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第180話 お前は顔がいいだけだからね

 前回までのあらすじ!

 KKプロ所属俳優の雨宮小春さんは何かをやらかしたらしくクビになるそうです。

 真っ白になってました。

 しかし先生が仰るには絵の具で着色しておけばひとまずは心配ないとの事。

 そして私はと言うと新作ドラマの撮影を控えています。



 皆様こんにちは、妻百合初音です。


 東京は今日も暑くてカラッとした夏空の下で蝉が鳴いています。もうそんな季節です。

 そんな空を車窓から眺めつつ私は向かっていました……


 そう……日本芸能界のトップスターの待つ場所へ……


「流石に表情が固いわね……」


 運転席でハンドルを握る百地浜専務の声が青空に引き込まれた私を現実に引き戻します。

 この方は劇団クレセントムーンの専務にして会社の株を持ってない私のマネージャーでもあります。

 ちなみに我が劇団はKKプロ系列でして、社長はカタツムリです。


(うねうね……)


 本日はわざわざ社長、チョココロネさんもご同行してくださるとのことです。肩の上で粘液を出しています。


「無理もないわね…初ドラマであの南戸監督の作品…しかも共演者があの日比谷真紀奈と小鳥遊らいむとなればね…」

(ねばねば)


 ……そう。

 今度のドラマ『ゴルゴンの三姉妹』は映画界の巨匠、南戸監督がメガホンを取り、トリプル主演として私と、銀幕の女王小鳥遊らいむに世界の至宝、日比谷真紀奈が出演するのです。


 今日は「本読み」という撮影前の合同練習みたいなものの日…

 本格的な撮影前の、キャスト達の顔合わせの場なのです。


 緊張もするでしょう……

 私と他二人では文字通り役者が違います。もちろん、他の出演者の皆様も私よりキャリアも実力も上……


 ……ですが私が浮かない顔をしているのはその事ではないのでした。



 …雨宮さん、本当に大丈夫でしょうか?


 大手KKプロをクビになる雨宮さん…真っ白に燃え尽きながらも未だその情熱は衰えていない様子でそれは安心しました。

 ただ、情緒不安定でした。


 --雨宮さんの夢……


 雨宮さん、やたらと日比谷真紀奈と共演する私をひがんでました…しまいには耳齧られましたもん。


 もしかして雨宮さんの夢というのは……


「到着よ、初音……」


 いつの間にか停まっていた車から外を覗くと大きなスタジオが佇んでいます。

 ここが南戸監督の仕事場なのだそうです。本日はここで初顔合わせと衣装合わせ、本読みが行われると聞いています。


「初音」

「はい、社長」

(うねうね)

「呼びかけたのは社長ではなく、私よ」


 いけません…百地浜さんはあまりにも社長っぽいので社長と呼んでしまうのですが社長はこちらの、アフリカマイマイです。

 改めて自社株を持っていない専務取締役の方を見ます。

 老齢ながら力強さと頼もしさを備える凛とした敏腕マネージャーの顔がありました。


「このドラマであなたは更にワンランク上のステージに行けるわ…」

「……はい」

「あなたの演技はこの世界でも随一……確かに、今回の他二人の主演……キャリアも知名度も人気も…全てにおいて格上…でも、実力という点ではあなたが最も抜きん出ているわ」

「しゃ…………専務……」

「これは戦いよ」


 社ちょ……百地浜さんが力強く言います。


「舞台女優はどうしても知名度が上がりにくい…だからこそデビュー当時はCMに力を入れたわ…そして次は……ドラマよ。この作品で羽ばたけばあなたの夢見る世界にまた近づくわ」


 私の夢見る世界……

 私の夢……

 私はいつか雨宮さんと一緒にもう一度……


「舞台と違ってカメラ演技は誰が最も画面の中で輝くか……大物達の食い合いよ。初音…日本芸能界のトップスター達を……あなたが食い散らかしておしまい!」


 私が……


「私はあなたを世界の妻百合初音に--「食い散らかすのは行儀が悪いのでお上品に箸でいただきますね」


 いただけるかは分かりませんが、分かりました。

 それでいいものが撮れるなら。いただきます。


 ********************


 マネージャーの猿渡の運転に身を任せる私の顔は不機嫌そうに歪んでいた。ルームミラーの中から自分を睨む自分の瞳に、私は幾度目かの深呼吸を繰り返す。


 小春がこのKKプロから居なくなる……

 それは私にとって、今日まで芸能界で生きてきた意味を失ったに等しい。

 業界大手のKKプロから弾き出された中堅役者を新たに拾う事務所はあるのだろうか…?

 この業界、噂は直ぐに広まる。真偽は問題ではない。

 KKプロから追い出されるのは業界を干されるにも等しいのではないか…?

 でも私に出来る事はないらしい。


 もしそうなったら?

 小春の初恋は?

 ここまでしてしがみついた日比谷真紀奈との再会は……?


 日比谷真紀奈……

 私と小春の憧れの人であり、私の恋敵…

 私は小春に振られた。日比谷真紀奈が好きだからと……


 --そんな日比谷真紀奈と今日、初めて会う。


 幼少の頃憧れた。

 あの人みたいになれたら、みんな私の事を好きになってくれるんじゃないかって…


 でもそんな憧れも、私がそこに到達した時、私から小春を奪う敵になる。


 潰し合いだ……


 主演三人……私と日比谷真紀奈…それに妻百合初音。

 妻百合初音は中学の時小春の同級生だった女。小春が世間から注目を浴びるきっかけになったあの演劇に出ていた女だ。

 あの女の演技は凄い。私でも嫉妬を覚える程の天才だろう……


 そんな二人と今日、出会う。


 私の恋敵と、私より才能溢れる役者……


 今の私にはこの溜まった鬱憤をぶつける相手が必要だ。

 日比谷真紀奈が私達が憧れ、小春がずっと恋抱くに相応しい女か…

 妻百合初音は私より素晴らしい役者なのか…


 見極めてやる。

 そして……潰す!


