成人祝いは嵐のように
今日はサミーが成人となる十三回目の誕生日。
晴れて今日という日を迎えたサミーは俺達に見送られ、「授魔の儀」を受けるため教会へと向かった。
同行してもいいけど、教会で婚約者のケルムさんと合流する予定だそうだから、邪魔をしないよう一人で行かせた。
どんな魔法を授かってくるのか楽しみにしながら、仕事をしながら待っていると、ニコニコ笑顔のサミーがケルムさんと手を繋いで帰ってきた。
「ただいま、シオン」
後でもいいのに、わざわざ報告に来てくれたのか。
「おかえり。どうだった?」
「バッチリ授かったよ。念動魔法をね!」
念動魔法? それってどういう魔法だ?
「聞いたことがあります。物を浮かせて動かしたり、魔力の手で細かい作業をしたりできるとか」
「はい、その通りです」
文官の男性の説明をサミーが肯定した。
物を浮かせて動かしたり、魔力の手で作業ができる魔法か。整理整頓や、何かしらの作業の補助に役立ちそうだな。
「これでもっと、ケルムさんのお世話をしてあげられるよ!」
……今なんて言った? この性別を勘違いしそうな笑みを浮かべた親友は。
「念動魔法を上手く使いこなせれば、着替えも歯磨きも洗顔も食事もお世話できるもんね」
「今までは体格差や両手だけじゃできなかったことも、念動魔法で必要な物を手元に寄せてたり魔力の手で補助したりすれば、きっとできるよ!」
待て待て待て、すごく待ってくれ。
なんか無暗に聞き流せず、聞き捨てならないことが行われようとしてるぞ。
「あの、お二人は何のお話を?」
「聞いての通り、今までよりずっとケルムさんのお世話ができるって話ですけど?」
「わふぅん! これでもっと研究だけに集中できますよ!」
戸惑った表情もかわいとおしい極愛の妻セリカの問い掛けに、さも当然のように答えたよ。
それ、研究だけに集中できるとかいう範疇じゃない。最早お世話じゃなくて介護と言っても差支えないくらいだぞ。
見える、見えるぞ。念動魔法で必要な物を手元に寄せつつ、ケルムさんを支えながら魔力の手で顔を洗ってやったり歯磨きしてやったり着替えさせたりしている、人を駄目にする人間と化しているのに嬉々としている親友の姿が。そして介護の必要が一切無いのに介護のような世話をされながら、研究に没頭している生活をすんなり受け入れているケルムさんの姿が。
駄目だこいつら、早くなんとかしないと。でも、どうすればいいのか分からない。
「どうかした? シオン」
小さく首を傾げる姿は少女のようだが、こいつはまごうことなき男だ。しかも同い年の。
「いや、別に……」
今さら何を言っていいのか分からないし、もうこの二人を止めるのは諦めよう。
セリカやブレイドさん達や文官達から、何か言ってやった方がいいとばかりに無言で視線が向けられているけど、今になって何を言えっていうんだ。
言えるものなら、サミーが病的なまでにお世話好きだと分かった時に、既に言ってるよ。そこで何も言えなかったから、もう何も言えないんだ、なるようにしかならないんだこの夫婦は。
「ならいいや。じゃあ僕はお昼の仕込みがてら、念動魔法を試してみるね。じゃ、ケルムさんもまた後で!」
「あうん。頑張ってくださいね」
そう言い残してサミーは厨房へ、ケルムさんは以前に計画した実験の中間報告のため義母上の下へ向かった。
「旦那様……」
「シオン様……」
「何も言わないでくれ……。そして弱い俺を許してくれ」
親友のためを思いたくとも、その親友が嬉々としてるから今さら意見し辛いんだよ。
ごめんなさい、ヘタレでごめんなさい。
「あのお二人、本当に色々な意味でお似合いですよね。不安込みで」
「サミー君によって、ケルムさんが堕落していく未来が容易に浮かびますね」
実にその通りだ。最悪、研究まで堕落しなければそれでいいや。
せっかく親友が成人したお祝いの日だけど、授かった魔法によって駄目人間製造人間度が加速したから複雑だ。
親友よ、せめて人としての道は踏み外さないでくれよ。
そんな親友が念動魔法の「浮遊」を使い、人数分の昼食を浮かべて一度に運んでくる様子には驚いたし、それを見たミィカとノーム達は大興奮だった。
「凄いね、おにねえちゃん!」
「……いい加減、お兄ちゃんって呼んでくれない?」
未だにミィカがあの呼び方なのは、親友の外見上仕方のないことだ。
「あううっ、う!」
「あうあうあー!」
食事をする必要が無いのに、毎回食事時にやって来ては膝の上に座るノーム達。君達はどうしてそう、俺の膝の上に座りたがる。
そして向かいにいるウェネよ、ボサノムが俺に懐いているからって、ふくれっ面で俺を睨むな。向こうが勝手に座ってくるのであって、膝の上に招いているわけじゃない。
