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たまに堪能するからこそ


 魚人族が故郷のフィッシャー諸島へ帰るために旅立ってから十日が経過した。

 その間にバーナード領内では、シベリアン伯爵夫人による港の建設候補地の査定が行われた。

 幸いにも候補地の一つが予定地として認められ、交渉が上手くいけばそこに港が作られることになった。

 そしてその開発に強く絡むのは、調理魔法による農作業の支援と引き換えに領内の利権を得た、レトリバー辺境伯とコーギー侯爵だ。

 既にその二家には連絡が行っており、開拓支援団の文官による現地視察も行われた。

 文官曰く、港が出来ればフィッシャー諸島以外との交易も可能になるから、レトリバー辺境伯もコーギー侯爵も気合いが入っているらしい。

 ひょっとすると、交渉が上手くいってくれと祈っているんじゃないかな。

 サモン殿は好印象を持ってもらえたけど、村長や島王とやらがどう判断するかは、全く分からないもんな。

 そんなことを考えつつ、今日も仕事に打ち込む。

 今日はバーナード領で毎年春に開かれる祭りについての打ち合わせをしている。

 参加者は俺とセリカ、それと文官一同とユリーカさんだ。


越冬祭えっとうさいか」


 膝の上で眠る子犬のロイを撫でつつ、告げられた祭りの名称を口にする。


「はい。うちの領の毎年恒例のお祭りです」


 膝の上で欠伸をする仔犬のマルコを撫でながら、かわいとおしい笑みを浮かべるセリカによると、この越冬祭はその年の冬によって内容が二種類に分かれるそうだ。

 冬を乗り切れずに死んでしまった領民が一人でも出た場合は、死者の鎮魂を願う静かな祭りで、誰一人死者を出さずに越冬できた場合は、無事に春を迎えられたことを盛大に祝う祭りらしい。

