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第147話 ひまわりときらり

「ひまわりのクローン…」


 新郷レオパルドの口から繰り返される真実は病室の壁に吸い込まれて消える…ちなみに新郷レオパルドとは何を隠そう俺の事だ。


 目の前に座る宇宙きらりの衝撃の告白に俺の思考はフリーズし、言葉の真意を受け止めきれずにいた。

 が、真意などない。彼女の口が告げたのは言葉そのままの意味だった。


「そう。私は宝華院ひまわりのクローン…」

「何を言ってるんだ…そんな話を信じろと…?」

「信じなくてもいいけど、レオパルド君の問いかけに対する答えを私はこれしか持ち合わせないよ…私が命を狙われてるのも、そういう出自からなんだ…」


 窓を少し開けて入り込んでくる風を楽しむように彼女は髪の毛を揺らし、目を閉じる。


「……レオパルド君言ったよね?宇宙きらりはまだ忘れられてないって…」

「……ああ」

「…………私の…ううん、ひまわりの歌好き?」


 ひまわりの……?

 まさか……

 冗談を口にしてる雰囲気のない彼女の言葉を俺は何とか呑み込んで、言葉の1つひとつを取りこぼさないようその意味を考える。

 俺は宇宙きらりという歌手の正体を垣間見た気がする……


「……ひまわりの事が好きなら…ううん。ひまわりの声が好きなら、教えてあげる…私がひまわりから貰った『宇宙きらり』の正体…」

「……」


 宇宙きらりは語る。それは彼女と宝華院ひまわりの物語……


「……初代宇宙きらりはひまわりなんだ」

「……ひまわりが…」

「私はひまわりの分身、ひまわりの産んだもう一人の宇宙きらり--」


 ********************


 私がなんの為に産まれたのかは知らない。

 私の中にある一番古い記憶は青白い光に包まれた部屋の中で私の事を見つめる何人かの人達の顔…

 その中にはひまわりのお父さん、俊典さんも居た。


 言葉も話せない頃、私はずっとそこのベッドに居た。

 外の世界の事も知らない私はただそこで管に繋がれ、流動職みたいな食事を与えられ、青白い天井を眺めるだけの毎日を送ってた…



 私が初めて外の世界に出たのは産まれてから二年が過ぎた頃だったと思う。

 施設で最低限の教育を受けた私は乾いたスポンジのように色んな事を吸収した。

 言葉、数字、物の名前--

 多くを頭の中に詰め込んだけれど、ただひとつ“名前”だけは与えられなかった……



 そして二年が過ぎた時、私は外に連れ出された。

 初めて見た車に乗って、大勢の大人達と一緒に外の世界へ……

 青白いライトの外の世界には真っ青な空と薬品の臭いのしない空気があった。


 そして……私はあの家に来た。


 そこには鏡に映る私と瓜二つの少女が居た--



「……ここが今日からお前の家だ。ここで外の世界の事を勉強するんだよ…」


 俊典さん、俊典さんの奥さん、そして瓜二つの少女の前で私は初めての『世界』に目を回してた。

 俊典さんが優しく肩を叩き、私を家の中へ……


 興味津々な様子で私を舐めまわすように見つめる少女に俊典さんは説明してた。


「……ひまわり、今日からお前の妹だよ…」



 私は宝華院家の一員としての人生を歩み始めた。

 けれどその生活もあの青白い世界と変わらず、座敷に敷かれた布団の上で大半を過ごす日々だった。

 その足で外の世界の土を踏むことも、外の空気をいっぱいに吸い込む事も叶わない。

 私の脆弱な体はそれに耐えられないらしい…



「……これほどの完成度は世界初だな」

「しかし、普通の生活を送るにはまだ……」


 時々家にやって来る白衣の男達と俊典さんの会話から、多分私は何らかの目的で作られたのだろうと察していた…

 けれど、そんな事には興味はなかった。


 なんの為に産まれたのかも分からず、初めて触れる外の世界を満喫する事も叶わない私にとっては、この家もあの施設と何も変わりはしなかった…


 退屈な日々を打ち壊したのはひまわりだった--


