第143話 ホラーは夜より昼観る方が怖い
「また歌えるようになったらその時はお願いするよ」
この流れでやんわり断られるとは思わなかったのか、新郷レオパルドは少し寂しそうに病室を後にする。
どうも、彼岸神楽流東京支部支部長、彼岸神楽流八段、雨宮小春です。
ついに出会えた宇宙きらりとの対面を終え、ドラマ『国鉄荘』の主題歌歌ってくれないかと誘ったけど断られ、距離感を感じつつ僕らは約束の5分を消化し帰路に着く。
早く帰れと背中を突っつく覆面やろーことジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世に押され退室する間際、レオパルド氏はベッドの上の宇宙きらりに振り返り尋ねる。
「……宇宙きらりさん。まだ名前聞いてなかった」
レオパルド氏の問いかけに対してなんとも言えない微笑みを零したきらり氏は--
「……ひまわりの変質者に名前教えるの怖いから秘密♪」
宇宙きらりという女はとても辛辣だった。
--こうして僕の役目は終わり、あとはとっととドラマを撮り終えるのみ…なのだが…
「--ジャンなんとかさん、あんたに訊きたい事がある」
医院長室へ戻る道中でレオパルド氏が不意に覆面やろーに語りかけた。
何故か逃がさないぞと僕の腕をホールドして離さない。
「ジャンなんとかじゃない。ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世だ。お前らになにも答える義理はない」
「……宇宙きらりは命を狙われてるのか?」
覆面やろーの目が光る。
「前の入院先で襲撃を受けたらしいじゃないか……それは事務所の人間なのか?なぜあの子が命を狙われる?」
憶測をまくし立てるレオパルド氏へ覆面やろーの猛者特有の圧が浴びせられる。
「……どこまで調べてる。お前の仕業か雨宮小春…」
「答えてくれ。きらりが仕事を受けないのもそれが理由なんだろ?こんな所にずっと隔離されて……」
「なぜ事務所の名前が出てくる?」
「さっき雨宮君がそんな感じの質問してたから……」
「おい雨宮小春貴様……」
帰りたいよぉ……
「……覆面やろーさん」
「ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世だ(怒)」
「僕が頼まれたのは宇宙きらりを見つける事までで、それ以上は頼まれてないの。探す過程で色々と知りたくない事知っちゃったりしたけれども…僕はね?彼女のシークレットな部分にまで踏み入る気はこれっぽっちもないのよ?」
「信用出来ないな…以前私を探り回ってた男の言う事は……」
「あれは宇佐川さんに頼…脅されたからだからね?」
なんて言い合いながら医院長室に到着。
先に戻っていたらしい御門医院長が僕達を待ち構えていた。
「おかえりなさい。どうです?アバ茶でも…」
「誰のアバ茶かにもよる……」
「身内の身を案じるのがそんなにいけないことか?」
「なんか胡散臭いんだよ、てめーは(怒)」
何やら言い合いをしているレオパルド氏と覆面やろーは放っておいて僕は取られていたスマホを回収。
おや?L〇NEがきている……谷氏からだ。
お疲れ様です。
先に戻ります。帰りはタクシーを使ってください。
……ほぅ?
