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視察


 幸せの形は人それぞれある。

 さらに個人によって幸せは複数種類持っている。

 そして現在、俺はとても幸せだ。

 村を視察するために馬を使うのはいいとして、肝心の馬は一頭しか飼っていない。

 加えてセリカは乗馬が苦手ということで、俺が手綱を握って馬を操っている。

 それはつまりどういうことか。

 相乗りするセリカが馬から落ちないよう、背中に密着してるから柔らかな胸が押し付けられているってことだ。


「申し訳ありません。本当なら、案内する私が手綱を握るべきなのに」

「いいって。俺も乗って歩かせられるだけで、走らせられないんだから」


 むしろ走らせられなくて良かった。 

 歩きならゆっくりじっくり、背中の感触を堪能できる。

 それを堪能しつつ馬を歩かせ、屋敷からそう遠くない場所にある村へ入った。

 村は屋敷も含めて丸太による柵によって囲まれ、その中に家や畑を作って生活しているようだ。

 畑で主に育てている作物は麦と野菜、それと異国から広まってきた米が作られている。


「米か。あれはいいな」


 王都の方ではまだ麦が主体で、米は平民の間で細々と食べられている程度だけど、実家の料理人のトーマスは米を炊いたものが好物だった。

 厨房へお邪魔した時に食べさせてもらって以降、俺も気に入っている。

 尤も、食べてもいない父親がそんな物は貴族の食べ物じゃないと一蹴して、食卓に上がることは無かったけど。


「シオン様はお米でも大丈夫なんですか?」

「ああ。むしろ気に入ってる」

「でしたらサラとトルシェに伝えておきますね。王都から来たのでパンを出していましたが、うちはお米が中心なので」

「是非頼む」


 ラッキー、これはほぼ毎日米を食えそうだ。

 早くも今夜の食事を楽しみにしながら畑のあぜ道を進んでいると、畑の中で作業をしている人の姿がチラホラ見え、こっちに気づくと作業の手を止めて頭を下げている。


「なんであんなに離れているのに、頭を下げる相手だって分かるんだ?」

「この村で馬に乗るのは、うちぐらいなので」


 そういうことか。

 セリカによると他にも馬はいるものの、農作業を手伝わせたり重い物を運ぶために飼っているため、乗るよりも手綱を引きながら一緒に歩くだけらしい。

 さらに村で飼っているのは馬だけでなく、養鶏や乳牛を飼っている家が二軒、養蜂をしている家が一軒あるとのこと。


「思ったより家畜がいるんだな」

「ええ。ですが数は少ないので、ミルクも卵もあまり取れないんですよね」


 だからといって数を増やそうにも、飼育費がバカにならないから無暗に増やせず、今の数に落ち着いているらしい。

 義母上の言う土壌改善計画が成功すれば、この件に関しても好転する可能性がある。

 領地に多くいる農民が金を得れば、それを卵やミルクの購入に使って、それによって畜産者も金を得られれば数を家畜の増やす事にも繋がる。

 上手くいけば、食べるための飼育も可能になるかもしれない。

 餌の飼料に関しても、農業の生産力が向上すれば入手しやすくなるしな。

 そうなると、この後に待っている魔法の練習の重要度がますます上がるから、頑張らないと。

 気持ちを新たにしていると、家が集まっている場所へ辿り着いた。


「ここからは住宅が集まっているので、降りて行きましょう」

「分かった」


 馬を止めて自分が降りたら、降りようとするセリカに手を差し伸べる。


「さあ、どうぞ」

「……はい」


 一瞬固まった後、頬を染めながら手を取って馬から降りるセリカを補助して無事に着地。

 手綱を引いて馬を歩かせ村へ立ち入る。

 王都のように建物が密集している訳じゃなく、間隔を開けて建てられていて、そこに花壇を作っていたり木を植えていたりしている。


「セリカ様じゃないですか。こんにちは」

「こんにちは」


 辺りを見渡していたら、家の前で野菜入りの籠を手に井戸端会議をしている女性二人と遭遇した。

 第一村人遭遇だ。


「はい、こんにちは」


 挨拶をされたセリカは立ち止まり、笑みを浮かべて軽く会釈。

 それに合わせて馬を止め、こっちも会釈しておく。

 うん、何度見てもセリカの笑顔は良い。

 それに胸は揺れずとも、ふわふわの髪がふんわり揺れるのも良い。


「あら? そちらの方は?」

「ひょっとして昨日到着したという、ご結婚相手ですか?」

「え、えぇ、まぁ」


 照れて恥じらいながら肯定する様子はもっと良い。

