発表
遂にケルムさんによる発表が始まった。
調理魔法による農作業ということで会場内はざわついたものの、説明が進んでいくと誰もが静まり返り、時折感嘆の声が漏れる。
「表示している資料の通り、調理魔法によって作られた肥料や耕された土からは、これまでに確認されていない魔力が検出されており」
絵や文章を拡大して映す魔道具によって、壁に大きく表示されている絵や文章に誰もが釘付けになって、一言一句聞き逃すまいと耳を傾け、僅かでも説明の邪魔をしまいと音を立てようとせず喋ろうともしない。
これまでに壇上で発表をした人達と違って素人にも分かりやすい説明に、首を傾げていた人達も聞き入っている。
分かり難いと義母上に指摘されて、何度も内容や表示する絵と文章を練り直した甲斐があったな。
「この肥料や土には豊富な魔力と養分が備わっていて、あのドライアドが移住を申し出るほどのものです」
滅多に人前に現れないドライアドが移住を求めてきたと知ってか、静まり返っていた人々がざわつきだす。
これを聞いてよからぬことを考えそうな輩が出そうだけど、遅かれ早かれバレることだ。なにせうちの領内じゃ、ドライアド達が当たり前のように歩き回ってるんだから。大半がヒャッハー状態で。
「続いてはこの肥料や土を用いた田畑で育った作物についてです」
しかし、こんな大舞台なのにケルムさんは落ち着いてるな。
別れるまでは緊張していたから、仕事をしていない時のユリスのように転んだり噛んだり、言葉がつっかえつっかえにならないか心配していたけどいざとなったら肝が……いや、そんなことはなかったか。
「ケルムさん、表情と喋りは普段通りですけど緊張で膝が震えてますね」
隣のセリカが言う通り、ケルムさんは上半身こそ平常だけど下半身が緊張して膝が震えている。
なんて器用かつ独特な緊張表現なんだ。それでいて転ばないとか、どういう理屈で直立して歩行しているんだろう。
パッと辺りを見渡すと、義母上とユリスがハラハラした様子で見守り、コーギー侯爵とレトリバー辺境伯は苦笑いを浮かべ、トウカは口を押えて笑いを堪えている。他の反応はともかく、トウカは笑うんじゃない。
「あれはどういう状態なんでしょうか?」
周囲の邪魔にならないよう、身を寄せて小声で尋ねるセリカがかわいとおしい。あと存在感抜群の胸がポヨンと当たってるのも、ありがとうございます。
「研究者としての意地で、上半身だけ気合いで耐えている……とか?」
「だとしたら、器用な耐え方ですね」
全くだ。うんうんと頷いている間も説明は続き、やがて終了してケルムさんがホッとした様子で一礼するとこれまで以上の拍手が響き渡り、再びケルムさんはビクリとする。
驚いた様子で辺りを見渡した後、愛想笑いをしながらペコペコしているうちに質疑応答へ移ると、いくつも手が挙がる。
それを司会者の男性が指して質問が飛ぶと、膝の震えが止まったケルムさんは必要な資料を改めて魔道具で映し、落ち着いた口調と様子で詳細な説明をする。
特に驚かれたのが発見の経緯と現状の説明で、発見の切っ掛けであり開拓作業を主導しているのが期待を裏切った欠陥品と評した俺とあって、大きなざわめきとどよめきが起きた。ざまぁみろって感じで、なんかちょっといい気分だ。
中にはコーギー侯爵が言ったように、嫉妬に染まった表情で言いがかりに近いことを言った研究者もいたけど、それにも落ち着いて対処して研究者の方が失笑を受けた。
「本当に出ましたね、ああいう方」
「あの人、これからどうなるだろうな」
大きな成果を発表されて嫉妬したとはいえ、黙っていればいいのに無様を晒したんだから、当分は笑い者扱いだろうな。まっ、自業自得ってことで。
