お酒との付き合いは適切に
バーナード士爵家へやってきて最初の夕食。
俺の歓迎会ということもあり、リーチェさんとセリカ嬢は裕福でないながらも出来る限り着飾った衣装を身にまとい、俺も実家から持って来た服の中からこういう場に相応しい衣装を着ている。
俺が入室するやいなやセリカ嬢は真っ赤になり、両手で顔を隠しながらも指の間からこっちを見ては指を閉じて顔を隠し、また開いて見ては閉じて隠しを繰り返す。
その反応自体も可愛らしいけど、着ている衣装も見事だ。
ふわふわな髪と同じくふわっとした感じで、それなのに隠しきれない胸の大きさは存在感があるし、何よりも王都で流行っている無駄な派手さが無いから、セリカ嬢の可愛らしさが引き立っている。
他の人が見たらどういう感想を抱くか分からないけど、俺の目にはとても魅力的に見えるから問題無い。
「お二人とも、実にお美しいです。社交の場に出席すれば、男性の視線を釘付けにしてしまうでしょうね」
だけどここはセリカ嬢だけでなく、リーチェさんもしっかり褒めておく。
実際凄いんです、特に開かれて強調されてる胸元が。
まだ十四歳かつ恥ずかしがりなところがあるセリカ嬢は胸元が開いていないのに対し、リーチェさんは娘婿になる俺しかこの場に男がいないという安心感からか、それとも大人の余裕なのか、胸元が大胆に開いている衣装を着ている。
無論、そこへ目が釘付けにならないよう自制はしている。
「へ、へうぅ……」
手で顔を隠したままセリカ嬢が俯いてしまう。
これ、本音をぶつけ続けたら気絶しちゃうんじゃないかな?
「まあ、お世辞でも嬉しいわ。セリカは嬉しくないの?」
「う、嬉しい、です」
ちょっ、俯いた状態で顔を隠す手から目だけを出して上目遣いとか、どうしてそうツボに入る可愛らしい仕草をして、俺の心へクリティカルにダメージを与えるの。
こっちまで恥ずかしくなりそうっていうか、顔が熱いからきっと赤くなってるに違いない。
というかリーチェさん、そのニヤニヤ顔はやめてください。余計に恥ずかしいです。
「うふふふふっ。貴族間の義務のような婚姻をするのに、恋愛結婚するみたいな反応が見られるなんて思わなかったわ。今日一日の二人の反応だけで、十歳は若返った気分よ」
ここでいくつなんだとか、余計なことは言わないし考えない。
大人の女性の年齢と、老若問わず女性の体重について尋ねるのは失礼でしかないから。
ちなみにそれを尋ねたトーマスは、顔に平手打ちの跡が残ったと遠い目をして言っていた。
「さあ、席に着いて。食事にしましょう」
上座にはリーチェさんが座り、俺とセリカ嬢は向き合う位置に座ると、目が合った途端に頬を染めて俯かれた。
だけど上目遣いでこっちを見ては外しを繰り返す様子が可愛らしく、いつまでも見ていられる。
この仕草は今日何度目か分からないけど、さっきのこともあるから仕方ない。
ぶっちゃけ俺も、さっきの胸を押し付けられた感触を思い出しちゃったし。
「料理をお持ちしました」
台車を押してきたトルシェさんが、中年女性の使用人とテーブルへ野菜を使った料理と酒を並べていく。
「では、まずは乾杯から」
リーチェさんが酒の入ったグラスを手にしたのに合わせ、俺とセリカ嬢も酒のグラスを手にする。
「それではシオン君の歓迎を祝して、乾杯」
「「乾杯」」
立食パーティーのようにグラスをぶつけ合わせず、軽く掲げるだけに留めての乾杯をしたら、この中で一番立場が高いリーチェさんが酒を一口。
その後で歓迎されている俺が一口飲んだら、最後にセリカ嬢も一口飲んだ。
これは果実酒かな。酒を飲むのは初めてだけど、甘口で飲みやすい。
「さあ、いただきましょう。シオン君も、遠慮せずにどうぞ」
「いただきます」
前菜として出されたのは野菜の盛り合わせ。これは一見生のようだけど……うん? ちょっと酸っぱい?
だけど傷んでるって訳でもなそうだし、塩味と甘味も感じる。
これはなんだ?
