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第154話 俊典っ!

 僕は谷氏の運転する車に乗り込んである場所を目指していた…

 嫌な予感は口に張り付いた海苔のように気持ち悪く取れず、それは奥歯に挟まった鮭の身ともいえる。

 僕は爪楊枝を咥えていた。


「くそっ…」

「小春…どうしたんですか?私今日相席居酒屋屋で昼間からただ飲みするのに忙しかったというのに…」


 深刻そうな陰を顔に落とす僕にルームミラー越しに谷氏が声を投げかけた。


「……撮影で出たお昼ご飯が鮭おにぎりだったんだ…っ」


 こんにちは、ルームミラーで僕のことばかり見てる谷氏が事故った車に乗っていた高校生俳優、雨宮小春です。


 僕が今向かっている(徒歩)のは品川宅--かつて宝華院ひまわりと宇宙きらりが暮らした、宝華院ひまわりの父、俊典氏の家だ。


 --宇宙きらりを匿っていた医院長が何者かに殺された。

 その報告を受けて僕は新たな魔手が迫ってきている事を予感した…


「しかも、圧倒的なスピードでだ…」

「そのスピードって陸上界最速の速水莉央とどっちが速いですか?」

「少なくとも車を途中で乗り捨てて歩く羽目になった今の僕らよりは早いさ(怒)」


 予感は予感だ…

 しかし予感が予感ではなかったら…

 その何者かが宇宙きらりを探している殺し屋ならば、宇宙きらりが宝華院ひまわりとして入院していた事実を突き止めた可能性もある…


 だとすると……


 僕らが宇宙きらりに辿り着いたその軌跡をその人物も追っているのなら、辿り着くかもしれない。


「…そして確認しておくこともある」

「さっきから誰に話してます?小春…」

「あの俊典という男…恐らく宇宙きらりの産みの親だろう…真意を聞かねば…なぜ造ったのか…なぜ狙われるのか……」


 敵は知っておきたい…知りたくないと思いつつも僕はそう考えていた。


「小春……」


 隣を歩く谷氏の声が沈んで響く。

 その声から僕は彼女の心中を察した…無理もない。僕の身を案じているのだろう…

 しかしここで退く訳にはいかない。

 僕には正しいと信じる夢がある。

 青少年に迫る違法薬物に心を痛めるついでに、僕は初恋の人、日比谷真紀奈に近づいていく…


 あわよくばええ感じのタイミングでドロンしてレオパルド氏や志乃プロデューサーを煙に巻こうとしているのは内緒である。


「……小春ってば」

「大丈夫だよ、谷さん……僕を信じて」

「疲れました、あと何キロですか?」

「……」


 品川宅まではあと2.2キロあった……




 --そして僕らはあの古びた日本家屋にやって来た。

 何も変わらない…当たり前である。あの時のままの日本家屋だ。

 僕はインターホンを鳴らす。


「……」

「返事はないですね、小春。帰りますか?」

「ただの屍になっていなければいいけど……」


 あの日僕らがぶち壊した玄関はブルーシートがかけられているのみで、防犯意識のぼの字もない。

 僕はおもむろにブルーシートに手をかけた。


 店の暖簾を潜るように重たいブルーシートをかき分け不法侵入……


「こんにちはー」

「おいとましていいですかー?」


 舐め腐った谷氏の態度にそろそろチュッパチャプスを脳に叩き込もうかと考えた時--


「……っ」

「小春、今なら引き返せます。その顔やめてください。青酸カリ舐めた名探偵みたいな顔になってます」


 彼岸神楽流により鍛え抜かれた我が嗅覚がその臭いを感知した。

 その時点で僕はもう谷氏に構ってあげる余裕はなくなった。


「血の臭い……」

「帰りましょう」


 もう勝手に引き返してる谷氏を捕まえて僕は土足で上がり込む。なぜ谷氏を帰してやらないのか…?パワハラじゃないのか?それってさぁ、パワハラだよね?

