精霊との対話
あうあう言いながら、どこかへ連れて行こうとグイグイ腕を引っ張るノーム達。
力はそこまで強くないから引っ張られていくことはないものの、あまりに一生懸命で無視し辛い。だけどそれ以上に、額を押さえているユリスを無視できない。
「落ち着け、ちゃんと行くから待て待て」
「「あうー!」」
何をそこまで一生懸命になってるんだ。
お土産に貰った清水結晶を見てからずっとこうだけど、あれになにかあるのか?
「お兄ちゃん、ユリスお姉ちゃんは私に任せて行っていいよ」
「えっ、でも……」
いくらなんでも六歳児に任せるわけには。
「ここは任せて先に行っていいよ!」
グッと親指を立てて男前な笑みでそう言ったミィカから、不思議と頼もしさを感じる。
なんだろうこの、雑魚は任せてお前は大将の下へ向かえって言われてる感は。
この子、本当に六歳児?
「あっ、ああっ、頼んだ」
「「あう!」」
流れに乗ってつい任せてしまったら、もう遠慮はいらないとばかりにノーム達に力強く引っ張られ、どこかへ連れて行かれる。というかお前達、こんなに力強かったんだな。
そのまま連れて行かれたのは何故か風呂場。
いや、どうせ報告が済んだら来るんだから引っ張ってまで連れて来なくても。
「あうう」
「あーうー」
サラノムが浴槽を指差し、ボサノムは掌から何かが出て浴槽へ向かう仕草をする。
なんだそれ? 何を示しているんだ? こういう時に言葉が通じないのが辛い。
「「あうう!」」
ノーム達は浴槽に駆け寄り、ボサノムは引き続き掌から何かが出て浴槽へ向かう仕草を続け、サラノムは浴槽の中へ入って何かが浮かび上がってくるような仕草をする。
「えっと……あっ、浴槽に水を注げってことか?」
「「あう!」」
合っていたようでノーム達はグッと親指を立てた。
続いてサラノムは何かを放る動きをして、浴槽から出たボサノムは取り出してから握ったままの清水結晶をペチペチ叩く。
「水を注いだ後、これを入れるのか?」
「「あう!」」
これまた合っていたようで、ノーム達は再度グッと親指を立てて今回はウィンクをした。可愛い。
だけど、それをやって何になるんだろう。
清水結晶は濁った水を飲めるほど綺麗にする物だけど、浴槽へ水を入れる時に使っている「注水」は調理用のものだから濁っているはずがないし、そもそも飲用可能だ。わざわざ清水結晶を使う必要なんて無い。
なのに使わせようとするなんて、一体何が目的なんだ?
「「あう!」」
早くしろと促すかのように、揃って浴槽を指差す。分かった分かった、やるよ、やりますよ。
何が起きるのか分からないけど、精霊のノーム達がこうも急かすんだから、そう変な事にはならないはず。
自分にそう言い聞かせて不安を誤魔化しつつ、言われるがまま「注水」で浴槽に水を注いでいく。
「「あう~あう~」」
ただ水が満たされていくだけなのに、ノーム達は楽しそうにその様子を見ている。どこが面白いんだ?
「あら、ご主人様。こちらにいらしたのですか?」
「お兄ちゃんとノームちゃん達、ここにいたんだ」
おっと、ここでユリスとミィカが合流か。
何をしているのか尋ねるユリスにここまでの経緯を説明すると、ミィカがどうなるのかノーム達に尋ねる。
だけどノーム達は、あうあう言うだけで何を言いたいのか分からない。向こうは俺達の言葉を理解しても、向こうの言葉を俺達は理解できない。
「何言ってるのか分かんない」
「「あう……」」
遠慮の無いミィカの一言にノーム達は肩を落として俯いた。言葉の壁、厚し。
精霊とのコミュニケーションを取ることの難しさを思い知っているうちに、浴槽は水で満たされた。
「あとはこいつを中へ入れればいいんだな?」
「「あう!」」
ワクワクした表情でコクコク頷くノーム達の様子に、今さらやらないってわけにはいかなくなり、大人しく清水結晶を浴槽に溜めた水の中へ放り込む。さて、どうなることやら。
清水結晶が沈んでいくのを見守っていると、底へ到達した結晶が輝きだし、次の瞬間には水面全体が強く輝きだす。
「なっ!?」
突然の強い輝きから目を守るため、反射的に腕で目を庇う。だけど眩しすぎて何が起きているのか、よく見えない。
「眩しい!?」
「目が、目がああぁぁぁっ!?」
両手で目を隠しているミィカはともかく、ユリスは目を守るのが間に合わなかったようだ。
「「あう~!」」
嬉しそうにしているノーム達は、目を隠している様子は見られない。お前達、この輝きを直視して大丈夫なのか?
