第138話 ペ・ルカ
『え?新郷レオパルドが折れた?』
「はい。上手く説得しました。ドラマのクランクアップまで出演する約束を取り付けましたよ。後日その旨で再契約させます」
『では宇宙きらりは……』
「タイムリミットまでに見つけられる保証もないので勝手ですけどこういうやり方をしました。どうですか?」
『正直、助かるよ。レオパルドが最後まで出てくれるのならばスポンサーのご機嫌も取れるというものだ。正直ヒヤヒヤしてたからな。ヒヤヒヤし過ぎて冷房もつけてないのに部屋に霜が降りてる』
「じゃあ報酬はよろしく」
『え?』
「そちらの問題を解決したので…」
『…なるほど。やり遂げられるか分からないミッションに挑むより確実に報酬を得られる方を選んだのか。噂に違わぬ有能ぶりだな…ギャラは任せておけ』
「もうひとつの方も……」
『そっちの方も準備が出来次第……』
--現代の諸葛孔明、雨宮小春はこうして最優先目標である志乃プロデューサーとの繋がりを確保。
あまりの視野の広さに我ながら寒気がする。やはりこの男、違う。
そして……
『はい(怒)浅野美夜(激怒)』
「雨宮です。どうですか?内閣官房長官ご息女誘拐事件の方は……」
『なんで鳥取県を独立国家にしてぇのか理解できねぇ(怒)』
「実は最近鳥取砂丘でエジプト観光体験ツアーをしようという計画があるんです。新大久保のコリアタウンのエジプト版的な……」
『は?(怒)』
「それが鳥取砂丘の景観を損ねるという事で反対運動が一部で起きてます。つまり犯人は鳥取愛溢れる鳥取県民です」
『で?(怒)』
「桃城長一郎…とある病院の三代目医院長です。病院を調べればご息女は見つかるかと…」
『……何が目的だ?(怒)』
「犯人を教えてあげてるんです。その代わりと言っちゃなんですがね--」
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さて、こうして宇宙きらり捜索は引き続き続行となったわけだけど…
「……現状宇宙きらりの居場所を突き止める手がかりそのものはゼロという進捗です」
「ところで小春、一年の中で五月だけなんの特徴もなくないですか?」
「ゴールデンウィークがあるじゃない」
今日もドラマ『国鉄荘』撮影の為撮影現場へ車を走らせるマネージャー、谷さんはゴールデンウィークの概念が喪失した芸能界への憤りを見せる。
「で、結局ドラマは問題なく制作されるのならばもうこの件を調べる必要は無いのではないですか?」
「……うん。まぁレオパルド君と約束したしね…それに……」
それに彼については少し気になる点がある。
ルームミラー越しにこちらを見つめる谷さんはここまでの調査結果を聞いてその目に心配の色を浮かばせている。
無理もない……命を狙われてる可能性のある人物を探すのだ。僕は谷氏からの深い愛情を視線から受け止めていた。
「……谷さん前見て?」
「小春…私は心配です…制作側と話がついたのになぜまだこんな事をしてるのか?と社長から私がどやされるのではないかと……」
「谷さん!?」
ドガァァァ!!
心配が過ぎて前方不注意になった車は山道のガードレールに直撃した。煙をあげる事務所の車はどうやらお亡くなりになった様子…
「……どうすんのさ(怒)」
「あ、もしもし?KKプロダクションの谷です。今現場に向かってたんですが車が山賊に襲われまして…ええ。迎えに来てください。小春が着かないと撮影始まりませんよ?よろしく」
通話を切った谷さんは山賊に警戒する僕に「それで?」と問いかける。
「色々分かったようですが肝心の宇宙きらりと覆面やろーの足取りに関しては手がかりゼロという事ですが…どうやって探すんですか?」
「うん…まぁ、宇宙きらりが宝華院ひまわりなら彼女はおそらく今も病院の世話になってるはず…どうやらかなり体が弱いらしいしね。通院してるか、あの病院のように入院してるか…」
命を狙われてるなら通院はリスクがある気がする。病院を片っ端から回るにしてもあてがない。何しろ、国内に居る保証もないし。
「……これで宇宙きらりが宝華院ひまわりなる人物でなかったら全ては水泡に帰しますね」
「……僕はほぼアタリだと思ってるよ」
宝華院ひまわりが存命なのか、名前を騙ってるだけなのかは分からないけど、宇宙きらりなる霧のような存在に輪郭が生まれただけ、ここまでの調査には成果があった。
……あとは浅野探偵の調査結果を待つとしよう。
「ヒャッハーーっ!!」「身ぐるみ置いてけぇ!!」
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「群馬の山には山賊が居るんだね…目黒君」
「僕らも道中会いましたよ…」
山賊をバラバラにしてお墓を建てていたら飛〇御剣流の継承者みたいな男が話しかけてきたりしたけど、何とか現場に到着。
相変わらず現場は和気あいあい……という雰囲気でもないらしい。
撮影開始までにメイクやヘアセットを整えている女性陣の溝が前回にも増して深まっている気がする。
三嶋舞奈は完全に孤立していた。
……どうやらこっちもすんなりとはいかないらしい。
しかし僕は一旦そんな不安を払拭し、三嶋氏とは対称的に徐々に輪の中に混ざり始めた目黒君へ本題を切り出す。
僕は今日この為に来たと言っても過言では無いのだから……
「……ところで目黒君。君にひとつ頼みたい事があるんだよ」
「……僕に?なにかな?」
僕の真剣な眼差しに彼も真剣な瞳で返す。いい瞳だ。やはり彼にして良かったと僕は思う。
いや、彼しか居ないという方が正しい。
僕は山間の空気を肺に取り込み、彼を見つめてお願いする。
「……この前カラオケで歌ってたモンゴドギアの歌、教えて…」
--今日の撮影でも雨に濡れた僕と三嶋舞奈がイチャイチャするシーンがあった。
その後舞奈演じる志保と朝日奈ゆう演じるあかり役が衝突するんだけど…
「--っふざけないで!!」
あかりが志保を突き飛ばす。そういうシーンだ。
不安定な精神状態と怒りが表現された見事な演技だが…その荒々しさにはとびっきりの臨場感があった。
なぜなら朝日奈氏が三嶋氏を突き飛ばす勢いが凄かったから…
「きゃっ!?」
本来なら突き飛ばされた志保は床に倒れる…がもはや半分ぶん殴ってる勢いで突き飛ばされた彼女はそのまま後ろに積まれた木箱のセットに激突してしまった。
後頭部をゴンッ!と叩きつける音が響き、現場が一瞬騒然となる。
「カット!カット!」「三嶋さん大丈夫ですか?」「おいなんか冷やせるもの持ってこい」
撮影中の事故--なのだが……
「……ごめぇん舞奈、平気?」
「……うん。大丈夫…ちょっと打っただけだし……」
「よね?そんな勢いよく突き飛ばしてないし。もー舞奈気合い入り過ぎだから!ねぇ?」
危うく大怪我大惨事の状況下で当事者朝日奈ゆうは実に誠意も罪悪感の欠けらも無い対応をする。
高坂佳苗も一緒になってへらへら……
……これは、まずいかもしれない。
僕は現場を眺めながら予想外に広がっていたひび割れの深さに危機感を覚える。
僕の隣で新郷レオパルドもまた同様の表情だ。
……このまま悪化して撮影そのものに影響が出なきゃいいけど…