「こちらの料理は?」
「うちの領地で作られている、お酢という調味料に野菜を漬け込んだ物です」
「お酢?」
聞いたことが無い調味料だな。
「それ単体では酸っぱいだけですが、塩と砂糖を加えて水で薄めたものに野菜を浸けると、このようになるのです」
へえ、初めて食べたけどこれはいい。
適度な酸味が食欲を促して、胃の準備が整った気がする。
「お酒造りに失敗して偶然できたものなんですが、酸っぱいからと他所では売れないんです」
顔を上げたセリカ嬢が、お酢のできた経緯を教えてくれた。
「そうなんですか。こうして美味しい物を作れるのに、勿体ないですね」
紅茶といいお酢といい、特産物はあるのにそれが売れないなんて勿体ない。
売り方が悪いのかな?
「あと、お肉を煮ると、柔らかくなります」
「そうなんですか?」
「は、はい。この後に出ますので、楽しみにしてください」
「分かりました。楽しみにしてますね」
笑って返すと安心したのか、ホッとした様子のセリカ嬢は果実酒を一口飲む。
その後も美味い野菜料理やお酢で煮込んだ肉料理を堪能しつつ、リーチェさんとセリカ嬢と会話を交わす。
心配していたセリカ嬢との会話も、時折恥ずかしがって可愛らしい様子を見せながらも、リーチェさんが適切なフォローをしてくれるお陰で会話が弾み、酒も料理も進んで場は盛り上がっていく。
そして遂に、今日のメイン料理を迎えた。
「こちらが本日のメインです。シオン様から見事なお肉を提供していただいたので、予定を変更してそちらを使わせていただきました」
台車で料理を運んできたトルシェさんが、焼かれた厚めの一枚肉を乗せた皿を置きながら説明すると、リーチェさんとセリカ嬢の目がこっちへ向いた。
「提供してくれたお肉?」
「はい。護衛の冒険者が道中で倒した魔物を調理魔法で保存していたんですが、こちらは彼らから結婚祝いと道中の食事のお礼にと貰ったうちの一つで、せっかくなのでお二人にも食べてもらおうと思い、提供して調理をお願いしたんです」
俺が調理魔法で作っても良かったけど、さすがにそれは断られたからお任せした。
「まあ、そうなの。魔物のお肉なんて滅多に食べられないから、嬉しいわ」
リーチェさんが嬉しそうな表情を浮かべ、セリカ嬢は興味深そうに皿の上の肉を眺めながら、同意するように何度も頷いている。
その頷いた勢いで、胸がプルプル揺れて実に見事だ。
さて、肝心の肉料理は見た目こそ焼いて塩を振っただけのように見えるけど、それにしては良い香りがする。
「菜園で採れた香草を使って、香草焼きにしました」
「それは楽しみね。では、いただきましょう」
ナイフで切り分けて口元へ運び、より鮮明な香りを楽しみつつ一口。
美味い、香りも塩加減もいいけど肉自体が凄く美味い。
「お、美味しい!?」
思わずといった様子でセリカ嬢が口を押えて声を上げた。
うん、美味いよな、これ。
「本当に美味しいわね。臭みを全くと言っていいほど感じないし、肉自体も美味しいわ」
「臭みを感じないのは調理魔法の「血抜き」のお陰ですね。完璧に血抜きできるので、臭みを感じないんです」
「シオン様、これは何のお肉なんですか!?」
美味しさに感動して目をキラキラさせているセリカ嬢の笑顔が眩しい。
身を乗り出したから、その拍子に胸がプルンと揺れた。
「どれを使いましたか?」
色々と渡したから、食べただけじゃ分からない。
「最後に渡された鮮紅色の大きな塊です。私達も味見しましたが、とても美味しくて驚きました」
あれか。あれはえっと……。
「確かホワイトバイソンだったかと」
「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」」
急にリーチェさんとトルシェさんと中年の女性使用人が驚きの声を上げたから、俺とセリカ嬢も驚いてビクッとした。
「ホ、ホワイトバイソンって、本当なの?」
驚いた表情のままリーチェさんが身を乗り出して尋ねる。
ブルンと大きく揺れたよ……。
しかも余韻を残すように、まだフルフルと小さく揺れている。
「え、ええ、記憶に間違いが無ければ」
これでもかと存在感を主張する胸が凄く揺れたから目を向けちゃったけど、すぐにそこからを目を外して冷静を装って肯定する。