やがて時間の関係で質疑応答が切り上げられると、たくさんの拍手を浴びながら何度も頭を下げて壇上から降り、退場した。その際にちょっと躓いたけど、どうにか転ばずには済んだ。
「ユリスさんなら確実に転んで、オデコ打ってたッスね」
「……否定できません」
後ろの会話は気にしなくていいとして、問題はこれからだな。
今回の発表を見聞きした貴族の連中や研究者が、どう動いて来るか。
「義母上、この後で近づいて来るであろう方達についてですが……」
セリカとは逆隣に座る義母上へこの後のことを相談しようとしたら、ニッコリと笑みを見せた。
「そこは私達に任せなさい。コーギー侯爵様もレトリバー辺境伯様も手伝ってくれるし、シオンはそれを見てあしらい方というものを学びなさい」
おぉ、頼りになります義母上様。そんなあなたに痺れます、憧れます。それと胸を張った際に圧倒的存在感の胸がだっぷんと揺れたのが誠に眼福です、心からありがとうございます。
その後も発表は続いたけど、ケルムさんの発表の印象が強かったせいか有益な研究の発表が行われても盛り上がりに欠け、それはそれで壇上の研究者達はやり辛そうだった。
やがて全ての発表が終わって閉会式へ移ると、すぐに人が集まって来るだろうから覚悟しておくようにと、コーギー侯爵から言われた。
そしてそれは閉会式が終わるやいなや現実になる。バーナード士爵家の人間が誰なのかは知らずとも、推薦人であるコーギー侯爵の下へ人が集まって来て、その中に俺が婿入りしたのがバーナード家だと覚えてる人がいたものだから、移動も難しいほど人が群がる。
「コーギー侯爵様、是非あの研究成果についてお話を」
「シオン君、覚えているかな。私はハスキー子爵家当主の」
「お嬢さん達はバーナード家の関係者かい? ご当主の方に渡りをつけてほしいのだが」
「レトリバー辺境伯様!? 何故、あなたまでこの場に?」
なんかもう収拾がつかなくなってきた中、コーギー侯爵が手を叩く。
音が会場内へ響き渡ると、周囲の騒がしさはあっという間に収まった。
「皆、気持ちは分かるが落ち着きたまえ。この場でなくとも、話す場は後に控えている」
「お話はその場で聞きますので、どうかこの場は収めてください」
「貴殿らも貴族の当主やその関係者や有名処の研究員ならば、場を弁えた行動くらいできるでしょう?」
怒りを表現するようにコーギー侯爵が強めの口調で呼び掛け、それに続いて義母上が波風を立てないようやんわりとした口調で訴え、最後にレトリバー辺境伯が問い掛けるように彼らの最大の武器である身分と立場を突く。すると、誰もが黙って不味い表情を浮かべて鎮まった。
なるほど。地位が高いコーギー侯爵とレトリバー辺境伯は強めに訴えて、地位が低い義母上はいかに相手を刺激しないようにするか、ということか。
だけどコーギー侯爵やレトリバー辺境伯のように、高い地位の人が傍にいる時はこれで有効だろうけど、いない場合はどうするんだろう。それはこの後のパーティーで……いや、傍にいるように言っていたからそれはないか? いやいや、離れた隙にってこともあるし……。
「何をしてるのシオン、行くわよ」
「あっ、はい」
考え事をしている間に周囲が引いて、義母上達が移動を始めていた。
慌てて後を追い、考え事についてはパーティーで実際に見聞きして学ぶことにした。
そうしてロビーへ出てケルムさんを待っていると、周囲から注目されて話しかけるタイミングを計られている。
さっきのことがあるから誰も寄ってこないけど、きっかけがあれば詰め寄ってきそうだ。そんな雰囲気に怯えたセリカが腕を絡めてきて、存在感抜群の胸の谷間に腕がプヨンと埋まってポヨンとした感触が伝わってくる。良い、実に良い。
「旦那様、これが王都の貴族なのですか?」