 おっと、いつまでも見とれてないで挨拶だ。


「初めまして。この度、セリカと結婚することになりました、シオンと申します。この地を知らぬ外様の若輩者ですが、どうぞよろしくお願いします」


 相手は平民だから挨拶は頭を下げず会釈程度でいいとはいえ、初対面かつ年上相手だから言葉遣いには気をつける。

 こういった気遣いも、良好な関係の構築には必要だと思う。


「まあ、ご丁寧にどうも」

「王都から来たんですってね。こんな田舎まで大変だったでしょう?」

「そうですね。ですがセリカを一目見た瞬間に、疲れは一瞬で吹っ飛びました」


 心からの本音に女性達は微笑み、セリカは頭から湯気でも出してそうな様子で恥ずかしがっている。

 でもお世辞でない、嘘偽りない心からの本音を


「あらあら、セリカ様ったら照れちゃって」

「こういう様子を見る度に、余計に惚れ込んじゃうので困ってます」

「若いですわね。良かったじゃないですか、セリカ様。変な方が来たらどうしようかと、不安だったんですよ」


 それを本人がいる前で言うかな。

 こういう気兼ねないところは、田舎特有のものなのかな?


「へ、へうぅぅ……」


 そしてセリカは変わらず可愛い。

 どうしてそう毎回俺のツボを刺激して、余計に惚れ込ませるかな。

 貢げと言われたら、貢いじゃうじゃないか。


「あ、あにょ、まだ視察があるにょで、失礼しましゅ!」


 恥ずかしさで若干混乱気味のセリカに手を引かれ、この場から強制退場。

 勿論、馬の手綱は手放さず連れて行く。

 でもその後ろで女性達が、やたらニヤニヤしながらこっちを見ている。

 ご婦人の情報網は侮れないって、昔何かあった感じでトーマスが語っていたから、今日中にも今のやり取りは村中に広まっているだろう。

 その後も村内を回って、町の広場や教会や職人の家とかを紹介してもらっている間も、老若男女種族問わず住人達から声を掛けられた。

 誰もがセリカに好意的で、王都ではあまり好まれていない獣人やドワーフといった他種族も、当たり前のように村での生活に馴染んでセリカへ挨拶してくる。

 意外だったのは、外様の俺に対して厳しい目を向けること無く、割と好意的に接してくれたことだ。


「代々外からお婿さんが来ているので、そのせいかもしれませんね」


 セリカに尋ねるとそう返された。

 つまり、俺みたいに外から領主の下へ入り婿が来ても、珍しいことじゃないってことか。


「加えて、お父様も含めて代々の入り婿領主がしっかりした領地運営をしてきたので、良くも悪くも信頼しているのかもしていませんね」


 何その地味なプレッシャーの掛け方。

 住民達の方は今度の婿も大丈夫だろうという楽観視だとしても、セリカから掛けられた発言は、俺もしっかりやれと暗に言っているようだ。

 そりゃあ直系としてはそうでないと困るんだろうけど、今まで見せた事の無い一面を急に見せたから、ちょっと驚いたぞ。

 でも、それはそれでいい。

 これがトーマスの言っていたギャップとかいうやつか。


「だとしたら、それを裏切らないように頑張らないとな」

「ええ、期待してますよ」


 その期待が嬉しいやら重いやら。

 とにかく一通り村の視察をしつつ、御前の打ち合わせ通り、冒険者ギルドや狩人組から食材を受け取って片っ端から「冷蔵庫」へ入れていき、声を掛けられた住人達と交流していく。

 住人達は人間だけでなく獣人やドワーフ、用事で別の集落から来たというエルフもおり、多種多様な種族がこの領地に住んでいる。

 セリカによると先住民のほとんどはそういった他種族で、彼らが協力的かつ好意的なのは、この国ではあまり好まれていない自分達を受け入れてくれたこともあるとのこと。

 この国では今でこそ種族関係無く平等な権利が認められているものの、昔は人間以外には一切の権利が認められておらず、そういった時代からの差別的な考えがまだ残っている人や地域がある。

 ここがバーナード士爵家の領地になった頃だと、今よりもそれが根強く残っていただろうから、受け入れてもらえたことは格別に嬉しいんだろう。


「他にも他種族はいるのか?」

「えっと、鬼族と魔族、それと竜人族と蜥蜴人族がいますね」

「……思ったよりも多いな」

「村や集落の数だけ、種族がある感じです」


 なんでも、ここなら迫害されないと聞いて他種族に排他的な土地から、わざわざ移り住んできた同胞も多いらしい。


「お陰で人手不足とは無縁だったそうですが、一度に二十人近くが押し寄せてきて、寝泊まりする場所の準備や食料調達が大変だったと、エルフの集落の長老から聞いた事があります」


