土より泥の方が厄介
ノーム達が良い意味でやってくれた。
ボサノムが品種変更をして、サラノムがどんな作物でも育つ万能土壌を作ることによって、新たな農作物を作れる可能性が広まった。
この事実が知れ渡るとノーム達の身が危うくなるけど、これを可能とした理由は俺が調理魔法での農作業を長期間続けたからということにするため、おそらくノーム達の危険度は低くなるだろう。
ノーム達が誕生した理由がそれである以上、その言い分も決して間違いじゃないからな。
ちなみにノーム達はバーナード家が保護した孤児という扱いにして、主にミィカと一緒に遊んだりロイとマルコの世話をしたり、たまに菜園の手入れを手伝ってくれている。
そんな彼らは精霊だからなのか、水以外の食事は必要無いものの睡眠はしっかりとっている。
寝床は主に俺とセリカと一緒のベッドで、夜の営みに励む時だけはミィカと一緒に寝てもらっている。
そして今朝も目が覚めると……。
「すう……すう……」
目の前には存在感抜群の胸をポヨンと押し付けながら、かわいとおしい寝顔を見せてくれている極愛の妻セリカがいて。
「あー」
「うー」
セリカとは逆隣には口の端から涎が垂れそうになりながら寝てるボサノムが、俺の上にはうつ伏せになって両手足を広げて寝てるサラノムがいる。
昨夜は二人をセリカとの間に寝かせたはずなのに、どうして逆隣と上にいるんだろう。そして何故気づかなかった俺。
「まあいいか。おい、起きろ」
「あう?」
このままじゃ動けないから、まずは上に乗ってるサラノムを起こす。
目を覚ましたサラノムは大きく欠伸をして目を擦ると、俺を見てニパーッと笑った。
「あうあ!」
「うん、おはよう」
何言ってるのか分からないけど、片手を上げてるから多分朝の挨拶だろう。
「ボサノムを起こしてくれ。俺はセリカを起こすから」
「あう!」
返事をしたサラノムは俺の上から降りて、気持ちよさそうに眠るボサノムをペチペチ叩いて起こす。
その間に俺はセリカを起こして挨拶し、腕で涎を拭き取りながら起き、俺を見てニパッと笑うボサノムとも挨拶する。
ノーム達と朝を迎えた時はこうしたやり取りが日常化していて、なんだか双子の息子を持った気分だ。
来年にはこれにセリカとの子が加わるんだな。……来年はまだ生まれたばかりだから一緒のベッドは無理か。二、三年は待たないとな。
「さあ行きましょう、ノームちゃん」
「「あううー!」」
両手を上げて返事をするノーム達が可愛い。そのノーム達の頭を撫でるセリカはかわいとおしい。
可愛いが二つにかわいとおしいが合わさったら、それはもう絶景としか言いようがない。
これを見れればその日のテンションは上がりまくり。仕事への意欲も湧くし、励みになるってもんだ。
「それじゃあ、今日も頑張りましょうね」
朝食後に今日の予定を簡単に確認して、義母上がそう告げたら今日も仕事が始まる。
といっても、冬ということもあって急ぎの仕事は少ないし、農家はほとんどが休業中だから忙しさも一段落している。
だけど春になったら大規模な農作業に取り掛かれるよう、開拓作業は続いているし冬で休業中の農家が作業を手伝ってるから、ある程度は忙しい。
「これでノーム達による品種の拡大も加われば、どうなるでしょうね」
「私達の忙しさも増すでしょうけど、一番忙しくなるのは商業ギルドと商人達じゃないの?」
文官達の言うことにも一理ある。
領地運営に関わっている俺達以上に、商品を取り扱う商業ギルドや商人達は忙しくなるだろう。
伯父が村の商業ギルドのギルド長をしているケルムさんから聞いた話だと、商業ギルドは来たる忙しさに向けて対策会議を重ねたり、移住者から従業員を募って人員補充と教育をしたりして備えているらしい。
「街道の拡張工事はどうなってる?」
「順調です。隣領側の工事も、計画通り進んでいると報告を受けています」
これまでの流れからして、人の往来が増えるのは確実だから街道整備は急務だ。
しかもこれはバーナード領側だけでなく、隣領側も整備してもらわなくちゃならない。でないと、こっちは問題無く行き来できるけど隣領では渋滞してしまう、ということになってしまう。
そうならないよう隣領も街道整備をしてもらう必要があるけど、そう簡単に応じてもらえる案件じゃないから調整は難航すると思ったら、案外あっさり応じてくれた。
通り道だろうがなんだろうが、往来する人数が増えれば領地の収益が増えるからと快諾してくれて、ここが勝負所だと貯めに貯めた金を放出して街道整備を進めているだけでなく、行き来する人々を狙って宿屋や馬車の修理業者や飲食店の募集や建設を進めているらしい。
街道に関してはこちらから頼んだことだから、冬になるまでに稼いだ金で少しばかり支援しているけど、それ以外に関しては隣領の領主
