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冬支度


 調理魔法による農作業の有用性を発表してしばらく経ち、季節は冬を迎えようとしていた。

 防寒対策に厚着の服を買ったり薪を確保したりと、冬に備えての準備が活発に行われていく。

 さらにバーナード士爵領は雪が多いため、どの家も雪かき用のスコップを常備しており、それはバーナード士爵家も同じだった。菜園用の農具置き場にある、雪かき用のスコップをセリカと一緒に確認する。


「雪かき用のスコップって、土を掘るのと違って四角いんだな」

「土を掘るのとは違いますからね。先端が尖っているのでも出来ますが、こっちの方がいいですよ」


 王都の方はあまり雪が降らないし、降っても少ししか積もらないからそういう知識は知らなかったな。


「酷い時は、子供達やドワーフの方々が埋まってしまいそうなほど積もるんです」

「そんなにかっ!?」


 子供やドワーフの背丈は低いとはいえ、そんなに積もるのか。


「特に屋根の雪下ろしは大変ですよ。命綱を付けていても滑って落ちないか不安ですし、下に誰かいて埋まっちゃったら一大事です」

「思った以上に大変なんだな、雪が積もったら」

「そうですよ。なので、旦那様も気をつけてくださいね」


 はい、十分に気をつけます。

 雪が積もった際の話を聞きながら雪かき用のスコップの確認をしたら、次は菜園の処理へ移る。

 現在菜園には、生育時期を終えて枯れかけた作物が残った区画と、先日冬向きの作物を植えたばかりの今までは手つかずだった区画がある。そのうち枯れかけた作物が残った区画の地面に対して「撹拌」を使い、作物を地面に混ぜ込んでいく。

 これをもって、この区画は冬が終わるまで土を休ませる。いくら混合魔力によって連作が可能になったといっても限度があるから、ここらで土を休ませてやらないと、作物に影響が出てしまう。


「よし、作業完了」

「お疲れさまです、旦那様」


 別に疲れるほどでもないけど、かわいとおしい笑みを見られたから気にしない。

 それにしても、こういう場所の冬支度は大変なんだな。防寒対策や雪対策だけでなく、食料や薬の確保もする必要があるんだから。

 なにせ冬は大抵の作物や植物が育たたないし、多くの動物や魔物は冬眠してしまう。いざという時に食料や薬が無いと困るから、そうなる前に出来るだけ食料だけでなく、薬になる薬草を採取しておかないとならない。ただし、それで絶滅したら本末転倒だからやり過ぎない範囲でな。


「去年の冬は死者こそ出ませんでしたが、かなり危なかったです」


 菜園を後にして、義母上へ報告しに行くため廊下を歩きながらこの地の越冬について話していると、不意にそんな話が出た。


「……死人が出るのか?」

「ええ。毎年というわけではありませんが、貧しい農村だと冬場の風邪ですら命の危機です」


 そうなのか。そういう話を聞くと、なおさら王都での暮らしが恵まれていると実感できる。

 向こうだと冬場の風邪で死ぬなんて、まず無い話だからな。


「ですが、今の領地の経済状態や食料自給率なら冬支度はしやすいですし、ドライアド達のお陰で薬草はたくさんあります。風邪どころかちょっとした病気でも大丈夫でしょう!」


 かわいとおしい満面の笑みで小さくガッツポーズした拍子に、存在感抜群の胸がブルンと揺れた。うん、最高です。


「だな。土壌改善で薬草の品質が高まったから、風邪なんかすぐに治っちゃうしな」


 土壌改善した畑でドライアド達が育てた薬草で作った薬は効果が高く、風邪なんか飲んだその場で治ってしまうほどだ。

 しかも風邪どころか、よほどの大病でなければ病気もすぐに治るし、かなりの大怪我でなければ外傷もすぐに治る。それを知って薬師ギルドや教会から薬草を卸してもらえないかと話が来たし、薬師には冒険者ギルドから大量の注文が届いて嬉しい悲鳴が上がっているらしい。

 お陰でドライアドを狙う不埒な連中がやってきたものの、そこはドライアド達自身が周辺の木々から情報を集め、つい先日結成されたユリーカさん率いる自警団や、開拓支援団の兵士達によって捕まった。