 長命なエルフなら、開拓当初のことを知る人が存命していてもおかしくないか。

 今後この領地を治める身としては、一度そのエルフの長老から話を聞いてみたいものだ。


「では、一通り見て回ったので、そろそろ屋敷へ戻りましょうか」

「分かった」


 最後に会った子供達と別れ、馬に乗って屋敷へ戻る。

 行き同様に帰りも背中に幸せを感じつつ、屋敷へ戻って預かった食材を保管庫へ入れたら裏庭へ行き、いよいよ調理魔法での農作業練習の開始だ。

 トルシェさんにも来てもらい、大地へ向けて「撹拌」を縦向きに使う。


「魔法だと分かっていても、土が勝手に動いて混ざり合うのは不思議な光景ですね」

「同感」


 この魔法を試す時、水で溶いた生地を混ぜる光景を見ていたトーマスも、変な光景だって言ってた。


「で、土の方はどうかな?」

「少々失礼します」


 「撹拌」の位置を前方へ動かし、かき混ぜた個所をトルシェが確認する。


「もう少し深くてもいいです。浅いと根が伸びにくいので大地から成長する力を得にくいですし、根菜類も育ちづらいですから」

「分かった」


 ならちょっと深さを調整するか。

 位置そのまま撹拌する深さを調整、それに伴う魔力の量と制御を調整、今の威力を維持したまま最適かつ最小限の魔力を把握……完了、魔法を継続する。


「あの、深くしてもいいと言ったのですが?」

「うん? 言われた通りにはしたぞ?」

「えっ? ですが、魔法を一度解いてないではないですか」


 ああ、そういうことか。

 継続して発動させ続ける魔法の威力や規模を使用中に変化させるのは、たとえ僅かな変化であろうとかなり難しく、相当繊細な魔力制御が必要になる

 そのため一旦魔法を解いて再度使うのが一般的とされている。

 だけど俺はそんなことをする必要は無い。


「俺は昔から魔力の制御が得意でな、少しくらいの変化なら解かなくとも調整と維持ができる」


 一気に相当な変化をさせるなら一度解かなきゃならないけど、少しずつの変化なら、魔法を発動させながらできる。

 子供向けの魔力制御訓練用の玩具でそれができたのが、周囲から勝手に期待される切っ掛けだった。


「そうなのですか? 凄いですね」

「昔はこれがどれだけ凄いことなのか、分からなかったけどな」


 お陰で周りがどうしてあれだけ騒いでいるのか、よく分からなかった。


「で、深さはこれでどうだ?」

「少々お待ちを」


 「撹拌」の位置を前方へ移動させたら土を手に取り、握ったり開いたりしながらジッと観察する。


「これなら問題無いですね」

「分かった、この感じだな、覚えるために、もうちょっと練習しとくよ」

「承知しました。ではその間に、肥料や枯れ草を準備しておきます」


 肥料? 枯れ草?

 そういえば、「撹拌」を使う時にそういうのを一緒に混ぜられるといいって言ってたっけ。

 それくらいなら、ちょっと威力を調整すれば済みそうだな。

 事実、トルシェさんが運んできた肥料や枯れ草を加えて混ぜるぐらいどうってことなかったし、枯れ草を刻んで混ぜられないかという要望には、調理魔法の「みじん切り」で刻んでから混ぜることで対応した。


