第126話 便利屋雨宮君
「あ、もしもし?雨宮と言うものですが、電気がつかないんですが……」
『--お客様情報をご確認しましたがお客様のご契約は承っておりません』
魔境東京へ降り立った超高校級俳優、雨宮小春は通信制高校の入学式を終えて、真っ暗な新居で立ち尽くすしか無かった。
電気と水道の契約ができてなかったのだ……
母へメッセージで確認したところ「父に訊け」。
父にメッセージで確認したところ「母に訊け」。
今年から小学生の妹、寧々ちゃんに電話して訊いたら「寧々ちゃんしらない」。
そこでスマホのバッテリーは切れた。
モバイルバッテリーは地元の友人、永谷園に貸したままだった。
雨宮小春15歳、高校一年生は春の日差し差し込む電気のつかない新居の中で一人、体育座りするしかなかった……
--こうして幕を開けた雨宮小春東京生活。
早速詰んだまま夜を越え……早朝に安アパートのドアを蹴破る騒音が響く。
「おはようございます小春」
KKプロダクションマネージャー、谷さんだ。
僕はダンゴムシのまま顔を上げる。
「……おはよう谷さん」
「昨日から着信111回入れたんですけどなんで無視するんですか?」
「スマホの充電切れちゃって……」
「充電してください」
「電気来てなくって……」
「戯言はいいので向かいますよ」と谷さんに引きずられ、何故か天井が削れて無くなった車に乗り込む。
今日から早速仕事だ。
「先日確認していただいたと思うんですけど……」
「すみませんしてないです……」
「本日はドラマ『黒鉄荘』の顔合わせです」
--映画『渋谷戦争』は大成功と言って良かった。
漫画原作の実写化はコケると散々言われてきているが、芝原ききや細谷心を中心にした今作のキャスティングは大成功で、『渋谷戦争』は興行収入30億を記録した。
主演ではないにしろビッグキャスト達に混じり出演した僕も必然的に世間に名前が知れ渡る事になった。
そして中学生期間中はCM出演に注力した。事務所の戦略らしい。
その結果か中堅クラスとはいえ僕はそこそこの知名度を獲得したのだ…
……まぁ映画やドラマの出演を減らしたので同級生からは「最近見かけない」と言われてしまったが……
そして高校が通信制になり融通が効くようになった事で、久しぶりに連続ドラマに出演だ。
しかも主演級と言っていい…
ドラマ『黒鉄荘』--
1クール12話予定のドラマで脚本は高園賢太。以前ちょっと出た『メモリアルワルツ』の人だ。監督はよく知らん人でプロデューサーは知りたくもなかった。
原作はないオリジナルドラマで、大まかなストーリーとしてはミステリーサークルの高校生六人が夏休み中に訪れた埋蔵金の眠るという謎の「黒鉄荘」で謎解きに挑む……という、聞いたことあるようなないような内容である。
今回僕はそのメインキャラ六人のうち一人を演じる。
主人公役は今大人気の新郷レオパルドだそうだ。僕は初共演になる。
「……でもこれ、初回放送が今年の10月ですね…撮影開始早すぎません?」
大体初回放送の1、2ヶ月前から撮影開始するものだが……それも含めて僕は早くも嫌な予感がしている。いや予感ではない。
「そこら辺はなにやら事情があるようですよ…」
またなにか含みのある言い方をする谷氏に不安を感じながらも僕は目的地までの道中、先日の社長とのやり取りを思い出す……
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「--雨宮、この一年間、良く大人しくしていたな」
KKプロダクション社長、難無。
僕を俳優の道に引き込んだその人が僕の肩を叩いていた。
そしてお茶は出てこない。
「『おひねりちょーだい』の件に謎の探偵バイト…それに希屋を私的に引っ張り出しての文化祭…お前の中学がなにやら大変な事になってるのは関係ないと信じているぞ俺は」
「ご心配には及びません社長……」
「あと、警察に補導されたり……」
「社長」
「ロケ地でベンガルトラ焼肉にしたり……」
「社長」
「サンバに乱入したり……」
「社長」
断っておくが全て、僕の意思で巻き込まれた事ではなく、雨宮小春の不幸体質が呼び寄せたトラブルによるものです。
しかし中学三年から一年間、僕の身には特段不幸は降り注がず、地元で取り壊し予定だった廃ビルを誤って破壊した事以外は順調に仕事もこなしていっていた。
「あの文化祭でお前の知名度も飛躍した…お前を庇い続けた俺とらいむの苦労は無駄じゃなかったって事だ…」
「らいむ?らいむが何か?」
らいむとは小鳥遊夢の芸名、小鳥遊らいむの事である。
僕や俺の名前は風見大和bot君の同期にあたる。もっとも、俺の名前は風見大和bot君は忌々しい事にも日比谷神の事務所、ハニー・プロダクションに移籍してしまったが……
……そういえば彼の名前はここ数年全く聞かないな…
「俺がお前のケツを拭いてやるのも全て、らいむがお前を特別扱いしろとうるさいからだ。同期のよしみかなんか知らんが…感謝しなさいこの問題児」
そうだったのか…
僕の見えないところで僕がやらかしで事務所を除籍にならないよう、色々と手を回してくれていたと…
下心しか見えない。
「南戸監督のオファーの時は白羽ハイルにしてやられたがそれは仕方ない…これからもくれぐれも面倒事を起こさず、模範的俳優としてうちの稼ぎ頭を目指してくれ…と、言いたいところだが…」
「?」
社長がなにやら含みのある言い方をする。僕は喉が渇いた事を強調しつつ、身構えた。
「……今度のドラマ『国鉄荘』」
「が、なにか?」
「なにやら問題を抱えているらしい……」
またか。
何かしらのトラブルが起きなければストーリーにならないとはいえ、この雨宮、胃を痛めるようなトラブルは好きじゃない。
丁重にお断り差し上げよう……
「今回お前にオファーが来たのもな…なにやらプロデューサーがお前の妙な噂を小耳に挟んだとかで…」
「はぁ…」
「『おひねりちょーだい』騒動の裏で起こった事件……真偽の程は定かではないがなにやら事件が起こっていたと……その解決に人知れず尽力したのがお前だと…」
『おひねりちょーだい』脅迫事件は業界内でも表沙汰になっていないはずなのに…妻百合真一郎の起こした事件はあくまでただの爆破事件になっているはずなのに……
「それと俺は信じていないがなにやらお前の中学で大騒ぎになっていた殺人事件もお前が解決したとかなんとか……」
犯人の事を垂れ込んだ週間明日の記者は口が軽かったらしい。
「どうやら一部で「雨宮小春は芸能界の便利屋」だと吹聴されてるらしい…」
話が読めた。
「……つまり今回のプロデューサーは僕に面倒事を押し付ける代わりに作品に出してやると…断ればこの話は無かったことに…的な?」
社長の表情は苦い。
「らいむの手前もある…お前に仕事を振らないとアイツ怒るんだよ」
やたららいむに弱い社長が念を押すように僕に鼻の頭を近づけてきた。毛穴が開きすぎてイチゴだった。
「くれぐれもうちの事務所の評判を落とすような真似はしてくれるなよ?上手く立ち回れ。いいな?」