 中にはとある貴族から送り込まれたのもいて、そっちについては義母上がレトリバー辺境伯やコーギー侯爵を通じて国へ被害届を出し、その家はかなり痛い目を見たらしい。


「こんなに安心して冬を迎えられるのは初めてです。それもこれも、旦那様のお陰ですね」


 うおぅ。かわいとおしい笑みのセリカが腕に抱きついて、存在感抜群の胸に腕が挟まれた。プヨヨンとした実に柔らかい感触が素晴らしい。

 おまけに頭を預けてふわふわ髪から甘い香りが漂ってきて、これまた実に素晴らしい。


「んふふ~。すんすん」


 上機嫌に匂いを嗅いでるけど気にしない。

 こんなに素晴らしい笑みと感触と香りを堪能させてくれているんだ、気にするのは野暮ってもんだ。

 そうこうしていたら執務室前に到着し、ノックをして呼びかけたら入室許可が出た。


「義母上、確認が済んだので報告に来ました」

「あらそう、ありが……なんでそんなことになってるの?」


 娘が娘婿の腕に抱きつき、緩み切った笑みで擦り寄っていればそんな反応にもなるか。


「旦那様のお陰で安心した冬支度ができるのが嬉しくて、こうなりました」


 ふんすと鼻息を吐くドヤ顔セリカがかわいとおしくて、大変喜ばしい。


「ああ、そういうことね、そうよね、こんなに不安が少ない冬支度は初めてよね」


 義母上が頬杖をついて、感慨深い表情を浮かべた。

 それだけで、これまでの冬支度はどれだけ不安な気持ちでしていたのか察せられる。

 出来る限りの準備をしても、風邪一つで死人が出かねない状態だったんじゃ、無理もないか。


「まさかシオン君がお婿さんに来てくれたことで、領地がこれだけ豊かになるとは思わなかったわ。改めて、領主として心からお礼を言うわ。ありがとう」

「そんな、いいですよ。頭を上げてください」


 だけど座ったまま頭を下げたから、圧倒的存在感の胸が義母上と机の間でブヨンと押し潰されているし、谷間が丸見えだからもう少し下げていてもらいたい。

 ああっ、残念。頭上げちゃった。


「頭の一つも下げたくなるわよ。領地の発展に不安の無い冬支度、それに王族が視察に来た上に昇爵まで約束されたんだもの」


 そうそう、学会での発表の後でバーナード領産の紅茶を気に入った王妃様と第三王女が、わざわざ視察に来たんだよな。

 あれだけ見事な紅茶を生産してくれてありがとうって、お礼を言われて順番に握手されちゃったし、同い年の第三王女からは弟の第六王子の野菜嫌いがここの野菜のお陰で直ったって凄く感謝された。

 しかも学会での発表内容と王妃様達の視察結果、そして他所の領地から研修生を受け入れている件を知った国王陛下からは、これによって国全体の食料生産率と農作物の品質を向上させた暁には、その功績を評価して準男爵への昇爵を約束するという書状が届けられた。

 使者からそれを受け取った義母上はあまりの嬉しさに、お礼を言いながら俺を抱きしめられて振り回したけど、圧倒的存在感の胸に顔を埋められてパフパフした感触を堪能できたから気にしないことにした。


「約束と言っても、国全体で成果が出てからの話じゃないですか」

「分かってるわよ。だけど私の代で昇爵できるかもしれないと分かったら、つい嬉しくて」


 昇爵なんて滅多にあるものじゃないし、ついこの間まで辺境の貧しい小領の領主にすぎなかったことを考えれば、調子に乗るのも無理はないか。


「領内では既に成果は出てるし、見学に来た研究者達の研究でも有用性が証明されたんだし、きっと大丈夫よ」

「そうならいいんですけどね」

「旦那様、何かご不安でも?」


 まあな。懸念事項がないこともない。


「うちが成果を上げているのを面白く思わなくて、成果が出ないっていう虚偽の報告をしたり、わざと間違ったやり方を広めて悪評を広めたり、なんてことをするのも出てくる可能性がある」


 貴族にはいるんだよな。大人しくしていればいいのに、妬みや恨みから余計なことを考えて無駄に行動力を発揮する奴が。

 しかも、そういうことをする輩に限って、そういう人物だと貴族社会で知られているのに平然とやってるほど面の皮が厚い。開き直っているとも言える。


「そんな事をしている暇があったら、真面目に働けばいいのに」

「自分が上へ行けない分、他人を蹴落とすことに注力してるのね。そんなことをしても自分の地位は上がらないのに、不毛なことね」


 世の中には、そういう不毛なことに熱心なアホもいるから困ったものだ。


「あっ、あの方々もそうですかね。親族だと偽ってきた方々」


 腕に抱きついたままのセリカが言ったような連中も、似たようなもんだろう。

 バーナード家の名が上がった途端、親族を名乗る連中が何人かやって来た。目的は寄生して甘い汁を吸うか、労せずして金と地位を得るかなのは、下心丸出しの表情と雰囲気ですぐに分かった。

