帰還準備
魚人族を保護して十数日が経過した。
既に回復している彼らは約束通り、助けてくれたお礼にと竜人族の集落で働いてくれている。
様子を報せに来てくれたバハードによると、畑の整備作業や漁や塩作り、土地の開墾作業や水路作りと精力的に働いているそうだ。
特に漁では大活躍で、海流の流れを上手く把握して魚の位置を詠み、連日大漁だそうな。
「できれば、何人かには残ってもらいたいくらいですよ」
「そんなに凄いのか」
「ええ。若い漁師なんか彼らの技を盗もうと必死ですし、海流の把握や彼らの漁について熱心に聞いてますよ」
それはいいことだ。
彼らにも家族がいるだろうから残ってくれる可能性は限りなく低いだろうけど、一人でも多く技術を身に着けてくれれば、今後の漁に成長が見込める。
調理魔法による農作業で大地の生産力が上がったのに続いて、海の生産力が上がるのは悪くない。
「生活に不満は?」
「表立った不満は出ていませんね。彼らが住んでいたのと同じ海の近くですし、食事も似たようなものなのが幸いしました」
口や態度に出さないだけで、細かい不満を秘めている可能性はあるのか。
だけど表立っていないのなら、もう少し様子見かな。
なんにせよ、義母上には報告しておこう。
「トラブルは無いか?」
「酔った勢いでちょっと喧嘩になるくらいですね。相変わらず女性が漁をしたり農作業をしている様子には戸惑っていますが、理解は示しているのでそれによるトラブルは起きていません」
一番トラブルが起きるとしたら、そういう文化の違いによるものだと思っていたけど、今のところは大丈夫か。
とはいえ、彼らも慣れない土地で生活しているんだ、できるだけ早く故郷へ帰してやりたい。
勝手に帰すわけにはいかない以上、早めに国の担当者が来てくれないかな。
そう思った翌日、国の外務省の役人が数名の部下と護衛を伴ってやって来た。
「今回の担当を任されました、外務省のマーデン・ドーベルです」
代表者のマーデンさんは老獪な雰囲気のある高齢男性で、薄い頭と蓄えられた口ひげが特徴的な人だ。
彼の名前は王都にいた時に何度か名前を聞いたことがある。
直接の面識は無いけど、ドーベル侯爵家の当主である彼の息子は俺に勝手な期待を寄せていた内の一人で、自分の父は難しい外交をいくつも成功させた功績を買われ、跡目を自分に譲った後に引退するつもりだったが陛下の要望で外務省に務め続けることになったと自慢していた。
その後も大きな外交成功には、必ず彼が関わっているという話を耳にしてきた。
まさか、そんな人物が来だなんて。
「こんなに遠くまで、わざわざありがとうございます。領主代行のリーチェ・バーナードです」
義母上とマーデンさんが握手を交わしたらリビングへ移動して、サミーが淹れてくれた紅茶を飲みつつ、現状情報と魚人族から聞いたフィッシャー諸島の報告が行われる。
救助と保護の場にいた俺も同席することになり、その時の状況を詳細に説明した。
それを踏まえてマーデンさんは、最低でも友好的な関係を築いて交易の確立を目指すと言った。
「勿論、フィッシャー諸島を国土に加えられれば最高ですが、彼らは今まで国の支配下に置かれた経験がありません。そのため国へ税を納めることや、文化の違いによる女性の社会進出といったことに対する反発が予想されます。ゆえに恭順を無理強いせず、友好や相互に利益のある関係を築ければ成功としましょう。いくら住民を助けたとはいえ、それとこれとは話が別ですからな。まずは悪い印象や警戒心を抱かれない事が第一です」
なるほどね。どんな好条件の契約を用意しても、相手側に受け入れる気が無ければ契約は結べないもんな。
まずは有効でも利益関係でもいいから、相手側を受け入れさせる気にさせればいい、というわけか。
「ですのでフィッシャー諸島の国土化は、向こうの様子を確認してから判断しましょう。国土としなくとも、交易関係を築くだけでも国に利はあります」
これまでに魚人族達から聞いた話によると、フィッシャー諸島にはこっちでは確認されていない植物や作物が育ち、同じく未知の魚が獲れるらしい。
口頭での説明だけどケルムさんに向こうの植物や作物のことを伝えたら、今までに聞いたことが無いと言って、すぐにでも行きたいと言いだしたほどだ。勿論、そんなことはできないから宥めて止めた。
さらにそれを聞いていたボサノムとサラノムからも、それが欲しいとあうあう言葉でねだられた。
何故ねだられたのが分かったかというと、水の文字でウェネが通訳してくれたからだ。