「そうだ。領地運営している貴族とは違って互いの距離が近いからこそ、乗り遅れまいと待ち構えて、付け入る隙を伺っているんだ」
ポヨンポヨンとした腕への感触を堪能しつつ、表情には出さずに小声でセリカと話す。
幼い頃からこういう空気の中で育ったからこそ、向こうが待ち構えて窺っているのが分かってしまう。
貴族としてこうした気配に敏感なのは悪くないんだろうけど、何度晒されても良い気分はしない。調理魔法を授かってバーナード家へ婿入りして、こうした視線や雰囲気からは逃れられたと思ったのに、また晒されるとか面倒だしうっとおしい。
「すみません、ちょっと、通してください。あっ、領主様~」
人ごみの中を掻き分けてケルムさんが現れた。
どんな目に遭ったのか、せっかく整えた髪や尻尾の毛がボサボサになって弱り切っている。
「お疲れさま、ケルム。大丈夫?」
「きゅうぅぅん、大丈夫じゃないです。発表が終わって控室へ戻った途端に囲まれて、あれこれやと質問の嵐。もうクタクタですぅ……」
フラフラと義母上へ歩み寄るケルムさんが倒れそうになり、義母上に受け止められて圧倒的存在感の胸に顔が埋まった。なんて羨ましい。
腕に伝わるポヨンポヨンとした感触はとても嬉しい。だけど顔が埋まった瞬間のだっぷぅんとした揺れと、ケルムさんが味わっているであろう、パフパフとした感触は羨ましいと言わざるをえない。そして周りの男共、人の義母上の胸元におぉって反応してるんじゃない。
「相当お疲れね」
「くうぅん。緊張が解けたのもあって、フラフラですぅ。しばらくの間は研究もせず、サミー君にお世話されながら自堕落な日々を送りたいですぅ」
「それは止めなさい」
義母上の言う通りだぞケルムさん。
駄目人間生産者のサミーにお世話されながらそんな日々を送った日には、もうそこから抜け出せなくなって、永久にサミーのお世話という底なし沼に沈み続けるぞ。というか、既にそうなりかけてるし。
「パーティーまではまだ時間がある。少し外へ出て休もう」
さりげないフォロー、ありがとうございますコーギー侯爵。
疲れ切っているケルムさんはユリスが肩を貸し、注目し続ける人ごみをトウカが先頭になってかき分けて進み、どうにか会場から出ることができた。
「わふぅ。やっと落ち着けそうです」
外に出れたケルムさんはホッとしているけど、周りはまだこっちを窺っている。
こっちの気分を害さないよう、距離を取って知り合いと雑談しながら接触のタイミングを待ち続けている。
「……辺境でしか生きていない私には、全く理解できない世界だわ。ああして様子を窺っているのすら、こちらの気分を害していると気づかないのかしら?」
「あれぐらいでないと、他を出し抜けないからですよ」
領地運営をしているなら、近隣の領主と寄親に気を遣っていればいい。だけど大勢の貴族がいる王都では気を遣うだけじゃなく、いかに敵対する派閥や家や相手を出し抜くか、いかに地位が上の人物に評価されるような成果を出せるかという、利益や地位を巡った醜い争いが行われているから、必然的にその渦中にいるああいう連中は機を逃すまいと躍起になる。
王都にいた頃、俺に気に入られようとしていた連中も、本当にうざったくて面倒だったよ。
「安心してください。ああいう奴らには、現実を分からせるのが一番です」
「ゴルデン殿の言う通りだ。意図してそうなった訳ではないが、既に布石は整っている。そうだろう、リーチェ殿」
「ふふっ、そうでしたね」
わー、なんか腹黒い笑みを浮かべてるのに、義母上もコーギー侯爵もレトリバー辺境伯も頼もしい。
こうして見てると、感極まって抱きしめてきたり家族の団欒と言って湯浴み着姿で風呂へ突撃してきたりしている義母上も、代理とはいえ貴族の当主なんだなって実感する。
こういう姿も学んでおいた方がいいのかな?
