学会へ挑む
結論から言おう。美味い、本当に美味い。
さすがは侯爵家の料理人だけあって、うちの領地で採れた作物やそれで作った調味料を上手く使いこなしている。しかも素材や調味料の味に頼ることなく、互いが互いを殺さずに引き立て合ってさらなる美味を生み出すのは、料理人の腕があってこそのものだ。
分かってはいたけど、サミーより遥かに腕が良い。
そのことを褒めたらコーギー侯爵からは、この食材のお陰で五男と三女の野菜嫌いが治ったとか、珍しい調味料に料理人達が刺激を受けたと教えてくれた。
お陰で夕食会は終始和やかな雰囲気で進み、今は二組に分かれて歓談をしている。義母上はコーギー侯爵とその奥さん達と喋っているけど、内容が王都のファッションやあの紅茶の味わい方についてだったりと、話に加われず蚊帳の外なコーギー侯爵が寂しそうにコーヒーを飲んでいる。
それとは別に俺とセリカは、コーギー侯爵家の子達と長男の奥さんと歓談中だ。
「いやあ、辺境に婿入りするって聞いた時はちょっと心配したけど、元気そうでなによりだよ」
爽やかな笑顔で喋るのは、コーギー侯爵家の長男で跡継ぎ候補のジョン・コーギー。
彼とは比較的友好的な関係を築いていたと思っていたのに、調理魔法を授かってからは疎遠になっていた。それでも今はこうして親交を深める場にいるんだから、そのことを引きずらずにおく。
うちは侯爵家の支援や後ろ盾が欲しくて、向こうはうちで発見された調理魔法の可能性や発展における利権が欲しい。そうした双方の利益のため、余計な事は口にしないのが大人の対応で、大人の付き合いってやつだ。
特に俺とジョン殿はいずれ家を継ぐ身同士、長い付き合いになるんだから変な意地を張らないのが賢明だろう。
「ジョン殿こそ、お元気そうでなによりです」
内心は複雑だけど、口には出さず笑って会話を交わす。
「お兄ちゃん、久し振り」
「会いたかったよ」
「大変遅くなりましたが、ご結婚おめでとうございます」
「おめでとうございます」
コーギー侯爵家の四男のラックと五男のロイド、そして次女のレイクと三女のミレイ。この四人はまだ幼くて貴族特有の思惑とかを理解せず、まるで実の兄のように慕ってきていた。
今も利益とか利権なんて思惑を一切感じさせない、キラキラした目をこっちへ向けてくれている。まあ若干二名ほど、我が極愛の妻と義母の胸元へ邪な視線を向けてくれたが、若気の至りだと思って見逃してやろう。
「ああ、ありがとう」
「とても可愛らしい奥さんですね」
否定しないが、あれでも俺の一つ年上なんだぞ。
「お兄さんと奥さん、とても仲が良いのですね。さっきのは驚きました」
うん。さっきの夕食会で酔っ払いセリカが降臨したものだから、そのあまりのかわいとおしさに負けて愛でてしまった。
周囲はきょとんとしていたけど、そんなの関係無い! そこにかわいとおしいセリカがいたら、愛でたくなるんだよ!
「おっきかったし……あだっ!」
四男のラックが頬を赤くしながらポツリと呟いたら、次女のレイクと三女のミレイに頭を引っ叩かれた。
よくやった。危うく俺がやってしまうところだったぞ。
なお、そのセリカは酔って眠りそうになったため、ユリスとトウカの手によって部屋へ運ばれている。
「おまけにトウカを妾に貰うことになるなんてね。初めて聞いた時は、驚いたわ」
ポワポワという擬音が合う雰囲気で笑みを浮かべる、ジョン殿の奥さんのエリゼさん。
この人は貴族的なことは全てジョン殿に任せて、自分は仲良くしたい人と仲良くするってスタンスを取っているから付き合いやすい。
運よくその対象に選ばれて、ジョン殿が他家の人と話している時は楽しく話させてもらった記憶がある。あくまで友人としてな。
「婿入りの話を聞いた時は、こういうことになるとは思いませんでしたよ」
辺境で妻と二人、慎ましく暮らしていくのかと思っていたよ。
「でしょうね。普通はそう思いますよね」
「それがこうなるとは、人生とは分からないものだな」
うんうんと頷いているジョン殿だけど、一度は疎遠になったのにどの口が言うか。
「お兄ちゃん、向こうでの話聞かせて」
「バーナード領って、どんな感じなんですか?」
「そうだな……」
