再会と今後
「ユリーカ!」
「おう。帰ったぜ姉貴」
「良かった、生きてて本当に良かった」
場所はバーナード士爵家の玄関。
そこで義母上とユリーカさんが抱き合って感動の再会をして、間に挟まれている二人の圧倒的存在感の胸が互いに押し潰しあっている。
あそこに挟まれたら苦しいだろうけど間違いなく幸せだろなと思いつつ、セリカとトウカとサラさんとトルシェさん、そして俺とセリカの手を握りたがっていたから握らせているミィカと一緒にその光景を眺める。
「ママが、もう一人いる?」
目つきとか髪が跳ねているとか違いはあるけど、姉妹だけあって二人は結構似てるから、ミィカが勘違いするのも頷ける。
「違うわよ。あっちはお姉ちゃんのお母さん」
「お姉ちゃんのママ?」
「そう。ミィナちゃんのママの、お姉ちゃんなの」
「お姉ちゃんのママが、ママのお姉ちゃん?」
「そうよ」
なにこの極愛の妻と幼い従妹による可愛い会話のやり取り。
くそっ、なにかないか。このやり取りを永久保存する手段は、なにかないのか!
どうしてその方法が存在していないんだ!
「この馬鹿! 心配かけて。死んだと思ってたのよ!」
おっと、向こうは抱擁を解いて今度は説教か?
「悪かったって。つうか記憶喪失だったんだから、しょうがねぇだろ?」
「そこは気合いでなんとかしなさい! あなた、昔はいつも、いざとなったら気合いでなんとかするって言ってたじゃない!」
義母上、いくらなんでもそれは無茶です。
「気合いでなんでも出来るわけじゃない、って言ってた姉貴がそれかよ」
「いいじゃない、ちょっとくらい文句言っても」
膨れてプイッと横を向きながら組んだ腕に、ノッシリと胸が乗って溢れ出てるように見える。
初めて見る子供みたいな仕草もいいけど、どうしてもそっちへ目が奪われてしまう。
「まあまあリーチェ様、それぐらいで」
「そうですよ。こうして生きて帰ってきたのですから、それでいいではないですか」
ここでサラさんとトルシェさんの援護が入った。
二人に宥められた義母上はそうねと呟き、腰に手を当てて頭を掻くユリーカさんへ向き直る。
「よく生きてたわね、ユリーカ」
「どうにかこうにかな。まあ、男には死なれっちまったけどな」
「でも、その人が残してくれたものがあるじゃない」
義母上がミィカの方へ顔を向けると、小さくビクリと跳ねたミィカは俺の手を放してセリカの後ろへ隠れ、ちょっとだけ顔を出す。
可愛い。将来こういう娘がセリカとの間に欲しい。ユリスやトウカとの間にも欲しい。
「トウカから話を聞いた時は驚いたけど、可愛い子じゃない」
「当たり前だろ。アタシとあいつの子だぜ」
「あの子を見るに、相手の人って虎の獣人だったのね」
「おうよ。そういや言ってなかったっけ」
タハハと笑ってるけど、ミィカのことを手紙に書いてなかったことといい、大事なことを伝え忘れる人だ。
やっぱり豪快なんかじゃなくて、適当な性格なんだな。
「んでよ、今の領地がどうなってるかはセリカとその旦那に聞いたぜ。すげぇことになってんな」
「まあね。お陰で連日仕事で忙しいけど、それはそれで楽しいわ」
「そりゃなによりだ。それと、親父とおふくろと姉貴の旦那のことも聞いたぜ」
「……そう」
領地がどうなっているか、セリカの祖父母と父親がどうなったかは屋敷への道中で説明した。
本当は領地の状況だけ伝えて、他は義母上の口から伝えた方が良いんじゃないかと思ってたけど、親父やおふくろは元気かって聞かれたから答えざるをえなかった。
「わりぃな、そんな時にいなくてよ」
「もういいわよ。それより、挨拶に行く?」
「当たり前だろ、そこまで親不孝者じゃねぇよ」
家を出て行っても年に一度は帰省していたなら、親不孝者とは言えないんじゃないか?
記憶喪失になったとはいえ、音信不通で死んだと思われたまま死に別れたから、そう思うのかな?
