本はタイトルが9割
「ミキ、俺小説家になろうと思うんだ!」
「ふーん、タケシ、頑張ってねー」
……なんだろう。このお隣さんの無関心っぷりは。幼馴染の俺の宣言をこうも無視するなんて……。
ミキは男の俺がミキの部屋まで来ているにもかかわらず、トレーナーにジーンズという格好で、あぐらをかいて焼き芋を食べながら、『面白いほどよくわかる毒と薬』という本を読んでいる。
なあ、別に気を使わないって意味でいいのかもしれないけど、もっと俺に対してちょっとくらいかわいく見せようとかきれいに見せようとか、意識してくれてもいいんじゃないかな?
ミキの部屋の本棚には『毒草を食べてみた』『毒物雑学事典―ヘビ毒から発ガン物質まで』『毒草大百科』などなど、毒に関する本のオンパレード……一体こいつは何がしたいんだ。
「ミキ、そこは『え? 何で小説家になろうと思ったの!?』って聞いてくれるのが筋じゃないのか? なんでそんなに興味が無いんだよ。無いのは胸囲だけで十分だろ」
「タケシ、殴られるのがいい? それとも蹴られるのがいい?」
「ごめんなさい! つい口から本音が出ました!」
「……全く……今度もう1回言ったら2度とこの部屋に入れてあげないからね」
とここで、ようやく『面白いほどよくわかる毒と薬』という本から目を離し、俺のほうを向いてくれた。
「それで、去年は野球選手になるって言って、一昨年は宇宙飛行士になるって言って、3年前はケーキ屋さんになるって言って、5年前は警察官になりたいって言ってたタケシ君? 今年は何で突然小説家になろうと思ったの?」
「……よ、よく覚えてるな」
5年前のことなんて、俺はもう完全に忘れていたぞ。
「私はタケシと違ってバカじゃないから」
「バカとは何だ!」
「だってバカでしょ?」
「確かに俺はバカだ!」
「タケシ、開き直らないでよ……」
「だが、バカでもアホでもたわけでもなれるのが小説家という職業だ!」
「……そうだっけ? ものすごい文才がないと小説家ってなれないような気がするけど」
「だいじょぶだいじょぶ。そんな文才なんて全く必要ないっすよ。小説なんてな、タイトルがよけりゃみんな買うんだから」
これぞ真実、真実はいつもひとつなのだ。
「そんなことないでしょ」
「ミキ、分かってねえなあ。『本はタイトルが9割』。これが真実だ。このタイトルを上手くつけるだけで読者はわんさかやってくるぞ。どうせ中身がなくたって小説なんぞタイトルさえよけりゃ読者はついて来るんだよ。逆に言うとタイトルがダメだと中身なんて誰も読んじゃくれないんだ。それが現実だよ」
「そんな訳ないでしょ。頭、大丈夫? 宮部みゆきの『理由』も、村上春樹の『ノルウェイの森』も、松本清張の『点と線』も、夏目漱石の『こころ』も、別に全くもって普通のタイトルでしょ? タイトルじゃなくて中身よ中身」
「ミキ、お前ほんと分かってねえなあ。その人たちはもう作家としての名前が売れてるから、タイトルにこだわる必要はないんだよ。ミキ、よーく考えてみろ。仮に中身がいいとするだろ? けど、読んでもないのに中身なんてどうやって分かるんだ? 卵だって割ってみないと中身が新鮮か古臭い分からないだろ? それと一緒だよ。つまり、タイトルだけで人は読む本を選んでるんだよ」
「……そんなことないもん。本はどうあったって中身で全てが決まるんだもん」
粘るなミキのやつ。先ほどからこんこんと本はタイトルで9割が決まると教えているのに。
「じゃあひとつ聞くが、今ミキが読んでいる『面白いほどよくわかる毒と薬』と言う本、どうしてその本を読もうと思ったんだ? 中身を読む前に何か、ミキがその本を読もうと思わせる理由があっただろう?」
「……それは、ええと、タイトルを見て……」
「ほらな、今ミキも言っただろ? 本はタイトルが9割を決めるんだよ」
ミキを適当な持論で上手く丸め込ませて、ちょっと鼻高々になっている俺。悔しそうにうつむいているミキを見ると、ちょっと悦になってしまうな。
「……ムカつく。今私の手元にトリカブトがあればタケシに食わせてやるのに……」
怖いよ! そんなん食ったら死ぬだろ!? ……お前、俺に毒を盛らせるためにそんな本ばっかり集めてるんじゃないだろうな。
「ああ、後あれだよな。ライトノベルなら絶対だけど、人気の絵師がいるよな。とりあえず中身なくても絵が上手けりゃ人が寄ってくるし。上手くいけばアニメ化されるし」
「……あきれた。あまりにも邪道。小説家になりたいならペンで勝負しなさいよ」
何を言うか。それが真実なのだから仕方がないだろう?
「ミキ、こんなニュースを知らないのか? ええと……なんだったかな。ちょっとパソコン貸してな」
「ちょっと、人のパソコン勝手に使わないでよ」
ちゃんと了解はとった。勝手にではない。
「あ、これこれ。これよーく読んでみろって。『太宰「人間失格」、人気漫画家の表紙にしたら売れて売れて。太宰治の代表作「人間失格」の表紙を、漫画「DEATH NOTE」で知られる人気漫画家、小畑健さんのイラストにした集英社文庫の新装版が6月末の発行以来、約1か月半で7万5千部、古典的文学作品としては異例の売れ行きとなっている』。すげえ、累計で約30万部だって。ほれほれ、表紙がラノベ風に変わるだけで30万部売れるんだぞ。本なんてタイトルと絵だけで全てが決まるって言ってるようなもんじゃん」
「『人間失格』は中身があったから売れたんでしょ? 絵だけで売れるわけないじゃん」
「じゃあなんで普通のタイトルだけの絵がない表紙の本を買わないんだよ?」
「……………………」
おし、勝った。
「と言うわけで適当な小学生のような作文を書いて、狙いすましたようなタイトルつけて、いい絵師さんを見つけよう。中身がしょぼいと分かっても、その時は既に売れた後だ。『リアル鬼ごっこ』みたいに自費出版すれば新人賞に受からなくたって本は作れるんだしな。儲かったら嫁に迎えに来るから、期待しとけよ」
「…………ふん、せいぜい路頭に迷わないように気をつけなさいよ」
「あいあい、ありがとー」
さあ、頑張るぞー。
1年後。ミキの自宅にて。
「ミキ、俺デイトレーダーになろうと思うんだ!」
「………………はぁ……」
勢いで書きました。
最初、本文は『タイトル見て読みに来た人、乙です』で終わる予定でした(汗 そりゃあかんやろ。
真面目に小説を書かれている方、もしも読まれて不快になられましたら申し訳ありませんでした。
参考にさせていただいたいくつかにリンクをはらせていただきます。
それでは。