未成年四人組に話を求められ、チビチビと酒を飲みつつ向こうの話をする。
トウカのような鬼族を家臣に据えているだけあって、他種族のことを話しても嫌がる様子は無く、むしろ知らない種族のことを聞いて興味深そうな様子を見せている。ただ、やっぱりまだ子供なだけにフィンレッグシャークの話では竜人族の強さに興奮していた。
そんな微笑ましくも大人の付き合いをした翌日、レトリバー辺境伯が正妻と孫夫婦を連れて挨拶に来た。
領地には息子夫婦に任せ、今後長い付き合いになるであろうということで、孫夫婦を連れて来たとのことだ。
「ゴルデン・レトリバー辺境伯の孫に当たります、シバイ・レトリバーです。こちらは妻のチワン・レトリバーです」
「初めまして」
緊張した様子で自己紹介をした孫夫婦はシバイ殿が十三歳でチワンさんが十五歳と、年齢が近くて親近感が湧く。
三家での宴は後日行う予定だから、今回はお茶会形式で話し合いが行われ、年齢の近い俺とセリカとジョン夫婦がシバイ夫婦との話し相手となった。話し相手が年齢の近い相手とあって緊張が和らいだようで、徐々に表情と口調から硬さが抜けていく。
特に女性陣は早くも意気投合している。
「へぇ、清掃魔法がお洗濯に使えるのですか」
「ええ。旦那様の調理魔法使い方に倣って、別の使い道を模索して辿り着いたのですが、染みも汚れも綺麗に取れて真っ白になりますよ」
「まあ素敵。帰ったら使用人に伝えてみますわ」
ポワポワした雰囲気のエリゼさんと、表情がコロコロ変わって楽しいチワンさんと、かわいとおしい我が極愛の妻セリカ。
そんな三人のやり取りにジョン殿は微笑み、シバイ殿はだらしない笑みを浮かべている。ちなみに、俺は俺でセリカを愛でたい衝動に駆られながらもそれを押さえている。
「エリゼの奴、楽しそうだな。さすがは私の妻、美しい笑顔だ」
「やっぱり同年代の女性と話すと楽しいのかな。いつも素敵なチワンの優しい笑みが普段以上に素敵だ」
「あんな可愛くて愛おしい笑みができるなんて、今日のセリカはいつもより素敵だ」
思わず口にした三者三様の発言に、俺達は互いに顔を見合わせる。
「いやいや、何を言う。見ろ、エリゼの美しい笑みを。あれこそ正に、この世に降臨した女神だぞ」
「いやいやいや、何を言っているんですか。あのチワンの優しい笑みを天使と言わず、なんと言うんですか」
「いやいやいやいや、違いますよ。セリカの可愛く愛おしい笑みは、この世という範疇に収まりません。この世を超越する笑みに、勝るものはありません」
バーナード領産の紅茶が入ったカップを置いて睨み合う。
「己が妻が一番だという気持ちは分からんでもない。だが、エリゼの美しい笑みの良さが分からないようだな」
「何を言うんですか。チワンの天使の如き優しい笑みの良さが、分からないんですか」
「そうですか、セリカの可愛くて愛おしい笑みはあまりにも人知を超越していて、お二人には理解できないのですね」
腕を組んで頷きつつ平静を装って笑みを浮かべる。
気取った笑みのジョン殿と、口の端がヒクついているシバイ殿と目が合い、しばし睨みあう。
「貴様らの目はボンクラか」
「あなた方の目は腐っています」
「お二人の目は分厚い雲によって曇っているのですね」
そのまましばし黙って睨みあう。
徐に紅茶を手にして一口飲むと、二人も同じく飲んだ。
「私の妻は究極的に美しい存在だ」
「僕の優しい妻は至高の存在です」
「超越した可愛さと愛おしさを兼ね備えた存在である俺の妻は、究極や至高なんて表現を軽く越えています」
お互い譲る気が無いのは確認した。揃って笑みを浮かべてカップを置き、静かに立ち上がる。
どうやら向こうもその気のようだな。いいだろう、開戦だ!
「よかろう! 貴様らが分かるまで、いくらでも語ってやろうではないか、我が妻の美しさを!」
「僕の妻の溢れ出る優しさを理解させてやりますよ!」
「お二人の魂に刻まれるほど、俺の妻の可愛さと愛おしさを聞けええぇぇぇっ!」
「「「爵位も年齢も関係無い! 己が妻こそが最高だと教えてやる!」」」
さあまずは手始めに。
「あの、旦那様」
「なんだユリス、今から俺達は男として引くわけにはいかない戦いを」
「その戦いの対象にされている奥様達が……」
えっ?