 違う。僕も怖いんだ…


「俊典さーん、お元気ですかー?」

「これでお元気だったら本気で怒ります--え?」


 僕らがズケズケと上がり込んだその先で--僕は最悪の可能性を現実のものとして確認した。


 今まで僕が対峙して来た奴らはハゲさせたり水羊羹で窒息させたりとかふざけた奴ばっかりだったけど……


「今回はガチだ」

「なんですか今回はって……」


 居間に血溜まりを作って倒れている俊典氏を発見した時、今まで感じたことのない怖気を感じた。


「救急車!」

「呼んでます」


 言うより早くスマホを耳に当ててる谷氏を残して僕はなんの冗談も抜きに俊典氏へと駆け寄った。

 抱き抱えた彼の体は冷たくて、白いシャツは元の色を塗り潰すように赤黒く染まっている…


 致命傷だ……


 腹と胸に空いた分かりづらいふたつの穴と出血に僕は諦めた。

 しかし、まだ息はあった。


「……っ……っ」

「俊典さん!しっかりしてください!今救急車が来ます!」

「…………」

「誰に殺られた!?」


 彼の虚ろな瞳には感情も光もない。死を前にしたそれに僕は必死で呼びかけた。

 彼の手が虚空へ伸びる……


「…………きらりが…危ない……」

「俊典さん!」

「頼む…………あの子は……ミーのもう一人の…」

「しっかりするんだ!!」


 彼の遠ざかる命を掴もうとするように声を張り上げる。

 しかし僕の腕の中にあってその声は遠いようだった……


「…………奴は……」

「っ!」


 奴……犯人か!?

 その言葉を聞き逃さないように僕は耳を口元まで寄せる。


 俊典さん……あなたの無念、僕が……


「奴は……ミーの…………」

「……」

「……とっておきの…ハーゲンダ〇ツ……食べや…がっ………………」


 …………


 その瞬間、命の炎が消えた。

 彼の体はスっと重みを失って、僕の腕の中で崩れたのだ。


 その光景に谷氏はスマホを手にしままま息を呑む。


 冷たい静寂の残された中……僕は思いの丈を口にした。

 俊典氏に向かって……


「……言うとる場合か」


 ********************


「レオパルド君、君宇宙きらりにストーカーメールを送り付けてるそうじゃないか」

『ファンレターだ』


 パトカーの赤色灯を眺めながら僕は新郷レオパルドに電話をしていた。バッテリーはあと2パーセントではあるが、僕はこいつの底力を信じている。


「危険だから止めるんだ」

『危険?……それはこの件に踏み込んだ時から覚悟している事だ』

「……俊典氏が亡くなった」


 流石にこの一言には強気系俳優レオパルド氏も言葉を失ったようだ。

 しかし彼の思考が纏まるのを待ってる暇はない。警察が待っている上にバッテリーが2パーセントだ。

 残り少ないバッテリー残量を彼に割いている…この事実を知ってか知らずか何も発しないレオパルド氏に僕は改めて問う。


「宇宙きらりの件、諦めるつもりはない?」

『……何が起きた?』

「今ならまだ助かる。マダガスカル」


 再び沈黙を返す彼は今「マダガスカル島ってどこにあったかな…?」と記憶を辿っているのだろう。

 ちなみにマダガスカル島はインド洋の島で世界で4番目に大きい島でもある。


『……俺は宇宙きらりを救う』


 そして彼は主人公になる事を決意した。

 しかし彼がいくら決意しようとこの作品の主人公は僕だ。そこのところは主張しておこうと僕が口を開くより先に彼の決意表明は続く。


『俺は……宝華院ひまわりの代役ではない、宇宙きらりという一人の人間の為に命を賭ける』


 人間……か。


 今世紀最大に安い命の懸け方をしたレオパルド氏。

 さっきからコケ下ろしてばかりだけど僕はそんな彼の決意に乗ることにした。


 君がその気なら……


「なら早速仕事だよ」

『仕事……?』


 命を賭けると言ったんだ……


 詳細を伝えることなく通話を一方的に切った僕はそのままある人物へとコールする。



 --引き返せない領域へ……



「もしもし?雨宮です…宇宙きらりの居場所が分かりましたよ」

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