本格化へ向けて
連日進む開拓作業。
いつレトリバー辺境伯の開拓支援団が到着してもいいように、ドライアド達が開拓予定地に宿舎として利用できる樹木の家を建てていく。
といっても建てすぎて余らせる訳にはいかないし、あまり木を失いすぎると環境や生態系に悪影響が出るから、ほどほどの範囲に留めておく。
お礼はいつも通り、調理魔法を利用した肥料と土を要求されたから作ってるんだけど……。
「ヒャッハー! こっちは終わったぜ!」
「イエェェェイッ! 次はあっちよ!」
「超絶にハイテンションってやつだぜぇっ!」
なんかドライアド達のテンションがやたらと高い。
作業はちゃんと予定の範囲内で行われているとはいえ、勢い余って間違えないか不安になる。
「すまんのう。あんな素晴らしい土で栄養と魔力を摂取しておるせいか、若い連中が粋がっておるのじゃ」
あれは粋がっているのか?
しかも若い人達だけでなく、一部中年や壮年の男女もいるし。
おまけにそれに乗せられているのか、この開拓地で土地と家を貰う予定の人達や、手伝いに来てくれた多種多様な種族の人達もハイテンションで作業に当たっている。
豪快なイメージがあるドワーフや獣人が威勢良く叫ぶのはともかく、知的で落ち着いていそうなエルフ達がヒャッハーと叫んだり、冷静な人が多い魔族や鬼族が雄叫びを上げたりする様子を見ていると、妙に不安になってくる。
「ブロッサムは大丈夫なのか?」
「我は問題無いのじゃ。伊達に長はやっておらんからの」
さすがドライアド達の中では最年長。相変わらず土を食べているから見た目は幼女のままだけど、変な様子になってはいないか。
「そうそう、調理魔法による農作業の指導じゃが、思ったよりも成長が見られるのじゃ」
「本当か?」
「うむ。本人達のやる気もあるが、今後もあのような土や肥料を手に入れるためと、熱心に状態を教えておるぞ」
ほれあのようにと指で示した先では、開拓に参加できない年配のドライアド達から土や肥料の状態の指摘を受けながら、「撹拌」で土をかき混ぜ「発酵」で肥料を作っている調理魔法の使い手達がいた。
他の村や集落からも参加者がおり、獣人族や魔族や鬼族やドワーフやエルフ、蜥蜴人族に竜人族と領内にいる全ての種族が揃っている。
人数こそバラバラだけど、彼らはここで習得した技術をそれぞれの村や集落へ持ち帰り、そこでまた後進に伝えていくという役目を担う。
こうして調理魔法による農業が脈々と受け継がれていけばいいと、お礼の肥料を作るために雑草と家畜の糞尿と生ごみを「撹拌」でシャルルルルッ、ってかき混ぜながら願った。
「相変わらず見事な手並みじゃの。魔法を授かれん我らには分からんが、他の者達と比べて上手く魔法を扱っておるのは分かるぞ」
そりゃあ一応、実家にいた頃は魔力量と魔力制御の腕前から期待を掛けられてましたから。
一方的かつ勝手なものな上に、授かったのが調理魔法だというだけで失望する程度の、薄っぺらい期待だったけど。
「これで説明力があればのう」
「言うな」
魔法に関する説明が感覚的かつ抽象的で、全く伝わっていないのは自覚している。
「まあよいわ。それよりも肥料はまだかのう」
「もうちょっとだ」
ずっと「撹拌」を使っていて気づいたことなんだけど、混ぜている最中に魔法を通じて伝わる感触に変化が生じる時がある。
土や肥料の重みというか引っかかりというか、ググッとかガガッとかいうのが消えてシャラララッて滑らかになる時がある。
そこからさらにかき混ぜると、またグォッって重みが出るんだけど、感触がシャラララッの時に混ぜるのを止めたら、重みやある時より品質が高い肥料や土ができるようだ。
「ん、できたぞ」
感触がシャラララッになったから「撹拌」を止め、すぐさま「発酵」で肥料に仕上げる。
うん、今回も良い出来だと思う。
「うっひょーっ! 今回の肥料も最高じゃのう、今日もこいつを使って仕上げた土でフィーバーじゃ! これだけで肉体と気持ちが五十歳は若返るのじゃ!」
おいこら、伊達に長をやってるんじゃなかったのか?
