変わっていく中でも変わらない
新たに三人を文官として雇い、それに伴って職場環境が少し変化した。
執務室だと手狭になるから隣の空き部屋を第二執務室として利用し、そこで新人三人と俺とセリカが仕事をして、義母上は引き続き執務室で仕事をしている。
現在その執務室では、王都のコーギー侯爵家からやって来た使者と義母上が、開拓の支援についての打ち合わせ中だ。
んでもって俺は……。
「シオン、このキャベツを千切りでお願い」
「分かった」
厨房で昼食の下ごしらえをしているサミーの手伝い中だ。
何故こんなことをしているかというと、サラさんは開拓地で義母上名義の炊き出しに参加して作業員の方々に食事を振る舞いに行き、ユリスは打ち合わせの場で義母上の補佐、トルシェさんはお孫さんが熱を出したとかでお休みだ。
そのため調理魔法を練習するため実家の厨房へ入っていた俺が、サミーの手伝いをすることになった。
屋敷で働く人が三人も増えたから、サミーだけじゃ準備が結構大変らしい。
普段はトルシェさんが手伝ってるんだけど、お孫さんが病気じゃ仕方ない。息子夫婦と旦那さんは畑の手入れが大変な時期だって話だしな。
「洗浄」
受け取った三つのキャベツを「洗浄」で洗い、付着している土や汚れを洗い流す。
それが済んだら調理台の上に逆さまにして置く。
「芯抜き」
「芯抜き」の効果でキャベツの芯だけが綺麗な円錐形でスポーンと飛んで、調理台の上に落ちたら回収。
「千切り」
芯が取れたキャベツに「千切り」を使うと、三つのキャベツが一瞬で千切り状態になった。
「うわぁ、前は一つずつだったのに、今は三ついっぺんにできるんだ」
「まあな」
田畑を広範囲に耕すため、「撹拌」を複数同時発動させた技術を応用すればこれくらい簡単だ。
「しかも切るのが一瞬って……。前は端から端まで移動しながら切れていく、って感じだったのに」
実家にいた頃は、まだ扱いのコツを掴んでいなかったからな。
狙いを定めて均等にブワッと魔力を送りながらシャシャシャシャッとやれば、これくらい簡単だ。
「次は何すればいい?」
「ちょうど鶏肉の下処理が終わったから、この調味液を染み込ませてくれる?」
「おう、任せとけ」
処理した鶏肉と調味液が入った容器を受け取り、鶏肉を調味液へ浸けていく。ここで使うべき調理魔法はこれだ。
「浸透」
液体に浸けたものに味を染み込ませる「浸透」を使い、短時間で鶏肉へ調味液を染み込ませていく。
調味液は米から作った酒や鬼族手製の醤油とかを混ぜたものらしい。
味が濃くならないよう、徐々に浸透させて色合いが変わったら「浸透」を止める。
「これでいいか?」
「見せて。うん、いいよ。本当、調理魔法でやるとすぐにできるから、時間を掛けて味を染み込ませるのが馬鹿らしく思える時があるよ」
「本職がそういうことを言うなよ」
料理人の中には、調理魔法での料理を邪道だって言ってる人もいるくらいなのに。
「それにしても、こうしてるとザッシュ男爵家での日々を思い出すね」
「そうだな」
実家で俺が調理に関わっていたのは、「授魔の儀」から家を出るまでの短い間だったけど、今となっては良い思い出だ。
二人でつまみ食いをしてたらバレて逃げたり、出しあった金でサミーが外の屋台で買ってきたものを隠れてこっそり食べたり、トーマスから教わった例の覗き穴からの光景を二人で楽しんだり、祭りの日には二人で外へ出て買い食いや町の子達と一緒に遊んだり、色々な思い出がある。
「火の準備を頼める?」
「分かった。そういえば、覚えてるか?」
「何を?」
「去年の建国祭で、広場でやってた男女ペアでの踊りの催しに女と間違えられたサミーと参加させられたやつ」
「嫌でも覚えてるよ」
酔ったおっさんや場の雰囲気に酔っていたおばさんやらに背中を押され、説明する暇も無く参加させられたんだよな。
仕方なく演奏に合わせてそれっぽく踊ってたら、子供同士の可愛らしい踊りだって言われて、審査員特別賞もらっちゃったし。小さいトロフィーはともかく、ペアのマグカップを貰った時は凄い複雑だったっけ。
「心境を聞かれた時に性別明かしたら、メッチャ驚かれたしな」
「あの場にいるシオン以外の誰もが、僕を女と信じて疑わなかったんだよね……」
喋ったり落ち込んだりしながらも、調理の手を止めないのはさすがだ。