達が自己判断で行っていることだから、バーナード家からの支援は一切無いし責任も負わない。それでも実行しているんだから、本当に勝負所と踏んでいるんだろう。
「旦那様、蜥蜴人族の集落周辺の開拓作業地から、旦那様宛に農地作りの救援要請が届いています」
蜥蜴人族の集落周辺は湿気が多くて地面もぬかるんでるから、「撹拌」を使う時の負荷が普通の土以上に掛かる。
報告書によると、現場で作業している調理魔法使い達だと水気を含んだ土をかき混ぜるのが難しかったり、かき混ぜられても魔力がすぐに消耗してしまったりして、予定に大幅な遅れが生じているようだ。
乾物を茶葉を作るのに使う調理魔法、「乾燥」で地面を乾かせば少しは作業がやりやすくなるんだろうけど、湿地帯の乾燥なんて途方もない方法は実現性が低くて使えない。
まあそもそも、沼地や湿地帯を好む蜥蜴人族からすれば、地面を乾燥させるなんてとんでもない話だから猛反対されるだろう。
「分かった。午後にでも行こう」
「お願いします」
かわいとおしい極愛の妻セリカにお願いされた以上は、全力で頑張ってこよう。
*****
昼食を挟み、馬に乗って蜥蜴人族の集落へ向けて出発する。
同行者はトウカともう一人、大柄でたくましい体格と牛の尻尾と角が特徴的な、皮鎧を纏って斧を担いだ牛の獣人族の青年。
彼はバッファといい、ユリーカさんの頼みで護衛の実地研修のため同行することになった自警団員だ。
「こうして護衛をするのは初めてですが、精一杯務めます」
にこやかな笑みでそう告げるバッファは、以前は他所の領地の町で衛兵をしていたらしい。
ところが職場環境が劣悪なのと、陰で種族差別をされて嫌気が差していたそうだ。
そんな時にバーナード領の話を聞き、両親と弟二人と相談した上で退職し、こっちへ移住してきたそうだ。
ユリーカさん曰く、トウカが妊娠したら彼が俺の警護代理を務める予定とのこと。
「自分、たまに自警団の訓練に参加してるんッスけど、彼とも何度か手合わせしたッス。まだまだ力任せで粗いッスけど、なかなか筋が良いッスよ」
「そうなのか。なら期待してるぞ」
「シオン様のご期待に沿えるよう、頑張ります!」
おう、頑張ってくれ。前の職場と違って、ここは実力と人格が確かなら種族関係無く出世できるから、どうか仕事に励んでほしい。
「ちなみにこの見た目で、授かってるのは成形魔法ッス」
「はい、恥ずかしながら」
苦笑いをするバッファの気持ちは分からなくもない。
成形魔法は焼き物で使う粘土や宝石の原石を、思い通りの形に整えるために使われる魔法だ。それ以外にも木や石を彫って置物に加工したり、熱した鉄やガラスを思い通りの形状にしたりできる。
そういった細かい作業向きの魔法だから、大柄でたくましい外見とはギャップがあるな。
とはいえ、恥ずかしがることはないと思う。
「別に恥ずかしがることはないだろう。何を授かるかは、本人にも分からないんだから」
「そうッスよ。問題はどう扱うかッス。その最たる例が、ご主人様ッスから」
まあな。調理魔法と農作業なんて、普通は結び付かないもんな。
大事なのは扱い方。ひょっとしたら成形魔法も、何かしらの形で自警団の役に立つかもしれないぞ。
「そうですね。シオン様の影響で、自分の魔法に他の使い道がないか模索する風潮がありますし、俺も考えてみます」
いつの間にかそんな風潮まで出来てるのか。
色々やらかしておいてなんだけど、切っ掛けが自分っていうのはちょっと照れくさい。
そんな感じでバッファと会話して交流をしているうちに、蜥蜴人族の集落の開拓地へ到着。
「お待ちしておりました、若様!」
出迎えてくれたのは開拓支援団の文官と、最近になって集落の長に就任したマダーという妙齢の蜥蜴人族の女性。
彼らと挨拶と握手を交わしたら、早速作業現場へ向かう。
そこには畑や道路に区分けはされているものの、ほとんど手が加えられていない状態の畑と、疲れた様子で敷物の上に座り込む人々がいた。
座り込んでいる人達はここの担当をしている調理魔法使いで、湿気を含んで泥っぽくなった土を「撹拌」でかき混ぜるのに苦労して、全員魔力が尽きてしまって休んでいるとのこと。
「これ以上の遅れは、今後の開拓計画に支障が生じてしまいます」
「ですのでご迷惑とは思いますが、若様にお力を貸していただきたく」
「分かった、任せておけ」
婿養子とはいえ、いずれこの領地を継ぐ身としてこうした事にはちゃんと対応しないとな。
そもそも、俺がこの方法を見つけて広まったわけだし、問題が生じたらフォローするのも仕事の内だ。
念のため文官に畑の位置を確認したら、早速作業へ入る。
今回は土じゃなくて泥だから魔力をグゴワッて放って、ギャルウォンッて感じでかき混ぜよう。
「撹拌」
広域に複数の「撹拌」を展開させて広範囲を一気に耕す。ただし道路や農道を誤って耕さないよう、端と縁の位置取りは丁寧に。