再確認して改めて驚きの表情を浮かべるリーチェさん達に、セリカ嬢は不思議そうに首を傾げた。
その仕草も可愛らしくてツボだ。
「前に村の冒険者ギルドのギルド長から聞いたけど、ホワイトバイソンって結構強い魔物なのよね?」
「護衛の冒険者達は、ランクBって言ってました」
「ランクB……。Bランク以上のパーティーか、それに匹敵するCランクパーティーでないと敵わないっていう魔物なのね……」
そうそう、その通りです。
倒した後にラッセルさんからそう聞きました。
さすがは侯爵様が用意してくれた護衛だけあって、ちょっと手こずったけど問題無く倒したんだよな。
「白い毛皮は高級な革製品の素材としては勿論、脂身が一箇所に固まらず全体に細かく散った肉は柔らかくて豊富な旨味を持った、赤身の中でも最高峰と言われているらしいです。美食家を自称する貴族なら、お金に糸目は付けず購入するとか」
今の情報、全てラッセルさん達からの受け売りです。
「そ、そんな高級なお肉、なんですかっ!?」
説明を聞いて、ようやくリーチェさん達が驚いた理由を知ったセリカ嬢が、一口だけ食べた肉を見ながら驚いている。
「……美味しいのも当然ね。うちのような貧乏貴族には全く無縁のお肉よ、これ」
「私達のような田舎暮らしの庶民には、一生縁が無いでしょうね」
「そうね、サラさん。たった一片の味見だったけど、食べられて良かったわ」
ふむ、あっちの中年の女性使用人はサラさんというのか。
驚きを通り越したのかリーチェさんは苦笑いを浮かべ、トルシェさんとサラさんは一口とはいえ食べられたことに感動している。
「あああ、あの、いいんですか、こんな凄いお肉いただいても」
恐々した様子で尋ねるセリカ嬢を安心させるため、微笑みながら頷く。
「ええ、いいんですよ。俺とセリカさんの結婚祝いとして譲ってもらったんですから、せめて当人達が食べないと譲ってくれた皆さんに申し訳ないですよ。だから、どうぞ食べてください。俺とあなたの婚姻を祝ってくれる方々への感謝のために」
そう告げたらセリカ嬢は一瞬ポカンとした後、皿の上の肉をしばし見て、ナイフで一口大に切った肉をフォークで口元へ運ぶ。
「私達を祝福してくれる方々に、感謝します」
感謝を述べて肉を食べ、美味しさで満面の笑みが浮かぶ。
うん、この表情は永久保存したい。
そうして食事を再開するセリカ嬢の姿に、リーチェさんは目を閉じて軽く頭を下げた。
「親として、娘の結婚を祝福してくれる方々に感謝します」
同じく感謝を述べたリーチェさんも食事を再開した。
さて、俺も食おう。
こんな美味い肉、もう食えないかもしれないからじっくりとね。
うん、美味い。
とまあ、ちょっと騒がれはしたものの、最後のデザートは果実酒に漬け込んだ果実をふんだんに使ったパイを堪能して歓迎会は終了。
パイの酒精が少し強かった上に酒も飲んだから少し足取りが覚束ないけど、意識はしっかりしているから無事に部屋へ辿り着き、手早く着替えてベッドへ倒れ込む。
「ふぅ……酔うとこんな気分になるのか」
ふわふわしてる妙な感覚があるのに気分が良くて、上機嫌に鼻歌でも歌いそうだ。
そういえば、セリカ嬢は大丈夫だろうか。
酔いで顔が火照っていたのはともかく、やたら楽しそうに笑いながら、左右にゆらゆら揺れていたから少し不安だ。
でも火照った顔で笑っていたのは可愛らしかったし、ゆらゆら揺れているのに合わせて胸もユサユサ揺れていた光景は大変素晴らしかった。
「それにしても、なんであんなことが出来たんだ?」
ふと思い出すのは、裏庭の菜園での出来事。
どうして調理魔法の「撹拌」で地面を混ぜられたのか、未だに理由が分からない。
ひょっとしたら他の調理魔法も、今回と同じように調理以外のことが出来るんじゃないのかと考えていたら、ノックも無く扉が開いた。
「ん? えっ!?」
「ふぇっ?」
誰かと思いきや、ボンヤリした様子のセリカ嬢だ。
寝間着姿で目を擦りながら現れ、俺と目が合うと急に照れだした。
「シオンしゃま、その、夜這い、でしゅか?」
違う違う違う。
そもそもここは俺の部屋だから、夜這いか否かを尋ねるのはこっちの台詞だ。
そしてまだ酔ってるのか、呂律が回っていないけどそれもまた良し。
「セリカさん、ここは俺の部屋ですよ?」
「ふぇっ? ……あぁ、間違えました」
首を傾げた後に部屋を見渡し、手を叩いて理解を示した。
