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土壌改善計画始動


 結婚式の翌日の昼下がり、屋敷が建つ村にある畑の中に俺はいる。

 畑の外には義母上とセリカと畑の持ち主である一家、農業組合を運営しているお爺ちゃん達、そして多くの農家の方々がこっちを見守っている。


「じゃあシオン、準備が出来たら始めてちょうだい」

「分かりました」


 こうした状況になっている理由は、義母上提案の土壌改善計画によるものだ。

 流れを説明すると、朝食後に義母上とセリカと一緒に農業組合へ出向いて件の計画を説明、皆さん半信半疑、その反応を予想していた義母上が実証を提案、農家の方々にも集まってもらい畑の一つを借りて今に至る。

 ちなみに義母上が俺を呼ぶのに君付けしなくなったのは、結婚して正式に家の一員になったからとのこと。

 お客様扱いは、もう終わりだってことだ。


「さてと」


 魔法を使う前に土の状態を確認しよう。

 土地がそこまで良くないから畑とはいえ土は固めで、水分も少なめでサラサラ気味。

 だけど深めに掘れば、屋敷の菜園と同じく良い感じの土が出て来るとのこと。

 既に「みじん切り」で細かく切った枯れ草、山から運んだ土、自家製だという肥料は撒いてある。

 後はこれを、「撹拌」で土とかき混ぜるだけだ。


「じゃ、いきます」


 右の掌に左の拳をぶつけて気合いを入れ、両手を畑へ向ける。


「撹拌」


 調理魔法の「撹拌」により、撒かれた物と一緒に土がかき混ぜられる。

 その状態を維持しながら移動して、畑全体を耕していくと農家の方々から歓声が上がった。


「おぉ、あんなに固い地面があぁも易々と」

「調理魔法であんなことができるとは、思いもしませんでしたわい」

「話を聞いた時は半信半疑でしたが、本当にできるだなんて……」

「シオン様すごーい!」


 一身に歓声を浴びる気分、悪くない。

 なんかちょっと偉くなった気分だけど、調子に乗ってないで作業を続けよう。

 やがて作業を終えると持ち主だけでなく、野次馬の中にいる農家の人達が畑に入ってきて、それぞれ土を手にして感触を確かめだす。

 中には指先で土を摘まんで舐めている人もいる。


「良い土だ。俺達が今まで耕して作ってきた土とは、比べ物にならねぇ」

「耕す際の深さが違うんじゃよ。こんな土地であっても、深い場所まで掘れば状態の良い土があるんじゃ」

「俺達が使ってる農具じゃ、そこまで深く掘れねぇよ。やっぱ魔法ってスゲェな」

「まだまだ時間を掛けて土を育てる必要はあるが、ここまで深く耕されていれば、土が柔らかくなって今後の作業はやり易くなるぞ」


 耕された畑を目にして、実際に土を手にした農家の人達からの評価は上々のようだ。

 組合の方々も土を手にして何やら話し込んでいる。


「どうかしら。言葉ではピンとこなかったかもしれないけど、実際に目で見て土に触れてみた感想は」


 義母上の問い掛けに、暗い表情や浮かない表情を浮かべる人は誰一人いない。


「領主様、疑って申し訳ありませんでした。これならば、例の土壌改善計画を進めるべきだと断言します」


 畑から出てセリカにお疲れ様と言ってもらっているうちに、組合長からお墨付きが出た。

 疑うのも仕方ないよ、普通は調理魔法を農業に使おうなんて思わないから。


「わしも同感ですじゃ」

「すぐにでも計画を推し進めるべきじゃ。他の村や集落にも伝えんと」

「それよりも先に、この村の農家に伝えるべきじゃろ」

「この村の農家なら、ここにほとんど集まっておるわい。ボケるには早いぞ」


 他の組合員のお爺さん達からの評価も上々のようで、早くも行動に出ようとしている。

 年の割に元気な人達だな。


「皆、気持ちは分かるけど落ち着いて。実は他にもまだ、見てもらいたいものがあるの」


 まだ何かあるのかと驚く中、トルシェとサラが取っ手の付いた木桶を二つずつ運んできた。

 そこには結婚式で出す料理を作った際に出た野菜くずとかの生ごみ、菜園の手入れの際に抜いた雑草、それと牛や鶏の糞がそれぞれ少量入っているけど、一つは空で何も入っていない。