「じゃあ行きましょうか。あっ、でもその前にサラとトルシェでユリスを呼んできて。それとシオン達も一緒に行きましょう。どうせなら皆でね」
皆、っていうのは家族全員でってことだろう。
ユリスとトウカは妾だから正確には家族じゃないけど、義母上にとってはそんなの関係無いんだろうな。
そういうことでロイとマルコを引き連れたユリスが合流したら外へ出て、代々のバーナード家の人達が眠る墓へ向かう。
到着したら神妙な面持ちのユリーカさんが進み出て、墓前でしゃがむ。
「帰ったぜ。親父、おふくろ」
両親へ向けて帰ってきたことを告げた。勿論、返事は無い。
「心配かけて悪かったな。だけど、こうして無事に帰ってきたんだから許してくれよ」
そうそう、無事がなによりだ。
でもそれとこれとは別。さっき義母上が怒ったように、向こうで今さらなんだって怒っているかもしれない。
「あいにく夫にするつもりだった男にゃ死なれちまったけど、娘はできてたんだぜ。ミィカ、こっち来いよ」
呼ばれたミィカは、ずっと繋いでいた俺とセリカの手を放し、尻尾をフリフリさせながらトコトコ歩いていく。
「ほら、抱かせてやることはできなかったけど、じっくり見てくれよ」
歩み寄ってきたミィカの肩に手を置き、墓へ向けて話しかける。
そんな様子にミィカは不思議そうな表情で首を傾げた。
「ママ、これなに?」
「祖父ちゃんと祖母ちゃんが、ここで寝てるんだよ」
「お祖父ちゃんと、お祖母ちゃん?」
「ああ。遠くに行っちゃってもう会えないけど、ここにいるんだぞ。ほら、挨拶しな」
まだよく意味が分かっていないミィカは、きょとんとしながらも墓と向き合う。
「お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、ミィカです。初めまして」
両手を腿の辺りに置き、挨拶をしながら頭を下げる。
分かっていなくとも、母親の言う通りに挨拶するなんて良い子だ。
「どうだ? アタシと違って可愛げがあるし、将来はきっと美人になるぜ」
ユリーカさん、何気に親バカ。
確かに可愛げがあるし将来有望だとは思うけど、ユリーカさんも見た目を整えれば結構美人だと思う。だって義母上やセリカが、こんな美人と美少女なんだから。
「姉貴の旦那も、心配させてすまなかった。姉貴もセリカも元気にやってるからさ、安心して見守っててくれよ」
義父上へ向けても謝罪を口にすると、神妙な面持ちを崩して微笑む。
「なあ親父、おふくろ。アタシが出ていくって時に反対していた気持ちが、ミィカのお陰でやっと分かったぜ。記憶を取り戻して帰ってくるまでの旅路で、余計にな」
やっぱり親にならないと分からない気持ちってあるんだな。俺を利用することしか考えていなかった、父親の気持ちは別だけど。
いくら貴族はそういうものとはいえ、あれは悪い形だというのは分かっている。だから、あの父親の気持ちは知りたくない。
「つっても戦うことしかやってきてねぇから、まだまだ剣は捨てられねぇ。だけどミィカがいるし、ここらで腰を落ち着けることにするわ。何をするかはまだ決めてねぇけど、もう根無し草の傭兵は終わりだ」
おお、ユリーカさんここに残るのか。幼いミィカもいるし、それがいいだろう。
「あら、そうなの? だったらちょどいい仕事があるから、後でちょっと話しましょうよ」
「マジかよ姉貴、助かるぜ!」
ちょうどいい仕事? なんだろうか。
思い当たる節が無く首を傾げていると、今度は義母上が墓前に進み出る。
「……父様、母様、今の家族が全員揃ったわよ。私達とその娘達、それとセリカのお婿さんのシオンに、そのお妾さんのユリスとトウカ。正確にはユリスとトウカは家族じゃないけど、そんなの些細な事よね」
「「お館様……」」
本来なら家族に数えられない妾なのに、家族と認めた義母上にユリスとトウカが感動している。
妾といっても所詮は立場であって、自分達が家族と思っていればそれは家族、ということだろう。義母上らしくていいじゃないか。
尤も、そんなことを公言することはできないけどな。
「私とセリカの二人だけになっちゃったのが、今では七人よ。父様と母様とあなたが生きていた頃より、増えちゃったわ。これからもっと増えるけど。ねっ、セリカ、ユリス、トウカ」
「は、はい! 旦那様との子を、頑張ってたくさん産みます!」
たくさん産むと言っても、こればかりは運の要素があるから確約できない。
それにあまりたくさん産むとセリカの体への負担が大きいし、下手をしたら命に係わるからほどほどにしておこうな。
「私、最低でも三人は欲しいです」
指を三本立てたユリスがシレッと希望を口にした。それくらいなら許容範囲内かな。
「押忍! 自分は百人だろうと産んでみせるッス!」
無理無理無理無理。絶対それ体に悪いし、現実的な人数じゃない。いくら鍛えているとはいえ、体への負担が大きすぎて死ぬぞ。