「まさか、こんなに早く済むとは思わなかったです」

「このくらい、感覚を掴めばあっという間だよ」


 今回の練習だけであっさりと感覚を掴んだから、トルシェさんが苦笑いしている。

 理屈よりも感覚で魔法を使う俺としては、こういう感覚を求められる練習は得意だ。

 逆に理屈を求められるのは苦手で、どうやって制御しているのかと尋ねられて説明する度に、相手は必ずキョトンとするか首を何度も傾げるか困惑するか混乱していた。

 魔力の制御に限らず、魔法に関することは全て感覚でやってるから説明も感覚的になっちゃって、どうしても相手に理解してもらえない。

 今ではそういう反応をされてしまう理由は分かるけど、昔はどうして分からないのかが分からなかった。

 そんなだから、俺の説明を理解できた人は誰一人いない。


「とにかく、リーチェ様へ報告に向かいましょう。今日一日で出来たと聞いたら、驚かれるでしょうね」


 これでも一応、魔法に関しては将来を期待されていた身ですから。

 ぶっちゃけ、こんなに簡単だとは思わなかったくらいだ。

 そして執務室で仕事をしていた義母上に報告したら、トルシェさんの予想通り、席から立ち上がるくらい驚かれた。

 立ち上がった勢いで、ぶるんぶるん揺れたよ。

 そんでもって次の瞬間には満面の笑みになって、駆け寄って来て抱きつかれ、昨日と同じく凄い存在感のある胸の谷間に挟まれた。


「よくやってくれたわ! 早すぎて驚いたけど、これで土壌改善計画を立てて実行に移せるわ!」


 両側から柔らかい圧力が襲いかかってきて、幸せだったのは最初のうちだけでそれ以降は息が苦しくて、抱きしめてる義母上の腕を叩く。


「ここ数年は現状維持が続いている状況を打破できるなんて、領主としては夢のような話よ」


 義母上、苦しいんで離してください。


「領地運営において衰退は簡単でも維持は維持で難しいし、打破しての向上はもっと難しいの。それをやれる可能性が出ただなんて、本当にシオン君には感謝だわ」


 腕を叩いて苦しいアピールをし続けているのに、どうして余計に力を込めるんですか。

 苦しいです、お願いだから離してください。

 左右からの柔らかい圧迫を堪能しているどころじゃありません。


「リーチェ様、シオン様が苦しそうなのでそろそろ」

「あら、ごめんない。嬉しくてつい」

「ぷはっ」


 やっと解放された、空気が美味い。


「そうと決まれば土壌改善計画を本格的に立てていきましょう。あぁ、でも先に結婚式を済ませないと。うふふふっ、久々に燃えてきたわよっ!」


 テンションが上がった義母上が腕を突き上げる。

 ぶるんぶるんと揺れた。

 ついさっきまで、アレに挟まれてたのか。


「シオン君、結婚式の翌日には計画を実行するつもりでいてねっ!」

「分かりました」


 力んだ拍子にまたぶるんと揺れた。

 苦しくなければ、アレに挟まれるのはやぶさかではないんだけどなぁ……。

 っと、セリカの婿になる身で、いつまでもあっちに見惚れてたら駄目だ。

 視線を胸から顔へ移し、失礼しますと断ってトルシェさんと執務室を出た。


「では、私はこれで失礼します。お風呂の準備をしなくてはならないので」


 風呂か。水を運んで浴槽へ注いで温めて湯にしたりと、何かと手間が掛かるんだよな。

 王都に住む貴族や商人の一部では、水道っていうのを引いて水を使いやすくしたり、水を出す魔道具を使ったり、お湯を沸かす魔道具を使ったりしているって聞いたけど、どれも金が掛かるんだよな。

 当然バーナード士爵家の風呂にそんな物は望めず、いちいち水を運んできて浴槽へ注いで、外へ回って薪で火を熾して湯を沸かさなくちゃならない。

 そういえば実家の風呂は、お湯を沸かすために外へ回る必要はあったけど、水魔法を授かった人が浴槽へ水を注いでいたっけ。

 ということは……。


「ちょっといいかな。試したいことがある」

「はい?」


 首を傾げるトルシェさんと浴場へ向かい、「注水」で浴槽へ水を溜めて、続けて弱め「加熱」でちょうどいい温度まで温める。


「ちょっ、調理魔法でお風呂を……」

「浴槽を鍋に見立てればいけると思ったけど、やっぱり上手くいったか」

「ありがとうございます! お風呂の準備は本当に大変で……!」


 ですよねー。

 しかもトルシェさんの年齢だと、確実に腰への負担が大きいだろうし。


「私は火魔法を授かっているので薪を燃やすのは簡単なのですが、水を運ぶのは本当に辛くて……」

「サラは水魔法を使えないのか?」

「彼女は氷魔法を授かっているので、冷やす方が得意ですね」


 惜しい、固まっていなければ水を運ぶ手間は省けたのに。

 さて、温度はそろそろいいかな。

 「加熱」を止めて確認……うん、これくらいだろう。


「シオン様、お手数ですが今後もお風呂の準備を手伝っていただけないでしょうか。どうか、お願いします」

「ああ、うん。魔力が残っていればな」


 あんなに切実な表情で頼まれたら、断われるはずがない。

 それに気楽に風呂へ入れるとなれば、セリカも義母上も喜ぶだろうしな。

 しかし王都じゃ総スカンな調理魔法がここまで役立つなんて、改めてこっちへ来て良かったよ。

 ちなみに風呂の件はすぐにセリカと義母上に伝わり、とても感謝されながら両者から抱きつかれた。

 とても柔らかく、そして義母上のはやっぱり幸せと同時に苦しかった。


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