 今年は死者も無く越冬できそうなのと、調理魔法による農作業による収入拡大と領民の増加を祝い、過去一番の盛大さで開催する予定になっている。

 ただ、そうなると騒ぎも起きそうだから自警団団長のユリーカさんにも参加してもらっている。


「懐かしいな。アタシの知ってる限り、こっちの越冬祭ができたのなんざ両手で数えられる程度だぜ」


 ということは、ほとんどの越冬祭がもう一つの形で行われたのか。

 これからはそっちの越冬祭が行われないよう、最大限努力します。


「今年は予算もお酒も食料も豊富ですからね。これも旦那様のお陰ですよ」

「俺だけの成果じゃないだろ」


 金も酒も食料も、調理魔法による農作業が切っ掛けで大量に得られたとはいえ、運用できなきゃ意味がない。

 それをやったのは義母上を中心としたセリカやブレイドさん達や文官達で、俺はその中の一人にすぎない。


「俺がやったのは切っ掛け作りだけで、運用したのは義母上やここにいる皆だ。俺一人だったら、絶対に途中で行き詰ってたから」


 だって領地運営なんてやったことが無いし。

 その辺の勉強も含め、中心にいる義母上には本当に感謝している。


「若様、謙虚なのは良いですがちょっとは誇っていいんですよ」

「普通はその切っ掛けすら、作るのが難しいんですか」

「そうですよ。偶然でも成果が出れば、それは若様の功績ですって」


 ちょっと呆れた表情のブレイドさんに続いて、リックとユーナも同様の意見を口にした。文官達もうんうんと頷いてる。

 話は分かるけど、なんかそういうのはな……。


「こいつらの言う通りだぜ。シオンがいたからこその発展なんだ、胸張って誇っておけよ」


 肩を組んでそう告げるユリーカさんだけど、今はあなたの圧倒的存在感の胸がぐにゅうぅぅんと押しつけられて、その柔らかさで非常に幸せです、大変ありがとうございます。


「いいじゃないですか。そういう謙虚なところも旦那様の魅力なんですから」


 かわいとおしい笑みでそんなことを言われたら、余計に惚れ込むの一択しかない。

 なにこの天使。俺のかわいとおしい極愛の妻か。


「越冬祭の話に戻りますが、今年はコーギー侯爵家から長男のジョン様とその奥様が、レトリバー辺境伯家からはお孫様に当たるシバイ様とその奥様がお見えになります」


 まあこれは当然だな。

 なにせ無事を冬を越せるほど領地が発展できたのは、この二家が色々と支援してくれたからだ。だったら、招待しないわけにはいかない。

 だけど両家の当主も暇じゃないから、直系のジョン殿とシバイ殿が妻を連れて来るんだろう。

 しかしあのお二人が来るとは。これはいつぞや妻自慢の決着をつけなくちゃな。


「その際のおもてなしについてですが」


 おもてなしと言っても相手は現当主じゃないから、必要以上にもてなすことはない。

 相応の対応はすべきだけど、逆にやりすぎも良くない。

 やりすぎた場合、当主本人が来訪した際はそれ以上のもてなしをしなくちゃならなくなるからだ。

 加えて両家の貴族としての地位はほぼ同じだから、家によって対応を変えずに済む。

 来訪してくる家の各が違うと、下の方はこれくらい、上の方はこれくらいと調整しなくちゃならないからな。

 そういった面倒なことをせずに済むだけで、幾分かやり易い。

 そこら辺の調整について話し合っているうちに、膝の上で寝ていたロイとマルコが起きて、部屋を出たそうに扉の前でキャンキャン鳴きだした。


「はいはい、ちょっと待ってな」


 難しい話ばかりで面倒そうな表情になっていたユリーカさんが席を立ち、やや乱暴に扉を開けた。


「ぎゃっ!?」


 するとゴツンという音と同時にユリスの悲鳴が聞こえた。

 なんとなく何が起きたのかは分かるけど、一応見に行ったら額を押さえたユリスが廊下の真ん中で蹲っていた。


「だからぁ、どうしてこうもオデコ打つのよぅ……」


 うん、やっぱりそうだったか。


「あちゃあ、悪いな」

「き、気にしないでください。廊下は見えないので不可抗力です。でも、なんでこう毎回オデコなの……割れちゃう、いい加減オデコ割れちゃうって……」


 謝るユリーカさんに気にするなと返したものの、その声は今にも泣きそうだ。

 ユリーカさんの力で乱暴に開けたんだ、かなり痛いだろうな。

 主人の痛がる姿に、ロイとマルコが心配そうにきゅんきゅん鳴きながらユリスの傍に寄って行った。


「大丈夫か?」

「大丈夫です、ご主人様。この程度、なんでもありません」


 とてもそうは見えないんだけど。

 だけど幸いにも出血も無く、額が赤くなっているだけで済んだことから、何かあったらすぐ医者へ行くことにして仕事へ戻った。

 その後も越冬祭についての打ち合わせは続き、ある程度まとまったところで昼食の時間になった。


「皆さん、昼食をお持ちしました」


 台を押してやってきたサミーが、念動魔法を使って皆の前へサンドイッチが乗った皿と紅茶を配っていく。


「すっかり念動魔法を使いこなしてるな」

「毎日ケルムさんのお世話で使ってるからね。もう慣れたもんだよ」


 性別を勘違いしそうな笑みでそう言い切った通り、サミーは念動魔法でケルムさんの世話をしまくっている。

 念動魔法で体を起こしながら濡れたタオルで体を拭うのから始まり、顔を洗ってやりながら寝癖を直し、歯を磨いてあげながら着替えさせ、魔力の手を駆使して朝食の準備をしたら、自分も食べつつ朝に弱くて寝ぼけ気味のケルムさんにも魔力の手で食べさせてと、もはや介護と言ってもいいぐらい世話をしている。

 しかもケルムさんはそこまでされているのに、恩義は感じていても悪気は全く感じていない。


「そうか、頑張れよ」


 ここまでくれば最早説得は不可能。諦めの境地に達し、応援することしかできない。


「うん、任せてよ! 結婚したら今以上にお世話してみせるよ!」


 そんなことになったら、ケルムさんは二度とサミーの下を離れられないだろうな。

 堕落した駄目人間を製造した挙句に対象者を依存させるなんて、サミーの世話は恐ろしい。

 実家にいた頃、サミーに世話されなくて良かった。

 男と分かっていても頬を染める男性の文官さんがいる笑みを浮かべるくせに、なんて恐ろしい奴なんだ。

 とまあ、そんな一幕を挟みつつ越冬祭の打ち合わせは進んでいく。

 申請されている出店について確認し、広場で行われる催しについて調整して、自警団による警備体制の骨格を決め、フミャー商会へ注文すべきものを決めていく。

 まだ期間があるとはいえ、それで余裕をこいていたら、いつの間にかギリギリか間に合わなくなってしまったら笑い事じゃない。早め早めに手配しておかないとな。


「では、今の打ち合わせで決まった内容は私がまとめてお母様に提出しますね」

「分かった。じゃあ次は祭りの期間中における、開拓支援団について話そう」

「あー、じゃあアタシはもういなくていいな。自警団の方へ」

「待ってください」


 視線を逸らして立ち上がり、さりげなく逃げようとするユリーカさんを捕まえる。


「護衛の兵士の方々に、祭りの警備へ加わっていただく可能性があるので、団長のユリーカさんがいてくれないと困ります」

「……分かったよ」


 逃げられなかったユリーカさんは、渋々といった様子で席へ戻る。

 こういった話し合いが面倒なのは分かるけど、責任ある立場なんだからしっかりお願いします。

 というか、逃げられるものなら俺だってセリカも巻き添えにして逃げたいよ。

 仕事なんか全くせずにセリカを愛でるだけの毎日を送りたいよ!


