第139話 アバ茶
「新郷さんお疲れ様でした」
「お疲れサンバ踊るか…?」
「いや、今日はいいっス」
新郷レオパルドは帰路を急ぐ--トラブルもあったがなんだかんだで無事に撮影は終了し、俺はパリの最先端ファッションに着替えつつ、車に乗り込んだ。
ちなみに今日のコーデは鎖帷子と腰蓑だ。
「時代に逆行していくスタイル…いずれ人類は自然に還る…」
「新郷君、家?」
「いや…今日は用事がある…」
マネージャーにハンドルを任せる俺は遠ざかる国鉄荘を車窓から眺めつつ--外で何やら話し込んでる様子の共演者レディース三人の影を眺めつつ、便利屋雨宮小春からのミッションを思い返す。
--宝華院ひまわりの顔写真を持ってきて
宝華院ひまわり--まぁつまり人類の至宝であるわけだが……ふふ、雨宮め。俺の話を聞いて早くもひまわり信者になったか…
しかしそんなひまわりはもういない…俺は彼女の葬式の光景を思い返し、記憶を頼りに道順を指示し、そこへ向かう。
そう、宝華院ひまわりの生家へ……
ひまわりは死んだ……
そのひまわりの名を使い同じ声で歌う者がいる…
彼女が何者か…俺は知らなければならない……
俺は宇宙きらりの歌を再生しつつ彼女へ届かぬ愛の言葉を囁きつつ…目を閉じた。
「……愛してる。君ほど美しい存在は居ない…」
「……え?新郷君……まさか俺の事…」
********************
「……俺、新郷君なら…いいよ///」
「ここで待って居るんだ」
気色悪いマネージャーを車に待たせて俺は宝華院ひまわりの生家--かつて彼女の住んでいた家の門を潜る。
古い日本家屋はひまわりの葬儀の日のまま、変わっていない。
--宝華院ひまわりは俺の母親の妹の実子だ。そしてそのおばさんの葬式の日、俺はひまわりと出会った。
今はおばさんの旦那さん--俊典さんしか住んでいないはずだ。
俊典さんは結婚し俺の母親の家、宝華院家に婿入りした。だから苗字も宝華院だ。
……しかし、表札にかかっている苗字は品川になっていた。
「おじさんに会うのは何年ぶりかな…」
錆び付いたインターホンを押せば、ほぼ同時と言って過言ではないスピード感で引き戸が開く。
古びたジャパニーズの香りを漂わせる屋内から無精髭を生やした写真家みたいな顔の男が出てきたではないか。
「……ユーは…」
「こんばんはおじさん。レオパルドです」
--築何年だろうと気になるレベルで廃れた平屋の座敷に通された俺は湯気を放つ茶を出してもらった。
臭い……俺も日本暮らしは長いがこんな強烈な茶は初めてだ…
「アバ茶だ。飲みなよ」
「飲むか」
「しかし久しぶりだねレオパルド君…最後に会ったのはひまわりの葬式の時かな?」
アバ茶が何かはジョジョ4部を読んでくれ。
俺は目的達成の為歯をクラゲにすること無くおじさんに用件を伝える。
「おじさん、写真が欲しいんだ」
「何枚でも撮っていってくれ」
「ふざけんな。ひまわりのだ」
「…ひまわりの?」
究極の美姫の名を口にした時、おじさんの顔が一瞬、アバ茶を飲み干したジ〇ルノ・ジョバァーナを驚愕の表情で見つめるブチ〇ラティチームのみんなみたいになった。
が、すぐに表情ともじゃもじゃの髪の毛を整え聞き返す。
「なぜひまわりの写真なんかを?」
「思い返せば俺はひまわりとは一回しか会ったことないだろ?あの美しさを永久保存版する為に必要なんだ。彼女の美しさは後世に残すべきだろう?コピーしてルーブル美術館に寄贈する予定だ」
「……」
なんだその顔は……
「…よく分からないけど…まぁ、写真くらいなら……」
おじさんはスマホを取り出して何枚かの写真を見せてくれた。
俺の胸に雷が落ちる。
スマホの画面に映し出されるのは星々の遍く夜空を映したような黒髪をなびかせ、オーロラを映したような瞳を輝かせる、この世の美の完成系だったからだ。
記憶の中の彼女が再び鮮明に蘇る。
「…ああ……ひまわり…匂いや体温まで蘇ってくるようだ…っ!」
「…やっぱり写真は勘弁してくれないか?人の娘の写真を何に使うつもりだい?」
……失礼した。
確かに実の父親の前で興奮するのはどうかと思う…彼は最愛の妻を亡くしてすぐに、ひまわりを亡くしてるのだから…
それからずっとここで一人で……
宝華院本家から譲り受けたというこの家屋に染み付く家族の歴史…彼は一人でずっと守り続けているのだろう……
「レオパルド君はすごいね…最近は毎日テレビで観るよ」
ひまわりの写真を自分のスマホに収めた俺におじさんはそんなふうに目を細めた。甥の活躍と成長を純粋に喜んでいる。俺は誇らしい。
「おじさんは今何を?」
「今は…居酒屋でグラスからこぼれたビールの泡を口で受け止める仕事をしてるよ」
「は?」
…そういえば、おじさんやおばさんはなんの仕事をしてたんだろうな?
