第31話 あの男がやって来た
「……うぅ」
全身のヒリヒリした痛みに目を覚ましたならその先には顔面偏差値70オーバーの顔面が顔面の森だった。
?
「……あ、雨宮君…」「無事か!?」「救急車、呼んだからね!?」
孤島の民宿で僕の目覚めを迎えてくれたのは芝原ききを初めとした先輩俳優の皆さん…
さて、なぜ僕がこんなに皆から心配されてるのか……
なぜ僕が民宿で気を失ってるのか……
それは僕が幽霊と戦ったから--
地獄のハゲと戦う、幽霊とも戦う。日比谷教教祖雨宮小春。通称こはるん。
僕は今、神宮寺天連原作の小説『虚空』のドラマ撮影の為、物語の舞台のモデルとなったという東京の孤島へやって来てる。
この共演者達とスタッフ--そして、ド淫乱幽霊サッちゃんと共に。
「おほ…?」
「おっ!」「城ヶ崎麗子も目を覚ましたぞ!」
「……?あれ?城ヶ崎…………さん?」
僕の隣に寝かされてた城ヶ崎麗子、彼女が重たそうに畳から頭を持ち上げる、が…その壮絶な姿に僕は思わず絶句した。
「……なんか、雨宮君がサッちゃんに襲われたすぐ先で倒れてたって」
「ああ……“あの頭”でな」
と教えてくれたのは一緒にサッちゃんに襲われ僕を見捨てていの一番に逃げ出した芝原ききと鳴海誠也。
そして僕と同じく民宿の外で倒れていたのが超人気アイドル、本気坂48のセンター、城ヶ崎麗子……
そう、超人気トップアイドルグループのセンターである。
「……おほほ?」
「大丈夫か?」「頭は触るな!」「今救急車が来る!!」
トップアイドルの頭はまるで一番星のように輝いていた。具体的に言うと落ち武者スタイルだ。
あれは幽霊撃退の為僕が彼岸神楽流奥義、毛根死滅剣を手刀で放った巻き添えで…?
「……あら?おほ?あらら?おほっ!?おほほっ!?どなたか手鏡を……」
「よせ」「今は休むんだ……」
…………どうしよう。
お母さん、国民的スターをカッパstyleにしてしまいました……
「…………???!?おっ……おほほほほっ!?おっ!?おっ!?おっ!?おぉっ!?おぉぉぉっ!?」
「ヤバいっ!!」「城ヶ崎が壊れたっ!!」
*******************
「えー……撮影中の不可解な事故、そして昨夜の不可解な幽霊事件を受けまして、事態を重く見たスタッフは今回のロケを事件が解決するまで中断する判断を下しました」
翌日--
重症人(頭)城ヶ崎麗子を残した僕は再び病院から民宿へ…
そこで監督、処さんからそんな通達を告げられた。
……ちなみに病院に運ばれた僕の診察結果は「鞭による殴打による全身ミミズ腫れ」。
しかし何故だろう……?
この未だに表皮に燻る痛みの余熱に僕はなんだか恍惚としたものすら感じているのは…
「……鞭打ちからの痛みに内なる門が開きそうな気がする……真理の扉?」
「………………」
僕の隣で芝原ききが危機感のある目をしてる。なるほど、真理の通行料として僕は「尊厳」を失ったのかもしれない……
そんな事はどうでもいい。
どうやらこのトンデモ事態に撮影スタッフもようやくサッちゃんの存在を認知したようだけど、このままではまた作品そのものがおじゃんになるのでは……?
またあのCMの二の舞に……?
「そこで我々スタッフは事態の早期解決を図る為、専門家を招集してます」
と、なんかこれだけで心霊特番組めそうな方向に事態が回り出した……
「専門家?」
疑問を投げるのはハルマゲドンタイプの照明さん(ハゲ)
「そう……皆さんもご存知でしょう…あの、世界でも5本の指に入るという伝説的霊媒師……「ジョナサン・小西」先生です!」
「--どうも」
処監督の紹介に襖を開けて登場したのはVシネマのチンピラみたいな男だった。この登場タイミング……間違いなく昨夜のうちに打ち合わせが済んでる。
そしてこの男……伝説的霊媒師という胡散臭い通り名に違わず胡散臭い。
男性ホルモン多めの濃いめの体毛に冬なのに金縁のサングラスとアロハシャツ…大きくおっぴろげた胸元からはぶっとい金のネックレスがジャラついてた。
しかもなんか和服を着たこけしみたいな少女を2人も連れている。
絵面は「借金のカタに親から取り上げた娘2人を連れた闇金」である。
「……この人が…ジョナサン・小西」
その場の誰もが簡単の息を呑み呟いた。みんなが呟いてた。余程凄い男らしい。
「今回無理を言って特別に昨日の夜の時点で来て頂きました。「SM嬢の幽霊が出る」と依頼したら30分で到着なされましたよ」
いらん事を言って伝説的霊媒師の尊厳を貶めていく処さん。
しかし芸能界のスター達がどよめくその男はどうやら本当の本物らしい。
これなら僕に取り憑いた(?)サッちゃんを何とかしてくれるかもしれない……っ!