酔いでボンヤリしている表情と、よく見ればまだちょっと火照っている顔色も含めて、実に可愛らしい。
寝間着は露出こそ無いものの、それがどうやっても隠せず主張する胸の存在感を逆に強調していて、改めてその大きさに目が釘付けになってしまう。
許されるのなら、今すぐハグして愛でたい。
「おみじゅを飲みに行って戻ったら、ベッドにシオンしゃまがいるので、てっきり……」
「酔って間違われたんですね。部屋までお送りしますよ」
今度は間違えないよう、部屋までエスコートしようとベッドから降りて歩み寄ったら、何故か不機嫌な表情をされた。
「シオンしゃま? 私達は夫婦になるんでしゅよね?」
「え? あっ、はい」
「だったりゃ、しゃん付けや敬語は止めましょう!」
しゃん付け? ああ、さん付けか。
「婿入りしゅる身とはいえ、妻にしゃん付けと敬語は駄目でしゅ!」
まだ妻じゃない。式を挙げるまで、セリカ嬢は妻じゃありません。
「で、でしたら、セリカさんも」
「ほりゃまたしゃん付けして敬語! しょれと私はいいんれす!」
顔を近づけての指摘はともかく、近い上にそれで揺れる胸も少し押し付けられてる。
息が若干酒臭いのは、指摘しないのが紳士というもの。
それとセリカ嬢の言い分だけど、貴族の夫婦間では妻が夫を様付けして敬語を使っているのが一般的だから、そういう意味では間違っていない。
少しだけ押し付けられている柔らかさを実感しつつ、努めて冷静に対応する。
「わ、分かった、普通に話すよ。これでいいかな、セリカ」
ついでだから、心の中での呼び方からも嬢を取っておこう。
するとセリカは、ニパーと満面の笑みを浮かべた。
「ひゃい! 旦那しゃま!」
本当に何だ、俺の好みドストライクを悉く突いてくるこの子は。
そんな満面の笑みと回らない呂律で旦那様呼びなんて、破壊力が強すぎてハグしようとするのを堪えるので精一杯じゃないか。
というかこれ、絶対に酔って変なテンションになってる。
でないと、何かと恥ずかしがっていたセリカがこんなにグイグイくるなんて思えない。
「じゃ、じゃあ部屋に戻ろうか」
「ひゃい!」
エスコートしようと手を差し出そうとしたら、それより先に腕へ抱き着かれた。
挟まれてる、挟まれてるよ、寝間着越しでも分かるほどプニプニと柔らかいものの谷間に、俺の腕が挟まれてるよ。
あの恥ずかしがりなセリカがこうなるなんて、これが酔った勢いというものか。
とにかく一刻も早く現状を脱するため、そのまま廊下へ出てセリカの部屋へ向かう。
「しょういえば、菜園での一件なんでしゅけど」
菜園での一件? ああ、あれかな。
「地面に「撹拌」を使えたこと?」
「しょれです。何で調理魔法が使えたのか、旦那しゃまは分かります?」
「いや、全然」
むしろその件は追求せず、他の調理魔法で似たようなことができないか、そっちを調べようと思っていた。
「私、思ったんでしゅよ。食材じゃなくても、調理はできるからじゃにゃいかって」
「……えっ?」
「どう調理しても食べられにゃいというだけで、石を煮たり木の枝を焼いたり砂利を炒めたり、そういうことはできましゅよね?」
……確かに。
調理魔法だから食材にしか使えないと思っていたけど、どうやっても食べられないというだけで、食材でない物も調理自体はできる。
それこそセリカの言う通り、石を煮たり木の枝を焼いたり砂利を炒めたり。
ということは菜園での一件は、食べられないけど地面を撹拌して土を調理した、ということになるのか?
「んふふ~、どうでしゅか?」
「ありえるかも。凄いなセリカ、よく気づいたな」
「しょれほどでもありましぇん!」
それほどでもあるよ。
胸を張ってふわふわの髪が揺れたの以上に、俺の腕を谷間に収めたままの胸が揺れて、一瞬だけど柔らかく圧迫された。
これをそれほどでもないとは、とても言えない。
「調理魔法だから、食材にしか使えないっていう先入観に囚われてたよ」
「んふふ~。これも妻の務めでしゅ」
上機嫌なセリカが可愛すぎて、今すぐ自分の部屋にお持ち帰りしたい。
そんな気持ちをぐっと堪えながら送り届け、自分の部屋に戻ったら明日に備えて眠る。
明日の朝はほぼ確実に、恥ずかしくて謝罪するセリカの可愛らしい姿が見られるだろうなと、ちょっと期待しながら。