発展の可能性
目の前では確かに、「撹拌」の魔法で地面がかき混ぜられている。
調理魔法の「撹拌」で、どうして地面をかき混ぜられるんだ。
一緒にこの光景を見ているセリカ嬢も、口を半開きにしてポカーンだよ。
とりあえず、このまま続けても仕方ないから「撹拌」を解く。
地面がかき混ぜられている不思議現象は止まり、土はピクリとも動かなくなった。
「シオン様、今の怪奇現象は一体?」
怪奇現象言わないで。
「調理魔法の「撹拌」で地面を耕せたらなと思って、軽い気持ちでやってみたんですが……何故かできちゃいました」
「……地面って、調理できるんですか?」
いや、絶対にできない。
そもそも土は食材じゃないから、調理できない。
即席の竈を作ったり、焼き物の材料に使ったりするならともかく、調理できるはずがない。
「少なくとも、調理はできないかと」
「では何故、調理魔法で地面をかき混ぜられたんでしょうか?」
「分かりません」
本当になんでだ?
不思議に思いつつかき混ぜられた土に触れてみると、さっきの固さは無く柔らかくなっているものの、乾燥していてパラパラに崩れている。
「これはどうなんですか?」
「混ぜる前よりはマシ、という感じですね。縦方向に深く混ざったら、もっと良かったんですが」
そういうものなのか。
でも撹拌は横方向にしかでき……なくはないか。
トーマスから縦方向の撹拌を教わったし、混ぜる物を入れた容器を傾けていると思えば、「撹拌」の魔法にも角度を付けられるか。
問題は深さだけど、土が飛び散らないように魔法自体を地面の中で発動させてみようかな。
こう、撹拌の時に使う道具を混ぜる物の中に突っ込む感じで。
土に対してやるのは初めてだから、勢いとかも注意しないと。
「それでやってみますよ。ちょっと離れてください」
「はい」
土を浴びないようセリカ嬢には離れてもらい、「撹拌」の角度と発動位置を調整。
撹拌の回転が縦になるようにして、浅めの土中を中心に設定、よしいけ。
「撹拌」
再度目の前で起きる、勝手に地面がかき混ぜられる一見怪現象。
土はちょっと飛んでるけど辺りへ撒き散らすほどじゃないし、深い場所の土と上手く混ざっているように見える。
少ししたら魔法を解いて、セリカ嬢と土を確認。
さっきは乾いてパラパラしてる感じだったのに対し、今はしっとりして幾分かふかふかしてる感じかな。
「凄いです。完璧とは言えませんが、随分良くなっています」
「どうして地面に使えるのかはともかく、これは菜園の手入れに役立ちますか?」
「この菜園どころではありません! 畑を耕すのにも、とても役立つと思います!」
おお、セリカ嬢が喜んで興奮するとそんな笑顔をするのか。
眩しくて直視できないのに、可愛らしくて目を離したくない。
「こうしてはいられません、すぐにお母様の下へ行ってお伝えしましょう!」
そう言うやいなや、手を掴まれて引っ張られていく。
さっきは手を握られて恥ずかしがってたのに、興奮がそれを上回っているのかな。
後で指摘されて恥じらう姿が容易に想像できるし、可愛らしいであろうその様子を早く見たい。
というわけで引っ張られるのに負けず付いていくけど、何気セリカ嬢の足が速くて力が強い。
やっぱりこういう地で暮らしてると、自然と体が鍛えられるのかな?
……俺も少し頑張ろう。
引っ張られている現状にちょっと情けなさを感じているうちに、リーチェさんがいる部屋へ到着したようで、セリカ嬢がノックしてから部屋に入る。
「お母様、少々よろしいですか!」
どうやらここは執務室のようだ。
そういえば、片付ける仕事があるって言ってたっけ。
「あら、どうしたのセリカ。シオン君と仲良く手を繋いで、一日でも早く結婚したくなっちゃった?」
「はい? はわあぁぁぁぁっ!」
予想通り、大慌てで手を離して一瞬で耳まで真っ赤になって、両手に頬を添えている。
手を離したのがちょっと残念。
「も、申し訳ありません。ついその、へうぅぅぅ……」
やばい、反応が想像以上に可愛くて悶え死にしそうだ。
この瞬間を永遠に記録して残す手段があるのなら、今すぐにでも行使したい。
「うふふふ。それでどうしたの、伝えたいことって何かしら?」
「はっ、そうですお母様。実はですね」
この後の流れ、説明、裏庭へ移動、土の確認、「撹拌」を使っていない場所で再現してちょっと驚かれる、再度土の確認、以上。
「本当に調理魔法で土を混ぜられるのね。トルシェ、農家出身のあなたから見て、この土をどう思う?」
土を触りながら、リーチェさんが年配の女性使用人に尋ねる。
あの人はトルシェさんで、農家の出なのか。
尋ねられたトルシェさんは屈んで土を手に取り、軽く握っては開いてを繰り返す。
「だいぶ良い状態だと思います。少なくとも、村の農地よりも良いです。この土ならば、作物の育ちも良くなるでしょうし収穫も幾分か期待できるかと」
おお、これは悪くない評価なんじゃないか?
