目は--嘘を吐いてる目じゃない。
「もうひとつは……彼に深く結びついているそう……深い無念。とても強烈にこの島を覆っています」
「……無念?」
「信じないなら結構、私の仕事はサッちゃんの除霊までですから……」
なんとこんな不穏な事ほざいておきながらジョナサン・小西、弟子2人を連れて踵を返しやがる。
依頼がないなら仕事しませんというプロとしての姿勢をあくまで貫くこの非情な男は無駄に恐怖心だけを煽って民宿から出ていく…
たまったものではないのがあとふたつも変なのが憑いてるよと言われた僕である。
「監督……深い無念はこの撮影そのものに感じる。今回のドラマ撮影は見送る事をおすすめする」
「……何を」
「信じるか信じないかは……あなた次第です」
*******************
ドラマ『虚空』、撮影が再開した。
各出演陣にも他のスケジュールがある。とりあえず、不穏な事を言われたけれどいつまでも撮影を止める訳にはいかない。
ジョナサン・小西を見送ったスタッフ達は午後から早速、撮影を再開した。
「…………うーん、よく撮れてるけどなんか胡散臭い」「いいじゃん。ドラマ『虚空』撮影裏側!本物の心霊現象ってね!」
……なにやら撮影スタッフが罰当たりな事を考えてるらしい。
どうやら除霊を撮ってたらしいけど、あんなのどこで使うんですか?
…………しかしサッちゃん。
怖かったけど、居なくなったらなったでなんか寂しい気がしてきた。
あとふたつも変なのが憑いてると言うのに贅沢な話だけど、胸にぽっかり穴が空いたような気分だ。
昨日までなら不意のタイミングで囁くような不気味な声が--
『おーーっほっほっほっほっ!!』
「っ!?」
なんか突然聞き慣れた音響兵器がっ!?
「あ、あれ?城ヶ崎さんって撮影復帰しました?」
「何言ってるの雨宮君」「あの頭でカメラの前立てないでしょ。ウィッグもないし…」
共演者--本気坂48の城ヶ崎麗子は僕がサッちゃんを倒す為に使った彼岸神楽流奥義、毛根死滅剣によりダメージ(頭頂部の髪の毛)を負ったので今入院中…
てか、今の高笑い、他の人には聞こえてないっぽい……?
じゃあ今のは--
「きゃああああああっ!!!!」
その時!目の前の撮影現場で悲鳴が!
僕もスタッフ達も何事かと目を張る先で世にも恐ろしい光景が……
「ぐっ……ぐけっ!!」
「しっ!芝原さぁんっ!?」「おいっ!何とかするんだっ!!」
ななななんと!
撮影中の芝原ききが自分のその長い髪を首に巻き付けてぐぇぐえ言ってるではないか!
「……じ、じぬ……」
自分で絞めてるの?なに?ドMが移ったの?
なんて言ってる場合じゃない。
劇団ゴクドウの看板女優の顔が熟れたトマトみたいに赤くなっていき、出目金みたいに目を剥いて今にも死にそうだ。
……てかヤバい!
首に絡まった髪の毛はどんどん勝手に締め上げるように首に食い込んでいく。明らかに普通の光景じゃなかった!
スタッフが駆け寄って首から髪の毛を解こうとするけど指が入る隙間もないくらい髪の毛は首に食い込んでるんだ。
……仕方ない!
僕は芝原ききへ狙い澄まし、手刀を構えた。
『--ゆるさない』
「っ!?」
「え?」「今の声なに!?」「おい!早く解け!!」
身構えた僕--いやその場の全員が、空に溶けていくような不気味な声に反応した。
「彼岸神楽流奥義77、毛根死滅剣!!」
*******************
「……って事で今回の撮影は無期限延期という事になりまして、島からも撤退します」
「…おーっほっほっ……」
もはや霊障以外説明の出来ない怪奇現象に見舞われたこの撮影は結局、無期限の延期ということになってしまった……
監督の処さんと僕と芝原ききはその旨を島の病院で入院中の城ヶ崎麗子へと伝えた。
彼女の頭は今ニット帽で隠されているが、その下の輝きは彼女へ深い傷を刻んでる。ホントごめんなさい。
「おほ……?芝原さん?あなた、髪の毛切りましたこと?」
「……いや…撮影中に髪の毛に首締められて、この子に切ってもらって助かったんです」
萎びた茄子みたいな顔で城ヶ崎麗子が芝原ききがショートカットになってるのに気づいた。
巻き添えで毛根死滅させられた城ヶ崎麗子と違って出力を絞り、狙いを定めた毛根死滅剣はなんか上手い感じに芝原ききの髪の毛をカットし救出することに成功。
「……こう、手刀で」
「……おーっほっほっ…流石ですわーー。雨宮さんあなた、一流の美容師になられてはーー?……きっと素敵なカットが出来ると思います事よー……おーっほっほっ……」
「そ、その話はいいじゃないですか!!」
女は髪が命。僕が彼女に残した爪痕はあまりにも深い……
「……ところで城ヶ崎さん。撮影中に現場とか来ました?」
「おほ?この頭で人前に出ると?」
「あ、なんかスミマセンデシタ……」
「まったくセンスのあるカットですことですのよー……」
じゃああの時聞いた高笑いは……?
--こうして、ドラマ『虚空』の撮影は頓挫した。
城ヶ崎麗子とお近づきになるどころか溝も深め、芸能界を駆け上がる足がかりが再び崩れ……
雨宮小春、絶体絶命である。