あまりにあうあう煩いから善処すると言ったら、両手でハイタッチを交わして腕を組み合ってスキップしながらクルクル回り、最後に何故かあうあう歌いながら小躍りして俺の周りを回りだしたっけ。おまけに途中からミィカまで混ざってたし。
とにかく、そういう珍しい物が手に入るのなら交易する価値はある。
「バーナード卿。確かフィッシャー諸島には通貨が無いのでしたな」
「はい。彼らは日常生活の中だけでなく、村同士や島同士のやり取りにおいても物々交換か労働を対価に物を得ていました」
実は彼らが働いているのは助けてもらったお礼としてだけでなく、食料や寝床を用意してもらった対価でもある。
金という物を知らず、代わりに渡せる物が無いから労働で対価を支払っているんだ。
「ならば我々もそれに則るべきですね。恭順するなら物による納税、交易ならばこちらも物での取り引きをするように提案しましょう。使い道の無い金を渡すよりは、その方が相手側も安心するでしょう」
うん、その通りだ。
使い道の無い金を渡されても向こうは困るだけ。それなら物での取り引きを持ちかけた方が、相手側はやり易いだろう。
そうなると相手側へ何を用意するかが重要だけど、これはサモン殿達との話し合いで決めても遅くない。
「ところでマーデン殿、彼らをどのように送る予定なのですか?」
「バーナード領には港が無いので、小さいですが港町がある隣のダックス準男爵領へ国の船を回すよう手配してあります。そちらから海路で送り届ける予定です」
こればかりは仕方ないか。
バーナード領に港が無い以上、港がある他所の領地から船に乗せるしかない。
「方角は分かっているのですよね?」
「はい。彼らが太陽の位置から方角を割り出し、どの方向に何日進んだかを記録しています」
「ならばそれを基に、ダックス準男爵領の港からフィッシャー諸島までの航路と日数を割り出す必要がありますね」
その後も移送についてや食料調達について、魚人族を保護したことによって発生した消費への補償と、外交とは別の様々な案件が話し合われていく。
どうやら同行している中に内務省の関係者がいるようで、その辺りの話もスムーズに進んでいく。
さらに交渉が成功した暁には、フィッシャー諸島との交流の拠点は今回の件の切っ掛けとなったバーナード士爵領となるため、そのために必要不可欠な港を作る候補地の選定をすることになった。
気が早いかもしれないけど、港を作るのは開拓や開墾以上に大掛かりな仕事だから、候補地の選定は今のうちにやっておかなくちゃならない。
それに、あくまで候補地を選定だから交渉が失敗しても痛手は無い。
「ここから先、魚人族とフィッシャー諸島については我々が引き継ぎます。バーナード卿、港の候補地の選定は」
「領内で港を作れそうな地は、いくつかしてます」
「ではその地が建設地として適正か、こちらの者に調べさせましょう」
「国土省に籍を置いております、ルファール・シベリアンと申します」
挨拶をしたのは動きやすい服装をした中年女性。
この人のことはよく知っている。シベリアン伯爵家へ嫁いだコーギー侯爵の妹だ。
顔を合わせて話したことは何度もあるけど、勝手かつ一方的な期待をして近づこうとせず、それどころか会う度に調子に乗らないよう注意を促してくれた。
俺が周りの勝手かつ一方的な期待で調子に乗らず、むしろ不快感を覚えていられたのは、この人が注意を促してくれていたのが少なからず影響しているだろう。
おまけに調理魔法を授かって周囲から掌返しをされ、バーナード家への婿入り話が届くまでの間には、士官先を紹介するぐらいはしてあげるという手紙を貰った。
結局その気遣いに甘えることは無かったものの、気に掛けてくれる人がいてくれたのは嬉しかった。
そんなことを思い出している間に、義母上とルファールさんが言葉を交わして握手をする。
「コーギー侯爵様の血縁者であられましたか。侯爵様には、大変お世話になっております」
「いえいえ、私は既にシベリアン家の一員となった身。そういった挨拶は無用ですわ」
挨拶を終えたルファールさんがこっちを見て会釈したから、こっちも会釈する。
「久し振りね、シオン殿」
「お久し振りです、シベリアン伯爵夫人。あなたに掛けていただいた教えとお心遣いを綴った文は、今でもハッキリ覚えています」
「まあ。我が子と年の近い子にお節介を焼いただけなのに、そう言ってもらえると嬉しいわ」
毎回思うんだけど、この人と喋っていると何故か教師と喋ってる気がするんだよな。
何度も注意を促してもらったり、いざという時は働き口を紹介すると伝えてくれたり、教師っぽいことをされているからかな?