指摘されてセリカ達の方を見ると、全員の顔が真っ赤になっていた。
「あなた、嬉しいです。とても嬉しいのですが……」
「これ以上は恥ずかしいです、シバイさん……」
「だんにゃしゃまぁ……」
両手で真っ赤な顔を覆うエリゼさん、俯いてモジモジするチワンさん、そして両手を頬に添えて蕩けた表情のセリカ。
そんな妻達の様子に俺達は戦意が失せ、自然と表情をほころぶ。
「いいな」
「いいね」
「いいですね」
どうして競いだして、何で競おうとしたのかなんて、もうどうでもいい。
妻を愛でる者同士、この瞬間に妙な友情が芽生えた気がした俺達に、義母上とコーギー侯爵とレトリバー辺境伯は若いなと言いながら、生暖かい視線を向けていた。いいじゃないか、実際若いんだから。
そんな一日を過ごした翌日、いよいよ学会当日を迎えた。
*****
コーギー侯爵と学会の会場へ到着すると、参加者と関係者が大勢集まっている。
身だしなみをユリスによって整えられ、正装を纏ったケルムさんはとても緊張しており、何度も深呼吸を繰り返してる。
「ひっひっふー」
何故かシードに教わった、ドライアド流の深呼吸で。
「大丈夫よ、ケルム。途中でドジっても、ちょっと笑われるだけなんだから」
「そうですよ。発表が終われば、注目の的です」
「きゅうん。それはそれで緊張しちゃいます」
逆にプレッシャーを掛けてどうするんだと思っていたら、周囲からヒソヒソとした声が聞こえてきた。
どうやら話題になっているのは、俺のようだ。
「おい、あれって確か」
「ザッシュ男爵家の」
「ああ、散々期待させておいて裏切った欠陥品だよ」
「寄親に利用されて、辺境へ婿入りさせられたんじゃなかったのか?」
「なんでこんな所にいるんだ」
声のする方へ視線を向けると、勝手かつ一方的な期待をしていた連中がいた。
他にも見知った顔が何人かいて、俺を見るやひそひそと陰口を叩いている。
裏切ったもなにも、そっちが勝手に期待して勝手に失望しただけだろう。どうして調理魔法を授かったってだけで、俺を悪者扱いするんだ。掌返しするだけならともかく、文句や陰口を言われる筋合いは無いぞ。
「言わせておけばいいッスよ、旦那様」
「そうですよ。どうせケルムさんの発表が終わったら、また掌返しするに決まってますから」
トウカとユリスの言う通りなんだろうけど、だからこそ余計にイラッとする。
あっさり見限ったくせに、またすぐすり寄る嫌な逞しさは貴族らしい。でも、される側は不快でしかない。
「おいあれ、一緒にいるのはコーギー侯爵じゃないか」
「ちっ、欠陥品のくせに良い女達を連れやがって」
「馬鹿、ありゃ侯爵様の女に決まってるだろ」
「でけぇの持ってるじゃねぇか」
よし、不快な視線がセリカと義母上に向けられているのも確認した。掌返しをして擦り寄って来ても、絶対に許さない。支援を申し込まれても、バーナード士爵領は小さいからコーギー侯爵とレトリバー辺境伯の支援で十分だし、技術を学ばせてほしいと言われたら相場より高い謝礼をふんだくってやろう。
と言っても俺にそんな決定権は無いし、実行したとしても、それで仲が険悪になって余計なことをされるのも厄介だから、後でそれとなく義母上とコーギー侯爵とレトリバー辺境伯に話ておこう。
「あら? シオン君じゃないの」
うん? 今の声はスフン義姉さん?
「まあまあまあ、こんな所で会うなんて奇遇じゃない。王都に来ていたのね」
女性使用人を二人連れ、笑顔でのっしのっしと歩み寄って来たのは、やっぱり兄嫁のスフン義姉さんだった。
……前より丸くなったのは、絶対に指摘しないようにしよう。
「おや、君は確かザッシュ男爵家の」
「これはコーギー侯爵様、お久し振りです。ザッシュ男爵家が長子、ブルド・ザッシュの妻のスフン・ザッシュにございます」
見た目で勘違いされがちだけど、スフン義姉上は礼儀作法についてしっかりしていて、今もそれに則って自分から名乗って礼を取っている。
「うむ、久し振りだな。子を宿したと耳にしたが、出歩いていいのか?」
えっ、スフン義姉さん妊娠したの?
