幸運なハプニング
最初に土壌改善をする場として連れて来られた、公衆土浴場。
中へ通されると出入り口のすぐ傍に男女別を示すかのように、男と女と刻まれた扉が二つあった。
ブロッサムの案内で男側の扉を潜ると、その先は扉を挟んで脱衣所、木製の浴槽がある水浴び場の順になっていて、その先は一面の大地が広がっていた。
「ここは我らドライアドが、裸で寝転がって土から栄養と魔力を摂取する施設じゃ」
ああ、やっぱりそういう目的の施設か。
名前からして、それしか考えられないもんな。
ということは途中にあった水浴び場は、体に付いた土を洗い流すためにあるのかな。
「まずはここの土を頼むのじゃ。肥料に必要な物は、既にそちらへ運び込んである」
ブロッサムさんが指差したのは、端の方に寄せられた雑草と枯れ草と土、それと古い樽。
説明によると雑草と枯れ草と土は山から運んできた物、樽は村へ挨拶に行った際に古くなったのを譲ってもらい、そこに余った家畜の糞尿や生ごみを入れてるらしい。
ちなみにここまで運んだ手段は、これまた古くなって処分予定だった荷車を譲ってもらい、それを使ったとのことだ。
「分かった。ただ、肥料や土や枯れ草を撒くには人手がいるぞ」
「ならば、そこで興味津々に覗いている者達に手伝ってもらうかの」
覗いている者達?
振り返ると入り口付近に大勢のドライアド達が集まっていて、興味深そうにこっちの様子を窺っていた。
いつの間にいたんだ。
「お主達、興味があるならシオン様を手伝うのじゃ。人手がいるようじゃからな」
ブロッサムさんの呼びかけに、まずは子供達が返事をしながら駆け寄って来て、その後に大人達も頭を下げながら手伝いに来てくれた。
彼らの手を借りて生ごみと家畜の糞尿が入った樽に雑草を加え、飛び散らないよう注意しながら「撹拌」で混ぜ合わせ、いい具合になったら「発酵」で肥料へと加工する。
『おぉっ』
見た目はこれまでに作ってきた肥料と変わらないけど、ドライアド達にとってはよっぽどの物なようで驚きの声が上がり、子供達なんか樽を囲んで覗き込んでいる。
「話には聞いていたが、本当に人の手であんな肥料を作れるんだな」
「あれだけでも、十分に栄養と肥料が含まれてるわ」
「なー、兄ちゃん。これ次どうすんだ?」
「こらっ! ちゃんとシオン様とお呼びしなさい! 申し訳ありません、ちゃんと言い聞かせますので」
平謝りする兄ちゃん呼びをした男の子の母親に、しっかり頼むぞと返す。
気にするなと返してもいいけど、そうしたら普段からそう呼びかねないから躾けるよう促す。
領民との距離が近いのは構わないが、領主と領民、貴族と平民の一線はしっかり守るべし。義母上からの教えだ。
「次はこれを、刻んだ枯れ葉と山から運んだ土と一緒に撒くんだ」
完成した肥料と「みじん切り」で刻んだ枯れ葉と山の土を手分けして撒いたら、ドライアド達は一旦邪魔にならない位置へ移動してもらい、「撹拌」で土とかき混ぜていく。
だいぶ慣れたお陰で深さはこのくらい、強さはこのくらいというのが手に取るように分かる。
このまま「撹拌」を並列に並べたい状態で複数同時発動。全ての強さと深さと魔力量が均等になるようシャバババッと制御して、ぶつからないよう間隔をキュキュッと調整して広範囲を一気に耕していく。
すると、ドライアド達からワッと歓声が上がった。
「見ろよあの土。シードが持ち帰ったのと同じぐらい、栄養も魔力も豊富だぜ」
「本当に調理魔法であの土が作れるのね」
「こんな土に寝転がれるなんて、夢のようだわ」
「とーちゃん、早く寝転がりたい!」
「分かってるって。父ちゃんも楽しみだから、もう少し待てって」
大好評なようでなによりだ。
だけど調子には乗らず、作業そのものは丁寧に進めていく。
「むほぉーっ! はよう、はよう寝転がりたいのう」
「曽お祖母様、こちらは男性用なので駄目ですよ」
「うぬぅっ、先に女側をやらせるべきじゃったか」
「だったら、女性側も終わるまで男性の入浴を禁止して、手伝わせればいいのです」
「それじゃ! よいな皆! 女側も終わるまで、入浴禁止じゃ!」