やがて少し輝きが収まったようだから腕をどかすと、清水結晶を中心に輝きが集まっていた。
「わぁ、きれい」
同じく手をどかしたミィカが、輝きを見て目を輝かせている。
「ご主人様? どうなったんですか? まだ目が見えません」
最初の強い輝きを直視したユリスは、まだ視力が回復しないのか。
「大丈夫だ、異常は起きてないから安心しろ」
「わ、分かりました」
一先ずユリスはこれでよし。
今はとにかく輝きの方を観察しようと見ていたら、輝きが人の形になっていく。
すると輝きの中心にあった清水結晶だけ輝きが失われ、それを浴槽の底に残して人の形をした輝きだけが動き出し、水中から飛び出す。
そして一度屈めた体を一気に広げて輝きを周囲へ散らすと、そこには一人の少女がいた。
「プルー!」
現れた少女は七歳くらいで、肌は白く腰まである水色の長い髪が波打っている。服装は鬼族の着物に似たもので、白地の上は肘まで、青地の下は膝までしか丈がない。足には白い靴下のようなものを履き、さらにサンダルっぽいものを履いている。
神秘的な雰囲気を纏うその少女が床へ着地すると、幼い見た目とは不相応に存在感を主張している胸元がユサッと揺れる。
「プル?」
人差し指を立てて頬に当て、首を傾げる様子はセリカには遠く及ばないけど可愛い。
「わー、きれいな子!」
「あう」
「あうー!」
少女を見たミィカがはしゃぎ、サラノムは気安い感じで小さく手を挙げ、ボサノムは万歳をして喜んでる。
ひょっとしてあの子、ノーム達の知り合いか? あの子を呼ぶために、これをしたかったのか?
ということは、あの子も精霊なのか? そもそも、どうしてこの方法で精霊が出てくるんだ? 分からないことだらけだ。
「プル!」
ノーム達を見た少女は満面の笑みを浮かべ、駆け寄ってきてボサノムを抱きしめた。
「プルル! プルプル、ルプル!」
とても愛おしそうにボサノムを抱きしめてるけど、それによって幼い見た目とは不相応に存在感を主張する胸に、ボサノムの顔が埋まっている。
というか二体に頭一つ分くらいの身長差があって、ちょうどボサノムの頭がその辺りにあるんだな。
「あう~」
そしてボサノム。そこへ顔を埋められたのに、どうしてそんな無邪気な笑顔でいられるんだ。
照れるとか恥ずかしがるとか、そういう反応はないのか?
「あう。ああう、あう」
サラノムがヤレヤレって表情で首を横に振ってる。
なに? この二体はこれがいつも通りなの?
「プル! プルプルプル! プル!」
抱きしめた状態から離れたと思ったら、今度は頬を膨らませてボサノムに怒ってる。喜んだり怒ったり、忙しい子だな。
「あうあうあ、あう」
「ププル、プルル、ルププ!」
怒られているはずなのに、全く申し訳なさを感じない無邪気な笑みで頭を掻くボサノムに、両腕を振って怒っているのを表現してる。それに合わせて声と同じく、幼い見た目とは不相応に存在感を主張する胸がプルンプルン揺れてる。
「なんでしょうあの子、可愛いですけど」
視力が回復したユリスもそう思うか。
可愛いけど、何者なのか気になる。
「プル、ルルプ?」
「あう」
なんかこっち指差された!?
まさか、あの子の怒りがこっちへ飛び火するのか?