仮に無事産めたとしても、産み終わる頃には何歳だと思ってるんだ。
「ミィカも産むの?」
「ハッハッハッ、ミィカにはまだ七年早いぜ」
その通り、まだ六歳のミィカには早すぎる話だ。
「じゃあママとママのお姉ちゃんが産むの?」
「ハッハッハッ……あんたぁ……」
「あなた……」
ああ、夫や恋人を思い出した義母上とユリーカさんが落ち込んだ。
さすがに相手がいないんじゃ、産みようが無いもんな。
「子供って遠慮がないッスね」
「それが子供というものです」
「お母様、ユリーカ叔母様! しっかりしてください!」
「ママどうしたの? お腹痛いの?」
ミィカ、今はそっとしておいてあげなさい。義母上とユリーカさんは、二度と会えない大事な人との思い出に浸っている最中だから。
「お兄ちゃん、ママとママのお姉ちゃんが変だよ」
「あはは、大丈夫だよ。少し休めば元気になるから」
「そうなの?」
「そうなんだよ」
上目づかいで首を傾げる様子が可愛いらしい。
だけどあくまで妹を可愛がる感覚であって、決してセリカに対して思うような、愛おしさによる可愛らしさじゃない。
だってセリカなら抱きしめて頬ずりしたいけど、ミィカに対しては良い子良い子してあげたい気分だから。
「ならいいや。治るの待ってる」
そう言って離れていき、ロイとマルコと遊びだす。子供って切り替えが早いというか、興味を失うのが早いというか……。
それから少しして、義母上とユリーカさんは復活した。
「ふう。危うく夫が亡くなって間もない頃の、無気力状態に戻るところだったわ」
「同じくあいつや仲間が死んで、絶望感から後を追うか悩んでいた頃に戻るところだったぜ」
どちらも踏み止まってくれてなによりです。
「お館様。墓前への報告も済みましたし、屋敷へ戻って少し休憩しましゅ――」
こんなタイミングで噛むなよユリス。
ミィカとじゃれて遊びながら抱かれているロイとマルコが、心配してきゅんきゅん鳴いてるぞ。
「おいおい大丈夫かよ、オデコっ娘」
「だりぇがオデコっ娘れしゅか!」
君だよ君。転んだり何かにぶつかったりしたら、毎回必ずその開けた額をぶつけているユリスだよ。
ついでに言うと、毎回ぶつけているせいかそこが敏感でもある。特に舐めた際の反応が良い。
「はいはい、落ち着くッスよ。さっ、屋敷へ戻るッス」
「うぐぅ……にゃんでいつもこうにゃるにょよ……」
若干涙目のユリスはトウカに慰められながら、屋敷へ戻って行く。
「私達も行きましょうか」
「だな。じゃあな、親父、おふくろ。また来るぜ」
最後にそう言い残して立ち去る義母上とユリーカさんに続き、俺達も屋敷へ戻る。
『――』
ん? なんだろう、誰かに声を掛けられたような? でも誰にもそんな様子は見れない。
そういえば、前にもこんなことがあった気がする。
えっと……ああ、思い出した。セリカとの結婚を報告に来た時だ。あの時も今のと似た感じがしたんだっけ。
「お兄ちゃん?」
「旦那様? どうかしましたか?」
「ん? ああいや、なんでもない」
本当になんなんだろうな、これ。
……まさかとは思うけど、ご先祖様の霊が彷徨っているとかじゃないよな? 実はそういう系、まったく駄目ってわけじゃないけど苦手なんだよね。
念のため周囲を確認。うん、やっぱりなにもいないな。気のせい気のせい。
*****
場所をリビングへ移し、サミーが淹れる紅茶で一息入れる。
「うはっ、美味っ!? なんだよこりゃ、話にゃ聞いてたがこんなに美味くなるのかよ」
土壌改善する前の紅茶も美味かったけど、土壌改善してからの紅茶はもっと美味い。
以前の紅茶しか知らないユリーカさんが驚くのも当然だ。
「おかわり!」
輝く笑顔でおかわりを要求するミィカは、耳をピコピコと、尻尾をブンブンと動かして美味しさと喜びを表現する。
そんな様子に俺もセリカも義母上も、入り口付近で待機するユリスとトウカもほっこりしている。すっかり懐いたロイとマルコが膝の上で重なって寝ているから、余計にそう感じてしまう。
「ハッハッハッ。紅茶は苦くて渋いとか言って、ほとんど飲まないミィカがこれかよ」
「だって、苦くも渋くもなくて美味しいもん!」
紅茶でこの反応なら、野菜とか米とか食ったらどうなることか。
きっと胃がいくつあっても足りないぐらい、食べ過ぎちゃうんだろうな。
「はい、おかわりお待たせ」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「ぷっ!?」
おかわりを渡したサミーが笑顔でピシリと固まり、吹き出しそうになったトウカが口を押えた。
うんうん、初対面だと間違えるよな。
「あはは、どうも。でも僕は男だからね。お姉ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんだからね」
「「えっ?」」