途端に男達から不満の声が上がったけど、ブロッサムさんが長権限とやらで黙らせた。
頑張れ男性陣。君達が手伝ってくれれば女側の作業も早めに終わって、すぐに入浴できるから。
「旦那様、その調子です。頑張ってください!」
よし、極愛の妻セリカからの応援でテンションが爆上がりした。
この勢いで「撹拌」を可能な限り追加して作業範囲を広げ、魔力をギュウウンと制御して、丁寧さはそのままに作業速度を上げて地面を耕していく。
あっという間に耕されていく地面に、見物しているドライアド達から再び歓声が上がる。
嫁の声援で作業効率が上がるとは、我ながら現金なものだ。
勿論、そんな調子なもんだからあっという間に作業が終わり、続いては女側。
こちらは早く土の上に寝転がりたいドライアド達により、肥料と枯れ草と山の土が物凄い勢いで撒かれていき、急かされるような強い視線の集中砲火に促されながらさっきまでの範囲と速度と丁寧さで耕していく。
やがて全ての土を耕し終えたら、ドライアド達へ向けて告げる。
「完了だ」
「よし、入浴を許可するのじゃ!」
『うおぉぉぉぉっ!』
完了宣言をした瞬間にブロッサムさんからの入浴許可宣言、からのドライアド達は歓喜の声を上げ、我先にと出て行く。
「あの阿呆共めが。シオン殿に礼の一つも言わずとは。シオン殿、我々にこれほど見事な土を施してもらえたことに心より感謝申し上げる。そして一族の非礼を長としてお詫び申し上げる。すまなかった」
「ん、分かった。謝罪を受け取ろう」
深々と頭を下げるブロッサムにそう返すと、明らかに表情がホッとした。
何か罰せられまいかどうか、気にしていたんだろう。
正直言うと、何やってんのあいつらって気分だけど、どれだけ楽しみにしていたかは手伝いの際の行動や視線の圧力で分かっているから、今回は大目に見ることにしよう。
なんでもかんでも厳しく罰すればいいものじゃないというのは、義母上からの教えだ。
「ドライアドの皆さんがお礼も忘れるほど、旦那様が手掛けた土は凄いんですね」
「うむ。もしもシオン殿の前でなければ、我も今すぐにでも全裸になって、雄叫びを上げながらこの辺り一帯をゴロゴロと転がりたい気分じゃ」
見た目幼女の婆さんが雄叫びを上げながら全裸で地面を転がる……。
ドライアドの生態を知っていなかったら、普通に通報案件だよ、それは。
「あら? ということは……。旦那様、早くここを出ましょう!」
「えっ?」
「いいから早く!」
必死になってぐいぐい腕を引っ張る様子はかわいとおしいけど、何をそんなに慌てているんだろう。
訳が分からず首を傾げていると、この土浴場とも言うべき場所へ繋がる、唯一の扉の向こうが騒がしくなってきた。
「あぁっ、もう来ちゃった!」
来ちゃったって何が。
尋ねるより先に扉が開き、どうしてセリカがここを出ようと言い出したのか、何が来たのかを理解した。
ここは土浴場、ドライアド達が全裸で寝転がって土から栄養と魔力を摂取するところ、そして入浴を待ちわびて完成と同時に去って行ったドライアド達、そして今いるのは土浴場の女側。
もう分かっただろう。全裸の女性ドライアド達が土の上に寝転がるため、我先にと駆け込んで来たんだ。湯浴み着を着るでもなく、何かで体を隠すでもなく一糸まとわぬ姿で。
しかも若さゆえの動きの速さからか、女の子や少女やお姉さんやご婦人といった若い面々ばかりだ。
「らめえぇぇぇぇぇっ! 旦那しゃま、見ちゃらめえぇぇぇぇぇっ!」
絶叫しながら背後に回り込んだセリカによって、両目が塞がれた。
あまりの驚きと焦りで、駄目がらめぇになってる。
だけどしっかりこの目には収めたぞ。大きいのや小さいのやそこそこなのや形が整ったのや垂れ気味なのが、走った勢いで多種多様な揺れを披露してくれた光景を。
その中には勿論、腰や太ももや尻や腹も含まれていて、太めなのや細めなのや引き締まったのやむっちりしたのや発育途中なのが色々あり、どれも実に見事で眼福で幸福で誠にありがとうございます。
僅かな間でそれをしっかり目に焼き付け、永久保存とまではいかないまでもバッチリ記憶に刻み、今は後ろへ回り込んで俺の目を隠しているセリカによって背中へ押しつけられている、ポヨンポヨンとした柔らかい胸の感触を堪能する。