「あっ、いたわ。シオン君」
おっと、ここでスフン義姉上の登場か。
様子見をしていた貴族達が、先を越されたって表情をしてる。
使用人を伴ってノッシノッシと歩いてきたスフン義姉上は、目上の義母上達へ一礼した後に話しかけてきた。
「さっきの発表だけど、凄かったわね。調理魔法であんなことが出来るなんて知らなかったわ」
「俺もですよ。ちょっとした軽い気持ちで試したら出来たって感じです」
「だとしても、あれだけの効果が出ているのは大したものよ。十分、誇っていいわよ」
いやぁ、それほどでも。
なんて言えるほどでもないか。授かったのが調理魔法でなかったら、あの時に好奇心で試していなかったら、今でも発見されずにいたんだから。
「偶然の発見ですよ。運が良かったんです」
「運も実力の内よ。だけどこのことを、うちの人は面白く思わないでしょうね。シオン君が家を出た後、シオン君への心無い言葉を口にしていたくらいだもの」
だろうな。スフン義姉上が溜め息を吐く気持ちも分かる。
まだ勝手かつ一方的な期待を寄せられていた頃から、俺を見る度に忌々しい様子で睨んできてたからな。
「それと、この件を知ったお義父様が掌を返してくるでしょうけど、大丈夫なの?」
あの父親だからな、それも確実にあるだろう。
「心配はいらないわよスフンさん。仮に家族だからと何かを要求しても、こっちは正当な手段でそれを退けられる状態だから」
それってさっきの、意図せずして整った布石ってやつか?
「あら、そうなのですか。ではあちらで様子を窺っている方々への対処も大丈夫そうですね」
「ええ、問題無いわ」
「それを聞いて安心しましたわ。バーナード士爵様、どうか今後も義弟のことをよろしくお願いします」
まるで本当の姉のように頭を下げるスフン義姉上に、義理ではなく本当に彼女が姉だったらと思ってしまう。
「勿論よ。彼は今後の発展に必要不可欠で、うちの大事な後継者だもの」
「我々も後押しをするから、心配しなくていいよ」
「その通りです。彼とは今後も長く付き合っていきたいですからね」
義母上に続いて、コーギー侯爵とレトリバー辺境伯が後ろ盾になることを表明した。
それが利益目的だとしても、心強いことには変わりない。
「ありがとうございます、コーギー侯爵様、レトリバー辺境伯様。それじゃあシオン君、私はこれで」
「この後のパーティーには出席しないんですか?」
「だってこの体だもの。お酒も飲めないし、あまり長々と外に出て体に障ったら大変じゃない」
ああ、そうだった。今は妊娠中だから無理は出来ないし、そういう理由なら出席しなくともお咎めは無いか。
「失礼しました。ではスフン義姉上、どうかお気をつけて」
「ええ。セリカさん、シオン君と仲良くね」
「はい」
最後にもう一礼したスフン義姉上がノッシノッシと引き上げていく。本当、実の姉じゃないのが残念だと改めて思うよ。
さて、もうそろそろパーティーの時間かな。そう思った直後に、パーティー会場の準備が整ったと係員が声を上げた。
スフン義姉上を切っ掛けに話しかけようとしてきた貴族達が出鼻を挫かれ、渋々会場へ移動する。くくくっ、残念でした。
*****
パーティーは発表会を行った建物の別の階で開かれた。
乾杯が終わったら早速貴族達が近寄ってきて、順番に挨拶をしにきた。
挨拶をする相手はコーギー侯爵かレトリバー辺境伯だけど、そこから義母上や顔見知りの俺へ声を掛けて来て、早くしろという後ろからのプレッシャーも気にせず、目に金を浮かばせながらケルムさんの発表を褒め称え、何かしらの繋がりを得ようとお茶会や食事会へ誘ってくる。
そんな相手を義母上達があしらう様子を、今後の糧にするためにしっかり観察する。
「バーナード士爵、どうか現在行っているという開拓に、我が家も協力させてもらえないか?」