「念動魔法、思った以上に便利だよ。欲しい材料や道具が離れた場所にある時、わざわざ取りに行かなくてもいいんだから」
性別を勘違いしそうな笑みを浮かべるサミーによると、有効範囲内にある物を手元へ引き寄せたり遠くへ片付けたり、昼食を運んできた時のように浮かべたりできるらしい。
さらに魔力の手で複数の食材を同時に切ったり、複数の調理過程を同時にこなしたりできるそうだ。
複雑な操作はまだ出来ないそうだけど、炒め作業をしている間に別の物を焼いたり鍋の灰汁取りをしたりするぐらいは出来るとのこと。調理魔法を授かって多少なりとも調理を分かっている身としては、それだけでも十分に凄いと思う。
「いい魔法を授かったな」
「うん! これでケルムさんのお世話ももっとできるしね!」
性別を勘違いしそうなほどの弾ける笑顔と仕草で、なに駄目人間製造宣言してるんだこの親友。
やっぱり一度ガツンと……言えたらどんなに楽だったかな……。
そんな俺でも、今この場でやるべきことがある。
「二人とも、食べられないからどいてくれないか?」
「「あう?」」
こっちを振り向いて可愛らしく首を傾げても、膝の上に二人も乗ってたら食べにくいの、どきなさい。
口を尖らせてあうあうと抗議されたものの、どいてもらうことに成功。
サラノムは後頭部に両手を置いて不機嫌な表情で壁へ寄りかかり、ボサノムは上機嫌なウェネに抱きしめられて慰められている。
懐いてくれるのは嬉しいけど、ほどほどで頼む。特にボサノムの場合はウェネの機嫌に関わるから。
「そうだサミー。今夜はあなたの成人祝いの宴をするわよ」
「本当ですか? ありがとうございます!」
貴族が雇用者の成人を祝うのは珍しい。
大きな家だと長く仕えている家臣の子の成人を祝うって聞くけど、それも贈り物をする程度。
今回のように宴を開くのは、そうそうあることじゃない。
これは義母上の人心掌握術なのか、それとも未成年の雇用者がサミーしかいないからなのかは分からない。ひょっとしたら、娯楽の少ない冬場にちょっとでも騒ぎたいだけかもしれない。
「そういうことだから、夕食の準備はしなくていいわよ」
「えっ? でも……」
「主役に料理の準備をさせる訳にはいかないでしょ。今夜はサラとトルシェが作るから、あなたはゆっくりしてなさい」
義母上の言う通りだ。自分の宴の料理を自分で作るなんて、よほどの料理好きが主催した宴でない限りありえない。
「シオン、場合によっては手伝ってあげてね」
「分かりました」
親友の成人を祝うのなら、それくらいお安い御用だ。
必要とあらば、俺の調理魔法が火を噴くぜ。
ところが助っ人要請は入らず、宴の料理はトルシェさんとサラさんが全て作り上げた。
冬が開けたら正式に使用人を引退するトルシェさんが、最後の大仕事になるかもしれないと張り切ってくれたそうだ。
「それではサミー君の成人を祝って、乾杯!」
『乾杯!』
「「あう!」」
「プル!」
義母上の乾杯で参加者達が近くの人とコップをぶつけ、酒を飲む。
参加者は主催の義母上と主役のサミー、春にサミーと結婚するケルムさん、親友の俺とその妻のセリカと妾のユリスとトウカ、文官見習いのブレイドさんとリックさんとユーナ、そしてミィカと飲食しないけどノーム達とウェネだ。この場にいないユリーカさんは、残念ながら自警団の夜間警備当番のため欠席だ。
ちなみに妊娠中のセリカは酒じゃなくてジュースを飲んでいる。酔っ払いセリカを当分見れないのは残念だけど、元気な子を産んでもらうためには飲酒なんてもってのほかだ。
「どうだ、酒の味は」
「初めて飲んだからね、まだよく分からないや」
うんうん、最初のうちは何が良いのかよく分からないよな。
でも回数を重ねていくと、段々良さが分かってきた。
今飲んでいる義母上とっておき酒の香りと味も、今では何が良いのか分かるしそれを堪能できている。
「いずれ分かるようになるさ」
「んふふ、そうなるといいなぁ」
ちょっと待て、なんだ今の妙に色っぽくて艶のある声色は。
しかも「んふふ」なんて笑い方、今までに一度もしたことがないだろう。
それは上機嫌になったセリカがするときの、かわいとおしい笑い方だ。
よく見れば頬が朱色に染まって目がトロンとしていて、やたら色気を振りまくような雰囲気を発しながら、一口酒を飲んで頬に手を添えて色っぽく息を吐いている。
これまでも性別を勘違いしそうになる笑みを見せてくれるけど、これはそれとは格が違う。正に別格。
長い付き合いの俺だから勘違いせずに済んで、かわいとおしい極愛の妻セリカとユリスとトウカがいるからこそ耐えられたものの、でなければ道を踏み外しそうな破壊力を秘めている。
というかサミー、まさかもう酔ったのか?