「こんの阿呆共! まだシオン殿がおるのに、何をしておるのじゃ! ちゃんと確認ぐらいせんか!」
ブロッサムさんによる叱責の直後、女性達の悲鳴のような歓声のような、よく分からない声が響く。
「旦那様、何も見ていませんよね! 何も見えていませんよね!?」
「大丈夫だ。セリカのお陰で何も見てないし、今も何も見えていない」
今は何も見えていないのは事実だけど、何も見てないのは嘘です、ごめんなさい。
だってこの状況下で見たと言ったらどんな目に遭うか分からないから、ここは誤魔化させてもらう。
「本当ですねっ!?」
「本当、本当」
肯定したら何故かドライアドの女性陣から、溜め息や残念という声が聞こえた。
なんでそんな反応するんだ、おい。
おそらくホッと胸を撫で下ろしている人もいるんだろうけど、見えないから分からない。
「セリカ殿、我がシオン殿の手を引いて出口へ誘導するので、そのまま目を塞いでいてほしいのじゃ」
「承知しました。旦那様、申し訳ありませんがそういうことでお願いします」
「ああ、分かった」
一瞬、布か何かを巻いて目を隠せばいいんじゃないかとも思ったけど、ブロッサムさんらしき手に引かれて誘導されての移動中、後ろから俺の目を隠し続けているセリカの胸がポヨポヨポヨポヨ跳ねるように背中に当たり続け、柔らかさだけでなく弾力も伝わって来るからこのままで良しと判断した。
夜の営みで直に触れているとはいえ、こうして衣服越しに背中や腕で味わう感触は別だ。
同じく夜の営みで何度も揺れる光景を目にしているのに、衣服を着ている状態での揺れに目が行ってしまうのと同じで、直に見るのとは別の良さがあるんだ。
そうした、着ているからこその良さがあるんだと、こっちへ来てから気づかされたよ。
ついでに言うと、背後に密着しているセリカもセリカで楽しんでるっぽいし。
だってさっきから匂いを嗅いでいるのか、首筋にフンフン息が当たってくすぐったい。
「薄っすらと滲む旦那様の香しい汗のかほりが……ふおぉぉぉぉっ」
ちょっとそこの極愛の妻さんや、小声で囁いているんだろうけど、この至近距離なら香しいかほりとやらの発生源の耳にバッチリ届いているからね。
どんな表情をしているか見てみたいよ。どうせ抱きしめたくなるほど、かわいとおしいに決まってるけど。
「シオン殿、段差があるから気をつけるのじゃぞ」
「ん、分かった」
見えないから、なおさら気をつけよう。
入った時の記憶だと、さほど高い段差じゃないから少し足を高く上げればいいかな。よし、無事に突破。
もう一方の足も注意して段差を越え、これで一安心。
なんかご年配の方々がいやんとか言ってる声が聞こえるけど、華麗に聞き流す。
「あっ!?」
と思ったら後ろに続くセリカが段差に躓いたようで、背中へ倒れ掛かってきた。
それ自体は踏ん張って堪え、ブロッサムさんも巻き添えにして倒れるのを免れたからいいとして、問題は背中だ。
密着状態から背中へもたれかかってきたから、セリカの胸が思いっきり押しつけられている。
その瞬間の感触を擬音で表現するのなら、ブニョオォンッだろうか。いや、ドップゥンッか? いや、双方を合わせてドップニョオォォンッ、これだ!
「だ、大丈夫ですか、旦那様」
「大丈夫だ、なんともない」
ただし、背中に伝わっている感触はなんともなくない。
セリカが身じろぎする度にプニョンプニョンとした感触が伝わってくるし、目隠しをされているからか、いつもより感触がより明確に分かる。
何の役にも立たない発見かもしれないけど、決して馬鹿にできない発見かもな。
「セリカこそ大丈夫か?」
「平気です。怪我はしていません」
それはなにより。ご年配の方々からも、気をつけてくだされとか心配されている。
普通は逆なんだけどね。
「大丈夫なら先導を続けるのじゃ。ゆっくり、ゆっくり」
できればもうちょっと幸福な感触に浸っていたかったのに、残念だ。
だけど移動中のポニョンポニョンする感触も実に良い。
それに加えて、さっき脳裏に刻んだ素晴らしい光景も見られたし、今日は厄日ならぬ幸日か?
