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未知の来訪者


 積りに積もった雪が徐々に解けていき、気温も少しずつ暖かくなってきた。

 もうすぐ春が来るんだなと日々実感しつつある中でも、その春に向けての準備を進めていく。

 開拓すべき土地の開拓はおおよそ済んで、今は調理魔法による開墾作業が勧められている。

 その土地には必ず俺が何回も出向き、最終日にだけサラノムを伴って土地の整備作業に関わった。

 農地の準備を万端にする名目で何回も広範囲を耕し、最終日はその日だけ同行したサラノムが楽しそうに鍬で耕す。

 一見すれば俺の真似をして農作業をするという微笑ましい光景だけど、これがとても重要だ。

 本当の目的はサラノムが農地を耕すことで、ケルムさん命名の万能土壌を作り出すこと。俺が何度も農地を耕したのは、そんな農地になったのは俺が関わっていたからという名目を作り出すためだ。でないとサラノムの身が危ない。


「あっうっ、あっうっ♪」


 今日は竜人族の集落へ赴く最終日。楽しそうに鍬を振るうサラノムへ、周囲からは暖かい目が向けられる。特に年配者なんて、完全に孫を見る目だ。

 精霊とはいえ見た目は幼い子供だからな、気持ちは分かる。

 だけどサラノムが畑を耕すことが、春から行われる多種多様な品種の作物を育てるための下地作りにおいて重要な役割を担っているということは、この場では俺と護衛のトウカ以外は誰も知らない。

 既に普通ならこの地では育たない品種や作物を育てる計画は、領内の全ての村や集落へ伝えて承諾を得ている。

 最初は大丈夫なのかと難色を示されたけど、ボサノムの力を隠すための建前、俺が長期間手入れすれば大丈夫だということをケルムさんの実験結果を添えて説明したら、納得してもらえた。

 そりゃねえ、ケルムさんの実験はこれ以上ないほど大成功だったからな。

 季節感までは無視できなかったけど、全く違う環境で育つ作物が同じ畑で育ったんだから。

 そのために現在屋敷では、ボサノムがフミャー商会を通じて仕入れた種の品種改良している。

 今日は付いて行きたいと駄々をこねられたけど、帰ったら構ってあげることを条件に留守番をしてもらい、品種改良を頑張ってもらっている。


「若様、お疲れさまです」

「お疲れさまです」

「おぉラグン。バハードも」


 他の子供達が楽しそうなサラノムに連れられ、一緒になって農作業をやりだした光景をトウカと見守っていたら、集落の長のラグンとその息子のバハードがやってきた。

 竜人族はあまり寒さに強くないようらしく、ピークは過ぎたとはいえまだ肌寒いから厚着をしている。


「いやぁ、何度見ても壮観ですな。まさかうちの集落に、これほどの規模の田畑ができるだなんて」

「住民もそうですよ。若様が来るまでは二十人ちょっとだったのに、今では百人を越えてますからね」


 バハードの言う通り、バーナード領へ多くの移住者が来てくれたお陰で、竜人族の集落も人数が百人を超えた。

 そのほとんどは竜人族だけど、中には人間や獣人族や鬼人族やドワーフもいる。

 彼らもすっかり竜人族との生活に馴染んでおり、農作業以外にも塩作りをしたり漁をしたりしている。


「そういえば、前に聞いた地引網の催しの準備はどうなったッスか?」


 地引網。確か網を海に広げて、両端を浜辺から大人数で引いて魚を獲るっていう催しだったな。

 前に来た時、移住者達との交流のためそういう催しを企画していると聞いた。勿論、義母上からの許可は出ている。


「準備は順調に進んでます。単に魚を獲るだけでなく、その場で焼き魚を作ったり生食ができる魚を捌いたり、獲った後の準備も問題はありません」


 まあぶっちゃけ、火と塩と調理する人員と調理道具があればいいからな。

 準備するべき物は、浜辺から引ける大きな網くらいだ。


「そうだラグン、義母上から連絡だ」

「領主様から? なんでしょうか」

「集落の住民が増えて生活環境も整ってきたことを踏まえ、春からは村として扱うそうだ」

「おぉっ! 本当ですか!」

「やったな親父!」


 ラグンとバハードが親子揃って喜んでいる。

 集落が村と認定されるのは、それだけ集落が発展したという証だ。

 今回の発展はバーナード家と、開拓を支援してくれているレトリバー辺境伯家とコーギー侯爵家によるものが大きいけど、長とその後継者としてラグンとバハードも多少なりとも関わった以上は誇れる成果だ。

