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第156話 よろしくねマネージャー

 雨宮小春からの連絡を受け俺は走っていた。

 宇宙きらりの居場所が分かった。走る新郷レオパルド。

 俺は落ちていく夕日よりも速く走っていた。

 バイクで。


「きやぁぁっ!?」「暴走バイクだっ!」「窓ガラスが割れたぞ!!」


 流石ぺぺレ・ロセのバイクだ。最高速度はマッハ3を超える。

 ちなみに走れメロスのメロスはそのあまりのスピードに一時期兵器として登用されていた事もあるらしい。パリに居た時聞いた。


 宇宙きらりは秩父に行くなどと言っていたが実際は群馬県の病院だった。

 雨宮小春がアポを取っているらしい。俺は走る。


『そこのバイク止まりなさい!』『そこにブレーキはないんか』




 苦節15分…

 警察とハードなカーチェイスを繰り広げ辿り着いたのは町外れにある小さな病院だった。黄ばんだ建物の白が薄暗い空に不気味に映る。

 そんな病院の閑散とした駐車場に奴は居た……


「何者だ?」


 俺は全身黒タイツ(パリの最先端コーデ)姿でフルフェイスのヘルメットを脱ぐ。

 宇宙きらりの護衛役--覆面やろー……名前は忘れた、は顕になるその美顔に顔を歪めた。


「……どういうことだ?」

「新郷レオパルドです」

「雨宮はどうした?」

「来れない」

「お前が代理というわけか……」


 覆面やろーの警戒レベルが上がった気がする。その猛獣のような佇まいだけで彼女が宇宙きらりを本気で守ろうとしていることが分かる。


「雨宮から任務完了の報告を受ける約束になっていたはずだが……雨宮は何故来ない?」


 それは恐らく俺をここに向かわせる為の方便なのだろう…雨宮小春からは何も聞いてない。ここからは自分で何とかしろと言うことか…


 覆面やろーは以前警戒したままだ。素直に通してくれる気配ではない。


「……あいつ勝手にこの場所を他の奴には喋りやがって……」

「--宇宙きらりに用がある」


 俺の言葉に全てを察した様子の覆面やろーが更に眼光を険しくする。


「……そういう事か。断わる」

「いいや通してもらう」

「きらりはお前には用はない」

「俺が用があるんだ」

「貴様……」


 覆面やろーが大股で歩み寄ってくる。眼前に迫ってくる覆面やろーへ俺は一言声高に告げる。


「俊典さんが死んだ」


 その言葉に覆面やろーはピタリと足を止めた。


「……誰に?」


 もう誰かに殺された前提で話を進める。俺もまた全てを察して、覚悟を新たにする。


「分からない。新しい殺し屋が迫って来ている」

「それを言いに来たのか?」

「違う。あんたには話はないんだ」


 覆面やろーが何かを言いかける前に、開きかけた唇に被せるように俺は言葉をぶつけた。


「きらりにはもう時間がないんだろ?」

「……」

「きらりから聞いた…あんたはこのままでいいのか?」

「なに?」

「こんな所にきらりを閉じ込めて……きらりの夢はここで終わりか?ひまわりから引き継いだあの子の夢は……」

「……」

「……遅かれ早かれあの子は死ぬ」


 その言葉は覆面やろーに火をつけた。勢いよく胸ぐらを掴んでくる覆面やろーに俺は視線を逸らさずに睨み返す。


「…………きらりは私が--」

「いいや…俺達にはあの子を救えない…」



 あの病室での宇宙きらりの告白が頭を過ぎる…

 彼女の一瞬見せた寂しげな表情…その表情の陰に俺は見た。

 目を背けたい現実を--

 宇宙きらりという存在の正体がそれを強く塗り固める。



「……俺は……きらりをもう一度歌わせたい…」

「……」

「宝華院ひまわりの夢は、宇宙きらりの夢にもなっているんじゃないか?…俺は、あの子が最期の時まで宇宙きらりで居られるように…」

「一つ聞かせて」


 覆面やろーは手を離した。


「なぜきらりの為にそこまで…?分かってるんでしょう?……関わればお前の命も危ない」

「……」


 俺は答えを探す。

 しかしそれは探すまでもなくそこにあった。


「……ひまわりが死んだ時、俺はあの子の歌声に救われた」

「……」


「--俺はあの子に…ひまわりの分身としてではない、一人の女として恋をしたんだ」


 ********************


 マネージャーの牧田という男は始末した旨を報告すると覆面やろーは「そうか」とだけ短く告げた。


 病院内はその見かけによらず広く、一見病室に繋がってると思えない倉庫のような扉を潜った先に宇宙きらりの病室はあった。


 覆面やろーは警備員のように部屋の外に立つ。

 俺は一人で扉を開いた……



 随分長いこと会っていない気がする。

 そんな宇宙きらりは病室のベッドの上でいつも以上に白い顔で俺を出迎えていた。


「足音が二つしたからもしかしたらと思ったんだ」