 無論、やってきた連中は一人として親族じゃないし、そんな連中を雇うはずもなく、自警団によって領地から追い出して村や集落には注意喚起の回状を出しておいた。


「まあそうだな」

「いたわね、そんな連中も。うちは女系なのに先代の弟の息子って名乗ったのや、当主が私と知らずにご当主の隠し子を身籠っているなんて言ったのが」


 その時点で、碌に下調べもしていないのがバレバレだった。

 中にはそれっぽい人もいたけど、バーナード家と縁のある人物の名前を尋ねると言葉に詰まり、適当に名前を言った挙句にそんな人物はいないと義母上に反論されていた。

 勿論、義母上が証拠も無くそんな反論をするはずがない。まだ歴史が浅いバーナード家にも家系図はしっかり残っているから、それによって名前の矛盾はあっさり論破されてしまう。

 それでもしつこい連中は、ユリーカさんによって強制退場してもらった。


「どうして大人しくしたり、普通に働き口を探したりしないのでしょうか。お仕事なら、いくらでもあるのに」


 不満そうに頬を膨らませるセリカがかわいとおしい。

 確かに今のバーナード士爵領は、建築でも農耕でも治水工事でも自警団でも、選ばなければ仕事はたくさんある。

 変な下心を出さずに真面目に働けば、それなりの生活はできたはず。なのにそれをしないのは、見栄っ張りか怠け者か欲深か。


「世の中にはそういう人達が一定数いるってことよ。さっ、それよりもそろそろ会合が始まるから、行きましょう」

「「はい」」


 今日はこれから領内の村と集落から村長や長が集まって、現状報告と冬支度の進捗状況の相談をする。

 もしもどこかしらの準備が進んでいなければ、助け合って越冬の準備を手伝うらしい。

 互いに協力して冬を乗り越えようという、冬を迎える前に必ず開かれる定番の会合とのこと。

 場所は村にある集会所で、そこで竜人族のラグンさんとバハードさん親子、エルフのワイズマンさん、ドライアドからもブロッサムとシードが参加していた。他の村や集落の村長なり長なりも集まっており、肝心の冬支度の方は順調に進んでいるそうだ。

 これも俺のお陰だと言われ、つい照れてしまう。さらに安心して冬を迎えられるお礼として、それぞれの村や集落からお礼の品を出された。

 この村からは試作したら絶品だったという紅茶風味のクッキーとドライアド作のハーブティー、鬼族とドワーフを中心とした村からは果実酢と果実酒、獣人と魔族を中心とした村からは魔物の肉をミソや米を精製した時に出るヌカっていうのに漬け込んだ物、エルフを中心とした集落からは栽培に成功した多種多様なキノコを乾燥させた物、蜥蜴人族が中心とした集落からは発酵させた卵を三種類、そして竜人族の集落からは塩に漬け込んだサーモンっていう魚だ。


「まあ、悪いわよこんなに」

「いえいえ、領主様やシオン様のお陰で村が発展しているのですから、気にしないでください」

「うちの集落に至っては、土砂崩れの時に助けてもらいましたから」

「初めて不安の無い冬支度ができているんです、お礼の一つも贈りたいのですよ」


 どれも領主とその後継者候補として、当然のことをしているだけだから、気にすること無いんだけどな。


「現金じゃないですから、大丈夫ですよね?」


 それを言ったら終わりだよ。受け取る一択しかないじゃないか。


「ピータンは匂いが独特ですが、味は良いですよ。シエンタンとザオタンも、癖はありますが味は保証します」

「このサーモン、塩に漬けたので少々塩辛いですが、米にとても合いますよ」


 わっ、どっちも興味湧いてきた。

 卵好きな蜥蜴人族にとって秘伝の卵を発酵させた食べ物と、米に合う塩漬け魚。これを食べるなというのは酷な話だ。


「そこまで言うのなら、皆の気持ちとして受け取るわ。大事に食べさせてもらうわね」


 義母上ナイス。クッキーとハーブティーも果実酢と果実酒も肉の漬物も乾燥キノコも気になっていたから、これで今夜の食事が楽しみだ。

 ……そう、思っていました。

 実際、美味しかったです。乾燥キノコを出汁であり具材にもしたスープ、果実酢を水で割ったジュースや果実酒、焼いた肉の漬物、炊いた米と一緒に出された焼いた塩漬けのサーモン、締めに出されたハーブティーと紅茶風味のクッキー。一部を除いてサミーの手により美味しく調理されたお礼の品は、とても美味しくいただきました。