さっき抱いた感心を返せ。
「はよう、はようこれを土に混ぜて欲しいのじゃ」
「分かったから、そう急かすな」
まったく、この見た目幼女のハイテンションババァめ。
心の中で悪態を吐きながらも肥料と「みじん切り」で刻んだ枯れ草を撒き、「撹拌」で感触がシャラララッになるまで混ぜていってお礼の土が完成。
イヤッフーッとか騒いでいるブロッサムさんは放置して、そのまま開墾予定地へ移動。そこにいたシードに位置を教えてもらいながら、田畑にする予定地を耕していった。
その後でシードと一緒に調理魔法での農作業を練習している人達の下へ向かうと、説明はいらないから参考までにやってみせてほしいと言われて披露したら、見物に来ていたドライアドの老人達がうずうずしだした。
やめろよ、年甲斐も無く全裸になって飛び込むなよ。フリじゃないぞ、フリじゃないからな! 年頃のシードは特にやっちゃ駄目だぞ!
こうした、半ば定番化している開拓現場でのやり取りと視察を終えたら、その足で商人ギルドへ販売状況の確認へ向かう。
ちょうど農業組合と販売に関しての打ち合わせをしていたから、両者から生産と販売の現状を聞き、義母上から確認を頼まれていたことを確認したら、邪魔にならないようさっさと退散する。
「打ち合わせ中に悪かったな」
「いえいえ、こちらこそお構いできずに」
「道中、お気をつけて」
優先してもらって悪かったなと思いつつ屋敷への帰路へ着き、擦れ違う住人達と挨拶を交わす。
領地の未来が明るくなりそうだからか、どの住人も来た当初より表情が明るく見える。
それを裏切らないように、今回の新規開拓はなんとしても成功させないと。
だけど、さすがに疲れてきたな。立場上、仕方がないことだし領主の義母上ほどじゃないとはいえ、やることが多い上に 責任が重くて体力より気持ちが疲れる。
これは一刻も早く帰っての癒しが必要だ。
そうして屋敷へ戻ると、ちょうどそこに癒しがあった。
「あっ、旦那様。おかえりなさいませ」
かわいとおしい極愛の妻セリカだ。彼女以上の癒しが、この世のどこに存在するというのか。
笑顔で頭を下げただけなのに、それすらかわいとおしく感じるほど今の俺は癒しに飢えている。
「ただいま。ちょっと疲れたから癒させてくれ」
「はい? はぁ、どうぞ?」
意味がよく分からない様子で、かわいとおしく首を傾げながらも肯定の返事をくれたから、遠慮なく背後へ回り込んで背中側から抱き着く。
「ひゃわあぁぁぁぁぁっ!?」
なんか変な声が上がったけど聞き流す。だって承諾は得たんだもの。
しっかり癒されたいからガッチリ抱きしめてギューッとするけど、セリカが痛くないよう力は抑える。
腕を回したのは腹部の上の方。ここならムッチリお腹のムチムチ感だけでなく、存在感抜群の胸がちょうどいい具合に腕に乗って、ノッシリ感とダプン感が同時に伝わってくる。
そして地味に尻がポインポインと接触していて、これもまた良し。
ああ、この多種多様な感触が疲れた気持ちを癒してくれる。
「はわはわはわはわはわはわはわっ!?」
しかもはわはわしているセリカはかわいとおしいし、抱き着かれたことに慌てるものから、腕の上で胸が絶妙な具合にポヨポヨと弾んでいる。
正面から抱きしめて、むんにゅりと押し付けられる感触しか知らなかった時は、こうして背後からの抱きしめることがこんなに良いだなんて気づかなかったな。
「あ、あにょっ!」
「ん? ああごめん、そろそろ離れるよ」
かなり名残い惜しいけど、あまり拘束してるのも悪いから離れようとしたら、首を横に振られた。
「いえ、その……。もっと、ギュッてしてください」
なんだ、このかわいとおしい極愛の妻。
耳や首まで真っ赤になって、振り向きながらの横顔は俯き気味からの上目遣い。加えてそんなことを言うなんて、これはもう要求を呑んでもらうことを前提にしたお願いじゃないか。
だったらこっちにはそれに応える義務が生じるから、加減していた力を少しだけ込めてギュッとする。
「にゅふふ~。すんすん」
さっきまでの慌てた様子はどこへやら、蕩けた表情で頬同士を接触させてきたら、雷に打たれたような気分になった。
なんだ、このプニンプニンと弾力に富んだ頬の感触は。
今まで唇でしかセリカの頬には触れてなかったが、頬同士の接触だとこんなにも違うものなのか。