「これは……村で一般的な肥料の材料ですな。これをどうするのですか?」

「まあ見てて。二人とも、お願い」

「「はい」」


 返事をしたトルシェとサラは、空の木桶に雑草と生ごみと糞を入れていく。


「シオン、お願い」

「はい」


 肥料の材料が入った木桶の前に立つ。

 今度は何をするのかと、注目が集まってくる。


「撹拌」


 まずは周囲へ飛び散らないよう、弱い「撹拌」で中身をかき混ぜる。

 特に糞が飛び散ったら悲惨でしかない。

 もう必要な魔力制御の感覚は掴んでいるとはいえ、慎重に慎重に。

 それが済んだら、次はこの調理魔法だ。


「発酵」


 通常はパン生地を素早く仕上げたり、チーズやヨーグルトを作ったり、酒を短期間で仕込むために使う調理魔法だけど、材料を発酵させて作るという点は肥料も同じ。

 菜園の世話をしている際、肥料の作り方をトルシェさんから聞いた時に思いついて試行錯誤し、成功したことから今回のお披露目となった。

 木桶の中の材料があっという間に発酵していき、やがて立派な肥料が出来上がった。


「こ、これはっ!?」

「普通なら長い月日を掛けて作る肥料が、あっという間に出来てるじゃねぇか」

「どら? ……こりゃすげぇ、下手な肥料よりずっと良質だ」


 農家の人達が我先にと肥料を手に取り、出来を確認して驚いている。

 しかも自然に発酵させて作るのと違って、気候や天候の影響で品質に影響が出ないから、発酵具合にさえ気をつければ安定した品質を保証できる。

 ただし量については俺の魔力次第だから、必ずしも安定するとは限らない。


「これがあれば、土壌の改善に役立つかしら?」

「勿論ですじゃ! この品質ならば、十分に役立ちますぞ!」

「肥料の出来が悪い家に、少額で売るか?」

「いやいや、これほどの肥料を使えるのならば、今こそ新たな農地を開墾して、そこの土を育てるために使うべきじゃろう!」


 組合員のお爺ちゃん達が、年甲斐も無く興奮している。

 まさか肥料でこんなに喜んでもらえるとは、思ってもみなかったな。


「そうじゃ! 領主様、ご提案があります」

「なにかしら」

「この手法を全ての村や集落へ広げるため、領内にいる調理魔法を授かった農業従事者を集めて、シオン様からご指導いただくというのはどうでしょう!」


 なるほど。俺一人で領内の村や集落全部を回って、畑を耕したり肥料を作ったりするのは大変だから、同じ事ができる人材を育てようってことか。

 今後のことを考えれば良い提案だし、むしろそうするべきだと思う。

 だけど、指導かぁ……。


「う~ん。とても良い提案だとは思うのだけれど、難しいわね」

「何故でしょうか?」

「これも論より証拠ね。シオン、ちょっと魔力の制御について説明してあげて」

「分かりました」


 義母上に促され、魔力の制御について説明を開始。

 途端に皆の表情がきょとんとなって、首を傾げ、何言ってんのって表情を浮かべ、最終的に大人達は頭を抱えて何度も首を傾げ、子供達は意味不明って顔をしている。


「えっ? はっ?」

「皆さん、聞いての通りです。旦那様は感覚的に魔法を扱っているので、魔法に関する説明だけはとても下手なんです」


 はい、そうなんです。

 結婚して旦那様呼びになったセリカが、申し訳なさそうに説明した通りなんです。

 数日前、どうすればそこまで精密な魔力の制御ができるのか尋ねられた時、気が進まないながらも説明したから、二人は俺の説明下手を実体験済みなんです。

 ……自分で言っていて、少し悲しくなってきた。


「そ、そうでしたか。しかしそうなると、同じ事をするためには、ただひたすら練習するしかありませんかな?」

「悪いけど、そうなるわね。とてもじゃないけど、あの説明力がすぐに改善されるとは思えないもの」


 いや本当にマジでごめんなさい。

 魔法に関しては完全に感覚派なんで、とても今すぐ指導なんて無理です。


「まあまあ、畑が良くなるのならそれでいいじゃないか」