「あう、ああう、あう」
いや、サラノムが間に入ってくれた。
あうあうプルプルと会話を交わし、その度に少女は一喜一憂する。
やがて落ち着いた表情になった少女がこっちを向き、深々と頭を下げた。
「プル、プルプル」
「えっと……?」
こういう時に言葉が通じないのは辛い。
「プル……」
少女も通じていないのを察したようで、少し考えこむと両手で浴槽の水を掬って床に撒き、それに両手を向けた。
「何をするのかな?」
「さあ?」
「分かりませんね」
ユリスとミィカと一緒に様子を見守っている前で、少女は手に魔力を込めた。
すると床に散った水が動き出し、文字になった。
あなた様のお陰でノーム達と再会できました。ありがとうございます
「ああ、そういうことか。これはどうもご丁寧に……って、文字書けるんかい!」
これを書いたと言っていいのか判断に困るけど、文字を作った以上は書いたということでいいだろう。
「プル」
こちらのノーム達は人語を読めませんし書けませんが、私は人語を読み書きできます
筆談とはいえ、意思疎通できるのは大きい。
早速、少女が何者なのか、どうして現れたのかを尋ねてみた。少女は問いかけに対し、水を操って文字を書いて説明する。
まず少女は水の精霊で、ウンディーネというらしい。
現れることができたのは、俺が毎日のようにここへ「注水」で水を注ぎ続けたことで水の魔力溜まりというのができていて、そこへ強力な水の力を宿した結晶を放り込んだことで、結晶を触媒にしてこちらへ来られたとのことだ。清水結晶、そんなに凄い物だったのか。
しかも先にこっちへ行っていた愛するボサノムの気配を感じ取り、他に来たがっていたウンディーネ達を押しのけて来たそうだ。
なお、文字を読めないミィカとノーム達はこの間、水が動く様子を可愛らしく楽しんでいた。
「見た目によらず、情熱的だな」
というかボサノム、お前彼女いたのか。
「精霊であっても、恋する乙女は強いんですね」
「プル」
その通りと言っているように笑顔で頷く。
だけど次の瞬間には、ちょっと寂しそうな表情になる。
尤も、この想いは伝わっていないんですけどね
えっ、マジで? ボサノムの彼女じゃなかったの?
彼にとって私はまだ、仲の良い友人みたいです
それはまたなんとまあ気の毒な。ボサノム、早く気づいてやれ。
「あう?」
いや、なにって感じで首を傾げてないで、彼女の気持ちに気づいてやれ。
しかし新たな精霊か。蜥蜴人族の集落での作業報告も含めて、義母上に伝えることが増えちゃったな。
「とりあえず、この水を沸かしてから義母上に報告してくるから、ミィカ達の世話を頼む」
「あっ、はい。承知しました」
ユリスよ、遊びで汚れたミィカとノーム達を洗うのを忘れてたのか?
まあ、こんな事があったんじゃ、仕方ないか。
気を取り直して清水結晶を回収したら「加熱」でお湯を沸かし、後のことをユリスに任せて義母上の下へ向かう。
遅くなったことを不思議に思われたものの、その理由を説明したら義母上は驚きの声を上げながら立ち上がり、その勢いで圧倒的存在感の胸がブルルルンと揺れて、プルンプルンと余韻を残す。
「また精霊が増えたの!?」
「はい。しかも水で字を書けるので、意思疎通可能です」
「意思疎通できるのは大きいわね。他に何か聞いてる?」
「いえ、まずは報告を優先したので何も。しいて挙げるのなら、他を押しのけて来るくらいボサノムが好きってことくらいですね」
「……精霊にも恋愛とかあるの?」
「あるから恋してるんじゃないですか?」
「それもそうね。なんにせよ、筆談でも対話できるのは大きいわ。色々と聞かないとね」
落ち着いた義母上が椅子に座り、圧倒的存在感の胸をノッシリ乗せて腕を組んだ。
その後、ウンディーネについての話は一旦ここまでとして、肝心の蜥蜴人族の集落での作業報告をしたら第二執務室へ移動。既に仕事上がりでセリカとトウカしかいなかったけど、二人へウンディーネのことを伝えたらやっぱり驚かれた。
「戻ってないと思ったら、そんなことになってたんッスね。いやぁ、探しに行くところだったッスよ」
馬のことを任せて別れたトウカには、戻っていないことで心配かけたようだ。
「新しい精霊ちゃんですか。会うのが楽しみです」
両手を合わせて笑顔を浮かべる極愛の妻、セリカがかわいとおしくて困る。
うん、ミィカもノーム達もウンディーネもかわいいけど、やっぱりセリカには遠く及ばないな。
それを実感しつつ、蜥蜴人族の集落での作業報告書をまとめる。色々あったけど、仕事をしないわけにはいかない。
できるだけ早急に報告書を作ったら義母上へ提出。そのまま義母上とセリカとトウカと一緒にリビングへ行くと、すっかりきれいになったミィカとノーム達、そして件のウンディーネとユリスがいた。
「プル」
こっちに気づいたウンディーネが頭を下げる。
膝の上にはボサノムが座らされていて、頭の上には幼い見た目とは不相応に存在感を主張する胸が乗せられていて、体はウンディーネの腕によってしっかり抱きしめられている。
「あら、可愛い子じゃない」
「本当ですね」
セリカほどじゃないけどな。
「おおぅ。袖と裾の丈が短いくて袴の色が青いとはいえ、巫女服じゃないっスか。しかも足袋に草履まで履いてるッスか」
ウンディーネに近づいて服装を見たトウカがそんなことを言うけど、この服装を知っているのか?