俺もさっさと火を点けよう。
「着火」
竈門へくべた薪に小さな火種を出す「着火」で火を点け、薪の位置を調整しつつ空気を送り込むと、火が大きくなっていく。
「火の用意ができたぞ」
「分かった。後は僕一人で出来るから、もういいよ」
「そっか。じゃあ頑張れよ」
「うん、ありがとねシオン」
だからその、分かっていても性別を間違えそうなふんわり笑顔を向けるなって、開けなくていい世界の扉を開けそうになるじゃないか。
苦笑しながら心の中で冗談半分の文句を親友へ向けつつ、台所から立ち去る。
さて、もうすぐ昼食とはいえ第二執務室へ顔を出そう。仕事の進捗具合とか、午後に俺が片付ける量とかを確認しておかないと。
そういうわけで第二執務室へ向かう。
ふと窓の外を見ると、ちょうどコーギー侯爵家の使者が乗って来た馬車が無くなっていた。どうやら打ち合わせはもう終わっているようだ。後で義母上に結果を聞いておこう。
「戻った……ぞ?」
第二執務室へ戻ったら、なんか義母上とセリカが向き合っていた。しかも義母上は申し訳なさそうな表情をしていて、セリカは複雑な表情で俯いてる。
新しく働いているブレイド達はどうしようかと顔を見合わせ、義母上の斜め後ろに立って控えているユリスは無表情だったけど、俺に気づいて頭を下げた。
「お疲れ様です、ご主人様」
ユリスのその一言で全員の顔がこっちへ向いた。
これはもう、手に掛けたままの扉を閉めて廊下へ逃げるわけにはいかない。
「ああ、お疲れ。それで、これは一体どういう状況なんだ?」
「私が説明するわ」
こっちを向いた義母上が腕を組みながら進み出る。
うわっ、すごっ。胸が組んだ腕の上にどっしりと乗せられている。真剣な状況なのは分かるけど、いかにも重みで溢れ出てるって感じについ目が行ってしまう。
それでもすぐに目を離し、義母上と目を合わせる。
「まず、コーギー侯爵家からの支援は確実に受けられるわ。レトリバー辺境伯様の支援とほぼ同じ規模でね」
ということは、ここの村以外の村や集落の開拓も早々に進められそうだな。
「それに加えて、必要になるであろう文官を数人ほど手配してくれるみたい。しかもその人達の給料は当面の間、コーギー侯爵家が負担してくれるんですって」
おぉっ、それはそれで助かる。
文官の重要性を察して先手を打ってくれるなんて、さすがは王城で内政に関わっているコーギー侯爵だ。
「見返りもこっちが用意していたので、ほぼ問題無かったわ」
「だったら、今のこの状況は一体?」
「言ったでしょ、ほぼって。一つだけ向こうが追加条件を出してきたのよ」
追加条件だって?
「それはなんでしょうか」
質問に対して義母上が組んでいた腕を解き、支えられていた胸がブルンと揺れる。
そして顔の前で両手を合わせて頭を下げた。
「……シオン、ごめん。あなたの妾が増えるからよろしく」
そういう要求かい。まあレトリバー辺境伯がやったんだから、コーギー侯爵がやっても不思議じゃないか。
それから頭を下げた時にブルルンと揺れて、たゆんたゆんと残る余韻が実に眼福であり目に毒です。
「じゃあ、セリカが複雑な表情で俯いてるのは」
「そうですよ! 頭では分かっていても、気持ちの整理がつかないんです!」
泣きそうな顔でそう叫ぶセリカ。
ユリスの時もそうだったけど、やっぱり妻としては複雑なんだな。
それとムキになって動くから、胸がプルンプルンだぞ。
こらブレイドとリック、ガン見するな。それは俺のだから、ガン見していいのは俺だけだ。それとユーナがお前達を冷たい目で睨んでるぞ。
「だってお妾さんが増えたら、旦那様と二人きりで過ごす時間が減っちゃうじゃないですかぁっ!」
「確かにそれは大問題だ!」
このかわいとおしい極愛の妻セリカと二人きりの時間が減る、これが大問題でなくてなんだと言うんだ。
「えぇっ? 問題なのはそこなんですか?」
「ユーナさん、このお二人はこういう方々なのです」
「本当に仲が良いわね、あなた達」
だからといって、これもまたユリス同様に断れる話じゃない。
立場が上なのは向こう、こっちは下も下、爵位的にも立場的にも遠く及びません。
「こうなったらセリカ、二人きりで過ごす時間が減った分、限られた時間の中での密度を上げよう」
「というと?」
「要するに二人きりの時間ではもっと仲良く過ごそうってこと」