「サミー、酔ってるのか?」
「えぇ、まだ一杯目なのに酔うはずがないじゃん。やだなぁシオンはもう」
酔ってるやつは、総じてそう言うんだよ。
というかお前、一杯で酔うとか弱すぎだ。それと内股でクネクネしながら、ペチペチ叩くな。余計女々しいわ!
ああほら、周りもお前のありさまに動揺してるぞ。
「落ち着きなさいリック、彼は男、男なのよ!」
「ででで、でもユーナさん。あんな、あんな男性はいませんよ。きっとわけあって男として生きている女性で」
「違うって言ってるでしょ。ブレイドさんも何か」
「彼は男だ女じゃない。でもそれはあくまで本人がそう言っているだけであって、実際は違うのかもしれない。というかもう性別とかどうでもよくなってきたような」
「駄目だこのポンコツ、早くなんとかしないと」
ほらみろ、この場にいる数少ない男のブレイドさんとリックさんがポンコツと化してるじゃないか。
おまけにミィカは義母上にやっぱりお姉ちゃんだよと言ってるし、ユリスとトウカは負けたとか呟きながら崩れ落ちてセリカに慰められてる。
「きゃっふぅん。サミー君、お色気ムンムンですねぇ」
あっ、ケルムさんはマイペースなままだった。
酒を片手にやたら色気を振りまくサミーへ近づき、やたらニヤニヤしながら空いている手で抱き寄せた。
「駄目ですよ。酔っているとはいえ、そんなにお色気振りまいたら」
「酔ってないよぅ」
頬を膨らませるサミーの顔が、昼間のウェネと被って可愛く見えてしまう。
落ち着け、サミーは酔っているだけで俺も酒が入っているから、変なテンションになりかけているだけだ。
「そんなにお色気振りまかれたら、強制的に発情期になっちゃうじゃないですか。ハッハッハッハッ」
前言撤回、マイペースとは言い切れなかった。
本当の犬のように舌を出して呼吸しながら尻尾をブンブン振りつつ、ギラギラした目をサミーへ向けている。
成人した獣人族は年に二回くらい、発情期っていうやたら発情する時期が訪れる。
それ自体は薬で抑えられるらしいから、無理に行為をして発散する必要は無いそうだから見たことは無いけど、こういう状態のことを言うのかな?