「その仮面はなんだ?」

「CP0のゲルニカだよ。知らないの?」


 宇宙きらりは相変わらずだった。

 俺は黒タイツの股間あたりから引きずり出した花束を彼女へ……


「汚い……」

「……」


 ホカホカになった見舞いの花は拒否された。


 ふざけたマスクを脱ぎ捨てた先に変わらない芸術品のような顔があった。

 彼女は相変わらず真意の読めない表情で微笑んだまま再び現れた俺を眺めていた。


 言葉は無い……

 俺から会話を始めた。


「君の身に迫る全ての危険は俺が取り払う」

「なぜ?」

「だからもう一度歌わないか?」

「なぜ?」

「以前話したドラマの主題歌だ。俺が主演…俺の作る物語に君の歌声を添えたいんだ」

「なぜ?」

「俺が……君の夢を叶えてみせる」

「質問に答えてよ」


 きらりの表情は変わらない。しかしその言葉はいつもより少し語気が強く感じた。

 俺は部屋の空気を吸い込む……


「……君に恋をしたからだ」

「……」

「君の歌を聴いた日から……」

「…………ごめんなさい。タイプじゃないんです」


 無情にも新郷レオパルドは砕け散った。


 思わずその場に崩れ落ちそうになるのをグッと堪えて俺は改めてきらりの方を向く。

 彼女はやはり変わらぬ…いや、なんかちょっと眉根を寄せてないか?


「どうした?」

「ストーカーメールを送り付けてくる人とはちょっと……」


 その話は一旦忘れてくれないか?


「いいんだ……それよりだ」

「私はこんなだし、もう歌えないよ」


 きらりは俺の言葉を遮って言う。が俺もまたきらりの言葉を遮って告げる。


「時間が無いんだろ?」

「手遅れって意味さ」

「……あなたは宝華院ひまわりの歌を忘れて欲しくないって……その想いで宇宙きらりを引き継いだ……でもあなたが死んだら、みんなから忘れられてしまう。宇宙きらりの歌声は永遠に失われてしまう」

「それはもうしょうがない事だよ……」

「諦めるな」


 俺はベッドに詰め寄った。

 宇宙きらりはベッドの上で後退した。

 さっきのやり取りのせいでとてつもなく傷つくが、俺は鋼のメンタルで体を支えた。


「もし本当にもう手遅れなのだとしたら、そこで諦めてこんな所で腐るな。君にはやることがある」

「……私の…やる事?」

「最後まで宇宙きらりで在り続ける事だ。宝華院ひまわりの……世界が…何より君が愛した宇宙きらりの歌を……」

「……」

「今の君は宇宙きらりじゃない」


 その言葉にきらりの目は少し大きく見開いた。滅多に見せない彼女の感情の発露だった。

 それをみた時改めて思う。

 例え彼女が冷たい試験管の中で産まれたんだとしても、彼女は人間だ。


「……なにより、俺がもう一度聴きたいんだ。君の歌声を……」

「……」

「約束する。このドラマは最高のものにする。だから君も、最期まで宇宙きらりとして最高の歌を歌ってくれ。君はもう宝華院ひまわりの偽物じゃない。みんなが君の…君の歌を待ってるんだ!」


 俺は彼女の手を取った。今度は逃げられなかった。


「頼む……」

「……」

「君は宝華院ひまわりの夢を代わりに背負ったのかもしれないが……それは君の夢でもあるはずだ……君も歌いたいと思ってるはずだ」

「……レオパルド君」


 きらりの手が俺の手からそっと落ちた。解けていく指を捕まえる勇気はなかった。

 しかし……


「……みんな、まだ宇宙きらりの歌を待っててくれてるのかな?」

「当たり前だ。前にも言った」

「私はまだ歌えるかな?」

「当たり前だ。君は宇宙きらりだ」

「…………私は生きてるだけで命を狙われる…そんな人間が歌を歌っていいのか?」

「君の命を狙ってるのはクソ野郎だ。そんな奴らのことを気にするな。君が何をした」


 宇宙きらりが微笑んだ。

 その微笑みは今まで見た中で一番柔らかくて素敵な笑顔だった。

 胸の高鳴りを感じる俺を見つめて彼女は挑発的に問う。


「君に何ができるの?」

「…………何でもする」

「私の命を狙ってるのは事務所の人だよ。どうやってまたお仕事すればいいのかな?」

「関係ない。フリーになればいいだけじゃないか」

「仕事はレオパルド君が取ってくれるの?」

「さっきも言った。ドラマ『黒鉄荘』の主題歌だ…その後も、その後も…俺が宇宙きらりの歌を世界に届ける」

「じゃあマネージャーだ」


 宇宙きらりはベッドの上に落とした手を持ち上げて差し出した。ピアニストのように細くしなやかで美しい指先が俺の手を取る。


「よろしくねレオパルドマネージャー」


 俺はその手をしっかりと握り返した……

 決して離さないように……



 --彼女たちにこびりつく得体の知れない闇から彼女を引きずり出すように……

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