第119話 終末選定
「え?今日の撮影は中止?」
『はい。昨夜ヤッテ・ランネー・プロダクション本社にて宇佐川結愛が暴れたらしく、細谷さんが全治三日の精神的外傷を負ったとかで…』
「……ちなみに、暴れた原因は?」
『城ヶ崎麗子の高笑いがうるさかったと、私は聞いています』
『渋谷戦争』完成はまだ遠そうだ。
こんばんは。雨宮小春です。来る終末選定の日までに日比谷教入信、よろしくお願いします。残り一週間です。
さて、警護主任が『エル☆サレム』のスターを負傷させたとかで明日の撮影がキャンセルになった。つまり、現在僕が都内のホテルに泊まっている意味は灰燼に帰したというわけである。炎熱系最強と呼ばれる流刃若火だが、二度に渡るボス戦で戦果を挙げられなかったにも関わらず尸魂界を干からびさせるなど、その格を落としてはいない。
「やっぱりB〇EACHは面白いなぁ……」
暇になった僕は明日の朝一で地元に帰ろうとB〇EACHを読んでいた。アナキンとの戦いで一護がカーペットになってる作画はいつ見ても不思議な気持ちになるけど、それでも面白い。飛行機は明日の朝取ろう。なぜなら今僕はB〇EACHを読んでいるから……
プルルルルルル…プルルルルルル……
おや?電話だ。
マネージャー谷氏からの電話が終わったばかりだと言うのに……僕は恐る恐る着信画面を確認する。そこには『小鳥遊夢』と表示されていた。
説明しよう。
小鳥遊夢とは僕の同期にして同じ事務所に所属している今売り出し中の映画女優で、小鳥遊らいむと言えば誰もがひれ伏すスター候補生である。
そんな彼女とはここ最近再会し、僕の連絡先に名を連ねる栄誉を授かっている。
電話に出る。
「もしもし?」
『お疲れ、今東京に居るんだって?』
電話の向こうで小鳥遊らいむの息は少しあがっていた。外の雑音が聞こえる。こんな夜中にランニングでもしてるのだろうか?
そういえば本社を訪ねた時にも彼女は遅い時間だと言うのにレッスン室で汗だくだった。ストイックな性格らしい。
くだらない……ベッドの上こそ至高だと言うのに……そこにポテチがあればその空間は極楽浄土になる。人の足は走る為にあるのではない。ベッドに投げ出す為にあるのだ。
「そう思うだろ?らいむ--ってもう聞こえちゃいねェか」
『?……んで、明日の撮影予定は無くなったと……』
「なんでそんなことを知ってるの?」
『谷に聞いた』
なぜ僕のマネージャーと親密なの?
ポテチとB〇EACHが手放せない中、頬と肩のお肉でスマホを挟む僕の耳に次の瞬間、小鳥遊らいむの臨場感溢れる声が響いた。
『明日暇だろ?デートしようぜ』
「……いや、明日は地元に帰るので…」
『え?コモドドラゴンと追いかけっこしたい?分かったホテルまで手配する』
「わーい!デートうれしいなぁ!!」
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雨宮小春13歳。中学一年生である。
小鳥遊夢13歳。中学一年生である。
そんな二人がデェト?なんという不純。不純異性交遊…許されるのか?そんな事が…
しかし巨大ゴキブリの後にコモドドラゴンとのかけっこはごめんこうむりたい。午前中に切り上げて飛行機に乗ろう。
大都会東京の経済活動はここで完結するとまで言われてるかは知らない若者の街、渋谷。
待ち合わせとしてはベタ過ぎるハチ公前で僕は待っていた。
「明日『ルルベール』って喫茶店に9時な?」と言われたけど「東京よく分からんです」って言ったら駅前になった。
まぁ相手はあの小鳥遊らいむ……その磨きあげられた容姿は他の追随を許さない(日比谷神は除く)レベルだ。人の多い駅前でも彼女の姿を捉えられないことはないだろう…
そしてそれは小鳥遊らいむにも言えることだった。
「……やぁ、待った?」
「それは遅れてきた私の台詞だし……て言うか……」
待ち合わせ時刻10分前にその場に現れた、中学生には見えない美少女の降臨だ。やはり彼女も迷う事なく僕を見つけられた様子。
それはそうだろう……
「なんか……デカくね?」
体重300キロオーバーの巨漢はそう居ない……
--飯ハラという言葉があるそうだ。昨今何かにつけてハラスメントだと言い過ぎな気がするけど、飯ハラについては同意する。
要は食べたくない、食べれないのに「若いから」という理由で胃の許容量を超える飯を食べさせるハラスメントだ。
昨日のCM撮影後、満足のいく映像が撮れた事で藤嶺ディレクターはご機嫌だった。
そして飯に連れて行かれた。
