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「はい、こちらナンバーと車検証です。お疲れ様でした」
「はい、お疲れ様です」
陸運局の職員は、あくまでも事務的にナンバーと書類を差し出す。社交儀礼のお疲れ様でしたが、僕の心にはじぃんと響く。
ボルトでナンバーを締め付け、盗難防止の封印をつける。オレンジ色のギャランクーペFTO。ヒムロさんが良くも悪くないと言っていた相良さんの板金の腕前はすこぶるよかった。太陽の光を思いきり吸い込むようなオレンジ色は、反射した看板の文字が読めるほどに磨きこまれて輝いている。改めて眺めれば、うん、クルマだ。誰がどうみても生きている。再び公道を走る権利を手にいれ、どこへだって走っていける。
僕の人生の安定感は消し飛んだ。つまらない人生に趣味がひとつ増えた。すると、「つまらない」という冠詞が消え、人生になった。
相良さんの前では冗談でああ言ったが、実をいうと、ヒムロさんはまだここにいる。死にきれないだとか、そういう陳腐な言葉で言い表すのは失礼だろう。結局、ヒムロさんはギャランが大好きなだけなのだ。それでいい。現世に縛られたまま永遠の刻を過ごすことが、悪いことだとは限らない。
『待ちなさい』
乗り込もうとした瞬間、ヒムロさんが現れた。駐車場の向こうを指さしている。
どうやら日産のブルーバードだ。510型だったか?
ボンネットをバッカリと開け広げ、まだ20代であろう青年があっちへフラフラ、こっちへフラフラ、まごまごとしきりに覗き込んでいる。いくら見ていてもクルマは直らないぞ。
『どう思う』
「先ずはキャブをドライバーで小突いてみましょう。ここまで自走で来たなら、一番可能性が高いのはそれかと」
『同感だ。だが、あの若造はきっとそれに気付けない』
やれやれ、おせっかいじいさんめ。
助手席に転がしていたドライバーを手に取ると、僕はブルーバードに向かって歩いていく。
「大丈夫、走るよ。走れる」
お読み頂きありがとうございました。
整備に詳しい人なら突っ込みは多々あるでしょう。一番の突っ込みどころは「仮に間違いのない教師が横にいたところで、ずぶの素人がクルマなんて組めるか!」というところだと思います。全くもってその通りです。
ほか、部品がー、とか、板金やるならそもそも全部下ろしてホワイトボディ状態の方がー、とか、いろいろ。
でもぶっちゃけリアルにしすぎると読める物語が書けない(なんならバルブの擦り合わせに12話とか使いそう......な)ので、割りきっています。これはフィクションですから......
因みに、名無しの32歳主人公君のアクティビティを追体験出来るゲームがこの世に存在しています。
My summer carって言うんですけど。
皆苦行ゲーだと言いますが、しかし、クルマを組み立てるのは愉しい、そんな心に溢れたゲームですので、機会がありましたら是非とも。
双子座いすずでした。