「トウカお姉ちゃん、巫女服ってなに?」
「鬼族独自の宗教で神職者の女性が着る服ッスよ。履いている足袋や草履も、鬼族独自のものッス」
へえ、そうなんだ。
鬼族じゃないのに鬼族独自の服や履物だなんて、鬼族とは何か関わりがあるのかな?
「それでウンディーネちゃん、少し話を聞いてもいいかしら?」
「プル」
いいよと頷いたら、ボサノムの頭の上に乗った胸が頭部へ押し付けられた。
だけどボサノムは何の反応もせず、俺の膝の上に座ったサラノムへ、ズルいと主張しているようにあうあう言って、サラノムはまるで気にせずニシシと笑ってる。
「そうなると何か書くものが必要かしら?」
「ご安心ください、お館様。サミーさんに頼んで、こちらを用意してもらいました」
そう言ってユリスがウンディーネの前に置いたのは、水を零したトレー。
ウンディーネが片手をそれに向けて魔力を手に込めると、水が動き出して文字になっていく。なるほど、このために水を零したのか。
これでよろしいですか?
「え、ええ、構わないわよ。本当に字が書けるのね」
だよな。やっぱり驚くよな。
それからしばらく話を聞いてみると、彼らは普段は精霊界という別世界に存在していること、強い魔力が溜まった土や水や火や風を通じてこっちへ来られること、サラノムから聞いたこっちへ来られた理由、そしてこっちにいられるのは五十年くらいが限度だということを教わった。
さらにこのウンディーネには、ノーム達が植物の品種や土質を変化させられるように、水を操ることができるらしい。
この文字を作るように細かい操作から、広範囲へ大量の水を撒くことまで可能です
ボサノムと再会させてくれたお礼に、二人と同じくシオンさんを主として力をお貸しします
意図して呼んだわけじゃないけど、協力してくれるのなら心強い。
しかも水を操作できるなんて、治水工事や畑への水やりがとても助かる。
ただし寝るときは愛しのボサノムと一緒にしてください
水の文字でそう伝えると、愛おしそうにボサノムを抱きしめる。
「あう?」
だけど肝心のボサノムが、彼女の想いを理解していないんだよな。
「あうあ……」
膝の上でサラノムが肩をすくめ、駄目だこりゃと言いたげなポーズをとる。
ちらりとウンディーネの方を見ると、ちょっと寂しそうに水で文字を書く。
シオンさんとユリスさんにはお伝えしましたが、ボサノムは私の想いに気づいていません
それを知った義母上とセリカとトウカは、えぇって表情を浮かべる。
結構積極的にアピールをしているのに、気づいてもらえないと水の文字で伝えると、不満そうに頬を膨らませた。
当のボサノムはウンディーネの膝の上で、隣の席のミィカから明日の遊びについて聞いて、あうあう喜びながら頭上に乗ったウンディーネの胸をプルプル揺らしている。
あの調子じゃ、ウンディーネの恋はまだまだ実りそうにないな。
「頑張ってね」
「応援します!」
「私達でよろしければ、協力します」
「挫けちゃ駄目ッスよ!」
「プルル!」
皆さん、ありがとうございます
こういう時、結託した女性陣は強い。
事実、こちらへ向けられた無言の視線からの圧力に、俺も協力すると言わざるをえなかった。
「ううあ」
膝の上のサラノムが、ご苦労様とでも言ってるようだ。
お前はボサノムと違って、内面が成長してるんだな。
もしかしてこの屋敷でサミーの次に意気投合できるのは、サラノムかもしれない。そう感じた瞬間だった。
その後、ボサノムとサラノム同様に名前が欲しいとウンディーネから要望が出たから、壮絶なじゃんけんに勝利したユリスによってウェネと名付けられた。
ちなみに清水結晶は、ウェネがこっちへ来た触媒になったことで水を綺麗にする力は失ったものの、お守りとしてセリカに渡して大事に保管することになった。




