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第149話 スターと物の怪

『皆さんこんにちは、ハツネンちゃんねるです♪今日は横浜の街をお散歩していこうと思います』


 劇団クレセントムーン所属、舞台女優の妻百合初音。最近Y〇utubeを始めたそうだ…

 彼女の舞台は一度事務所の後輩と観たことがあるが、この新郷レオパルドの目をして完成度の高い役者だと感じた。

 まだデビューして三年も経ってないという。正しく才能の原石だろう…


 そんなY〇utubeチャンネルを流し観つつ車の揺れに気持ち悪くなる俺は、いつもなら宇宙きらりの歌を楽しみつつ移動時間を至福の一時に変えるのだが…


 宇宙きらりの衝撃の告白から俺は彼女の声を聴けなくなっていた。


 俺の頭の中にあの日の光景が思い返される…





「--じゃあ…あんたはひまわりの意志を継いで宇宙きらりになったのか…?」


 宇宙きらりの正体を知った日、宇宙きらりからの告白を受けたあの日、宇宙きらりは俺の前で天真爛漫な笑顔を崩す事なく俺を見つめていた。


「レオパルド君はひまわりが死んだ後、ひまわりの声で歌う私の歌に救われた……」

「……ああ、そうだよ…だからこそ俺はあんたを……」

「私にとってそれは、何よりの賛辞だった」

「……ジェルマ?」

「それは違うサンジ」

「……それは、自分がひまわりと同じように宇宙きらりとして活動出来ていたと証明されたからか?」

「それもあるし…ひまわりの声を好きでいてくれるあなたは、宇宙きらりにとって何よりも大切なファンなんだよ」


 夕日が部屋を眩しい赤に染める。白髪を風になびかせる宇宙きらりは何を想って俺に全てを告白したのか……


「……だから、レオパルド君がずっと私の歌を…ううん、ひまわりの歌を待ってくれてたのが嬉しかった。期待に応えたいとも思った」

「……この前のドラマの主題歌の話…」

「私はひまわりから貰った宇宙きらりを死なせたくないんだ」


「だったら…」と続けようとする俺の目に、宇宙きらりは一瞬底の見えない程深い悲しみを見せた……気がした。

 芝居の世界で生きてきて触れてきたそれではない、本物の悲しみ……不安……


「私もうすぐ死ぬんだ」


 その答えはすぐに彼女の口から飛び出した。


「……え?」

「この体は出来損ないだから…人間の失敗作の私はもう、あんまり生きられないっぽいんだよね」


 人間の失敗作--究極に自分を卑下にするその言葉を口にする宇宙きらりはさっきまでの陰を嘘のように潜めていつも通りに笑っていた。

 何が楽しいのかケラケラと…

 俺は笑えなかった…


「……私はひまわりの歌声を世界に届けたかったけど…結局私もひまわりじゃない……私はひまわりの振りをして生きている証を残したかっただけなのかもしれないね…」

「……」

「それももう終わりなんだ……だから、レオパルド君の期待には応えられそうにない」


 宇宙きらりは空を見上げた。どこまでも続く終わりのない空は彼女の前で残酷なまでにいつもの空だ。

 広大で、見上げる事しか叶わない空だ--


「だから…これでさようならなんだよ」



 返す言葉を持ち得なかった俺はあの時、なんと声をかけるのが正しかったんだろうか…

 全てを語ってくれた宇宙きらりに対してどうしてやる事が報いることになるのか…


 答えは……


 ********************


「参っちゃったよねぇ……」「まいっちんぐマチコ先生だよねぇ……」


 ドラマ『黒鉄荘』の撮影現場に到着した俺を待っていたのは神妙な顔をした志乃プロデューサー達と何やら頭を下げている男性……

 あれは……確か三嶋舞奈のマネージャーか?

 そして心底面倒臭そうな雨宮小春だった。


 俺は彼らの輪を避けて撮影準備に勤しむ共演者達の元へ……


「イチヤ君、何かあったのか?」

「レオパルドさん…実は三嶋さんが撮影に来てないんですって……」


 なぜ?今日は全員で撮る予定だが…

 俺と目黒イチヤで話してると残り二人、朝日奈ゆうと高坂香苗が寄ってきた。


「なんか、体調不良って聞いてますけどあれ、そんな感じじゃないですよね?」

「てか、小春君はあそこで何してんでしょうか…?レオパルドさん何か知ってます?」

「……いや」


 まぁ恐らく…余程鈍感でもなければそんな理由は分かりきってる。

 彼女らの白々しい態度に俺と目黒イチヤは若干引いていた。女って怖い…


 ……恐らく雨宮小春はこのトラブルの対策を押し付けられるのだろう。というか、原因は彼にある。

 雨宮小春に好意を寄せている朝日奈ゆうが、雨宮と作品上恋人ポジの三嶋舞奈に嫉妬し嫌がらせしている。キスシーンなどもあり、許せないのだろう。実際、恋人役を演じたところから結婚にまで行き着く芸能人というのは多い。


