第27話 おーっほっほっほっ!
12月。雨宮小春、9歳になりました。
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さて、この数ヶ月沢山の事があった。
彼岸神楽流に入門して『頼ろう会』を倒してCM撮影してドラマのオーディションを受けて……
そんな僕ですが、沢山の困難と友との別れを経てようやく今日、憧れの日比谷真紀奈へと大きく近づく。
--日比谷真紀奈。
世界遺産級と称される天性の美貌を持つハイパーマルチタレント。今最も熱い芸能界のスター。出身は大分県。
そして僕の初恋の人--小2の夏に彼女と交わした約束が雨宮小春伝説の始まりなのだ……
--さて。
神宮寺天連原作『虚空』--
直木賞作家の超大作がこの度ドラマ化する。その役のひとつ、「洋太」君役にこの僕、雨宮小春が選ばれた。
今日は制作陣の顔合わせ--つまり本格的な撮影が動き出すわけだ。
雨宮小春は再び東京の地を踏む。
『テレビ夕陽』撮影スタジオ--
KKプロの人の運転する車からダイナミック降車をキメる僕はそのままガチガチしながらスタジオへと入っていく。こっから1人で行けって言われた……
……しかし、中が広かった。
受付をしたら「○○階の○○へ〜」とか言われたけど、緊張で記憶が飛んだ。
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ…」
「ん?」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
オーディションで役が決まってからずっと、剣術稽古の頻度を減らしてまでお芝居のレッスンをしてきた……
しかしそれも短い期間であることには変わりない。
今更になって『ドラマ撮影』というプレッシャーが僕に現実の質量となってのしかかってきた。
……上手くやれるだろうか?
……本当に大丈夫だろうか?
……この作品を、日比谷真紀奈も観るんだろうか?
ふざけた高速道路での仕事では無い……ちゃんとしたスタジオでのお仕事というその形としてちゃんとしてる仕事が僕にちゃんとしろよと更にプレッシャーを押し付けてくるようでつまり今の僕はちゃんとしてるのかと言うとかつてないほどちゃんとはしてるけどちゃんとできてるのかは--
「その震えっぷりは間違いねぇ」
突然、僕の背中にドンッ!と軽すぎる衝撃。奇襲にしては軽すぎる一撃…僕は震えながらも振り返る。
「『虚空』のオーディションの時のゲロだろ?お前……」
「……っ」
この彼岸神楽流五段の僕の背後を取ったのは、長い黒髪を後ろでひとつに括った僕と同じくらいの等身の少年--
同い歳くらいに違いないのに、なぜか見上げるような感覚に襲われるのは彼の纏う大人びた雰囲気故だろうか……
どこか鋭さを感じさせる眼差しは風見大和にも通じるものがある……
白羽ハイル--
僕と同じく『虚空』のオーディションを受けていた子役だ。
「あ、ドモ…ハジメマシテ……」
「よぉ、今日からか?撮影。なんかお前、福岡から来てるらしーじゃん。今、冬休み?」
「ソウデス……」
「…………なんでそんなにガチガチなんだよ。吐くなよ?」
……なんて不思議な奴なんだ。
それが白羽ハイルとの2度目の邂逅での印象だった。
初めて生で見た時は太陽みたいな明るい人って印象だった。
それは快活な挨拶と屈託のない表情が作り出す「子供っぽさ」からくる印象だった。
でもこうして2度目に会った時、なんだか年相応の幼さみたいなものが感じられない…歳上のお兄ちゃんと喋ってるみたいな感覚を覚える。
そして、身に纏うオーラが違う……
「……あなたのオーラは黄金色ですね…」
「は?なに胡散臭いヨガ教室みてーなこと言ってんの?」
この砕けた喋り方も当初の印象より、より刺々しい感じを覚えさせる。
「てか、俺の事知ってる?俺は知ってる。KKプロの雨宮だろ?今まで聞いたことねーけど」
「コンニチハ雨宮デス…白羽ハイルクン……朝ドラ観マシタ……」
「お?「おっかあっ!!」観た?」
「…………ゴメンナサイウソツキマシタ…」
「……なんで嘘つくんだよ」
なんだか知らないけど不機嫌そうな白羽ハイル君。
彼は「で?『虚空』のスタジオ4階だけどこんなとこで何してんだ?」と僕を睨めつけてくる。
……おや?道に迷っていた僕にとってこれは渡りに船では?
「いや実は…スタジオが広くて迷ってて…」
「うわぁ急に普通に喋んな。気持ちわりー奴だな」
「……」
面と向かってそんな事言われたら傷つく……
「『虚空』のスタジオ4階、エレベーター、あっちだから」
「あ、ども……」
そこまで教えて貰ったらもう用もない。
さっさと仕事をしに行こうと僕が彼の親指の指し示す先へ歩を進めると、背後から白羽ハイルの声が飛んだ。
「そうそう、このスタジオ幽霊出るらしいから…気をつけてな?」
「…………え?」
なんで急にそんな事言うの?嫌がらせ?