 歴史にとまではいかないけど、集落を村へ発展させた功労者として子孫に代々伝わるくらいにはなるだろう。


「他の二つの集落も同様だ。どちらも春から村として扱われる」

「そうですか。彼らも喜んでいたでしょうね」

「まあな」


 この件を伝えたエルフの集落の長を務めるワイズマンと、蜥蜴人族の長を務めるマダーはどちらも喜んでいた。

 逆に蜥蜴人族の先代の長は、集落が発展していくこれからは若い者達の時代だからと長の座を譲らず、もう少し務めていれば村に名を残せたのにと悔しがっていた。

 それを二人へ聞かせたら、早まったことをしたなと笑った。

 村の中限定の小さい出来事とはいえ、やっぱり名誉なのは名誉なんだな。


「長、若様も! 少々よろしいでしょうか!」


 談笑をしていたら、竜人族の女性が胸をバルンバルン揺らしながら駆けてきた。

 なんだ? 何かったのか?


「どうしたんだ?」

「沖の方に船が一隻見えたんです。まだ距離は遠いんですが、こちらへ近づいているようなんです」


 船だって? 海に船があっても不思議じゃないけど、近づいているっていうのは油断ならない。

 乗っているが、必ずしも友好的な相手とは限らない。


「分かった。お前は自警団と支援団の兵士の方々に報告をしてくれ」

「承知しました」


 ラグンの指示を受けた竜人族の女性は、また胸をバルンバルン揺らしながら駆けて行った。

 そうだな、友好的な相手か分からない以上、有事に備えておくべきだ。


「若様、私達は浜辺へ向かいます」

「俺も行こう。相手次第では、相応の立場が必要になるかもしれない」


 相手が友好的とは限らないが、敵対的とも限らない。

 兵士や自警団による警戒も必要だけど、同様にこの領地でそれなりの地位にいる人物も必要な可能性でだってある。


「そうッスね。ラグンさん、自分が傍にいるし相手の思惑が分かるまでは後ろに控えるんで、一緒に行くッスよ」

「承知しました」


 そうと決まったらすぐに浜辺へ向けて走り出す。

 既に浜辺に多くの人が集まっていて、沖の方に見える一隻の船を指差して何かを喋っている。

 どうやら他に船はいなさそうだ。

 割と遠くにあるように見えるけど、それで影が見えるんだから結構大きいんじゃないか?


「ああ、長。それにシオン様も来てくださったのですね」

「それで、どうなっている?」

「やはり船は徐々にこちらへ近づいています。今、何人かが空から様子を窺いに向かっているところです」


 竜人族の男性からそう聞いて空の方へ目を向けると、遠くに三つの影が飛んでいるのが見えた。

 どうやらあれが偵察へ向かった人達のようだ。


「あう~!」


 うん? なんかサラノムがドタドタ駆けてきた。

 そのまま俺の脚へしがみ付くと、あうあう言いながら頬ずりして、頬を膨らませながら非難するような表情を向けてくる。

 あっ、ひょっとして置いて行ったと思われたのか? だとしたらすまない、一言伝えるべきだったな。


「悪い悪い、置いて行ったわけじゃないんだ」

「あ~う~! あううあう!」


 なんか文句みたいなことを言いながら、脚をポカポカ殴ってくる。

 でも痛くない。むしろそうやって拗ねてる様子がなんか可愛らしい。


「だからごめんって」

「ご主人様、サラノムちゃんのご機嫌取りは後にするッス。偵察に行った方々が戻ってくるッスよ」


 おっ、本当だ。三つの影が凄い勢いで戻ってきた。

 あんな勢いで戻ってくるなんて、船には何がいたんだ?

 戻ってくるまでの間に自警団員や開拓支援団の兵士達が集まり、有事に備えて警戒態勢を取る。


「ただいま戻りました」

「うむ。それでどうだった?」


 ラグンの問い掛けへの答えを聞き逃すまいと、場に緊張が走る。


「あの船に敵意は無いようです。というより船が大きく損傷していて、乗組員が上空にいる我々へ向けて手を振り、救助を求める文字を書いた横長の布を張ってこちらへ見せていました」

「ということは、あの船は漂流しているということか?」

「おそらくは」


 そうなると話は変わってくる。

 友好的か敵対的か以前に、人道的な行動が必要になる。


「ラグン、バハード、食料と休める場所はあるか?」

「はい。食料の備蓄はまだたくさんあります」

「休む場所は集会所を開放します」

「ならすぐに準備を。それと船をこっちへ誘導させてくれ」

「承知しました。おい、ちょっと集まれ」


 ラグンが周りに集まった竜人族へ指示が出していく。

 どうやら食事と休憩場所と誘導役以外に、船の大きさを考慮して浅瀬で座礁しないよう、複数の小舟を向かわせるようだ。その小舟には念のため自警団員が数人乗り、警戒と救助の手助けをすることになった。

 それにしてもあの船、どこから来たんだ?