いや、ルファールさん自身の雰囲気がそれっぽい雰囲気なんだろう。
「シオンはシベリアン伯爵夫人と面識があるの?」
「はい。実家の寄親の親族ですので、何度か顔を合わせたことがあります」
「そうね。だからといって、土地の査定は甘くしないわよ。候補地をきっちり調べて、全て駄目なら一から選定し直しますからね」
こういう人だから、教師っぽい印象を抱くんだろう。
だけどそれはそれで信頼できるし、こうして派遣されている以上は職場での信頼も厚いんだろう。
「うほん。では早速ですが、魚人族の方々の下へ向かいたいと思います」
「承知しました。シオン、マーデン殿をご案内してさしあげて」
「はい」
これは道案内というだけでなく、魚人族との間に入ってマ―デン殿達を紹介しろ、ということだろう。
義母上がルファールさんを港の候補地へ案内して、土地の査定をしてもらうそうだ。
そのためにマ―デン殿達の護衛が二手に分かれ、こちらの護衛は義母上の方に自警団が、俺の方にはトウカが付けられることになった。
時間が押しているから、やや急ぎめの速度で竜人族の集落へ向かう。
移動の馬車の中では今回の件だけでなく、調理魔法による農作業のことが話題に上がった。
どうやらマ―デン殿もそれを食べたことがあるそうで、とても感激したから購入できないかと尋ねられた。
他にも、息子がこんなことなら見限るんじゃなかったと悔やんでいるとか、こっちへ行くことになると分かったら上手くとりなしてくれと頼んできたとか、そんなことを話した。
「自分で見限ったんだから、自分で関係修復しろと叱りつけてやりましたがな。ほっほっほっ」
まあそうだよな。自分でやっちゃったんだから、自分でなんとかするのが筋だよな。
だけどそれとは話が別とばかりに、家を継げないから商人になった末息子の娘を妾に紹介された。
勿論、やんわりと断ったよ。だからトウカ、そんな微笑みながら笑っていない目でこっちを見ないでくれ。
「これは残念。ですが気が向いたら言ってくだされ。すぐに手配しましょう」
「その際はよろしくお願いします」
社交辞令だから! 社交辞令だから、笑っていない目の圧力を高めないでくれ!
この後は特にそういう話題は出なかったものの、トウカの笑っていない目の圧力はしばらく続いた。
いや、あまり嫁とか妾とか増えても大変なだけだから、そんなにいらないって。
だけど、そうもいかないのが貴族なんだよな。
その貴族特有の経緯で妾入りしたのが、ユリスと隣で圧力を掛けてくるトウカなわけだし。
「ご主人様。自分は理解してるッスよ、理解は」
理解はしてるけど、気持ちの面では別問題ということね、分かりました。
そうしたやり取りをしているうちに集落へ到着。
長のラグンに話を通し、サモン殿を筆頭にした魚人族達が集会所へ集められて、戸惑う彼らへマーデン殿を紹介する。
「初めまして、魚人族の皆さん。私はマーデン・ドーベルと申します。皆さんを故郷へ帰す手配が整いましたので、お迎えに参りました」
帰れると知った魚人族達が歓声を上げる。
抱き合い、肩を叩きあい、サモン殿はマーデンさんと握手をして感謝の言葉を口にしている。
「ありがとう、シオン殿。このお礼はどう返せばいいか」
「でしたら、少々マーデン殿のお話を聞いてくれませんか?」
「むっ? なんであろうか?」
改めてマーデンさんと向き合ったサモン殿へ、フィッシャー諸島特有の作物や植物や魚が欲しいため、これを機に交易をしたいことが伝えられた。
「なるほど、我らと取引がしたいと。しかし我らは、金という物を貰っても使い道がありません」
「承知しております。ですので、そちらが欲しい物との取引で如何でしょうか?」
「おおっ、物で応じてもらえるのか。ならば鉄という物をいただけないだろうか」
フィッシャー諸島には鉄や銅といった鉱物が無く、石や木で道具を作っている。
