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第22話 爆心活経

「……チーターに撮影スタッフが食われたんで今回の初仕事はお蔵入りみたいです」

「そうですか。それは残念でしたね…」


 道場で汗を拭いながら師範にそう報告する僕の足下には兄弟子が転がっていた。無論、僕が倒した。

 またひとつ強くなったことを確信する、まだまだ暑さを感じさせる9月末……


 どうも、彼岸神楽流五段、雨宮小春です。

 違います。

 日比谷教教祖、雨宮小春小学三年生です。


 初恋の人、日比谷真紀奈との約束の為に芸能界に飛び込んだ僕を待っていた数々の洗礼…

 養成所の教官の鼻を(物理的に)へし折って手にした初仕事は色々あって無かったことになってしまったんだけど……


 それを報告すると我が師匠、彼岸神楽流総師範にして現役高校生、彼岸神楽はとても残念そうにしてた。


 僕を後継者にと虎視眈々と狙って週7で道場へ呼びつけてはいるが、なんだかんだで僕の芸能人生を応援してくれているみたいだ…


 師範ともなんだかんだで長い付き合いになっちゃったな……


「ですが師範、これから--」

「残念です。我が道場で3ヶ月以上汗を流しておきながらたった一匹のチーターに遅れをとるとは…」


 違った。


「小春……あなたは強くなった。しかしその強さが傲りに繋がっている」

「いません」

「折角身につけた死に際の集中力が、強さによる自信により薄れている…こんな事では彼岸神楽流次期総師範は名乗れませんよ」

「名乗りません」


 剣を取れ--そう言わんばかりに師範は僕の前で真剣を構えた。小学三年生に刃物を向ける高校生…どう考えてもおかしいけど、これが道場では正常……


 たった今強敵、羽場平先輩(六段)を倒したばかりだというのに……


「……師範、すみませんそろそろレッスンに戻らないと……」

「ならば私を倒しなさい」


 なんで?……なんて疑問もツッコミもここに3ヶ月も通っていては今更もいいところである。

 この道場で師範が剣を手に取ったならば無傷での生還は絶望的だ…

 そろそろ児童虐待とか疑われないか不安になりつつ将来の為にもこれ以上体の傷を増やさないようにと僕も剣を構える。


「小春……まずはその天狗になった鼻を叩き折ります」

「師範……僕とてもう簡単にやられる程弱くないですよ」


 芸能界のスターを目指す僕のサクセスストーリーに突然割り込んできた剣術家としての自負。既にKKプロダクショングループの養成所の教官にも引けを取らない僕だ。

 いくら師範でも--




「……傲ってました」

「ふん…小春、まだまだです」

「雨宮でもまだ勝てねぇか…」「当たり前だ。師範はあの関西煉獄会をも退けた上、九尾の狐を倒してるんだぞ?」


 彼岸神楽流にはたくさんの伝説があります。

 しかし師範曰く関西煉獄会も九尾の狐も別の人がやっつけたらしいです。


 この街では変なことが起こりまくりです…


 腫れまくった顔で天井を仰ぐ僕を師範が見下ろす。どうしてくれる商売道具にこんな…


「……ろくにデビューも出来ないのに意識だけは一丁前ですね」


 思考まで読まれている。

 師範曰く、剣は心を映すそうです。刀身に映った顔を見れば何を考えているのかを見据えられるそうです。


 てか、ろくにデビューも出来ないのは7割方あなたのせい……


「小春、身に染みましたか?」

「……はい」

「彼岸神楽流の真髄は常に死地の中でこそ掴み取れるもの……まだまだ死にかける必要がありますよ」


 まだ!?


「そろそろ燃える剣と飛ぶ斬撃を体得してもらいますからね…今月からはよりハードに稽古をしてもらいます」

「……えぇ」

「…………そろそろ芸能界を諦める気になりましたか?」

「…………なりません」


 *******************


 KKプロダクショングループ芸能養成所、福岡校。


 あのCM撮影後初登校。僕は早速校長室へと通された。

 そこに待ち構えていたのは未だに鼻の絆創膏が取れない蒙古の末裔、俳優コースサードステージ教官、黒蝶。そして校長…


「……どうしたのその顔」

「校長先生、大したことはないんです…ただちょっと……軟禁された上に刃物による暴行を受けてて……」

「軟禁された上に刃物による暴行!?」


 話を戻そう。


「藤嶺Dや撮影スタッフはチーターによる襲撃で入院…共演者の細川はやさんも大怪我を負った事から今回の『爆速、ソニック2』のCMはお蔵入りになるようだ…聞いたね?小春君」

「はい」


 黒蝶教官の鼻を(物理的に)へし折った僕。

 その罰として過去一過酷な現場での仕事をやり遂げてこい…できなきゃ退学。

 そう告げられて送り出された『爆速、ソニック2』のCM撮影。


 一応、仕事はやり切りましたよ?現場での評判も良かった。うん。

 ただこの場合、どうなるんですか?


「……今回のお仕事は無かったことになるから、あの約束も白紙ね」


 と、鼻の傷を忌々しそうに撫でる黒蝶。


「え?いや…でも僕、ちゃんとやりました!」

「そのようね……藤嶺Dから連絡を貰ってるわ…次仕事があれば是非お願いしたいと…」


 とうとう僕の役者としての実力が評価される日が来たのか……っ!


「天与呪縛並のフィジカルだったと…」


 フィジカル面の評価でした。師範、ありがとう。


「あの、教官…僕に努力の大切さを教えるが今回のコンセプトだったような気がします…僕、身に染みました。もうサボりません…なので……」

「認められません」


 そんな……


 折角手に入れた芸能界への切符……それがこんなところで……

 僕は本当に彼岸神楽流を継ぐしかないって言うのか……?


 目の前が暗転していく。じわじわと絶望が目の端から暗闇として迫ってくる中、僕は黒蝶教官の言葉に耳を傾けてた…


「小春君、私はあなたに期待してます。でもね?問題の『爆速』の撮影データを拝見しました。はっきりいってあれは…役者としてのどうこうとか関係ない」

「でしょうね」

「あれで芸能界の現実の過酷さを知った気になってるのならそれは勘違いです。私が教えたいのはそういう事ではないのです」


 違うの?

 芸能界ってのはあれ以上に過酷なの?

 高速道路でランボルギーニやチーターと競走させられるより?


「もう一度同じ条件でお仕事を出します。今度はドラマの撮影です」

「どどどど、ドラマ!?」


 雨宮小春の心拍数が上昇!それにより彼岸神楽流奥義のひとつ『爆心活経』が発動してしまった。

『爆心活経』とは全身の血の巡りを通常より早くし体温を上昇させることで通常時を越えるポテンシャルを発揮させる、彼岸神楽流において基本にもなる技である。

 基本なのに、奥義なのだ。


「ドラマのオーディションで役を勝ち取って来れたなら……あなたに引き続きここでお稽古をつけてあげましょう」


 黒蝶の横で校長も頷く。異論はないらしい…


 しかし……ドラマか…………


 ドラマって言ったら、ザ、役者のお仕事じゃないですか!!


「……はいっ!僕!!頑張ります!!」


 室内を震わせる音の爆発。『爆心活経』により声量もアップしていた。


 耳をキーンさせながらも黒蝶はその気合いを評価してくれた。ところでこの蜂に刺されたみたいになった顔面で大丈夫ですか?


「……小春君、あなたに芸能界の現実を教えてさしあげます」

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