 他国なのか、それとも他領なのか。どちらにしても慎重な対応が必要になるな。

 それからしばらく救助の様子を見守っているうちに、浜辺には徐々に人が集まってくる。

 誰もが船を指差し、どこの船なのか、本当に大丈夫なのかと近くの人と喋っている。


「あうー」

「大丈夫ッスよ。何かあっても自分が守ってあげるッス」

「ああう!」


 さすがは護衛だけあって、トウカが頼もしくて勇ましいこと言ってくれる。

 できればあってほしくないけど、有事の際は本当に頼むぞ。こちとら戦う術が無いんだ、情けなくとも守ってもらって逃げることしかできないんだから。

 そうこうしている間に、船が段々と沖からこっちへ向かってきて、乗組員を運ぶための小舟は浜辺から離れていく。

 しばらくその様子を眺めているんだけど、近づいてくる船が思っていたよりも大きい。

 といっても軍艦と言えるほどじゃなく、遠方まで出られそうな大きさの漁船って感じかな。


「報告での想像よりデカい船だな」

「うむ。乗組員の人数は不明だが、場合によっては食料と場所を追加しよう」


 船を注視しながらラグンさんとバハードさんの会話に頷き、救助の様子を見守る。

 上空で誘導していた竜人族が船へ降り、少しして船から錨が下ろされ、その後で船から降ろされた縄はしごで人が小舟へ降りていく。

 やがてその小舟が浜辺へ辿り着くと、貫頭衣姿の人達がこっちへやって来た。

 全員、両手の指の間には水かき、体表には魚のような鱗があり、水色や紺といった青系の髪の間から見える耳は魚のエラのような形状をしている。

 そんな彼らがフラフラとした足取りで浜へ上がり、痩せこけた顔でこっちを見て不安そうにしている。


「も、申し訳ない。ここの代表者の方は、どなただろうか?」


 先頭に立つ藍色の髪の青年が、戸惑いながら尋ねてくる。良かった、言葉は通じるようだ。


「シオン様」

「ああ。バハード、サラノムを頼む」

「承知しました」

「あうう……」


 ラグンと頷きあい、サラノムをバハードに任せたらトウカを伴って前へ進み出る。


「わしが長のラグンじゃ。そしてこちらは領主様の婿養子、シオン様じゃ」


 こういう時は自分から名乗らず、他の立場ある人物に任せるのが一般的だ。

 自分で名乗るとしたら、そういった人物がいない場合くらいだ。


「えっと……申し訳ない。どちらの方が立場が上なのだろうか?」


 うん? なんで分からないんだ?


「長というのは分かるが、領主というのはなんなのだ?」


 領主を分かっていないって、どんな土地から来たんだよ。

 少なくともこの国ではないだろうし、周辺諸国だとしても領主を知らないのは考えられない。


「シオン様、ここは私が」

「頼む」


 説明役をラグンに任せ、次々に小舟で運ばれてくる人達の様子を見る。

 青年以外は自警団員や兵士によって、休憩できる場所へ運ばれるか誘導に従って自力で歩きだし、食事を用意していると聞いて喜んでいる。

 どうやら乗っているのは逞しい体つきの男ばかりのようだけど、空腹と渇きのせいで誰もが足取りは覚束なく、体つきの割りに弱々しく見える。


「シオン様、説明が終わりました」

「ああ、すまない」


 説明を終えたラグンの隣に立つ青年は、俺が視線を向けると頭を下げた。


「こちらの方から、貴殿はこの地の王より土地を預かった者の一族に連なる方とお聞きした。無礼な振る舞いを謝罪する」


 別にそこまで仰々しい立場じゃないんだけどな。まっ、いっか。


「気にするな。それより貴殿は何者か?」

「私はフィッシャー諸島のオクタ村の長の息子、魚人族のサモンと申します」


 フィッシャー諸島? 魚人族? どっちも聞いたことが無いな。

 後ろにいるトウカや支援団の文官へ目を向けても、一様に首を横に振られた。

 これはひょっとすると、面倒な案件か?