「……私に任せて頂ければすぐにでも解決しましょう……楽しみです」
何が楽しみなのかは知らないけど頼もしい事この上ないジョナサン・小西。
……しかし気のせいかな?
サングラス越しの彼の視線が部屋に入った途端に、酷く険しい……というか不安げになったのは……
……サングラス越しだから分からんけど!
--と、言うわけで今から除霊が始まるそうです。古い民宿の一部屋は非日常の舞台となる緊張感で不気味な空気に変わっていく…
そんな不気味な空気をぶち壊したのは……
「では始めましょう…」
ケツを丸出しにして四つん這いになるジョナサン・小西。
グラサンに隠れた彼の目はまるで新しいおもちゃでこれから遊ぶ少年のような期待感に満ちたキラキラしたものだった……グラサンで見えないから知らんけど。
少なくともチンピラ風の男がケツ丸出しで獣畜生に堕ちた姿は気持ち悪かった。
「……」「……」
連れてきた子供もドン引きだった。
「話を聞くにどうやら雨宮君……君にそのSM嬢は憑いてる様だ……」
「サッちゃんです」
「今から祓う……何も心配は要らないからね」
「心配です」
「お香を炊きなさい」
「……」「……」
四足歩行に堕ちた男の言葉に子供達の軽蔑した視線が返答として返ってくる。
微動だにしようとしない少女達にジョナサン・小西、仕方なく自らの手で除霊の準備を始めた……
「雨宮君、何も心配いらない」「ジョナサン・小西先生に委ねるんだ」「……頑張って」
適当こきながらそそくさと部屋から退散していくスタッフ及び共演者達…撮影で築いた信頼関係は音もなく崩れ去った。
「雨宮君、君はそこに座って目を閉じているんだ…いいかな?何があっても目を開けてはいけない。全てこのジョナサン・小西に任せるんだ」
「あの、この紫色の煙は……」
「霊を呼び出す香だよ。今から君に憑いたSM嬢を呼び出して弟子に移し替える。そして祓う」
「弟子とは?」
「このふたりだ」
どうやらこけし少女達は弟子らしい……
そして弟子からシカトこかれてるこのケツ丸出しクレヨンしんちゃんは果たして僕の命運を託すに足る男なのか……?
不安拭えぬ中、部屋の外から様子を伺う視線を受けつつ僕は言いつけ通りに畳に正座した。
雨宮小春--この撮影は芸能界を駆け上がる為の足がかり……この撮影、幽霊に潰される訳にはいかないんだっ!
不安を呑み込み目を閉じたならモワモワと鼻をくすぐる煙ったい臭い…
例の香とやらが部屋に充満する中……
「うんたらかんたらぽんぽこぴー」
「?」
「あーめんそーめんひやそーめん。あじゃらかもくれん!!」
なんですか?その謎の歌は?舐めてるんですか?
なんて思ったその時!
昨夜鞭でぶたれた皮膚が突然ジクンッ!と火箸で突っかれたみたいに激しく痛んだ。唐突に過ぎる激痛に思わず天使の羽レベルに背すじがピーンしたと思ったら……
『ん?なにやら叩きがいがありそうなケツが……』
あの声が--幾度も僕を苦しめたあの声がしたっ!!
「きゃあっ!」「マジかよ…半信半疑だったけど……」「出た……」
部屋の外が騒がしい。
まさか……サッちゃんが呼び出されたというのか?
そしてこの霊媒師、まさか本物……?
「……おぉ、素晴らしいボディだ…………」
……いや、本物の変態か?
「おい!あれ!!」「女の子が煙と一緒に……」「……吸い込んでる?サッちゃんが吸い込まれていく……」「一家に一台欲しい吸引力だっ!!」
部屋の外の実況が興味をそそる。目を開けたい……そんな葛藤を押し殺して僕はただジョナサン・小西もといドMの言葉を信じて瞼を固く閉じ続けた。
……そして。
『なぁに?私にぶたれたいの?』
「は、はい……いいですか?」
『女王様とお呼び!』
「じょ……女王様……」
『豚が喋るな!!ぶひぃだろーがっ!!』
「ぶ…ぶひぃっ!!」
スパーーーンッ!!