「旦那様? どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」


 危ない危ない、忙しい日々でつい現実逃避しそうになった。

 落ち着いて現実と向き合って、セリカを愛でるのは空いた隙間時間や仕事の後で我慢しよう。


「では祭り中の開拓支援団についてですが」


 若干不機嫌なユリーカさんも交えての打ち合わせは続く。



 *****



 やっと今日の仕事の仕事が終わり、ようやく訪れた癒しの時間。

 自室で寄り添ったセリカの肩に腕を回して密着して、ユリスが淹れた紅茶をトウカを含めて四人で飲み、何もしないのんびりした時間を過ごす。

 うん、実に癒される。

 ユリスの隣にはウェネがいるけど、その視線は仰向けに寝転がったマルコの腹を撫でるサラノムと楽しそうにあうあう会話する、同じく仰向けに寝転がったロイの腹を撫でているボサノムへ向けられている。

 これもまた癒される光景だな。まるで息子達が飼い犬と戯れているようだ。


「プル~」


 ロイと戯れるボサノムを見ているウェネが、口の端から涎を垂らすくらい、だらしない笑みを浮かべているのは気にしないでおこう。


「いいですね、こういう時間」

「そうだな」


 仕事中はセリカを愛でるだけの毎日を送りたいと思っていたけど、忙しい合間に愛でるからこそ、こうした癒しの時間が大切に思えるんだな。

 あの時の俺は間違っていた。その事に気づいて良かったよ。


「あうー」

「あうあう」


 ボサノムとサラノムが撫でる対象を入れ替えて、またあうあう言い合っている。

 どうやら会話の内容はどっちの撫で心地の方が良いか、ということみたいだ。たぶん。


「いやぁ、微笑ましいッスね。自分も昔は、どこかから入り込んだ野良猫をよく撫でてたッスよ」


 俺はそういうの無かったな。

 実家の庭で入り込んだ野良猫と遭遇したことは何度かあったけど、何故か毎回逃げられてた。サミーの勧めで餌や遊び道具で誘っても、逃げられてた。

 何故だったんだろう。その猫の性格か?


「そういえばサモンさん達は、無事に帰れたんでしょうか?」

「どうだろうな?」


 うちの領地を旅立って数日後には、船でフィッシャー諸島へ旅立ったのは聞いている。

 でもそこから先の情報は全く無い。

 もう帰れたのか、まだ着いていないのか、既に帰っていて今後の付き合い方について話し合いをしているのか、全然分からない。

 船旅中に何か悪いことが起きた可能性は考えても、口には出さないのがお約束だ。


「国とフィッシャー諸島との交渉が成功して領地に港を建造することなれば、また大忙しですね」

「そうッスね。また色々な所が接触してきそうッス」


 同感だ。港となれば造船や漁業や海を介した他領との交易と、やれることはたくさんあるし、そこで働く人々が生活するために町も作らなくちゃならない。

 そうなれば当然、レトリバー辺境伯家やコーギー侯爵家やフミャー商会の絡んでいない僅かな利権や利益を狙って、多くの貴族や商会が接触してくるだろう。

 領地が発展して儲かるのは嬉しいけど、そういうのを相手しなくちゃならないのは面倒だな。


「まだ不確定の未来を想像しても仕方ない。今は連絡を待とう」


 港を建造するかしないかがあるから、連絡が届かないということは無い。

 とにかく今は連絡が届くのを待ちながら、越冬祭の準備を進める。これしかないだろう。


「では、また忙しくなってもいいように、今のうちにたっぷり英気を養いましょうね」


 そう言ってセリカが身を寄せるものだから、存在感抜群の胸がほよよんと当たって実に幸福極まりない。これだけで英気が一瞬で養われたぞ。

 そんな忙しい合間の癒しの時間を堪能する日々を過ごすこと五日。

 外務省のマーデンさん一行がやってきて、サモン殿達を無事にフィッシャー諸島へ送り届けたことと、恭順は無理だったけど交易を結ぶことには成功したことが伝えられた。

 これで港の建造が決定的になったけど、それとは別に重要な案件がもう二つある。

 一つはこっちでの生活を聞いた魚人族十数人が、こちらへ移住を希望していること。もう一つはサモン殿の妹のサディンという子をうちへ嫁がせたいというものだった。

 いや、移住はともかく嫁入りはなんでっ!?

 それとおそらく平民扱いだから、妾ならともかく嫁は無理!


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