そして今僕は飯腹である。シャーロット・クラッカーのビスケット兵を食べ過ぎたルフィ状態であった。
身長156センチに対して体重348キロ。海外でよく見るソファーにハマっちゃった人目前である。
「……帰っていい?私……」
「君が誘ったんじゃないか…ふぅ……」
「歩きポテチやめろ?」
しかし肥満は心のたるみ…体が重いともう何もかもが億劫だ。歩くのも面倒臭い。息するのも面倒臭い。ポテチの咀嚼もだ。もう流動食でポテチを流し込みたい。
そんな僕を小鳥遊らいむは冷ややかな視線で見つめていた。
「……お前…まじか?何があった?え?嘘じゃん。本気か?正気か?お前芸能人の端くれとしての自覚ある?」
「仕方なかったんだ…まぁ大は小を兼ねると言うし、自分の現状に対してあれこれ言っても始まらない。過ぎたことは受け入れる。それが僕のモットーだからね」
「潔いいけど現状を改善しようとする努力の欠片も見えないポテチはやめろ?」
ポテチを取られた。取り返したかったけど腕を伸ばすのが面倒臭すぎた…
「ところで小鳥遊さん。今日は一体どうしたの?」
「らいむでいいよ…お互いオフなんだし遊びに出かけてもいいだろ?」
「そんな…週刊誌に撮られたら……」
「お互いまだそんな事気にする歳じゃねーし今のお前を見ても誰もお前と気づかないしそもそもまだお前は週刊誌に狙い撃ちされるような器じゃない」
帰っていいですか?
「ふぅ……ふぅ……っ、そ、それはそうと小鳥遊さん……」
「らいむ」
「……らいむさん……」
「らいむ」
「…………らいむ。そろそろどこかに腰を落ち着けないかい?レディを歩かせるのも忍びないんだ僕は」
「膝が笑ってるぞ?お前……ほんとにどうした?」
当初の待ち合わせ場所である『ルルベール』なる喫茶店に入店。流石に渋谷にあるだけあってオシャレだ。回転率など意にも介さない長居しそうな落ち着いた店内と少なすぎるテーブル数…利益は出てるのか?
「ふぅっ……どっこいしょ!」
メキメキメキ!バキンッ!!
「……」
「木製の椅子はダメだな……すみませんチタン製の椅子に替えてください。あと、コーラとオムライスとデミグラスハンバーグとミートソーススパゲティといちごパフェを」
「コーヒー、二つで(怒)」
イマイチ目的の見えない不気味なデートに僕は不安から来る胃の空洞感を感じつつ、寝起きのカロリーとしてはあまりにも心許ないコーヒーを啜る。もちろん、砂糖とミルクで足らない甘味を補いつつだ。
「……」
そんな僕を小鳥遊らいむは冷めた視線で見つめていた。
「…………この店な?私が東京に来て初めて社長に連れて来てもらった店なんだよ」
「?」
突然なんの話が始まったんだろ?
「覚えてるか?私とお前が福岡の養成所に居た時さ……食堂で社長に「お前らは役者をやれ」って……おい、テーブルの砂糖とミルクが消えたぞ?」
「ズゾゾゾゾ!!」
「…………」
「ズゾゾゾゾゾゾゾ!!」
「……………………」
「ふぅ…え?なんだって?」
「殺すぞお前…まぁいいや…まぁ、私の事覚えてなかったしな、覚えてないよな…」
「そんな事ないよ。沢山ゲロかけられた」
「コーヒーかけていい?」
「でも正直驚いたな…君がまだ芸能界に居るとは思ってなかったよ…」
嘘である。辞めたという話は聞かなかったけど、正直再会するまで君の事をそこまで気にかけた事もなかった。続けていようが辞めていようが、関心はなかった。
あの日--『頼ろう会』から君を救出した日、僕は自分と彼女をどこか重ねて見ていた。だからこそ君を助けた。
でもそれもその時限りの気まぐれだった。
だからこそ--同期と呼ぶにしてもあまりに希薄な関係な彼女がこうして頻繁に僕に絡んでくるのは何故だろうと思案する。
彼女の目は相変わらず気の強そうな形に固定されているが、その奥で揺れる感情は喜の色だ。
「……こっちに来てから社長には色々面倒見てもらって…それがなかったら続けられなかったかもしれない。でも、自分から辞めようとは思わなかったよ」
「……憧れの日比谷真紀奈みたいに成りたかったから?」
日比谷真紀奈は僕にとっても、彼女にとっても憧れの人--だからこそ僕は彼女を助けて良かったとも思う。
そんな僕の向ける視線の先で、彼女の目が光った。
何か意を決したような……
「いや、それ以上の目標ができたからな…小春、お前にまた会えるって信じてずっと頑張ってきた……」
予感があった--
だからそれを言わせてはならないと思って僕は咄嗟に会話を切ろうとした。
「すみませんコーヒーおかわ--」
「小春、好きだ」