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ドラマ『虚空』--
上京した主人公が数年ぶりに地元の島に帰ってきたら幼なじみのヒロインが殺人鬼のロクデナシになってたって話。男女のドロドロと罪と愛との向き合い方を描いた高カロリー胃もたれ必至、直木賞作家神宮寺天連の名作。
幽霊が出ると噂のスタジオで何とか幽霊には遭わずにスタジオまで到着した僕はその場で作品に関わる皆さんとの顔合わせを始めた。
ドラマの撮影は顔合わせして、本読みして、ドライリハーサルして、カメラリハーサルして諸々して本番して……的な色々段階を踏んで撮影が進んでいく。結構めんどくさい。
とりあえず本格的な撮影は明日のロケ地からスタート…今回は本当に顔合わせして軽く打ち合わせしてみたいな感じになるみたい。
そして……
「……えー、皆さん揃いましたかね?じゃあ、ぼちぼち始めていきまーす」
室内に集う人々へサングラスをかけたお兄さんが呼びかける。瞬間、若干リラックスしていた空気が張って行く気がした。
……とそんな感じで始まったんだけど。
僕にとってはみんな業界の先輩で、かつ僕にとってはこれがデビューで、緊張感がまたしてもじわじわと込み上がってくる…
そしてスタジオ内に円を描くように座った制作陣が順繰りに自己紹介していく。現場のリアルを肌で感じ、緊張からか寒気が止まらない。
「プロデューサーの河上です。皆さんよろしくチェケラッチョ」
プロデューサーとは多分1番偉い人だ。多分。オーディションに居た何故か室内でサングラスしてる人だ。控えめに言って舐めている。
「監督の処です。よろしくお願いします」
監督とは現場で1番偉い人の事だ。多分。恐らく、トコロテンが好物。
「脚本の寺門一心です。みなさんチェケラッチョ」
脚本家の人だ。つまり作品の構成やら諸々をする人だ。恐らくこの人はプロデューサーと何らかの関係性があるに違いない。
「…………」
「……」「……?」「……」「……(汗)」
原作者の神宮寺天連さん。
順番なのに何故か腕を組んだまま無言で座って僕らを睨めつけてる。怖い。
この人はオーディションでも僕らに尋常ではない圧を加えてきた……
その他、カメラとか照明とか美術担当とか音楽担当とか……本当に作品に携わる全ての人が順番に挨拶を終えていく。
そして演者の番……
「皆さん初めまして、鳴海誠也です。みなさんでいい作品作りましょう。よろしく!」
鳴海誠也--ヤッテ・ランネー・プロダクション所属俳優。確か月9かなんかに出てた人……
今回は主演で、爽やかな風貌からは想像できないくらい荒んだ主人公を演じる。
「…………芝原きき。よろしく…」
劇団ゴクドウ所属超実力派女優兼モデル。洗練された都会のオンナって感じだけどその目は死んでる……今回はヒロイン役のクソ女を演じる。役的には僕のお母さんにあたる人。
「おーーっほっほっほっほっ!!」
そして一際大きな高笑いがスタジオを震わした。突然の高笑いはその場の全員の鼓膜を容赦なく破壊していく攻撃力……
その人はヒロインの妹役…僕とは1番一緒にカメラに映る人なんだけど……
「ヤッテ・ランネー・プロダクション!本気坂48の城ヶ崎麗子ですわーーっ!!みなさーーんっ!!今回は事務所の意向で出演させて頂きますわーーっ!!おーーっほっほっほっ!!私の輝きに、呑まれないようにしてくださいましねーーっ!?おーーっほっほっほっほっ!!」
本気坂48--
今や超国民的アイドルの地位を不動のものにしてる人気ユニット。その不動のセンター。
漫画から飛び出してきたようなくるくるの巻き毛はどう見てもお嬢様…
姉に虐げられる役にはとても見えないこのトップアイドルが、僕の共演者。
……これがマイクを破壊するって言う城ヶ崎麗子の高笑いか…生で聴いたらすごいね…
「え?なんて!?」「ごめんちょっと今耳がキーンってなってて聞こえねー」「もう一度お願いできますか……?」
そして全員耳がやられてた……
彼岸神楽流奥義『五感遮断』により聴覚を超反応でシャットアウトしてなければ、僕の耳も今頃無事ではなかったろう……
……おっと、僕の番だ。
養成所で習った……芸能界の基本の「き」…
もしかしたら「ほ」かもしれないけど。
新人は礼儀正しく。
常識的に、愛想良く、とにかく第一印象は大事!
ファーストステージでのレッスンで鬼のような礼儀作法の指導をくぐり抜けた…その成果が問われる。
僕は立ち上がり今だに鼓膜のダメージから回復出来てないメンバーに向かって一礼。
「KKプロダクションの雨宮小春です!精一杯頑張ります!!よろしくお願いします!!」
……これでいい。
子供っぽさも出ただろう。きっと女性メンバーから「まぁ、なんて健気で可愛らしくて将来日比谷真紀奈辺りと結婚しそうな坊や」って思われ--
「ごめん聞こえない」「まだ耳が…」「もういいか別に……なんも聞こえねー☆」
「おーーっほっほっほっ!!あなた!ちょっと元気が足りませんことよーーっ!?なんにも聞こえませんわーーっ!!おーっほっほっほっほっ!!」
誰も聞いてなかった……
自分の高笑いでダメージを受けた城ヶ崎麗子からの追い討ちおーっほっほっ!で更なるダメージがメンバーの鼓膜にのしかかる。
……多分もう何言っても聞こえないし、もう誰も何も言う気がないと思われるスタジオ内で、城ヶ崎麗子へと集まる非難の視線の中僕はゆっくり腰を下ろした……
『………………サッちゃんです。みんな、なかよくしてね』
……その時、高笑いによるダメージで誰の耳も機能してなかった中で、僕のすぐ後を追いかけるようにボソッと響いた声に気づけた者は『五感遮断』によりノーダメージだった僕以外にいないだろう……
でも、僕は聞いた……
誰が発したのかも分からない、場にそぐわない小さなその自己紹介を--




