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第195話 真紀奈に教えて!

「お願い。君しか居ないんだ」


 私は可愛い--

 どれくらい可愛いかと言うと昨日ファミレス行った時に財布もスマホも忘れた事に気づいたけど頭下げたら店員さん許してくれてタダにしてくれたくらい可愛い。

 ついでにインスタ用の写真撮ってあげたら今日の売上が8倍になった。

 そんな日比谷真紀奈の美しさの根幹を支えるもの……以前そんな取材を受けた。

 まぁ一般人が私の真似をしたからと言って素材から違うこの日比谷真紀奈に数ミリでも近づけるのかって言うと全人類が首を傾げるだろうからこの記事を書こうと思った人はセンスがない。

 それでも答えた。


「やっぱり美しさとは内面から滲み出るもの…外見はもちろんの事品性や知性、そして弱点のなさ…これは大切。美しいものは全てを超越する。そういう日々の努力により培われた内面こそが真の美しさには必要ですね」


 かつて友にかけられた言葉。見た目に負けないくらい内側を磨け…

 その教えにより日比谷真紀奈の美しさは今や天上知らず。控えろ人類。


 けどそんな私が今、敗北の二文字を目前に喘いでる。



 --ドラマ『ゴルゴンの三姉妹』


 究極の美的生命体を主演に迎えた今作だけど、美しさ一点集中のこの日比谷の前に究極とも呼べる演技の天才が二人も舞い降りた。

 その名も小鳥遊らいむと妻百合初音。


 敗北に泣き脱糞する美の女神もそれはそれで魅力的かもしれないけど、美しさとは完璧を現す言葉。そして日比谷真紀奈とは究極の美を現す名。

 負けるわけにはいかない。けど、負けそう。

 二人の天才演技を前に現状私は埋もれがちになってるってのが正直なところ。


 この日比谷真紀奈が?


 なんとかしないと…だってこのドラマの視聴者が観たいのは演技すらこなす究極の美的生命体だもん。


 そんな私が泣きついたのは同じ事務所ハニープロダクションの後輩。

 私の事務所に一人天才が居る。落ちた天才。最近全然見かけないあの人…


『俺はその器じゃない…』


 でも電話越しの彼はとっても萎んだ声を出して私からの、この日比谷真紀奈からの、ファミレス代がタダになる日比谷真紀奈からの懇願を突っぱねる。


「そんな事ない。君の力が必要なんだよ。君は私が知る限り…でもないけど最高の役者だもの」

『旬が過ぎて仕事もないこの俺が?喧嘩売るのも大概にしてください』

「自信を持って!君にしか頼めないの!このままじゃ私、小鳥遊らいむと妻百合初音に食われる」

『小鳥遊らいむ……』


 彼は電話越しに意味深な吐息と友にその名前を口にする。


『……日比谷先輩を脅かす程になりましたか。出世しましたね…残念ですが男と女じゃ芝居の質が違う。それに今の俺じゃ、小鳥遊らいむや妻百合初音に勝てる芝居は出来ない』

「いいよ君が出来なくても私がするから。チャチャッとお芝居教えてよ」

『……俺、引退しようかと思ってるんです』

「えぇ!?ライバルに勝つまで頑張るって言ったじゃん!」

『…俺はもう負けてますんで…』

「ちょっと待って!か--」


 電話は一方的に切れた。この日比谷真紀奈との通話をこの男は切った。


「むきーーっ!!」

「日比谷さんお願いしまーす」


 …来てしまった。


 スタッフの呼び掛けに応じて、カメラの前で私を待つ妻百合初音の元へ私は重い足を引きずって向かう。

 そんな私の背中に見惚れる…いや見つめる男の視線がひとつあった……


 ********************


『あなた……何者なんですか?』

「……」

『あなたが本当にお父さんとお母さんの子供だって言うんなら、DNA鑑定に協力してください』

「……あなた達もするならね?」

『……浅利さん』

「雅さんはあなたのお姉さん……でもそれって雅さんが言ってるだけでしょ?」


「カット!」


 確認後監督からOKは出た。

 でも私としては終始妻百合初音の演技の放つ存在間に圧倒されたままだった。


 社長が言ってた…私の演技はまだまだ……

 この業界でもっと上を目指すならこのままじゃダメだ……



「固いです。日比谷さん」


 あまりのダメっぷりにか妻百合さんからアドバイスを食らった。この日比谷真紀奈が歳下から指導を受けるなんて……っ!くっ!!