「はい。本日は体調が良いので、友人の発表を見学に参りました。念のため家の者もお供をしていますので、ご安心くださいませ」
「そうか。無理はするなよ」
「承知しました。ご配慮いただき、ありがとうございます」
丁寧に礼をするスフン義姉さん。
元々が丸々としていたから分からなかったけど、妊娠してるのか。ということは、前より丸々として見えたのはそれが理由か。勘違いしてごめんなさい。
「旦那様、そちらの女性はどなたですか?」
セリカに尋ねられ、まずはスフン義姉さんを紹介。続いてセリカや義母上を紹介する。
「バーナード士爵様であらされましたか。これは失礼しました」
義母上を紹介したら、スフン義姉さんは慌てて頭を下げた。
「いいのよ。所詮私は、亡き夫の代理を務めているだけだもの」
義母上はこう言うけど、当主代理の義母上と次期男爵家当主予定者の妻じゃ、義母上の方が立場が上だ。
家の爵位はザッシュ男爵家の方が上だけど、その当主でない限りはバーナード士爵家当主代理の義母上の方が上になる。
代理とはいえ当主と、当主の関係者。その間には爵位の差があろうとも立場の差が優先される。
「それにしてもシオン君ったら、こんなに可愛いお嫁さんを貰ったのね」
「可愛いだなんて、そんな……」
いいや、間違いなく可愛い。そして愛おしい、即ちかわいとおしい。
「それに、そちらのユリスさんとトウカさん。使用人と護衛というお話でしたが、傍にいる本当の理由は違うのでしょう?」
「「えっ」」
「うふふ。あなた達がシオン君へ向けている目が、セリカさんと同じ目ですもの。嫌でも気づくわよ」
「「うぅ……」」
なるほど、目か。言われてみればそんな感じだ。何気に鋭いよな、スフン義姉さんって。
おっと、そうだ。妊娠のお祝いを伝えないと。
「義姉上、ご懐妊おめでとうございます。後日、お祝いの品を送らせてもらいます」
「あら、ありがとう」
できれば今すぐにでも渡したけど、何を渡せばいいか分からないし、手持ちで渡せそうなのは「冷蔵庫」に入っている食品ぐらい。
それが渡していい物なのかも分からないから、後で義母上に相談しよう。
「ところでシオン君達は、どうしてここにいるのかしら?」
「先ほど紹介した、バーナード家お抱えの研究者であるケルムさんが、学会で発表をするからです」
「まあ、そうなのね。どんな発表か、楽しみにしてるわ」
さすがはスフン義姉さん、この場で聞くような野暮な真似はしないか。
「スフン様、お体のこともありますので、そろそろ席に向かわれてはいかがでしょうか」
「あら、そうね。では、私は失礼させていただきます。シオン君、後のパーティーで奥さんとのことを教えてね」
「分かりました」
付き添いの女性使用人に促され、スフン義姉さんはコーギー侯爵と義母上に一礼し、約束を言い残して客席を向かった。
それを見届けた俺達もコーギー侯爵が用意してくれた席へ向かい、そこでレトリバー辺境伯と合流。少し待った後に開会式が行われ、それが済んだら順番に壇上で発表が行われる。だけどその内容は、正直言ってよく分からない。
絵や文章を拡大して映す魔道具によって、壁に大きく研究成果を表示して説明がされているものの、その説明の仕方が専門家向けで、同じ研究者やその道に精通していそうな貴族なんかは聞き入っているけど、素人の俺達にはちんうんかんぷんだ。周囲にいるお抱えを探す目的で来た貴族の大半も、首を傾げたり隣にいる人へ分かるかと話しかけていたりしている。
「研究所内ではあれで通じてるから、こうした場の説明でもそうなってしまうのでしょうね」
「ゴルデン殿のおっしゃる通りです。そもそも近年は目立った発表が無いものですから、説明が通じている方々の食指も動かないのですよ」
発表されている内容が分かり難いから抱えることに二の足を踏まれ、分かる人も目立ったものがないから二の足を踏んでいる、ということか。
そんな事情をコーギー侯爵とレトリバー辺境伯の話から知った直後に拍手がして、壇上で発表をしていた研究者が退場する。
さあ、次はいよいよケルムさんの番だ。
「続きましてはコーギー侯爵様の推薦を受けました、バーナード士爵家お抱えの植物学者、ケルムさんの発表です」
一礼して壇上に登場したケルムさんに、犬女かよとか人間もどきがって、種族に対する蔑みが聞こえた。
人前だから小声なんだろうけど、この国じゃ間違いなく問題発言だ。
「ご紹介に与ったケルムと申します。では、私の研究を発表させていただきます」
いけ、ケルムさん。周りの雑音を消して度肝を抜いてやれ。