「……三嶋さんは朝日奈さんと同じ事務所だろ?君は何も知らないのか?」

「え?さぁ…」


 意地悪で朝日奈ゆうに逆に尋ねてみたが見事なとぼけ様だった。やはり女は恐ろしい…



「すみません予定押しちゃって……今日三嶋さん来れなさそうなんで、別のシーン撮っちゃいましょうか。皆さん大丈夫ですか?」


 しばらくしてこちらに声をかけてくる監督の後ろでゲンナリした様子の雨宮小春を見つけて俺は彼にも彼なりの苦労があるのだなと改めて実感した。


 --だからこそ、彼には確かな能力がある。


 ********************


「雨宮君、この件俺に任せてくれないか?」

「は?」


 休憩中、一人ハツネンちゃんねるを怖いくらいガン見してる雨宮小春を俺は捕まえた。

 彼は怪訝そうな顔をしている。


「三嶋舞奈…このままじゃ復帰は困難だと思わないか?」

「だろうね……」

「まぁ元々君のせいだが」

「それは酷くない?僕悪くないよね?」


 まぁ確かに彼もある意味被害者だと言える……


「三嶋舞奈が復帰しない限りこの先の撮影は難しい…そこで俺に妙案がある」

「代わりに僕に何をさせようと?」


 察しが良くて助かる……


「……このドラマの主題歌、もう決まってるらしい」

「そうみたいだね」

「主題歌を宇宙きらりに歌ってもらいたんだ」


 俺の言葉に彼は大して驚かなかったようだ。彼は俺の腹の底まで見透かすような独特の視線を投げかけている。


「……この作品は君あってこそ…要望があるなら直接プロデューサーにかけ合えばいい。僕は噛まないよ?三嶋舞奈の件も、一応の解決策はある」

「……そこじゃない。きらりの命の危機に関する問題だよ」


 瞬間、雨宮小春の目が変わった。


「……やめておきなよ?本当に…きらり本人がそれを望んだの?」

「宇宙きらりが復帰するには全ての問題を解決する必要がある」

「……」

「あの子にはもう…時間が無いんだ」


 俺の発言は雨宮小春の意表を突いたようで少し目を見開いた。が、すぐに平静を取り戻し食えない表情を貼り付ける。


「……無理だよ。僕に出来ることにも限界はある」

「あの子はひまわりの歌を世界に届ける事が夢なんだ。そうすることであの子は生きていられる…でも、もうあの子にはそのチャンスはないかもしれない。このままじゃ……」

「レオパルド君、人にものを頼む時は相応の報酬がなきゃ……」


 芸能界の物の怪雨宮小春--この男は間違いなく大物になるだろうな…


「……俺が宇宙きらり関連でまたごねたら君の信用は地に落ちるだろうな。折角俺が主演をやり通すと約束したのに…」

「契約したでしょ?」

「仕事のひとつ蹴ったって俺は構わないけど君はどうなんだ?君も分かってる通り宇宙きらりはもう歌わない…このままじゃな…ここで俺がまたごねたらこのドラマの完成は不可能だ。志乃プロデューサーは君を許すだろうか?」

「……」

「どうせ君のギャラは“それ込み”なんだろう?君のことだ、他の条件もつけてるんじゃないか?俺の時みたいに……」


 汗を握る駆け引きの中、雨宮小春は「分かったよ」とため息を吐いた。


「……ただね、それは宇宙きらりの意思なの?」

「……」

「君が僕にどんな脅しをかけようと宇宙きらり本人がそれを受けない限り僕には手の施しようがないし、強要するつもりもない」

「……俺が説得する。あの子に最後に歌わせてやりたいんだ…ひまわりの……いや!宇宙きらりの歌を……」

「それが条件ね?あと、僕だってなんでも出来る訳じゃないからね?特に今回に関しては……」

「承知の上だ…叶わなかったとしても後から文句なんて言わないさ…ただ、俺に協力してくれれば……」

「もうひとつ」


 雨宮小春は指を立てた。


「宇宙きらりの復帰…その目的を果たすにはエイトクリエイトではダメだ」

「……?」

「エイトクリエイトから宇宙きらりを脱退させなきゃならない」


 --エイトクリエイトを潰す為に協力しろ。


 雨宮小春はなんとも難儀な条件を交換条件を突きつけてきた。

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