「さすが旦那様です!」
さすだんからの抱擁、及びぐんにゅりと押し付けられた柔らかい胸の感触、誠にありがとうございます。
首筋辺りに鼻を近づけて匂いをすんすん嗅いでいても、気にしないであげよう。
しかしこれ以上ない最高の解決策なのに、どうしてユリスは呆れた表情を浮かべているんだ。どうしてブレイド達は顔を見合わせて、不思議そうな表情で首を傾げているんだ。どうして義母上は腹を抱えて、胸をぶるんぶるん揺らしながら大爆笑しているんだ。
「ご主人様と奥様が、今以上にイチャつく……。果たしてどうなるのやら……」
「シオン様とセリカ様、とても仲が良いとは聞いていたけど」
「想像以上だね」
「昨夜だって……」
「「昨夜?」」
「な、なんでもないわ!?」
こんな反応をされる理由が、まったくもって本当に分からない。
義母上も大笑いしっぱなしで、大きく動く度に圧倒的存在感の胸が今にも服から飛び出そうな勢いで、縦横無尽にだっぷんだっぷん揺れてるし。
「皆さんは何を騒いでいるのでしょうか?」
「さあ?」
訳が分からないけど、抱かれているだけなのはなんだから、こっちもセリカをしっかり抱擁しておこう。
「お二人はまず、自分達が既に人前でどれだけイチャついているかを自覚してください!」
そんなにイチャついてるかな?
首を傾げながらセリカと目を合わせ、どう思うかと目で伝えると、そうでしょうかという表情で首を傾げたから、だよなと頷いて返す。
「あの、あれって目で会話してるんですか?」
「だと思うが……」
「私、目で会話するの初めて見ました」
「しかもあの様子からして、絶対に自覚してませんし理解してません」
なんでブレイド達は驚いてるんだ? なんでユリスは震えるほど強く拳を握っているんだ? そして義母上は、いつまでその圧倒的存在感の胸をだっぷんだっぷん揺らしながら大笑いしているんだろう。
「どこに納得できないんだ?」
「全てです! お二人が人前でもそんなだから、それに当てられた影響でここ最近、結婚する方々や妊娠した奥さんが増えているって話ですよ!」
そうなんだ。でもそれは良い事じゃないか。
新婚夫婦は開拓地に住めばいいし、次代を担う子供が増える。どこも悪いことはない。
現金な話だけど、次期領主候補としても領民が増えるのは税の増収にも繋がるから、むしろ歓迎する。
「それくらい、問題無いじゃないか。むしろ良い事だろ」
「そうなんですけど、確かにそうなんですけど!」
「はー、はー、もう諦めなさいユリス。この二人の関係に理屈は通用しないわ」
おっ、やっと義母上の笑いが収まったか。
「今だって、抱きついたまま離れようとしないじゃない」
当たり前じゃないか、どうしてこんなにかわいとおしい極愛の妻を抱いているのに解放しなくちゃならないんだ。
今になって恥ずかしがって、アワアワしている様子がまたかわいとおしい。そして腕の中でそんなに動かれると、押し付けられている胸が二人の間でぐにゅんぐにゅん暴れ狂って凄いことになってるぞ。
「この二人の関係の深さは、理屈じゃなくて感情で理解しなさい」
「……その方がよさそうですね」
疲れた表情のユリスがやっと納得してくれた。
今の説得がどういう意味なのか分からないけど、さすがは義母上です。
「それとシオン、セリカがかわいいのは母親だからとてもよく分かるけど、ちゃんとユリスも構ってあげなさい。寂しいからこんなことを言ってるのよ」
「何を言っているんですか、お館様ー!」
なんだ、そういうことか。
納得できずにいるんじゃなくて、構ってほしくて拗ねていたのか。そういう妻も妾も貰った身なんだから、そういう女性の心の機微には注意しないと。
「分かりました、義母上。悪かったなユリス、さあこっちおいで」
まだワタワタして、二人の間で胸をぐにょんぐにょんさせているセリカは右腕だけで押さえ、左腕を解放して広げてユリスをそこへ誘う。
「いやだから、そうではなくてですね」
「遠慮するなって」
俺の左腕はいつでも迎え入れるぞ。
「遠慮なんかしてません! 仕事に戻りますので失礼、ひゃっ、あだっ!?」
照れながら拒否したユリスが退室しようとしたら、躓いて転んで扉で額を打った。
音からしても、今のはかなり痛そうだ。
「大丈夫ですか、ユリスさん!?」