鎖帷子が乳首を冷やすのを気にしながら俺は世間話の延長で尋ねた。
「昔の仕事は?」
「…………ああ、昔はこう見えて大学で研究してたんだ」
「へぇ……なんの?」
「まぁ…生物工学とか…難しいかな?」
「へぇ……」
そうなのか……ひまわりのあの溢れ出す知性は父親の頭脳を受け継いだ故……
「でもそうか…レオパルド君はうちの娘の事、好いてたのかな?」
「全人類が…そうかと」
当たり前の常識を告げる俺におじさんはすこし寂しそうに微笑んだ。
「もっと遊ばせてあげれば良かったね…ひまわりが生きてるうちに…」
……生きてるうちに…か。
「……おじさん、宇宙きらりって歌手知ってるか?」
「……いや…最近の流行りには疎くてね…」
「……おじさん--」
言うべきか。しかしおじさんの寂しそうな顔を見たら俺のフランス紳士の心がざわついてしまった。
「……もし、ひまわりが生きてるかもしれないって言ったらどうする?」
ひまわりの葬儀を執り行った実父への荒唐無稽な発言に、怒ってもよさそうな一言におじさんはアバ茶を目の前で注ぎながら穏やかな表情のままだ。
ジョロロロロロ……
汚ぇ……
「さぁ飲みなよ」
「いらねぇってば…」
「レオパルド君……」
信じられない事にアバ茶を目の前で口に含むバイタリティを見せつけるおじさんは微笑むような目のまま、俺を諭すように言った。
「ひまわりは死んだんだよ……ひまわりはね…死んだんだ……」
********************
『もしもし?浅野詩音です』
「もしモッシー」
--モッシーとは。
北海道檜山郡江差町茂尻町《ほっかいどうひやまぐんえさしちょうもしりちょう》に生息していると言われるUMAである。
首長竜のような姿をして地面の下を泳ぐ未知の生命体で、塩ラーメンを口から吐き出すと言われている…
さて、そんな博識な高校一年生雨宮小春の元にかかってきた一本の電話……電話の主はチートこと双子探偵、浅野詩音さん。
探偵が探偵に頼る……探偵役が探偵に丸投げするというミステリーものにあるまじき蛮行…
いや、何がミステリーものだ。これはギャグコメディーだ。
そしてこれは僕が芸能界の一番星になる物語だ。
さて、そんな仕事の早い浅野探偵から調査報告があがってきたのはゴールデンウィークも終わりかけ…と言うタイミング。
僕は卓上スタンドの下で仕入れた宝華院ひまわりの写真を眺めつつ結果を聞く。
『美夜に頼んでた調査の件…貰った携帯電話番号から個人情報を特定しました』
「ありがとうございます…それで?その番号の契約主は?」
『名義は宝華院ひまわり…住所は--』
この携帯番号はエイトクリエイトマネージャー牧田氏から仕入れていた、宇宙きらりの携帯番号だ。
彼女は電話とメールのみを使って事務所とやり取りをしていた。もっとも、どちらも今や音信不通だけど…
……これで宝華院ひまわり=宇宙きらりがほぼ確定した。
少なくとも宇宙きらりは宝華院ひまわりの関係者の可能性が高い。
案の定、設定されていた住所は彼女の実家--先日新郷レオパルド氏が写真を入手しに行った家だ。
「……その契約者、既に故人なんですけど…その携帯は今も使われているって事でいいんですよね?」
『解約はされてないよ』
なるほど……
故人の携帯電話でも使用することは可能だ。でも名義は変えるだろう。
しかもレオパルド氏によればひまわりの写真は父親のスマホから貰ったという。
宝華院ひまわりの家族は現在父親のみ…父親は自分のスマホを持っているならひまわりの携帯を使う必要はないし、ならば解約せず放置しているのも不自然だ…
……父親がひまわりの形見として彼女のスマホを使っている、と言う可能性もあるが…
『ちなみに御家族の情報も調べられたけど…お母様…だと思うけどその番号は契約解除してるね』
「なるほど…父親の電話番号分かります?」
『分かるよ』
父親--俊典氏の連絡先をメモしながら、自分で依頼しといて、この人達どうやって調べたんだろって思いつつ僕は頭を回転させる。
……この父親はおそらく宇宙きらりと繋がっているだろう…
暗闇の中に一筋、光が見えた気がした……
『あ、あとね…この宝華院ひまわりさんの連絡先について過去に同じような問い合わせをしてきた人が居たんだって…』
「……それは?」
『名前はねー……』