「そうだぜ組合長。今すぐには無理でも、何年後かには品質が良くなって収穫量も増えるかもしれないぜ」

「……それもそうじゃな。農作業に光明が見えたんじゃ、今はそれを喜ぼう」


 そうしてくれると助かります。


「では組合長、早速ですが土壌改善計画についての詳細な打ち合わせをしましょう」

「承知しました。では、事務所の方へ」


 空き家を利用した農業組合の事務所へ場所を移し、義母上が土壌改善計画を改めて説明し、組合員達による指摘を受けて必要な箇所を修正する。

 魔法で作業をする俺も打ち合わせに参加して、作業日程について話し合い、余裕を持たせた上で無理の無い予定を組んでいく。

 他の村や集落への連絡は組合の方で人を送ってくれることになったけど、必要とあらばこっちまで来てもらって、作業の様子を見学させることになった。

 やっぱり論より証拠だよな。

 その他、この場では気づかなかった問題点や必要なことが浮上したら、その都度対応ということで話がついた。

 なにしろ調理魔法を用いた土壌改善計画なんて前例が無いから、どうしても手さぐりになる部分が生じてしまう。

 だけど、こればかりは仕方ないと割り切るしかない。


「では、以上でよろしいですかな?」

「そうね。シオン、何かあったらすぐに報告してね。実際にやっているのはあなたなんだから、ちゃんと報告してくれないと困るわよ」

「分かりました」


 作業も含めて責任重大だな。


「それじゃあ、今日はここまでにしましょうか。セリカ、記録を見せてちょうだい」

「はい」


 最後に、書記として打ち合わせの内容を記録していたセリカの書いた内容に目を通し、不備が無いのを確認して解散となった。


「明日から忙しくなるけど、頑張ってねシオン」

「魔力量には自信があるので、大丈夫ですよ」


 なにせ、生まれながらにして歴代最高の宮廷魔導師より魔力が多いし、その量も未だに増え続けてる。

 今の量でどれくらい作業が出来るか分からないけど、今日やってみた感覚からすれば、相当な範囲を耕せると思う。

 ひょっとしたら、予定が前倒しになるかもしれない。


「だからって無理は駄目ですよ、旦那様。土壌改善計画だけでなく、次期領主としての勉強もあるんですから」

「分かってるって」


 そのために、無理の無い予定を組んだんじゃないか。


「うふふっ。これを切っ掛けに領内が活気づいてくれるといいわね」

「そうですね」


 今はまだ農業だけでも、それが他にも波及して経済の循環が活性化すれば、領内の発展に繋がる。

 そう思うと責任重大でプレッシャーなのに加え、ワクワクしてくる。


「だけど、まだスタート地点に立っただけよ。結果はこれから次第だし、将来的にはシオン君の領主としての手腕も問われるわよ」

「はい」


 調子に乗るなってことですね、肝に銘じます。


「それと領地持ちの貴族にとって、領内を活性化させて発展させるのは、やって当たり前の仕事よ。ちょっと成功した程度じゃ評価されないわ。よほど大きく発展しない限り、領地が増えたり爵位も上がったりはしないから、覚えておいてね」

「……はい」


 領地運営に対する評価そういうものなのか。

 でも、言われてみればその通りだ。

 領地を授かるのは、この土地を開拓して国のために発展させろって意味が含まれているから、ある程度までの発展は義務として捉えられてしまう。

 物語の中だと、その土地に住むドラゴンを倒したり古代遺跡を見つけたりして、その報酬として爵位が上がったり領地が広がったりするけど、あんなのは本当に物語の中の話だ。

 普通に領地運営で評価を得るには、義母上の言う通り、よほど大きく発展をさせる必要がある。

 うん、確かに今回の俺の貢献程度じゃ、更なる発展の切っ掛けに過ぎないな。

 それに土壌改善で収穫量向上なんて、年単位での長期計画だし。


「焦らず一歩ずつ、確実に行きましょうね」

「はい」

「それにセリカとシオンには、もっと大きな仕事が待っているわよ」


 大きな仕事? なんだろう?