「気になる点があるとすれば、少々深すぎです。余計な石や砂利などが混ざっているので、深さはもう少し浅くてよかったです」
深ければいいわけじゃないのか、これは反省。
「……その点さえ気をつければ、畑仕事に役立ちそう?」
「はい。その際に肥料や山から運んだ土、枯れ葉や枯れ草などを加えて混ぜられれば、農地の土壌改善に役立つかと」
トルシェさんの言葉にリーチェさんは腕を組み、口元に指を当てて考える。
真剣な表情のところ悪いけど、組んだ腕の上に乗った大きな胸が、とてつもなく存在感を主張しています。
「分かったわ。シオン君、今彼女が言ったようにできる?」
「えっ、あ、はい。練習する必要はありますが、できると思います」
危ない危ない、つい胸元に気を取られていた。
「だったら練習には、この菜園の土を休ませている箇所を使うといいわ。上手くできるようになって土の状態が良ければ、時期や肥料の出来やらを確認した上で、領内の農地の土壌改善計画を立てましょう」
なんかちょっとした好奇心から、大事に発展しているような気がする。
どんなに辺境の小さな領地であろうとも、領内における農地の土壌改善となれば、大事でないはずがない。
なにせ大地と共に生きる農家にとって、糧を得るための土は命や家族と同じくらい大事なはずだから。
「今日はここへ来たばかりだから、練習は明日からにするといいわ。その時はトルシェに立ち会ってもらって、土の状態の確認をしてもらうようにね」
魔法の加減についてはこっちで調整して、結果をトルシェさんに見てもらおうってことか。
「分かりました」
「トルシェもいいかしら?」
「承知しました」
「なら決まりね。それにしてもシオン君、よくやってくれたわ!」
「ぶあっ!?」
感極まった様子のリーチェさんに抱きしめられた。
別にそれ自体はいいんだけど、背丈の関係で見事に存在感がとてもある谷間に顔が埋まり、正面と左右から襲い来る柔らかくも張りのある圧迫感で幸せなのか苦しいのか、よく分からない状態だ。
「これで土壌の改善に成功して収穫量が増えれば、領民の食事情は改善されるし、余剰分を商人に売ってお金を得ることで経済の回りも良くなるかもしれないわ!」
割合を表すなら、幸せが四で苦しいが六。
こんな見事な胸に埋まって幸せでないはずがないけど、命の危機がある以上は苦しさの方が上だ。
「まだ確証は無いとはいえ、これが成功すれば領内の活性と発展に繋がる可能性を秘めているわ。こんな辺境の領地へ婿入りしてもらって申し訳ないと思っていたけど、来てくれてありがとう!」
リーチェさんが何か言ってるけど、それどころじゃないし、左右からの圧迫で耳が塞がれて上手く聞き取れない。
それとボチボチ幸せが三の苦しさが七になってきたから、そろそろ解放してください。
それを伝えるためにリーチェさんの体を叩いてるのに、全く気付いてくれない。
「お母様! シオン様が苦しそうです、放してください!」
今の大きな声は聞こえた、セリカ嬢だ。
「あら、ごめんなさい。嬉しくてつい」
ぷはっ、ようやく解放された。
空気が美味しいって、こういうのを指すのかな。
ちょっとだけ惜しくて残念だけど、命には代えられない。
「シオン様、大丈夫ですか? お母様がごめんなさい」
と思ったら今度はセリカ嬢が心配して寄ってきて、支えるように密着してきた。
心配してくれる気持ちは嬉しいけど、近い近い近い。
それとリーチェさんより小さくとも存在感のある胸が、押し付けられてます。
弾力のあるリーチェさんとは違う、プニプニと柔らかな感触は苦しさなんて感じない、幸せ百パーセントでしかない。
「まあ、セリカったら大胆ね。そんなに密着して、お母さんに似たそれを押しつけちゃって」
リーチェさーん、そんな指摘したら。
「ひゃわあぁぁぁっ!?」
まあこうなるよな。
一瞬で耳まで真っ赤になって、飛び退くように俺から離れると屋敷へ逃げ込んだ。
やっぱ足速っ、そしてふわふわの髪だけでなく、胸もゆっさゆさ揺れてた。
どうして今の光景を記録する手段が無いんだ、恥じらう可愛い表情も含めて、永久保存したいのに。
脳内に永久保存して、繰り返し思い出すしかないかとちょっぴり悔やんでいると、肩を叩かれた。
振り返った先には、満面の笑みのリーチェさん。
「シオン君、期待していいわよ。あの年齢であの大きさだもの、きっと私と同じくらいに育つわ。いえ、これ以上に育つ可能性も秘めているわ」
自分から指摘した部位を揺らし、親指を立てるリーチェさん。
それ以上、だと……。
「い、いえ、そこで女性の良し悪しを決めるのは失礼ですし、小さくともセリカさんは魅力的ですよ」
自分を落ち着けるように、なんとか取り繕う。
「シオン君は紳士ね。で、大きいのは嫌い?」
大好きです。健全な青少年だもの。
「大好きです」
って、また本音えぇぇぇぇっ!