……いや、違うな。セリカと出会えた瞬間からほぼ毎日が幸日と言っていいだろう。
「もうすぐ外なのじゃ」
ということは、この背中が幸せ状態はもうすぐ終わりか。
残念だけど仕方ない。
始まった以上、いつかは終わりが来るんだから。
セリカも同じ気持ちなんだろう、匂いを嗅ぐ勢いが明らかに増して、フンスフンスと鼻息が荒い。
そんなことを考えているうちに外へ出たのか、そよ風が吹いているのを感じた。
「外に出たのじゃ。失礼したのう」
「ふう、危ないところでした」
ようやく塞がれていた目が解放されて、少しぶりの光が眩しい。
「助かったぞセリカ」
本当はバッチリ見てたけど。
「妻として当然のことです!」
えへんと胸を張った拍子にぶるるんと揺れた。
そして見事な揺れも、ありがとうございます。
「迷惑を掛けたお詫びに、我が家で薬草茶を御馳走させてもらうのじゃ」
「いいのか? 入浴しなくて」
「そうしたいのはやまやまじゃが、長としてお二人を放っておく訳にはおきますまい」
本当なら行きたいんだろうな。
だって震えるほど手を握りしめて、我慢してるから。
とはいえ放置されても困るから、ここは招待に預かろう。
「なら、お言葉に甘えさせてもらう」
予定より早く終わったし、少しゆっくりしてもいいだろう。
そういう訳で、土浴場近くにあるブロッサムさんの家で休憩となり、そこで薬草茶をご馳走になった。
ちょっと苦味が強くてセリカが渋い表情を浮かべたものの、体にはとても良いらしい。
それを飲みながら、今後の事を話したり今までの暮らしについて聞いたりしているうちに、ドライアド達が土浴場からゾロゾロ出てきた。
妙に髪や肌がツヤツヤしているのは、土浴場で過ごした効果なのか?
「くっ、羨ましいのじゃ。我も後でたっぷりゴロゴロするのじゃ」
どうぞ、ごゆっくり。
その後に行われたドライアド達が管理する畑作りにおいて、彼らは大活躍した。
次から次に肥料に必要な材料を運んでは、肥料ができた傍から枯れ草や山の土なんかと一緒に畑の予定地へ運んでいき、撒いていく。
そして耕し終えた田畑には、以前に住んでいた場所から持って来た薬草や、農家から分けてもらった野菜の種や苗を植えていき、それが済んだら台車と樽で水を運んできて畑へ撒いている。
あまりに見事な働きぶりに、つい感心してしまう。
「すごい勢いだな」
「あれだけ見事な土の上で過ごせば、これくらい動けで当然なのじゃ」
そういうものなのか、ドライアドって。
感心しつつも作業は進んでいき、夕方くらいには全ての作業が終了。
一族総出で見送られる時には、シードからは薬草茶の葉が詰まった大きな袋を、ブロッサムさんからは疲労回復効果のある栄養剤を十本差し出された。
「本日ご足労いただいたお礼です」
「どうか受け取ってほしいのじゃ」
「なら、遠慮なく」
せっかくの感謝の品、受け取らない方が失礼だ。
どちらも受け取ったら「冷蔵庫」へ入れておいて、帰ったら義母上にも渡そう。
「じゃあ、これで失礼する。明日からの作業も頼むぞ」
「勿論なのじゃ」
明日からはこの辺りへの治水工事を開始する。
川はそう遠くないとはいえ、水は大事だしこれからの開拓を見据えれば治水工事をしておいて損は無い。
並行して開拓も進められればいいんだけど、ドライアド達にも畑の世話があるから多くを割けず、順番にやっていこうということになった。
「お疲れさん」
「お疲れ様なのじゃ」
ドライアド達に見送られて帰路へ着く。
帰る間、土浴場での出来事のせいかセリカがいつも以上に腕を絡ませ、密着してきた。
挟まれた状態で歩く度にポヨンポヨンで、実に幸福だ。
そしてあの光景も実に見事だった。
「旦那様、本当に見えてなかったんですよね?」
「見えなかったぞ」
セリカの手で隠された後は。
「ならいいんです。もしも見ていたら……うふ、うふふふふ」
その含みのある笑みはなに。
正直に見たと言っていたら、俺はどうなっていたんだ。
あの時の誤魔化した俺、ナイス判断。
心の中で安堵しながら帰路を行き、やがて屋敷に帰って義母上に報告したら、向こうからも一つ聞かされた。
ケルムさんの論文が仕上がったから、レトリバー辺境伯様との面会を求める手紙を送ったと。