「……ねぇ、これ見て」


 ひまわりはある日から私の寝床にちょくちょく侵入してくるようになった。

 彼女は見たこともない小さな機械を持って来る。両手に抱えられる程度の、銀色で四角くて薄っぺらい機械だ。


「パソコン」

「……ぱ…そおん?」


 まともに発声出来ない私にひまわりは世界を教えてくれた。


「外に出られなくたって、これがあれば世界中と繋がれるんだよ」

「……」


 四角く切り取られた液晶の中の世界は、まだ私の知らない未知の世界を切り取って見せてくれる。

 世界中の美しい景色、まだ見たこともない夜空の星々の輝き、見たこともないような動物、遠い海の向こうに居る凄い人達…


 ひまわりはインターネットを通して私に世界を教えてくれた。


「どう?すごいでしょ。あなたはまだネット知らないんでしょ?」

「……す、お…い……」

「喋るのも下手くそなの?」

「……ごえん…」

「ごえん?…ごめんって?あははは、赤ちゃんみたいね!」


 私は赤ちゃんなのだ。

 私は二年で10歳のひまわりと同程度に成長した。けれど、私の中にはひまわりの10年に相応しい中身がない。


 空っぽな人形である私の中にひまわりは沢山のものを詰めてくれた。


 そのひとつが…『歌』だった。



 毎日のようにひまわりは私の所へ来てインターネットを通じて色んな世界を見せてくれたけど、毎回その中に『歌』があった。

 世界中で人々を魅了するアーティスト達の歌声が私の部屋にはいつも流れてた。


「--今の人がシャクソン・ライネー。アメリカですっごい人気の歌姫なんだよ。で、最初に聴かせたのが桃源祭とうげんまつり。日本の歌手さんね。でさー、最近ハマってるのがこのSHOCKING PINKね。KーPOPアイドルなんだけどー……」

「……ひまわりは歌…好き?」

「うん、好き。聴くのも、歌うのも……」


 私はひまわりが聴かせてくれる歌も、それについて楽しそうに語る彼女の声も好きだった…


「……ひまわりなら…こんな風に歌える…歌上手だし……」

「そう?照れちゃうな…へへ。じゃあ聴いて?」


 ひまわりは私の為に歌ってくれた。

 私の歌を世界の人に聴いて欲しい…ひまわりはいつもそんな夢を語ってくれた…



「--ねぇ!見て!見て!?」


 ひまわりが13歳の頃……

 ひまわりが動画投稿サイトに投稿していた歌ってみた動画はすぐに再生数100万回を超え、プロへの誘いが来た。


 チャンネル名は『宇宙きらり』--


「やばー、どうしよう…いいかな?私、プロデビューしちゃっても……!」

「……ひまわりの夢なんでしょ?良かったじゃん」

「うぅ〜でも…お父さんとお母さんいいって言うかな……」

「……あの人達なら…大丈夫だよ」


 ひまわりには歌手としての才能があった。

 音楽系の芸能プロダクションにスカウトされ、ひまわりの夢は語るだけのものではなく、現実になった。

 宝華院ひまわりは宇宙きらりとして……外の世界に出られない私の分まで世界に羽ばたく……


 はずだった……


 それから一年後……ひまわりは死んだ。


 私はひまわりの葬式に出ることも許されなかった。

 ひまわりの手で華やいでいた宝華院家での日々は再びあの青白い施設の中の世界に舞い戻ったみたいに暗く澱んだものに変わった。


 ひまわりの死によって空いた胸の穴を埋めるように私はひまわりがかつて見せてくれた歌の世界にのめり込んだ。


 でも……その世界にひまわりは居ない。

 ひまわりが世界に届け続けた歌--宇宙きらりは死んでしまったから……



 --いや。


 私はひまわりの笑顔を忘れた日はなかった…

 世界にもひまわりの声を忘れて欲しくなかった。


 胸にぽっかり空いた穴から溢れ出す気持ち…

 その気持ちはいつしか私の声になって、再び世界に羽ばたいたんだ…



 --こうして、宝華院ひまわりの偽物……もう一人の宇宙きらりはどこまでも広い世界に産声を上げた……

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