なんかこっちへ来てから、妙に本音が漏れる!
それもこれもセリカ嬢が俺の好みドストライクなのが悪いんだ!
いや、ちっとも悪くないけど、だったら何にこの複雑な感情をぶつければいいんだっ!
「し、失礼しました」
なんとか落ち着いたら、ケラケラ笑うリーチェさんに謝罪する。
トルシェさんが後ろで笑いを堪えているのは、見えてないことにしよう。
「ふふふっ、気にしないで。紳士なのもいいけど、シオン君ぐらいの年齢なら素直になるのも大事よ」
「だとしても、すみません……」
今俺は、穴があったら入りたい、という言葉を使うべき時を完全に理解した。
「だから気にしなくていいのよ。義理とはいえ親子になるんだもの、何が好きかくらいはぶっちゃけなさい」
「ぶっちゃけて、いいんですか?」
実家でもしたことないのに。
「むしろ、ぶっちゃけてくれた方が心を開いてくれたと思えて嬉しいわ」
心を開く、か。
そう言われると、実家にいた頃はそんなこと無かったな。
両親も周りの大人達も、見ていたのは俺の素質や将来性ばかりで、近寄っておきながら結局離れた同年代の子らも親の指示や、大人達と同じく俺の将来性狙いなのばかり。
兄は逆に俺の将来性に反抗心を抱いて、距離を取っていた。
物心ついた時からそんなだから、何が好きか嫌いかなんて主張しなかった。
そこから付け入ろうとして、余計なことをしそうだったから。
心を開いていたと思えるのはトーマスと、何人かの使用人くらいかな。
あっ、だから妙に本音が出ちゃうのか。
セリカ嬢やリーチェさんからは、ああいう大人達のような気配を全く感じないから。
「それを踏まえて聞くけど、セリカのことはどう思う?」
これは本音で答えろってことだよな。
うん、やっぱりこの人からは両親や王都にいた大人達のような、一方的な期待感や損得勘定やご機嫌取りといった類の気配は感じられない。
そういうのに長く晒されていたから、なんとなく分かる。
だからといって失望感も期待外れ感も無い。
ならこっちも、本音を晒そう。
トーマス以外は信用も信頼もできず、ずっと晒せなかった自分の気持ちを素直に。
「内面的なことはこれから知っていくので断言はできませんが、今のところは好感を持っています。そして外見は……見事なまでに自分の好みを兼ね備えていて、一目見て心奪われました!」
ハッキリ告げるとリーチェさんは俺の目をしばしジッと見て、その後でニッと笑顔を浮かべた。
「素直でよろしい! 娘をよろしくね!」
「はい!」
ガッシリと握手を交わし、互いに笑みを浮かべる。
「さてと、そろそろ仕事に戻りましょうか。シオン君、今頃は恥ずかしがって部屋に引きこもってベッドに身を預けて、頭に枕を被って真っ赤になって悶えているセリカにも、ちゃんと素直に本音を晒すのよ」
やたら具体的だし、その光景が容易に想像できる。
正直そんな反応をする姿は可愛らしいだろうから見たいし、何度も言うけど記録に残して永久保存したい。
だけどそんなこと出来るはずがないから、想像で我慢しよう。
「分かりました」
「何かあっても私がフォローするから、しっかりね」
そう言い残して、リーチェさんはトルシェさんを伴って屋敷へ戻った。
しかし、分かったと返事をしたはいいものの……できるかなぁ。
ここまでに数回、既に本音を晒しちゃっているとはいえ、あんなことがあった後だからちょっと気まずい。
いやいや、夫婦になるんだから、これくらいできないと。
これはきっとセリカ嬢と良い夫婦になるための試練なんだ、そうに決まってる、そうだと思い込め。
そうやって自分に気合いを入れつつ、俺も屋敷へ戻って自室へ向かう。
運び込まれた荷物、整理しなくちゃな。