そのため鉄製の道具にとても興味を示しており、鍛冶場の仕事を手伝いつつ、加工法を勉強している人もいるそうだ。
そこへ物々交換での取引を持ち出されたら、鉄を求めるのは当然だろう。
屋敷でその情報を得ているマーデンさんは冷静な様子で頷き、サモン殿の要求に対応する。
「鉄ですか。こちらはそれで構いませんが、加工できるのですか?」
「むっ、それもそうですな」
どんなに良い素材があっても、それを加工できなければ意味が無い。
だからサモン殿は腕を組んで考え込む。
「では鉄製道具というのはいかがでしょう。加工の手間賃として、量を減らして構いません」
「それもよろしいでしょうが、職人になりたい方を留学させてはいかがでしょうか?」
「留学、ですか?」
よく分かっていない様子のサモン殿へ、懇切丁寧にマーデンさんが留学について説明する。
知識と技術と設備さえあれば、鉄は再利用できるという点も加えて説明したからか、サモン殿だけでなく魚人族達の表情も明るくなっていく。
「それはとても魅力的だ。我々は道具が壊れたら、その都度新しい物を作らなければならないが、木や石ならばなんでもいいとうわけではないからな。作り直す手間はあれど、再利用できるのはありがたい」
「ご理解いただけたようでなによりです」
「しかし、それへの対価はどうすればいい?」
さすがは村の長の息子、タダでは学べないことに気づいたか。
「作物や魚の量を増やすのも一つの手ですが、それではそちらの生活に影響が出てしまうでしょう。そこで提案なのですが、我々はそちらの造船や漁の技術を学ばせてもらうのはどうですかな?」
「造船や漁? そんなことでいいのか?」
そんなことと言うけれど、彼らの漁の腕前が凄いのはラグンからの報告で知っている。
おまけに壊れて航行不能になったとはいえ、回収された彼らの船はとてもよく出来ているそうだ。
検分したドワーフが頭を抱え、どうしてこのやり方に気づかなかったんだと声を上げたほどだ。
「はい。無論、秘伝の技術ということならば、無理にとは言いません」
「いや、そのようなことはありません。自分の子だけでなく、弟子にも普通に伝えている技術です。秘伝というほどのものではないですから」
交易だけでなく、交換留学の話まで上手くこぎつけたよ。
さすがマーデンさん、とでも言うべきか。
これが上手くいけば恭順を得られなくとも、収穫は大きいだろう。
「それは良かった。ならば我々も、鍛冶技術をお教えできるよう取り計らいます」
「こちらこそ。あいにく私の一存では決定できませんが、村の長である父や島王様と話し合う際には私からも強く勧めるよう、取り計らいましょう」
おおっ、頼もしい。さすがは海の男、胸を叩く仕草が似合ってる。
「それは心強い。何卒、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
改めて握手が交わされたら、帰還に関する詳細が説明される。
移動は明日の早朝から開始され、馬車に港まで乗って行くのだという。
まあ馬車と言っても貴族が乗るようなのじゃなくて、荷車に雨風を防ぐ幌を張った荷馬車のようなのだけど。
「ではマーデン殿、よろしくお願いします」
「お任せください。無事にフィッシャー諸島までお送りします」
これにて話し合いは終了。
明日の出発に備えてマーデンさん達が集落に残るというので、それを放って帰るわけにはいかないから、俺とトウカも集落に残ることにした。
屋敷にはバハードさんが報せに飛んでくれて、義母上から了承の返事を貰ってきてくれた。
そして夜になると、魚人族を送り出すための宴が賑やかに開かれる。
「では魚人族の皆さんとの別れと、無事の帰還を願って。乾杯!」
『乾杯!』
さほど長い期間でなかったとはいえ、竜人族と魚人族が仲良く酒を飲み交わす光景には、確かな繋がりが築かれていた。