「ぶひぃっ///」
「一体なにが……」「…………女の子が先生のケツを叩いてる……」「け、警察…?呼ぶ?」
どうやら除霊が始まったらしい。
否、プレイが始まったらしい。
心潔し雨宮小春。目の前の光景を見ていいものか見てはいけないものか…
「ぶひぃぃっ!!」
『おらっ!おらぁっ!!』
スパァァァンッ!!
「こ、これは…っ!初めての快感!?」
『ぶひぃだろーがっ!!』
スパァァァァァァァァンッ!!
「ぶっ……ぶひぃっ!!!!」
スパァァァァァァァァァァァァァンッ!!
「ぶひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
*******************
「……ふぅ」
ふぅ、じゃねーよ。
さて、一通りプレイも終了したみたいだけど……
もう、目を開けてもいいかな?
『はぁ……はぁ……つ、疲れた…ここまで激しく痛めつけてあげて音をあげなかった豚は初めてね……』
「ふぅ……ふぅ……初めてのSM……堪能させてもらいました」
堪能してた。除霊は?
「さて、サッちゃんさん…あなたはなぜ現世に留まり雨宮君に取り憑くんだ?」
『こはるんを虐めたい』
目を開けようとした僕がゾッとして瞳のシャッターを閉じました。今日は店じまいです。
『私はSMに誇りを持ってる……死ぬならばSMの現場で……そう思ってた。でも…私はあの日、あのスタジオで死んだ』
「……それが現世に留まり続ける未練ですか」
『私のこの手は誰かのケツを打つ為にある……私は本懐を遂げる前に死んだの』
「あなたは生前女王様として数々のケツを叩き続けてきたんではないのですか?十分本懐を遂げたでしょう?」
……そう、このサッちゃんはかつて『教えて!カシマ先生!!』という番組でプロのSM嬢としてゲスト出演したんだ。
しかしジョナサン・小西の問いかけに対して返ってきたのは想像を超えるサッちゃんの返答だ。
『私、生前は1度も仕事がなかったの』
「え?」
『お店での指名、ゼロだったの……』
「…………そんな」
思わず驚愕の声を漏らしたのは部屋の外から除霊を見守ってる(多分、目を閉じてて分からない)芝原きき。
彼女はサッちゃんが撮影中事故死したまさにその時、同じスタジオに居たのだ。
はっきり言ってサッちゃんは取り憑く相手を間違えている。
てか、SM嬢の誇りとか言っといて指名ゼロですか……
「…………番組収録であんなに熱くSMについて語ってたじゃない……あれは、嘘…なの?」
一体何がそんなにショックなのか知らんけど芝原ききの声が震える。
『いやそれは……指名ゼロで1度も仕事でSMした事なかったのになぜかテレビに呼ばれたから仕方なく……気持ちはマジだから。あと、ちゃんとキャストとして入店する前に研修受けてるからホントの未経験って訳じゃないから』
今更だけどこれ除霊でいいんだよね?ただ会話してるだけじゃなくて?
「……サッちゃんさん」
言い訳臭すぎるサッちゃんの長文に対してジョナサン・小西、何かを察したかのように慈しみにも似た柔らかい声をかけていく。
「あなたのプレイは素晴らしかった…」
『…………』
「例え経験が無くても、あなたのSMへの熱意、それさえあれば豚は悦ぶ…あなたは今、立派な女王様でしたよ……」
『……ジョナサン・小西』
「でもね、サッちゃんさん。真のプロと言うのはあくまでプレイに徹するものだと私は考える」
生前指名ゼロSM嬢とSMプレイ初体験除霊師がSMについて熱く語る。小学生の前で。
「本当に嫌がってる相手にSMを仕掛けるのは、女王様とは言えない。心のどこかで望んでいる相手をぶって蝋燭垂らすからこそ、SM“プレイ”と呼べるのではないだろうか?雨宮君は君のプレイを望んでいたかい?」
そうだそうだ。マジで痛かったぞ?
『……でも、私に気づいてくれた男の子だから、私……』
「サッちゃんさん、あなたの女王様としての矜持はこのジョナサン・小西がしっかり受け止めた」
『……ジョナサン・小西』
「あなたの未練は晴れたはずだ…さぁ、帰るべき場所へ……」
ジョナサン・小西がそう促すと部屋の中に充満していた冷たい空気が引いていくような気がした。
むしろ、暖かな日差しのような安心感すら感じる中で、僕は目を閉じたままサッちゃんの成仏を確信した……
「……おぉ!」「煙が…いや、サッちゃんが昇っていく」「……サッちゃん」
実況する野次馬達。
どうやらサッちゃんが昇天するらしい。
サッちゃん……恐ろしかったけれど、サッちゃんのおかげでいいシーンが撮れたし、鞭、ちよっっっとだけ気持ちよかったかもしれない。新たな可能性を見せてくれてありが…
『……あ、プレイ料金払ってよジョナサン・小西』
「………………え?」