痛そうな音がしたからユーナが席を立ち、俯いて額を押さえながら床へ座り込んだユリスへ駆け寄り、ブレイドとリックも心配そうに様子を見守る。
俺もセリカを抱いている場合じゃないから、すぐにセリカを開放して傍に駆け寄る。
「おいユリス、大丈夫なのか?」
「平気ですけど……。なんでいつもオデコ打つのぉ……。オデコ、へこんでないわよねぇ……」
安心しろユリス、額はへこんでいないから大丈夫だ。
「うぅぅ……。もういっそ、金属入りの額当てでも付けようかしら……」
それを付けたからって、転んで額を打てば痛いことは痛いと思う。あくまでそういうのは額への攻撃を防ぐ物で、転んだ衝撃までは殺せないんじゃないかな。
あと、使用人がそんなのを付けているのは不釣合いだ。
「では、改めて失礼し」
「皆さん、昼食の用意が」
「あだぁっ!?」
赤くなった額で改めて退室しようとしたら、今度はサミーによって扉が開かれ、それによってユリスの額は再び衝撃に襲われた。
「同じ、同じところ打ったぁ……」
「わあぁぁぁっっ!? ごめんなさいユリスさん、大丈夫ですか!?」
再び額を押さえて床へ座り込むユリスにサミーが心配そうに声を掛ける。
ここまで集中的に額へ被害が出ていると、もはや何かの呪いじゃないかと思えてしまう。
「もう。これもシオンがちゃんとユリスを構ってあげてないからよ」
どういう理屈ですか義母上。
意味不明な義母上の一言だけど、とりあえず言われた通りにこの日の夜は思いっきり構ってやった。
*****
コーギー侯爵家の使者との打ち合わせの翌日、俺と義母上は開拓現場の視察に来ていた。
といっても現場を視察するのは俺だけで、義母上はレトリバー辺境伯が送って来た開拓支援団の文官達と、コーギー侯爵家からの支援との兼ね合いについて打ち合わせをしている。
「進捗具合は順調のようだな」
「はい。むしろ予定よりも進んでいるので、日程が短く済むかもしれません」
同行している文官の男性から説明を受けつつ、開拓現場を見て回る。
あっちこっちで土木作業や測量が行われ、場所によっては調理魔法による整地作業も行われている。
まだドライアド達が混ざり具合を監視しているものの、作業自体はだいぶスムーズになっていて、順調に固い大地が「撹拌」で解されていく。
「短く済むというと、どれくらいを見込んでいるんだ?」
「そうですね。天候不良や不測の事態さえなければ」
「おぉ、シオン様! ちょうどいいところへ、少々よろしいでしょうか?」
話をしていたら、蜥蜴人族の男性が手を上げながら駆けて来た。何かあったんだろうか。
「どうした?」
「向こうの方での作業中、浅い場所で大きな岩盤が出て作業が止まっているのです」
「なんですって? それは面倒ですね……」
同行している文官が報告を聞いて難しい表情をした。
とりあえず現場を確認するために連れて行ってもらったら、浅く広く掘った場所に大きな岩が埋まっていた。しかもこれ、まだ端が見えてないし厚みが分からない。
作業員達はそれを前に手を止め、どうするかを小声で相談したり、岩盤の表面を手や農具で軽く叩いたりしている。
「これはまた、随分と大きいですね」
「ええ。浅い場所でこれだけのものが出るのは珍しいです」
蜥蜴人族と文官が岩盤を前に悩んでいる。
「これは取り除く必要があるのか?」
「ええ。これの上に家を建てるにしても、浅くて土台を作れませんし、田畑にするにしてもこれまた浅くて根が下へ伸びず生育が阻害されますから」
なるほどね。だけどこれ、取り除くには大きすぎないか?
聞けばこういうのが出たら、掘り出すか壊すかして取り除くらしい。魔法で破壊する方法もあるそうだけど、周囲へ破片が飛び散るから危険とのこと。
せっかく良い感じで進んでいるのに、水を差された気分だな。
「これは時間を掛けて、地道に壊していくしかないですね」
「やはりそうですか。分かりました、では領主様や開拓隊の方にもそのように報告を」
「ちょっと待った」
「シオン様? 何か?」
報告へ行こうとする蜥蜴人族を止め、岩盤を眺める。
浅く掘られた大地、そこにある規模不明の岩盤、そしてその岩盤は壊してでも取り除く必要がある。
「一つ、試したいことがあるんだけどいいか?」
見ていてなんとなく、良いアイディアが浮かんだ。
報告はそれを試してからでも遅くないはず。