冬のせいか表面がちょっと凍っているけど、大した影響は無いな。
「うおぉっ。シオン様が作業するのを見るのは初めてだけど、凄いですね」
「ご主人様なら当然ッス!」
後ろにいるから見えないけど、自分の事じゃないのに自慢気な口ぶりからして、おそらくトウカはドヤ顔で胸を張ってるんだろうな。
「相変わらず凄いな婿殿は」
「初めて見たけど、あんなに複数同時に魔法を展開できるものなの?」
「無理無理無理無理、あんなの出来るはずがない」
「第一、凍りかけの重い泥をあんなにスムーズにかき混ぜられないわよ」
「さすがはシオン様だな」
休憩中の調理魔法使い達の話し声が聞こえる。
なんだかちょっと誇らしい。もっと褒めろ、調子に乗った俺は魔力の制御と操作がより精密になって、作業効率がガンガン上がっていくから。事実、「撹拌」を増やして畑二面を追加で耕してしまっている。
「ヤッハー! こりゃあサイコーに良い泥だぜ! 今すぐ服を脱ぎ捨てて飛び込んで泳ぎてぇぜ!」
いきなり誰かと思ったら、ここの担当をしているドライアドか。
というか良い泥と褒めてくれるのはともかく、泥で泳ぐのはドライアドって。
傭兵時代にそういうことをして豊作を願う農村を見たことがあるって、酔ったユリーカさんに圧倒的存在感の胸をぐにゅうぅぅぅと押し付けられながら肩を組まれて聞かされたことがあるけど、そういうのかな。
「ところでマダーさん、この辺りでは春から何を育てる予定ッスか?」
「この辺りはサトイモやナスですね。こうした土地で育てられる作物は限られていますが、こうした土地だからこそ育てられる作物も、少なからずありますからね」
ここで主に作られている、米やらレンコンが良い例だ。
育て方こそ違えど、米を育てる田んぼやレンコン畑には水気が必須だからな。
しかもボサノムのお陰で品種変更できるから、同じ物でも品種違いがどれだけ作れるやら。
「他にも育てられる作物があるので、春が待ち遠しいです」
なら、その期待に応えるのが俺の役目だ。
まだ魔力にも制御と操作にも余裕があるから、さらに「撹拌」を追加。次の田畑も一気に耕していく。
『おぉぉぉぉっ!』
作業員達から歓声が上がった。
やってることは地味だけど、注目されてると気分が良い。もう一面分だけ、「撹拌」を追加しておこうっと。
そんな感じで調子に乗ったこともあって、遅れていた分を取り戻して今日の分も済ませただけでなく、計画をだいぶ前倒しできそうなほど田畑の予定地を耕してしまった。
これはこれで計画に支障をきたすかもしれないから謝ったら、文官から逆に感謝された。
「どうせまた遅れが生じますから、むしろ進めておいてくれてありがたいです」
要するに、魔力が回復して後ろに立ち並んでいる調理魔法使い達によって、また作業に遅れが生じるだろうから、前倒ししてもらえるぐらいがありがたいってことか。
それが理由で俺を呼んだから本当のことなんだろうけど、文官の後ろにいる調理魔法使い達は複雑そうにしている。頭では分かっていても、納得はしきれてないってところかな。
これについては文官の言い方に問題があるから、小声でそのことを指摘しておく。すると文官は、後で謝っておき、お詫びに今夜の食事に酒を付けると言った。今後は気をつけるんだぞ。
「じゃあ、作業はここまででいいか?」
「はい。ありがとうございます」
「こちらはお手数をお掛けしたお礼です」
そう言ってマダーから手渡されたのは、拳大の水色の石。鉱石にも見えるけど、透き通っていて透明度の高い氷みたいだ。
「なんだこれ?」
「私達は清水結晶と呼んでいます。ここにように水気が多い場所が寒くなると、ごく稀に見つかる結晶体で、蜥蜴人族にとっては幸運のお守りなんです。セリカ様の無事な出産を祈願する意味もあるので、どうか受け取ってください」
「なら遠慮なく」
普通なら一度くらい断るところだけど、かわいとおしい極愛の妻セリカの安産祈願と聞いては、受け取らないわけにはいかない。
さらに、水瓶や桶のような物へ濁った水とこの結晶体を入れ、しばらく放っておくと飲めるぐらいに水が綺麗になるらしい。その代わり結晶体は徐々に濁っていき、ある一定の濃さまで濁ると割れてしまい、使えなくなってしまうそうだ。
ついでに、川とか池へ直接入れても水は綺麗にならず、しばらくしたら濁って割れてしまうとのこと。
「へえ、そんなことができるのか」
「綺麗な水を手に入れにくい土地では、とても重宝したそうです」
飲めるほど綺麗な水は大事だ。それを濁った水から確保できるのなら、誰だって重宝するだろう。
蜥蜴人族がこれを幸運のお守りとしているのは、綺麗な水を得られるからじゃないかな。
「貴重な物をありがとな」
「いいんですよ。この地は綺麗な水が確保しやすいですし、若様のお陰でガンガン儲けられそうですからね」
マダーの目に金貨が浮かんで見えるのは気のせいか?