しかも正面からじゃなくて背後から抱きしめたからこそ味わえるこの感触は、他に例えようのない実に見事な感触だ。何が言いたいかというと最高の一言。
さり気なく匂いを嗅がれていることなんて、ちっとも気にならないくらいだ。
「ご主人様、奥様……」
「うわぁ、あんなシオンは見たことが無いよ」
いつの間にかユリスと、フリフリのエプロンを纏ったサミーがいる。
セリカを愛でるのに夢中になって、まったく気づかなった。
こらセリカ、腕の中で暴れるな。要望通りギュッてしてるから逃げられないし、抵抗すれば色々な箇所がプ二ポヨプヨムチンと当たってしまうぞ。というか当たってるぞ。
そしてワタワタ焦る様子がかわいとおしい。
「二人とも、ただいま」
「おかえりなさいませ……」
「おかえりシオン。で、何してるの?」
「仕事の気疲れを本人公認の下、妻を抱きしめて癒してる」
それ以上でも以下でもない。
「もう、こっちに来てから君の見たこと無い一面が次々に明らかになって、正直親友だと胸を張れる自信が無くなってきたよ」
複雑な表情をするサミーは、フリフリのエプロンを身に着けていることもあって、実に美少女だけど男だ。
そんなだからサラさんにマスコット扱いされて、トルシェさんに孫可愛がりされて、もう一つの仕事先のケルムさんの家ではやたら女物の服を勧められるんだよ。
あと、領民の少年数人の淡い恋心をぶち壊して粉砕もしたっけ。
「何言ってるんだよ。今の俺はこっちへ来て、セリカっていう最高の妻を貰ったからこそなんだ。サミーの知らない面が次々に明らかになるのも当然だろ?」
「それはそうだけど、僕が出せなかったシオンの隠れた一面をセリカさんが引き出せたのが、親友としてちょっと悔しくて」
拗ねるな親友。そうやって嫉妬しながら頬を膨らませるから、フリフリのエプロン姿が無駄に似合うんだよ。
ちなみにそのフリフリエプロンは、どんな縫い方や切り方も自由自在な「裁縫魔法」を授かったトルシェさんのお手製らしい。しかもサミー自身が、かなり気に入ってるし。
「ご主人様、奥様。お二人の仲が大変よろしいのは結構ですが、人前ではほどほどに願います」
「人前っていうほど、人前じゃないと思うけど?」
この場には俺とセリカ以外、頬を赤くして俯くユリスとフリフリエプロン姿のサミーしかいないじゃないか。
「他人がいれば、それは人前です」
「他人じゃないだろ。妾に親友じゃないか」
「そうですけど。もう、奥様からも一言言ってください」
「え、えちょ、人前ではギューッまでに留めてくだしゃい」
「奥さまあぁぁぁぁっ!」
助けを求めたセリカからの、まさかの発言にユリスは真っ赤な顔で半泣きだ。
うん、なかなかそそるじゃないか。
「うぅぅ、もういいです。仕事に戻、ひゃわぁっ!?」
ドジりが発動、スカートの裾を踏んで見事に転んだ。
残念ながらスカートの中は見えない。
「だからぁ、なんで毎回オデコ打つのぉ……」
そんなに額を広く出しているのと、受け身が下手だからだよ。
額を押さえながら立ち上がって仕事へ戻るユリスを見送ったら、セリカを開放して俺達もそれぞれの仕事へ戻った。
そうした日々を過ごしているうちに、二つの連絡が届いた。
一つはレトリバー辺境伯からで、開拓を支援するための人員と資材の準備が整ったので、数日中に現地入りするというもの。それとコーギー侯爵に開拓の支援を取りつけるのと、学会へ参加するための推薦を得ることに成功したというものだった。
これを受けて義母上と村長、それと開拓地での下準備に協力してくれているドライアド達を代表してブロッサムさんを交え、受け入れ態勢と開拓の下準備の確認を行った。
それとサミーを通じてケルムさんへ、学会参加のための推薦が得られたことを報告。尻尾を振って雄叫びを上げるほど喜んで、抱きつかれてしまったとサミーが照れながら教えてくれた。
もう一つの連絡はそのサミーに関するもので、トーマスからサミーがそっちへ向かったけど無事に到着しているか、到着しているのならどうしているかを尋ねる手紙だった。よほど心配してるようで、いかにも大急ぎで書いたように筆跡が乱れている。
それを読んだサミーは、怒られると思っていたのにそういった内容が一切無く、心配する内容ばかり書かれていることと乱れた筆跡に苦笑した。
「随分と心配掛けちゃったんだね、僕」