「……敵に塩を送るなんて余裕だね」

「?」

「ふふ……この日比谷の美貌に演技力が加わったらタダでさえ空気中のチリなみんなが更に霞んじゃうから手加減してるんだよ…勘違いしないでよねっ!」

「……?」

「……か、固いとは?」


 クランクインから元々化け物じみてたのに更になんかすごくなって来てる妻百合さんに探りを入れてみた。


「なんというか……いえ、お上手なんですけど…監督もOKを出してますし…変に意識し過ぎだなというか自然体さがないなって言うか……もっとこう……」

「こう?」

「もっとふわっと思ったままと言いますか…頭で考えるよりハートと言いますか……」

「…………」



「…小鳥遊さんってお芝居まぁまぁ上手だよねっ!!」

「舐めてんのかてめー」


 業界の先輩にあるまじき態度の小鳥遊らいむ。

 先日の雨宮君にまつわるやり取りから深かった溝が一層深まった気がする。しかしここではライバル。それでいい。

 そんなライバルにさりげなく探りを入れてみよう。

 共演者の堀堀ほりほりさん(太陽劇団所属)曰く小鳥遊らいむは技巧派との事…そんな匠のスキルを盗む。


「なんかコツとかあるのかなぁーって。うん。普段何考えて演技してるのかなーって。うん。なんかアドバイス?できることもあるかもしれないしぃ?」

「喧嘩ってます?」


 あれ以来小鳥遊さんからの殺気が凄い気がする。どこに居てもものすごい視線を感じる。


「……まぁ、こう…盛り上がる時はドバーッて…そうじゃない時はシーンッて…そんな感じで……」

「…………」



「堀堀さん、堀堀さんは普段何を考えてお芝居してますか?」

「わんっ!」ザクッザクッ

「堀堀さん」

「わんっ!!」ザクッザクッ

「堀ほ「堀堀さん、現場の床を掘らないでくださいっていつも言ってるじゃないですか。掘るなら僕のケツ、今晩空いてますから」「ウホッ、いい男。やらないか」

「わんっ!!」



 役者ってのは理論的な教え方が出来ない人ばかりなの?


 その日の撮影も、相変わらず小鳥遊さんとのシーンではリテイクが重なり、それ以外では特に何も言われず。

 胸の中に消化不良感が溜まったまま私は帰り支度をしていた。


 小鳥遊さんとのシーンでのリテイクで少し予定を押し、10代組はとっくに上がった23時。

 現場から出てタクシーでも拾おうかと通りに出た私は背後に視線を感じた。


「殺気っ!?」

「私だ」


 夜の街灯に照らされるのは大物俳優、栗亜稔。

 シワだらけの顔を和やかに破顔させる栗亜さんは「お疲れ様」と言いながらタクシーを狙う私の隣に立ってきた。


「今日も小鳥遊君とは調子が悪そうだったね。小鳥遊君も君とる時は本調子が出ないようだ。不思議だね」

「私は草タイプじゃありません」


 フシギダネよりヒトカゲ派な私は歯に衣着せない栗亜さんの言葉にムッとした。

 彼は老眼鏡の奥の目でそんな感情表現を笑い流して通りを流れるテールランプを見つめる。


「日比谷さん自身、自分の仕事に納得出来てないみたいだね」

「う……」

「お芝居、上手くなりたいかい」

「…以前栗亜さんが仰ったんでしょ。このままじゃ埋もれるって……」

「そんなに気にしてたの?はは…まぁ演技一本の役者とモデル上がりの日比谷さんが張り合おうとする必要もないんだけど…」

「そういう問題じゃないです」

「まぁ確かに…主演だしね」


「ただ」と大先輩は続ける。


「そんな君をあの天才達と一緒にキャスティングした意図というものもあるんだよ。君は十二分に仕事をしてる」

「それでも納得出来ないんです」

「上手くなりたいかい?」


 栗亜さんの目が私の横顔を捉えた。

 私もタクシーを捉えた。


「っ!?うわぁぁぁっ!!」


 突如道端に降臨した奇跡の女神の姿に驚いたタクシードライバーは思わず絶叫。


「おいなんだっ!?うぉぉっ!!」「ぎゃああっ!!」


 ハンドル操作を誤りタクシーはそのまま対向車線を走るバンと衝突。

 夜の街に激しい衝突音と爆炎が広がった。


 事故現場と化した私の帰宅路で立ち登る紅蓮の炎に照らされる栗亜さんの顔は私を見つめていた。どうしてそんなに見つめるの?ってくらい見つめてた。

 事故現場より見つめてた。


 ……仕方ないか。目の前に居るのは神の産みし奇跡の美貌。この日比谷真紀奈を前にしていたら例え大統領が目の前で撃たれても無視しようというもの。


「……美しい存在は弱点があっちゃダメなんです。全人類に完璧な日比谷真紀奈を届けるのが、美の女神の使命ですから」

「……お、おぉ……」


 何その反応。


「上手くなりたいですね。小鳥遊らいむと妻百合初音より……」


 栗亜さんはそんな私の返答に満足気な頷きと、包み込む大判餃子の皮のような眼差しで応じた。


「なら……家においで」


 そしてそんな事を言い出したの。


「え?」

「今から家においで」

「…………」

「……僕の家においで」

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