まあ、金儲けをするのを悪いとは言わないけど、ほどほどかつ健全にな。
こうして蜥蜴人族の集落での作業は終わり、来た時と同じくトウカとバッファと共に帰路へ着き、特に何事も無く夕方頃に屋敷へ到着した。
「では、俺は失礼します」
屋敷の前でバッファはそう告げて敬礼し、ユリーカさんへ報告するために自警団の訓練場に行くと言い残し、去って行った。
「俺達も義母上に報告へ行こう」
「そうッスね。馬は自分が厩舎へ連れて行っておくんで、先に行っていいッスよ」
「頼んだ」
手綱をトウカへ預けて屋敷へ入る。
「あう!」
「あうう!」
「あっ、お兄ちゃんおかえり」
「おかえりなさいませ、ご主人様」
するとそこにはミィカとボサノムとサラノム、タオルを手にしたユリス、そしてその足下で尻尾をパタパタ振るロイとマルコがいる。
ユリス以外は服や毛が土で汚れているのと、ユリスが手にしているタオルから察するに、これから体でも洗うのかな。
「ただいま。今日もしっかり遊んできたな」
「うん! 楽しかったよ!」
満面の笑みでそう告げるミィカの頭を撫でる。うん、楽しかったのならなによりだ。
「「あう」」
自分達もと頭を差し出すノーム達も撫でてやる。さらにロイとマルコも寝転がって腹を見せるから、腹をわしゃわしゃと撫でてやった。
「これから風呂場か?」
「ええ。見ての通り、今日もしっかり汚れてきたので」
だな。だけど子供らしくていいんじゃないか?
「だったら、浴槽にお湯淹れてやろうか?」
「それは助かります。薪を節約するために水で体を拭わせるつもりでしたが、さすがに寒いですからね」
冬だからな。水も冷たくなってるし、それで体を拭うのはさすがに辛いだろう。
「先に義母上へ報告をしてくるから、風呂場で待っていてくれ」
「承知しました。お館様は執務室にいらっしゃいます」
「分かった、ありがとう」
ユリスとそんなやり取りを交わして義母上の執務室へ。
「「あうっ!?」」
「きゃっ! いだっ!?」
向かおうとしたら、急にボサノムとサラノムが駆け寄って来た。
しかもぶつかったユリスが転倒して、また額を打ったよ。
「あうっ! あううっ!」
「ああう、あううっう!」
「つうぅぅぅ……。いい加減、オデコ割れちゃうって……」
何やら主張するノーム達が、俺のズボンのポケットをペチペチ叩く。
どうしたんだ急に。というか自分達のせいでユリスが痛がってるんだから、そっちを気にしろ。
床に座り込んで額を押さえながら痛がる姿に、大丈夫かと尋ねているミィカと、心配そうにきゅんきゅん鳴いてるロイとマルコを見習え。
「「あーうー!」」
「落ち着け、なんなんだよ急に!」
ポケットをペチペチ叩きながら何か主張してるから、中身を取り出す。
といっても、入っているのはマダーから貰った清水結晶しかない。これがどうかしたのか?
「あう!」
「ああうっ、あうっ!」
清水結晶を見たノーム達は、両手でハイタッチを交わす。
そして今度は俺の腕をぐいぐい引いて、どこかへ連れて行こうとする。
なんなんだ、本当になんなんだ?