大体があいさつやちょっとした誘いで済ます中、遂に踏み込んできた家が出た。
相手はダルメシア子爵家。よほど介入する自信があるのか、胸を張って強い口調で尋ねてくる。その自信の理由は前に俺へ擦り寄っていたのと、娘を妻にどうかと勧めていたからだろう。掌を返したくせに。
「シオン君も、私とは知らない仲ではないだろう? どうだろう、協力させてほしい」
確かに知ってるけど、ただそれだけでしかない。むしろ調理魔法を授かったら掌を返されて、知り合いから顔見知りに後退したくらいだ。
「私に決定権は無いので、返事はしかねます。義母上、どうでしょうか?」
「申し訳ありませんが、そのお話はお断りさせていただきます」
話を振った義母上にあっさりと断られて、ダルメシア子爵は驚いている。
「な、何故でしょうか?」
彼の問い掛けに他の貴族達も知りたそうにしている。
理由次第では動きを変えるため、少しでも情報を仕入れたいんだろう。
「何故とおっしゃられても、うちの領地は小さいのでレトリバー辺境伯家とコーギー侯爵家からの支援だけで、十分に開拓が可能なんです」
義母上の言う通り、その二家の支援で開拓は十分可能だ。
しかも育った作物の販売で大きな収入が入りつつあるから、いずれはその支援すら不要になるかもしれない。
小領だからこその理由に、数人の貴族が悔しい表情を浮かべる。
「いやしかし、今後を見据えて人手が」
「文官はコーギー侯爵様が手配してくれましたし、武官は傭兵をしていた妹がいるので大丈夫です。両家の開拓支援団が滞在しているうちに、領民から募った文官候補と武官候補を育成する計画ですから、今後の心配もありません。それに噂を聞いて移住してくる方々がいて、徐々に領民が増えているので人手は十分にあるんです」
きっぱりと言い切って後に続く言葉を封じた。
立場や地位が下とはいえ、不要なことは説明を添えてきっぱり断るべきと……。
「そ、そもそも何故その二家なのですか?」
「寄子が寄親を頼るのは、当たり前のことじゃないですか。それにコーギー侯爵様は娘婿であるシオンを紹介していただきました。彼の手によって発展の切っ掛けを得られた以上、紹介者であるコーギー侯爵様に配慮するのが貴族としての礼儀ではないでしょうか?」
「うっ……」
寄親と発展の切っ掛けとなった娘婿の紹介者。これらの点を利用した貴族の礼儀を盾にされ、ダルメシアン子爵はぐぅの音も出ない。
「ですが貧しい当家がこの二家へ協力を申し入れるため、だいぶ利権を融通しましたわ。二家分を合わせてだいぶギリギリですが、法の範囲内でなんとかなりました」
「むぅ……」
えぇっと確か義母上からの教えだと、領地持ちの貴族は他家へ利権の融通をできるけど、法で定められている以上はできないんだったな。
領地はその家に対して国から贈ったものだから、あまり手放し過ぎると何のために贈ったか分からないし、かといってそれを使わなきゃ先立つ物や他家への助力を求められない場合もあるから、融通できる範囲が法で定められている。
実は今回義母上はそれのギリギリより、やや余裕を残して両家へ利権を融通している。でないと、何かあった時に困るから安全マージンとして残しておいたらしい。
だいぶギリギリと言ったのは、利権目当ての貴族達に目を付けられないようにするための虚言だろう。実際、利権目当てだった貴族連中の悔しがっている。嘘も方便だ。
「で、では、当家の娘を……」
「あら? うちは士爵家で、直系は娘婿のシオンではなく一人娘のセリカですよ? そこへ子爵様のご息女が?」
「あっ……!?」
はいアウト。直系が俺だったら降嫁という形で嫁入りさせられるけど、直系はセリカだ。