苦笑いを浮かべたサミーが説明すると、ユリーカさんもミィカも驚きの表情を見せた。
「マジかよ!? てっきり女かと思ってたぜ」
「あはは、よく間違われます」
「えーっ、うっそだー。だってこんなに可愛いのに、お兄ちゃんのはずがないよ」
「ぶっふぅっ!?」
あっさり受け入れたユリーカさんに対し、ミィカは嘘だと断じて信じてない。しかもこんなに可愛いのに、男のはずがないって……。
お陰でトウカが前のめりになって笑いを堪えてるし、サミーの表情は苦笑いのまま引きつってる。あっ、義母上とセリカも笑いを堪えてる。
「そ、そう言われてもね、僕はちゃんと男だから」
「えー。じゃあ、○○○○ついてるの?」
「ちょっ、ミィカちゃん!?」
子供は恐ろしいな。年を取ったら言いにくい単語を、平然と言ってのける。むしろセリカやユリスの方が焦ってるくらいだ。
母親のユリーカさんは……ニシシと笑ってた。
「ついてるよ! 生まれた時からついてるよ!」
そしてサミー、お前は幼女相手にムキになるな。
「そうなんだ。じゃあお兄ちゃんだね。でもお姉ちゃんみたいだから、おにねぇちゃんって呼んでいい?」
「なにその無理矢理くっ付けた感が満載の呼び方!? ていうか、普通にお兄ちゃんって呼んでよ!」
「え~。だってお姉ちゃんっぽいんだもん」
「シオン、この子には理屈が通用しない!」
感情優先の子供に理屈を理解しろっていうのが難しいから。
というか、こういう感情任せ感覚任せの言動が如何にも子供らしくていいじゃないか。
「子供相手に理屈が通用するか。もう黙って受け入れとけ」
「親友が酷い!?」
親友でも出来ることと出来ないことがあるんだよ。
「ハッハッハッ、娘がわりぃな嬢ちゃん。じゃなかった坊主」
「わざと言ってません!?」
今のは絶対にわざとだ。だって表情がニヤニヤしてるし。
「うわあぁぁぁん! この恨みは美味しい食事を用意して、ぎゃふんと言わせて晴らしてやるんだからぁっ!」
よく分からない捨て台詞を残し、内股気味で女っぽく厨房へ走り去るサミー。
そんなだから、おにねぇちゃんなんて言われるんだよ。
「おもしれぇ料理人を雇ってるな」
「シオンの親友なのよ。まだ未成年だけど、良い腕をしてるわよ」
「へぇ、そりゃ飯も期待できるな。どんなのでぎゃふんって言わせる気なんだろうな」
確かにそれはちょっと楽しみだ。
普段の料理でも十分美味いのに、ぎゃふんと言わせる気になったらどんな料理を出すんだろう。
「お料理、どんなの出るの?」
「美味しい野菜料理がたくさんかしらね」
「え~、野菜嫌い」
子供は大体そうだよな。俺とサミーはそうでもなかったけど、実家の肥満兄は昔から野菜嫌いだった。
「大丈夫よ、ここのは美味しいから」
「美味しい野菜なんて、あるの?」
ここにはあるんだよ。しかも、どれもこれも絶品なのが。
「ええ。シオンのお陰で、とても美味しくなったの」
「お兄ちゃんのお陰で? だったら食べてみる」
どういう納得の仕方だ。本当に子供の思考っていうのは分からない。
「ハッハッハッ。ミィカは弟や妹よりも、兄貴や姉貴を欲しがってたからな。兄貴がやったって聞いたら、それでいいんだろ」
それはそれでいいんだろうか。
でもそういうことなら、俺とセリカへキラキラした目を向けたり、手を繋ごうとしてきたりしたのも納得だ。
「ところでユリーカ、あなたへ頼みたい仕事についてなんだけど」
「おう、なんだよ」
あっ、そういえばその話があったな。何の仕事を頼むんだろう。
「領地が賑わってきたから、治安維持のために自警団を作る計画をあるんだけど、その団長をやってくれない?」
「はぁっ? アタシが自警団の団長だぁ?」
おぉっ、それは良い案だ。
集まった人達の中にそういうのが出来る人がいるとは限らないし、現状武官と呼べるのはトウカのみ。かといって若いトウカには荷が重そうだし、そもそもトウカの仕事は俺達の警護だ。自警団との兼任をするのは難しいし、そんなことをさせたら負担が大きすぎる。
その点、ユリーカさんは傭兵団にいたことがあるし、領主である義母上の妹でバーナード家の直系でもある。団長を任せるにはちょうどいい人材かもしれない。
「自警団に入るのはいいけどよ、団長なんてガラじゃねぇぜ」
確かにこの人、団長をやってるよりも好き勝手に剣を振り回せる立場の方が好きそうだし、そういう姿が似合ってると思う。
一緒にその圧倒的存在感の胸も、ぶるんぶるん揺れてそうだけど。
「引き受けてくれるのならここに住んでもいいし、なんなら家を用意してもいいわよ」
「くっ、さすが姉貴だ。根なし草を辞めたいアタシに、家を条件にするたぁな」
「伊達にあなたの姉じゃないのよ」
普通は給料とか待遇で釣るものじゃないのか? いや、家の提供も待遇といえば待遇だけど。
「それに、うち直轄の自警団にいてくれた方が万が一の時、都合が良いのよ」
万が一?