「おばちゃん、見えないよ」
「いいの。良い子は見ちゃ駄目なの」
義母上がミィカの目を塞いでいる。義母上、ナイス。
「プルプルル!」
なんかウェネが踊るように体を動かし、見た目年齢不相応な胸を揺らしながらボサノムをチラ見してる。それはウェネなりに誘っているんだろうか。
「あう? あうう!」
「あうー……」
だけどボサノムは分かっておらず、可愛らしく首を傾げた後で一緒になって踊り出した。
その様子にサラノムはヤレヤレと首を横に振る。
「あの、ケルムさん。人前なので抑えてくれませんか?」
ここでセリカが発情状態と思われるケルムさんを止めに行った。
そんな果敢な行動にヘタレな俺は痺れる憧れる。さすがはかわいとおしい極愛の我が妻。
「くぅぅぅん。無理ですよぅ。こんなお色気サミー君を前に、発情するなっていうのが無理です!」
断言したよこの人。
当のサミーはケルムさんに寄りかかって、色気たっぷりに酒を飲み続けてるし。
「ほら見てください、発情するでしょう!?」
「しませんよ」
だよな。いくら酔ったサミーが色気たっぷりでも、セリカが発情するはずが。
「私が発情するとしたら、汗まみれの旦那様の香りを直嗅ぎした時です!」
「「分かる!」」
「なるほどー」
……気にしなーい、気にしなーい。
今の瞬間だけ耳が壊れて何も聞こえなかった、何も聞いていない。ヘタレな俺は今のを聞き流すのが最適解だ。
だから、かわいとおしい極愛の妻セリカが力説した内容も、ユリスとトウカが強い口調で同意したのも気のせいだ。気のせいだと決めたら気のせいだ。
「あなた達、そういう話は時と場合を考えてね」
ここで義母上の仲裁が入った。
その義母上はミィカの顔を腹の辺りに埋めさせて視界を奪いつつ、耳を手で塞いでいる。
やや前のめりになっているから、圧倒的存在感の胸がずっしりとミィカの頭上に乗っているのが少し羨ましい。
「おばちゃん。見えないし聞こえないし重いよ」
「ごめんね、ちょっと我慢しててね」
そうか、あれは重いのか……。
「ひゃわっ!? も、申し訳ありませんお母様。あの、旦那様、今のはその」
「安心しろ、俺は何も聞いていない」
「あうぅぅ……」
恥ずかしくなったセリカは耳や首まで真っ赤になって、両手で顔を隠して俯いた。
聞いてないとは言っても、あれだけ力説したんだから誤魔化せるはずがないか。
しかし今の様子もかわいとおしいから、見れた身としては役得だ。
強く同意してしまったユリスとトウカも、恥ずかしがったり照れたりしてる。うん、セリカほどじゃないけどこちらも可愛い。
「あおん。これは失礼しました。ですがこの発情期はもう収まりそうにないので、サミー君をお持ち帰りさせてもらいますね」
はい?
そう言うやいなや、酒をおかわりしようとしたサミーはケルムさんの肩に担ぎ上げられて、そのまま連れて行かれた。
えっ? 本当にお持ち帰りしちゃうの?
主役がいなくなった宴の場に、まだ踊っているボサノムの楽しそうな声だけが響く。
「あう?」
「あううあ~……」
ようやく静けさに気づいたボサノムが首を傾げ、相棒のサラノムが額に手を当てて俯く。駄目だこりゃ、てか?
「どうします義母上。主役が持っていかれました」
窓の外から夜鳴きする犬のような声が聞こえるから、少なくともケルムさんの家へ持ち帰られたのは確かだ。
この後であの二人がどうなるかは想像するまでもない。
サミーが成人したからそれをしても問題は無く、そもそも婚約してるからなおさら問題は無い。
問題なのは持ち帰られたサミーが、この宴の主役だということだけだ。
「……さっ、主役はいなくなっちゃったけど宴を続けましょう。皆、どんどん飲んで食べてね」
『は、はい……』
続行を決めた義母上の言葉に、とりあえず同意するしかなかった。
主役が早々にお持ち帰りされて不在になり、微妙な空気が漂う中で楽しんでいるのは、目と耳を塞がれていて何が起きていたのか分かっていないミィカと、空気を読めないボサノムだけだった。
そんな中で俺は、かわいとおしく恥ずかしがっているセリカ、照れているユリス、恥ずかしそうにしているトウカをそれぞれ慰めておいた。
なお、サミーは翌朝には帰ってきた。フラフラな足取りでヘロヘロになって。
「ただいま、シオン……」
「おう、サミー。大丈夫か?」
「アハハハ、大丈夫だよ。一晩中搾り取られたけどね」
何を、というのは聞かないでおこう。それが友情ってものだろう。
「ハハッ……。凄かったよ、ケルムさん……」
乾いた笑いをするぐらい凄かったのか。それが発情状態によるものなのか、それとも元からなのか。
なんにしても、激しいながらもサミーは無事、大人の階段を上ったようだ。
「そうか。今日の仕事、できそうか?」
「問題無いよ。念動魔法のお陰で、ケルムさんのお世話もしてこれたしね」
そんな状態になっても、世話を欠かさないのは相変わらずなんだな、親友。
しかし、とんだ成人祝いになったもんだ。
まあなにはともあれ、頑張れよサミー。色々な意味で。