 だけど前菜として出された発酵させた卵、シエンタンとザオタンは美味しく食べられたけど、ピータンは……。


「ま、窓を開けて……」

「なんじゃ、この匂いはあぁぁぁぁっ!?」

「独特とは聞いてたけど、まさかこんな匂いだとは……」

「旦那様、鼻が、鼻があぁぁぁっ!」

「うえぇぇぇっ。自分、この匂い駄目ッス」

「ロイ、マルコ、しっかりしなさい! うっぷ」

「おかーさーん、臭いよー!」

「きゃわーん! 鼻が死にそうです!」

「やっぱり皆さんも駄目ですか、この匂い……」


 その独特過ぎる匂いに全員やられ、まさに阿鼻叫喚。

 特にユリスの足下にいた子犬のロイとマルコ、それと研究の報告ついでに夕食を食べていくことになった犬の獣人のケルムさんは、鼻が利くから特にダメージが大きい。


「というかサミー! こんな匂いと分かっていて、なんで出した!」

「僕は駄目だったけど、トルシェさんとサラさんは大丈夫だったからだよ。こういう匂いが強いのは好き嫌いが分かれるから、平気な人がいると思ったんだよ」


 その結果がこれか。

 特にロイとマルコはよほど効いたのか、ぐったりしてピクピクしてるからユリスが抱えてリビングを出て行った。

 ついでにケルムさんも鼻を押さえて床で悶えている。


「とりあえず、ピータンは下げてくれ。それとケルムを頼む」

「分かったよ。ケルムさん、しっかり!」


 ピータンが乗った皿を手に、ケルムさんに肩を貸して出ていく。

 いや、一緒くたに運ばない方がいいぞ。そんな近くにピータンがあったら、匂いから逃れられないじゃないか。


「きゃわーん!?」

「ケルムさあぁぁぁぁん!」


 ほらみたことか。その後、リビングを徹底的に換気してどうにか匂いは消えた。



 *****



 後日、冬支度の様子を確認するため蜥蜴人族の集落へ行ったついでにピータンについて聞いてみた。

 なんでも、あれは卵を泥で包んで発酵させて作る物で、最近は土壌改善したレンコン畑の泥を使って作ってるらしい。そうしたら味がとても良くなっただけでなく、匂いも以前の物よりかなり強烈になってしまったそうだ。

 蜥蜴人族は誰一人として気にならないようだけど、僅かにいる他種族は極一部を除いてほとんどが駄目だったとのこと。それならそうと、先に言ってくれ!


「そりゃ、あんな匂いをしてればな……」

「衝撃的すぎて、夢でも嗅ぎそうでした」


 夢に見そうなら分かるけど、夢でも嗅ぎそうはイマイチ分からない。

 でもセリカは今日もかわいとおしいから許す。


「それにしても、泥で包んだ食べ物にまで影響するのか」


 これはケルムさんに伝えておこうかな。

 植物じゃないから専門外だろうけど、興味は持ってくれそうだ。


「ええ。我々蜥蜴人族には、肉を葉で包んでから泥で包んで蒸し焼きにする調理法があるのですが、そちらの味も良くなっていました」


 なにそれ美味そう。聞けば間に葉を挟んでるから肉が泥で汚れないし、葉の香りを肉へ移すこともできて、なにより火を用意できれば調理器具を必要としないから、大人数にも対応可能な料理とのこと。

 調理器具が必要無いのは調理魔法の使い手としては複雑だけど、是非食べてみたい。というか、ピータンよりもそっちの方が良かった。


「それにしても、そんなに匂いがきつかったですか?」

「ええ、それはとても……」


 暗い顔をするなセリカ、あれは悪い夢だったんだ。

 ちゃんとあの後、俺の匂いを嗅ぎまくって上書きしたじゃないか。


「泥を洗い流して殻を剥いた後、薄切りにしてしばし放っておけば匂いは軽減されるんですが、それでも駄目でしたか?」


 えっ? なにそれ聞いてない。

 殻は取ってあったけど切らずに出てきたぞ。


「あの、切っていなかったのですが……」

「おや? ひょっとして、伝え忘れてましたかな?」

「「聞いてません」」


 セリカと声を揃えて言うと、申し訳ありませんでしたと土下座された。というか、ちゃんと言ってくれ!

 この後、お詫びだと匂いを軽減させたのを出されたけど……駄目だった。確かにいくらか匂いは軽減したから食べられたし美味いけど、匂いが完全に消えたわけじゃないから、どうしても鼻についてしまう。


「まあ、駄目な方は駄目ですから、こればかりは仕方ないですね」


 表情をしかめる俺達に、蜥蜴人族の長はそう言った。

 なら、お礼はこれじゃなくて肉の泥包み蒸し焼きを出してくれ!

 とまあ、こんな一幕がありながらもバーナード士爵領が冬を迎えた直後、セリカの妊娠が判明した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 発酵食品はねぇ 産地以外の人には辛いもの多いよね
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