そのセリカが正妻でなければならない以上、妻の序列に影響が出る準男爵以上の家から妻を娶ることは好ましくないし、無視して慣習破りをして貴族社会で孤立する訳にもいかない。
だからこそ、コーギー侯爵とレトリバー辺境伯は妾としてユリスとトウカを寄越したんだから。
せめて娘を送って繋がりを作ろうと思ったんだろうけど、残念でした。
「そ、そうでしたな。ハハハッ、これはうっかりしてました、申し訳ない」
赤面しながらそう告げるダルメシアン子爵は、諦めて引く選択肢を取った。
この場合、それしかないよな。そうすれば、この場でちょっと笑い者になるだけで済むんだから。
「いえいえ、誰でもミスはありますから気にしませんわ」
「では私はこれで、ハハッ、ハハハハハッ……」
渇いた笑いを零しながらダルメシアン子爵は退散し、がっくりと肩を落とす。
ところが次に挨拶をしに来たプドル男爵は、今のやり取りを聞いていたからか挨拶の最中にこう言い出した。
「ところでバーナード士爵。私には庶子の娘がいるのだが、彼にどうだろうか?」
要は庶子の娘を妾に、ということだろう。
妾だからプドル男爵家を優遇して開拓に参加させる必要は無いけど、せめてもの繋がりってことかな。
「そうおっしゃられましても、今後も長く付き合うためにとレトリバー辺境伯様からはこちらのユリスを、コーギー侯爵様からはこちらのトウカをシオンへ送られているのです」
義母上の紹介で、後ろにいるユリスとトウカが頭を下げて礼をする。
「えっ? そう、なのですか?」
「本当ですよ。ユリスは私が後継者とした長男の庶子でしてね」
「トウカは先代である父上の庶子と家臣の間に生まれた娘だ」
「ぐっ……」
寄親であるレトリバー辺境伯は後継者の庶子であるユリスを、コーギー侯爵はレトリバー辺境伯への配慮をして、先代の庶子と家臣の間に生まれたトウカを寄越した。
そうなれば三人目は、トウカよりもさらに一代以上離れた子でなければならない。要するに庶子の孫だ。
無視することもできるけど、コーギー侯爵ほどの大物が配慮をしているのに、爵位も地位もさほどではないプドル男爵が配慮をしないのは拙い。自分の庶子を妾に差し出すなんて、もってのほかだ。
「聞いての通りですので、実の庶子は避けておいた方が良いと思います」
「そうでしたか。知らぬこととはいえ、大変失礼しました。今のは戯言として、聞き流していただきたい」
「ええ、構いませんわ」
焦って汗を拭うプドル男爵に、分かったらさっさと去れと言いたげな笑みで義母上が了承すると、プドル男爵はではこれでと言い残して去って行った。
しかしそういうことか、これが意図せずして整っていた布石か。
金も人手も足りていて狙うべき利権は二家の無く、繋がりを得ようにも妻は同じ士爵家でなければ送り込み難く、妾すらも二家に配慮して二代は離れている子か平民でなければならない。完全にとは言えないけど、確かにこれなら付け入る隙はほとんど無いな。
配下の士爵家の子を送り込んでも自分達には直接的な益が出ないし、庶子から二代も離れた子なんてそうそう消息も掴めないだろう。
「旦那様、後ろの方に並んでいる方々が」
今のやり取りで妾も駄目と分かったからか、列に並んでいる人達の大半が離れていく。
残った人達も、せめてもの接触にと挨拶をする程度で去っていく。
「現金な方々です」
「目の前の利益を得られなければ、貴族なんてこんなものさ」
それに比べれば、今は駄目でも後のために挨拶をしていく人達はしぶとそうだ。
あと、何気に並んでいて挨拶もそこそこに、ケルムさんに話しかけている研究者達も。
「きゅうぅぅん。サミーくぅん……」
研究者からの質問攻めに疲れたケルムさんが泣き言を口にしてる。頑張れ、帰ったら丸一日ぐらいならサミーにお世話されて慰めてもらっていいし、なんなら婚約もさせてあげるから。