「サモン殿、詳しい話は食事をしてからにしよう。ラグン、彼を案内してくれ」

「承知しました。ではサモン殿、どうぞこちらへ」

「かたじけない」


 他よりは幾分かマシな足取りでサモンが歩いていく。

 立場的に他の人より上みたいだから、食事を多めに貰っていたんだろう。


「ご主人様、これどうするッスか?」

「聞いたことが無い地から聞いたことが無い種族が来たとなれば、我々の手には負えないかと」


 トウカと支援団の文官が困った様子でいるのも当然だ。知らない種族なのはともかく、知らない土地からの来訪者なんて普通に外交案件で、完全に領主が対応する範疇を超えている。

 これはできるだけ早く、国へ知らせた方がいいだろう。


「ラグン、誰か義母上へ報告に向かわせてくれ」

「承知しました。最も早く飛べる者を向かわせます」

「頼む」


 義母上へ伝えれば、救助した人達に必要な物資を手配してくれるだろうし、国にも連絡を取ってくれる。

 幸い内務省の副大臣を務めるコーギー侯爵と縁があるんだ、最悪そこを通じれば外務省が動くだろう。そうすれば、後は向こうの対応を待てばいい。

 バハードの指示で竜人族の青年が飛び立ったのを見届けたら、トウカとラグンとサラノムを連れて集会所へ向かう。

 中では大勢の人が毛布を纏い、貪るように竜人族が準備したスープと米を柔らかく煮た粥を食べており、よほど空腹が堪えていたのか涙を流してる人もいる。


「シオン様、救出した乗組員は総勢二十三名です。全員命に別状はありませんが、だいぶ衰弱しております」

「そうか。彼らのことは義母上へ報告に向かわせたから、必要な物資を手配してくれるはずだ。それと今回食料を出してもらったことは、何かしらの形で補填してもらえるように俺から頼んでおく」

「ありがとうございます。では、サモン殿の下へご案内します」


 僅かな合間を通りながら奥の方へ通されると、粥を食べ終えたサモンが器を置いて頭を下げた。


「これはシオン殿。助けていただいた事に、改めてお礼申し上げます」

「気にするな。人として当然のことをしただけだ。それよりも、何があったんだ?」

「はい。実は……」


 頭を上げたサモン殿が、ここまでの経緯の説明を始めた。

 彼らは漁へ出たものの思うように魚が獲れず、最近の不漁もあって仕方なく普段よりずっと沖の方へ出たら、そこでジャイアントシュリンプという巨大なエビの魔物と遭遇。どうにか追い払えたものの、船が大きく損傷して舵が取れなくなってしまったそうだ。

 帆も壊れたため一切の操船ができず、波の流れに身を任せてここまで来たらしい。


「それは苦労したな」

「ええ。渇きは雨水を溜めて飲んで耐え、空腹は魚を獲ってなんとか食いつないできました」


 相当な苦労をしたんだろう。説明している間にも泣きそうだ。


「それにしても、フィッシャー諸島というのは聞いたことが無いぞ」

「我々も、このような大陸があることを知りませんでした」


 話を聞くと彼らは複数の島が集まった場所の出身で、フィッシャー諸島というのは彼らの先祖が便宜上付けた名称とのことだ。

 そこに国という概念は無く、それぞれの島に複数ある漁村同士で細々と交流し、他の島とは年に数回のやり取りがあるだけらしい。

 一応島王という存在はいるそうだけど、これもそれぞれの村の長が数年毎に交代して務める持ち回り制だそうだ。だから領主という存在を知らなかったのか。


「それで、我々はこれからどうなるのでしょうか?」

「とにかく今は休んでくれ。今、この地を治める領主の下へ伝令を向かわせている。その後、国が何かしらの対応に動くと思うから、それまではここで待機だ」

「承知しました。しかし我々もタダ飯を食らうつもりはありません。ある程度体が回復したら、何かしら恩返しをさせてもらいたい」


 恩返しか。彼らは今は弱っていても、漁をしているだけあって体つきは良い。

 本業の漁をやってもらうなり、漁村出身なら塩作りもやっているだろうからそれをやってもらうなり、なんなら畑仕事をやってもらうのもありかな。

 単純な力仕事もまだまだあるし、人員はいくらいても構わない。


「分かった。それについてはいずれ、詳しく話し合おう。今はゆっくり休んで、英気を養ってくれ」

「温かい心遣いに、一同を代表して深く感謝する」


 普段から腰が低いのか、再度頭を下げるサモン殿。

 相手が国じゃないからさほど大事にはならないだろうけど、この人達はこの後どうなるのかな。


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