「おや?ジャン…三世様、ひまわり様の病室に居なくていいんですか?」
「略すな医院長、私はジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世だ(怒)やはりコイツら少し怪しいからな……おい(怒)」
覆面やろーがレオパルド氏に詰め寄る後ろで僕は胸中に嫌な予感を抱く。
やはり……
「きらりは色んな事情を抱えてる。お前らが踏み込む事じゃない。これ以上詮索するな」
「……俺は家族だぞ?」
「黙れ。アイツは…………とにかく……」
「……タヌキさん」
「タヌキさんって…もしかして私に言ってますか?マーマミヤさん……」
「今日もう一人谷ってのを連れ来る予定だったんですけど……」
「そうそう、ついさっき遅れて来られましたよ?谷さん…今ひまわり様の所へご案内してますが……入れ違いになりましたかね?」
その時医院長からのほほんと投下される爆弾に場の空気が一変する。
「ど阿呆!!」
「ぶべっ!?」
魔人宇佐川結愛と張り合った覆面やろーの殺人級のパンチがタヌキを襲う。見事なトリプルルッツを魅せる医院長に覆面やろーが激怒した。
「勝手に通すな!!」
「……そんな事より急がなくていいんですか?」
僕の一言に覆面やろー、僕とレオパルド氏を無視して医院長室から飛び出した。
「……ま、まさか…今まで半信半疑ではあったけど本当に殺し--」
「君はここで待ってるんだ」
顔から血の気が引くレオパルド氏に釘を刺して僕も遅れて医院長室を飛び出した。
大事な主演俳優の顔に傷でも付いたら大変だからね。
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--ここまでたどり着くのに一年はかかったぞ…
スタッフ専用の通路に転がした案内役の看護婦を壁際に押しやって俺は白い扉に手を置いた。
薄ら扉を開けるが中からはなんの声も聞こえてこない。
雨宮小春は宇宙きらりの面会に向かったはずだ…もしかしたらもう帰ったのかもしれねぇな…
あのガキも殺さなきゃならねぇので二度手間だがまぁいい…まずはメインを確実に片付ける。
細く開いた扉から風が吹いてきて俺の顔を覆う脂汗を乾かす。この脂汗こそ旨みの秘訣なんだが今そんな事はどーでもいい…
殺るぜ……
音を殺して気配を消して……滑り込むように室内に侵入した目の前に--
黒衣に身を包み真っ白なハロウィンマスクを被った殺人鬼がナイフを構えて待ち構えていた。
「……」
「うおっ!?」
目の前に現れたのは宇宙きらり……なのか?これ。俺の目の前に居るのは『スクリーム』のゴーストフェイスなんだが……
殺し屋が殺しに来たら殺人鬼が待ち構えていたんだが?
俺の仕事道具であるおたまと振りザルよりよっぽど殺意高めのナイフを構えて待ち構えてるんだが?
ちなみに俺は仕事の獲物としておたまと振りザルを愛用する。それは俺の本職であるラーメン職人職人としてのプライドだ……
そんな事はどうでもいい。
ナイフを振りかぶってじっとこっちを見てるが…
まっ!まさか…嵌められた?
宇宙きらりは襲撃を見越して別の場所に…そして目の前のゴーストフェイスはまさか俺を仕留める為のホンモノの殺し屋…?
いや誤魔化されるな。そんなはずはない。奴らに気づかれた気配はなかった。
宇宙きらりのはずだ……
……でも顔見えないしな…人違いという事も…
ターゲット以外を殺すのは俺のプライドに関わる問題だ…
「……あの、宇宙きらりさんで間違いないですか?」
「……」
……間違いないはずだ!
いやしかし!来客が帰った後でこんな格好をして待ち構えているなんて事あるか?部屋にはいる前に俺の気配に気づいたとでも…?
相手はただのガキだと聞いている。そんなはずは無い。
ラーメンと暗殺二筋34年……
こいつは宇宙きらりだっ!
「……」
「……」
……いやでも…強そうだぞ?
こんなにゴーストフェイスが板につく奴が居るか?
いや落ち着け!映画のゴーストフェイスもそんな強そうに見えなかったじゃん!ジェイソンとかフレディみたいな絶望間、なかったじゃん!
……殺る!
「…あの、お命頂戴したいんですけど…」
「……」
あ、いまナイフがピクっと動いた。
いや落ち着け!!例えこいつが宇宙きらりだろうとゴーストフェイスだろうと顔を見られた以上生かしちゃおけねぇ!
しかし勝てるのか!?モノホンの殺人鬼に!
いやモノホンの殺人鬼ってなんだ。俺だってモノホンの殺人鬼だ。ラーメンと暗殺二筋34年だ!
殺るぞ?
いいんだな?
よし。
殺っちゃうかんな!?
「うおぉぉっ!!死ね!!」
「「--お前が死ね」」
ドゴォォォッ!!