 恋敵も商売敵も、一切合切、この小鳥遊らいむが--

 誰も私の言うことに逆らえないくらい最高の仕事をして、力を示して……


 小春をこの世界で護れるくらいもっと、強くなる……っ!


 小春の夢も未来もここで終わらせない。

 そして必ず私に振り向かせてみせる。


 そんな相反した想いを胸に私は今日、今代日本芸能界最高峰の現場の敷居を跨いだ--


 ********************


「パリどうだった?」


 事務所の社長室でのんびり台本に目を泳がせていた私にしゃがれた声が向けられる。もう80になるのにその身に纏う覇気は小鳥が気絶する程。

 そんな社内外問わず苦手意識を抱く人が多いこの女社長の前でソファに寝転んで適当に台本に目を通せるのは世界広しと言えどこの現代の至宝くらいだろう……



 --私は可愛い。


 世界中で飢餓に苦しむ子供が居る。戦争で家を無くしたり、泥水を啜って今日を生きている人達が居る。そんな人々の心の支えとはなんだろうか?

 そう、この日比谷真紀奈である。

 古来より人は人智を超えたものを神と称し崇め、時に畏れてきた。

 神が100万ドルくらいかけてプロに受注して造形されたかのような完璧な美貌は歳を重ねても全く衰えずそれどころか熟成されてさらに洗練されていく。

 もはやこの日比谷真紀奈という存在は世界の一部であり、この世界に必要な存在。いやむしろ世界の根幹を成していると言ってもいい。

 森羅万象、この宇宙の全ては私という至高の存在でバランスを保ち存在してる。

 私は人々の希望であり、世界の柱……


 そんな私がパリに降臨したのだからそれはもうパリの経済効果は半端なかった事だろう。


 社長は今更な質問を投げかけてきながら今日もこの天上の美姫に見惚れてる。


「別にパリに行くの初めてじゃないし…いつも通りだよ。それより世界経済は?私が日本を離れるといつも経済バランスが崩れるからさ…」

「…べつにお前がどこにいようが世界経済はいつも不安定だよ…仕事ではいつも初心忘るべからず。驕る愚か者はこの世界では思わぬ形で足下をすくわれるよ…」


 ヨボヨボのおばあちゃん社長--香坂夏芽は膝をカクカクさせながら立ち上がって私から台本を奪い取った。


「……特に今回はね…」

「?」

「南戸の所から声がかかるのは久しぶりだね…今回は初の連続ドラマということもあって随分気合いが入ってる」


 何も書き込まれてない台本をサッと見てから私の方に台本を放る…痛い!台本が顔に当たった!!


「この日比谷真紀奈の顔に物をぶつけるなんて!?」

「…………お前は顔がいい“だけ”だからね…慢心するんじゃないよ…」

「……むう。何が言いたい訳?」


 やたらと説教臭い今日の社長の腹の内側を探ろうにも、相変わらず萎んだ梅干しにしか見えない顔からは真意は読み取れない…


 ……まぁ、分かってる。


 中堅クラスの我がハニープロダクションでこの日比谷真紀奈は最高ブランドの看板だ。

 まぁこの宇宙にも通用する日比谷…この私を抱え込んだ事務所は事実上宇宙一なはずだけど…

 競合他社が跋扈するこの芸能界。

 この歳でまだ野心溢れるおばあちゃんはもっともっとこの会社を大きくしたいと狙ってる。私の知名度は必須なわけだ。


 今回この私に舞い込んだ大仕事…最高の形で、この日比谷真紀奈を売り込みたいんだと思う。

 大河ドラマにも出て俳優業界でも一定の地位を築いた私の立場を磐石にしたい…そんな狙いがある。

 だからこその映画界の巨匠、南戸監督の作品なのだ。


 ただ……


「この仕事はある意味大河より大事さ…共演者はあの小鳥遊らいむ…それに新進気鋭の天才妻百合初音……」

「そしてこの日比谷真紀奈」

「お前はまだ役者としては半人前…だからこそカメラの前ではこの二人と立つと霞んでしまう可能性もある…お前は顔がいいだけだからね」


 ……分かってますよそんな事は…ただそれが至高にして全てです。ええ。

 でも私だって伊達に色んな映像作品出てませんよ?


 ……でもまぁ。


「……確かに強力なライバルだ…銀幕の女王小鳥遊らいむ…飛ぶ鳥を落としてブラジルまで貫通させる勢いの若手女優…」

「まだ10代だが子役時代から実績はある。キャリアは侮れないよ…それに妻百合初音」


 彼女の芝居は生で観た。もっとも、デビュー前だったけど……


「この仕事は大事だよ真紀奈…お前がもっと大きくなる為にね……」

「そんな……これ以上私の存在が大きくなったら宇宙の膨張が限界を超えて破裂しちゃう……」

「ほざいてないで支度しなさい。時間だよ…この事務所の成長はお前にかかってる…モデルだけじゃなくて、これからは役者としても世界を目指す」


 私より気合いを入れる社長が窓の外に視線を向ける。

 今日はいい天気。外に出たら溶けそうだ…


「お前は顔がいいだけだからね……」


 社長が私にかけるお決まりの毒を吐き、私がピスタチオをぶん投げるお約束の流れを今日も完了しつつ私は立ち上がる。


 究極の三人--誰が最も画面の前で輝くのか……

 天才達の喰い合いが始まる……らしい。

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