第183話 コンジュラットジェーション
「えー!?ちょーかわいー♡」
先日発表した論文『可愛いと言ってる10代女子が本当に可愛いと思ってるのは可愛いと言って悶えてる自分』は学会で酷評された。
題長すぎか。ラノベかよ。
作者の次回作が決まった…
そうと決まればさっさと全てのストーリーを終わらせて本作品を完結!させなければならないのだが、生憎この雨宮小春、未だ入院生活…まだまだその時は来ない。
そしてそんな僕の病室にお見舞いと称して現れたこの人達は間違いなくお見舞いに来た訳ではなくただ集まる口実が欲しかっただけだ。
なぜなら僕のことなどそっちのけでスマホの向こうの子猫に夢中だからだ。
殺し屋との死闘によりボロボロな上事務所をクビになる予定なう、そんな俳優、雨宮小春の元に集まってるのはドラマ『黒鉄荘』で共演するメンバー達。
朝日奈ゆう、三嶋舞奈、高坂佳苗、目黒イチヤ。
この朝日奈氏、三嶋氏は実は植毛であるという事実は限られた業界人しか知らない…
色々あったこのメンバーも今やプライベートで集まるくらいには関係がいい感じになってる。
「これ見たらレオパルドさんも元気になるよ」
とおそらく目の前の怪我人よりも案じてるであろう男の名前を出す三嶋氏の言葉に乗っかり目黒氏が僕に本題を切り出した。
……本題?本題は見舞いだろう?
「……雨宮さん。レオパルドさん、まだ引きこもったまま出て来ないんです」
「……」
宇宙きらりの死は彼の胸に深い影を落としているらしい。
僕が退院したらドラマの撮影再開だ。それまでに彼が活動復帰してくれないと損害賠償を請求されるかもしれない。
理不尽な事に全て僕のせいにされている。
しかし初恋のあの人、日比谷真紀奈へ近づく道が潰えかけているこの雨宮、人の心配をしている場合ではない。
無言のまま布団に潜ろうとする僕に高坂氏が身を乗り出して提案する。おっぱいが当たった。
「雨宮先輩、レオパルドさんの為にメッセージビデオ撮りましょうよ」
この怪我人になんてハードな提案を…
しかし高坂氏の双丘の触れた箇所が癒しの力で少し回復した…気がする。話だけは聞こうじゃないか。
「メッセージビデオ?」
「だって、心配じゃないですか」
「…………今はそっとしておいてあげた方がいいと思うけど…」
「小春君、何か知ってるの?レオパルドさんが引きこもった理由」
三嶋氏の質問に僕はバツが悪そうに目を逸らした。僕とした事が分かりやすすぎる反応。
一流俳優である彼らがその表情を見逃すはずはない。
「…小春君、レオパルドさんと仲良いみたいだもんね…」
「何があったの?」
「…時期が来たら話すよ」
そんな時は来ないと言うのに…
「……そういえば雨宮先輩もあんまり元気ないですよね」
と、怪我人に対してそんな事を言う高坂氏。そりゃ怪我人が元気満点にBling-○ang-Bang-Bornでも踊ってる方が怖いだろう。
…しかし同じKKプロの高坂氏、どうやら僕のクビのことは知らないらしい。
今の僕はKKプロをクビになり(確定予定)今後の芸能活動どうしようって時に同期が日比谷真紀奈と仕事をしているという状況でストレスとジェラシーでメンタルがアリーヴェデルチなのだ。
「なんかありました?先輩。お見舞いのフグ、腐ってました?」
高坂氏がグイグイくる。わざとか?というレベルでおっぱいを押し付けてくる。
ちなみにフグの鮮度は問題ない。今もベッド横のテーブルの上でビチビチいってる。添えられたメッセージカードには「捌いて食べてね♡」と書いてある。
……フグの調理師免許を取るのに2年は必要…問題はそれまでの鮮度だ。
「……メッセージビデオって何撮るの?」
これ以上追求されても困るのでとりあえず彼女らの提案に乗る形で話を振ってみた。
朝日奈氏が「うーん」と絶対何も考えてないのに顎に指を添えて考えてるフリをする。
「……ただ早く元気になってください的なものを撮っても面白くないし、そもそも体調不良なのかなんなのかも分からないし…とにかく心配してます。いつでも相談してくださいって事を伝えたいな。あと、やっぱり映像には拘りたいし…照明は○○○で音響はやっぱり×××…………」
朝日奈氏、めちゃくちゃ考えてる。MVでも撮るんかってレベルで考えてる。知らない横文字用語が口からポロポロ出てくる。
病室で「いぇーい☆レオパルドくん元気ぃ?」ってノリで作るつもりはないという事か…?
「気合い入りすぎでは?朝日奈さん」
「大丈夫イチヤ君…スタジオは抑えてある」
その一言で僕は再び布団に潜った。
今の彼に何をしてやったところで心の傷は回復しないだろう…
しかし彼ら彼女らのこの気持ちは伝わるかもしれない。いや、それが大切なのだろう。
是非頑張ってほしい。
さよならだ。アリーヴェデルチ。
「まぁ…とりあえず撮りに行きますか!」
悪魔、高坂氏。容赦なく僕の布団をひっぺがす。夏休みに惰眠を貪る小学生の如く恨めしそうに高坂氏を睨むが何処吹く風。
「なんですかーその目。雨宮先輩実は元気でしょ?よく病院抜け出してほっつき歩いてるってナースさん言ってましたよ?」
くそがっ!