「今さら後悔しても遅いって。費用は出してやるから、ちゃんと手紙で謝って現状を伝えておけ」
「分かったよ。ありがとね、シオン」
そのふんわり笑顔はやめてくれ。
それを見るたびに、分かっていても性別を勘違いしそうになるんだよ。
「心配だからこそ、一人立ちを反対して外へ出したくなかったって、それならそうと言ってくれればいいのに」
「そういうのを言うタイプじゃないからな、トーマスは」
あいつはそういう奴だ。
「とにかく、返事は書いておくね」
「ああ。それとケルムのことも書いておけよ」
「な、なんでさっ!?」
なんでもなにも、そういう意味だよ。最近はケルムさんの所へ行くとき、やたら上機嫌じゃないか。
サミーが通うようになってからケルムさんは身ぎれいになったし、顔色も良くなってきた。
物が散乱していた部屋も綺麗になって、研究がしやすくなったってケルムさんかも聞いている。
そのうち通い妻ならぬ、通い夫からの同居が待っているかもな。
そういえばケルムさんの叔父の商人ギルドのギルド長が、年齢的に結婚が厳しくなってきた姪が嫁に行くチャンスだって、やたら息巻いていたっけ。
「仕事内容にケルムの世話があるんだ、書いてもいいだろ?」
「……それもそうだね。分かった、書いておくよ」
ついでに俺からも、サミーの近況を書いて同封して送っておこう。
トーマスがどんな反応をするか楽しみだ。
「あっ、旦那様。お母様から、受け入れる開拓支援の方々への差し入れについて相談があると」
「分かった。すぐに行く」
さてと、親友をからかうのはほどほどにして、仕事だ仕事。
それから数日して、レトリバー辺境伯が派遣してくれた開拓支援団がやって来た、
人員や資材を積んだ馬車が何台も連なって到着し、そのまま開拓予定地へ誘導したら、ある程度の整備がされていることに驚かれた。
「完璧にとは言えませんがある程度の整地がされていますし、木々も伐採が済んでいて溜め池と未完成ながらも用水路がありますし、おまけになんですかあの樹木の家は。全員が寝泊まりするのは無理ですが、交代で寝泊まりするには十分じゃないですか」
総責任者として挨拶に来た、レトリバー辺境伯の下で文官を務めている中年の女性が驚くのも分かる。
調理魔法での農作業訓練である程度整地がされていて、ドライアド達の協力で樹木の家が作られていて、多種多様な種族の協力で水が確保されている。
いくら途中から支援に来たとはいえ、こうした状況を前にすれば少なからず驚くだろう。
でも、支援を求めに面会した時に多少なりとも、こういう風にしているって報告はしておいたはずなのに。
「レトリバー辺境伯様から、報告は受けてないの?」
「受けてはいましたが、失礼ながらここまでとは思わず……」
こんな辺境の貧しい小領だから、どうせさほど進んでいないだろうって考えがあったのかな?
まあ、そう思われても仕方ないんだけど。
「それと申し訳ありませんが、明日からの作業に備えて、一度この地の状況を確認させていただけませんか?」
「構わないわ。案内をするから、主だった人を集めてくれる?」
「承知しました。では、少々お待ちを」
頭を下げて戻った総責任者は、各部門の責任者を集めだす。
集まったのは各部門の責任者達に加え、総責任者の女性の部下だという文官数名。彼らを連れ、義母上と俺とブロッサムさんで開拓地の状況を説明して回った。
その過程で樹木の家を作る様子を見せてほしいと言われたから、ブロッサムさんに頼んで作ってもらうと、どよめきが上がった。
「見て通り、ドライアド達の協力で伐採をすることなく、そのまま樹木の家を作ったの。一部は宿舎用に開放するから、利用してくれて構わないわ」
「内部を確認しても?」
「いいわよ」
足早に樹木の家に入った人達は、家具も何も無い室内なのに感心した様子で、何人ぐらいなら寝泊まりできるか、休憩所としても利用できないか、どこの部署を重点的にここで休ませるかを話しだした。
「バーナード士爵様。早速ですが、明日からの作業の打ち合わせに参加願えませんか?」
「分かったわ。シオンとブロッサムはもういいわよ。後は私がやっておくから、それぞれの仕事に戻って」
「分かった」
「承知したのじゃ」
なんか、いよいよ動き出したって感じだな。
ここからこの領地は、どう発展していくんだろう。