「万が一だぁ?」
「私は夫に先立たれ、セリカにはまだ子がいない。こう言えば、貴族の娘のあなたなら分かるでしょ?」
「ちっ、そういうことかよ」
ああそういうことか。
義母上の子供はセリカしかいなくて、そのセリカと俺の間にはまだ子供がいない。つまりセリカに何かあった場合、義母上とユリーカさんを除けば直系はミィカしか残っていないことになるから、近くに置いておきたいんだろう。
たとえ半分は獣人族だとしても、バーナード家の血が入っている以上はそういう扱いになる。実際、そういった理由で貴族になった他種族は少なくない。
「姉貴よう、まさかミィカを利用したりはしねぇだろうな?」
義母上を睨むユリーカさんの迫力が凄い。
その迫力にセリカとミィカが怖がって表情が固まり、トウカが思わず構えを取り、殺気でロイとマルコが起きてユリーカさんに唸って威嚇する。
だけど義母上は全く動じていない。
「あなたがミィカのことを心配する気持ちは分かるわ。私も母親としてはそんなことあってほしくないけど、代理とはいえ貴族の当主として備えをしておきたいの。ある日突然、夫を病で失った以上はなおさらね。ユリーカもそういう経験をしたんだし、貴族の端くれなんだから分かるでしょう?」
「……まぁな。アタシもそんなこと起きてほしくねぇが、突然男を失ったのは同じだかんな」
病と魔物との遭遇という違いはあれど、義母上もユリーカさんも大事な人を失ったのは同じ。だからこそ気持ちは分かるし、家を出たとはいえ貴族の出である以上は備えておきたい気持ちも分かるんだろう。
俺もセリカを失うなんて考えたくもない。でも何が起きるのが分からないのが人生だから、備えをすべきなのも分かる。
「安心して。そうならない限り、その子がこっち側へ来ることは無いわ」
「その言葉、信じんぞ」
どうやらこれで話がついたようで、二人は揃って紅茶を啜った。
「ママ……? お顔怖いよ?」
「ん? ハハッ、心配すんなよミィカ。ちょっと難しい仕事の話してただけだからよ」
不安なミィカに笑みを見せて頭を撫でてやると、迫力と殺気は消えて皆の表情が緩み、ロイとマルコも大人しくなった。
正直言うと俺もビビッてたからホッとする。
「分かったよ。しゃあねぇけど、万が一の話と団長の件は引き受ける。そん代わり、ここに住ませてもらうぜ。せっかくミィカに兄貴と姉貴ができたんだ、離れて暮らすこともねぇだろ」
「ええ、いいわよ。歓迎するわ」
決断してくれてこっちも一安心だ。
こうなったら後もう、堅苦しい話や難しい話は無しだ。屋敷で一緒に暮らせると知ったミィカが喜び、そのせいで強く抱かれて苦しむロイとマルコが鳴き声を上げ、歓迎の席になった夕食で振る舞われた料理にユリーカさんとミィカが目を見開いて驚いた。
特にミィカなんか、野菜嫌いを公言していたのに甘くて美味しいと言って、野菜たっぷりの料理を次から次に食べていた。
なお、それでもサミーに対するミィカのおにねえちゃんという無理矢理な呼び名は変わることなく、サミーは部屋の隅で壁に手を置いて落ち込むことになった。