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『コンジュラットジェーション!!』
Congratulationとはおめでとうみたいな意味のはずだ。それを動画内で高らかに叫ぶ『黒鉄荘』メンバー。バックダンサーとバリバリのレーザー照明。腹に響く重低音は傷心の新郷レオパルドにとってみれば喧嘩売ってると思われても仕方ない。
そんな中で最もハードにダンスを披露するのはこの僕、雨宮小春(全治半年)である。
『レオパルドさん!元気だしてください!!』
とりあえず「レオパルド氏は今心を病んでる」と伝えた結果作られたのがこのメッセージビデオだった。
新郷レオパルド氏は全裸で体操座りのままその映像を眺めている。僕にはその瞳に映る心模様を読み取る勇気はなかった。
「……彼岸神楽流の稽古、そろそろ出てきてくれないと師範がブチ切れるんですけど…」
「お前本当はもう体いいんだろ?」
そんな彼の第一声はこれだった。
高校生の分際でやたらいい家に住んでるこの売れっ子俳優は今、宇宙きらりの為に自己破産までしたのに彼女を救えなかった。
そんな彼の心の傷は察するに余りある。
僕は慎重に口を開いた。
「…………服、どうして着ないの?」
「俺には必要ない」
必要ないらしい。パリの最新鋭ファッションを捨てたのか…?
「俺は今全身で、きらりを感じている」
変態だった。
「…みんな君が塞ぎ込んでいるから心配してるよ?」
「……ああ」
どこか気のない返事を返す彼に僕はどう言葉をかけたものかと思案する。
どうして絶賛傷心中なのに人の心配をしなければいけないのか。僕の芸能界での昇進はまだなのか…
そんな胸中の僕に残念ながら心の余裕はなく、段々イライラし始めていた。
「レオパルド君……宇宙きらりの事は残念だったけど、君はできる限りの事を--」
「きらりは俺に伝えてくれたよ。ありがとうって」
僕の言葉を切って虚空を見つめる彼はそう呟いた。
その目は死人の目ではなく、僕は初めて彼の横顔を見ることが出来た。力強くここでは無い前を見る彼の瞳に僕は驚きを感じていた。
「命を燃やして、全力でな…」
「……」
「俺は何もしてやれなかった。そして、あの子の為にしてやれる弔いもない」
「……充分だよ。宇宙きらりがあの最期の一曲を命を燃やして作れたのは、君達が全力であの人を支えてあげたからだろう」
「……」
「彼女は報われた」
歌手として最高のまま、宇宙きらりのまま死んだんだ。沢山のファンと、宇宙きらりという一人の人間を想ってくれる人達に支えられ、歩ききったんだ。
最高の最期だったはずだ。少なくとも彼女にとっては……
「……『黒鉄荘』はきらりの為に捧げる作品になるはずだった。でもあいつはそんな事は望まなかったんだな」
彼女が最後に選んだ仕事は『黒鉄荘』の主題歌ではなく、自分の人生を支えてくれた人達への謝辞だった。
彼女にとってそれは何よりも大切な仕事だった。
死んでいく体で最期まで歌った彼女の姿は今も目に焼き付いている。
「『黒鉄荘』を最高の作品にする事が彼女への弔いになるとは思ってない。けど……」
前を向いたままのレオパルド氏はそう言って立ち上がった。イチモツが揺れる。デカい…18センチか……
「けど……このまま腐っていっても、それは宇宙きらりの望んだ俺の姿ではないよな?」
……だろうね。
なんの為に彼女は血反吐を吐きながら歌ったのか…
それくらいはこの変態も理解してるようだ。
「…心配かけたな。塞ぎ込んでる訳じゃないんだ」
そう言って机の上に置かれたシワだらけの台本の数々を僕の方に放る。無数の付箋と書き込み。
新郷レオパルドが抱えている仕事の数々…その一つひとつに彼は改めて向かい合っていたのだ。
宇宙きらりがそうだったように、新郷レオパルドも新郷レオパルドで在る為に…
彼は最高の仕事をするだろう……
僕は確信を持って彼を見つめていた。
「だからお前も復帰しろよ。こんな所まで来るくらい元気ならな」
「僕、全治半年だよ?」
「……半年も待てない。俺は今すぐにでも撮りたいんだ」
メッセージビデオに視線を移しながら大俳優、新郷レオパルドはそう力強く言った。
新郷レオパルドに、宇宙きらりに、人の心の強さを見た。
そうさ……まだ折れる訳にはいかない。
夢に至る道程で出会った二人にその事を教わり、幾度目か分からない自分への励ましを心の中で呟いた。
「……そうと決まれば--」
「行くか。雨宮小春」
「彼岸神楽流の稽古を始めよう。師範の怒りが噴火する前に!」
「…………いや、そっちは別に……」




