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「えっと、何をしているんです?」
「え?ああ、ちょいと燃料タンクの洗浄をですね」
道端でボロ車の脇に座り込み、錆びだらけの鉄の缶をしきりに振っている中年男性......つまり僕の姿は、やはり異様にしか映らないだろう。道行く車からは怪訝な視線、通行人から時折こうして話しかけられたりもする。客観的に見て不審者でしかないのは、僕自身が一番知るところでもある。
「何故そんなことを?」
「アハハ......何故でしょう」
「車屋に任せては」
「それが一番な気もするんですが」
自分でやるのが正解な気がして。いや、僕がやらなきゃ駄目なんだ。このギャランクーペを救うのは、僕が僕自身のためにやってるんだ。そんな哲学的な言葉は敢えて言わない。客観的にみればやはり、車屋に泣きついて、任せて、自宅でのんびりしているのが一番確実な方法である。そんなことは言われるまでもなく知っている。
「クルマにお詳しいんですか?」
「まさか。ずぶの素人ですよ。たまたまいい教師に視て貰えているので」
「はぁ」
どうにも本質的には無意味な僕の返答に飽きたらしく、通行人は立ち去っていく。
『もう放置でいいだろう。2時間も作業してからたまに振ってやるくらいでいい。花咲かGは優秀なタンククリーナーだ』
そして、不意に見えなくなったと思ったら、不意に現れるのがこの老人である。連日どこから現れるやら、たくさんの手順解説や整備アドバイスをして、少しの冗談などを言い、不意に消え、また現れる。
『次はミッションだ。先ずはミッションマウントを外さなければならん』
「はい」
『気を付けろ。これから先、重量物の作業になる。下敷きになって死にはしないだろうが、落ちてきたらそれなりには痛いだろう。タンスの角に小指をぶつけたとき位か』
「それはなかなか痛そうですね。ごめん被りたいものです」
『だろう。なにか支えるものがあるといい。何がいいと思う?』
「支えるもの......ジャッキでは駄目なんですか?木っ端の方がいいとか?」
『正解だ。ジャッキがいい。フロアジャッキならそのまま引き抜くことが出来る』
優秀な教師に視てもらえば、僕も安心してアタマを捻ることができる。ミッション、エンジン、キャブレター。ハブベアリング、サスペンションアーム、タイロッド、ステアリングギアボックス。自分でもびっくりするくらい目まぐるしく、ギャランクーペは急速に組み上がっていく。どんどんと錆は落ち、どんどんとオイルシールが打ちかわり、どんどんと若返りを続けていく。朽ちたボディを除いて、ほとんどの部品に手が入り、ギャランクーペは若返っていく。
「走る。お前は走れる」
この段になれば、僕も口癖のように呟いていた。フィンの潰れきったラジエーターを剥がしながら、固着しきったブレーキキャリパーと格闘しながら、ブーツが裂けてグリスの飛び出たドライブシャフトを引き抜きながら。
「走らせてやる」
『そうだ、言った通りだろう?このクルマはまだ走れる』
老人は笑った。不気味というより、いっそ磊落だった。