 セリカの方を向いても、心当たりが無いようで首を傾げている。

 分からないから二人で義母上の方を向くと、ニコニコ笑っていた。


「あら、分からないの? 後継者を産んで育てることよ。貴族にとって尤も重要かつ、領地を今後も守るために必要な大事な仕事よ」

「へ、へうぅ……」


 出ましたセリカの妙な声、それと真っ赤になって俯く可愛らしい反応。

 どうしてこう、俺の妻は一つとはいえ年上なのに可愛いんだ。

 しかし子を産んで育てるのも、貴族に取っては仕事の一環なんだな。

 家や領地を守って存続させるためには必要なこととはいえ、なんだかなぁ……。

 でもそういったことも貴族には必要な事だし、結婚した以上は子供が欲しいと思っているから、子供を作るって育てること自体は嫌じゃない。

 それに、その過程をセリカと楽しむのもいいしなっ!


「分かりました。セリカ、頑張って元気で健康な子を作ろうな」

「へうぅぅぅぅっっ!?」


 おっ、頭が爆発して湯気が噴き出したような勢いで真っ赤になって、アワアワと慌てだした。

 手をワタワタさせながら、右へ左へ体を揺らしてオロオロしているから、それに合わせてフワフワの髪とユサユサの胸が左右へ揺れてる。

 実に可愛く素晴らしい光景だ、どうにかして永久保存できないものか。


「あらあら、頼もしいわね。だけど無茶はしないようにね」

「勿論ですよ。こんなに素敵で可憐な最高の妻に、無茶なんてさせません」

「しゅ、しゅちぇき……きゃれん……しゃいこう……ちゅま……」


 アワアワは止まったけど耳と首まで真っ赤になって目を回しだした。

 そんな様子も可愛らしい。

 しかし、妻の部分にも反応するのか。

 新婚ホヤホヤとはいえ、これまた可愛らしい反応じゃないか。

 どうして俺の妻は、こうも俺の心を的確に突いて放そうとしないんだろう。


「まあそれはそれとして、これから忙しくなるから体調管理もしっかりね」

「分かりました」

「セリカも妻として、シオンが無理しないようにちゃんと見張って、必要があれば止めて休ませるのよ」

「ひゃい! 」


 これはセリカに言い聞かせているようで、俺にも注意しているな。

 分かりました、気をつけます。


「さあ、明日から頑張りましょうね」

「はい」

「ひゃい」


 まだ目がグルグル気味のセリカに義母上と微笑み合い、帰路を行く。

 こうして始まった土壌改善計画と領主としての勉強、そしてセリカとの励む日々。

 酔っていないセリカから主導権を得るのは容易だったものの、それはそれで凄まじい夜だし、たまに酔ったセリカとの夜も過ごす。

 土壌改善計画の方は、農業組合から話を聞いたという他の村や集落から来た農家の代表者達を前に、「撹拌」で畑を耕して「発酵」で肥料を作ったりして説明したら、是非うちの村や集落でも頼むと懇願された。

 回る順番や日程は彼らと義母上が話し合って決め、すぐに報告すると言って走って帰っていった。

 そんな日々を過ごして半月ほどが経ち、屋敷がある村の畑を一通り「撹拌」して、「発酵」で作った肥料をいくつかの農家のために作り終え、そろそろ次の村で作業をという頃に来客が現れた。

 しかも俺に用があるということで、義母上からの課題を中断して応接室を兼ねているリビングへ出向くと、義母上とは別に角と翼と尻尾が生えていて体表に鱗がある、大柄な竜人族の男性がいた。

 彼は俺が現れると席を立ち、片膝を突いて頭を下げた。


「シオン様ですね。あなた様に、ご協力をお願いしたいことがあります」


 えっ、何? 何事? 俺に何の用なの?

 というか、何をさせるつもりなの?


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