移住の理由
ラッセルさん達に連れられてやって来た、ドライアドのシード。
種族を代表して新天地を探しに来たというこの少女を連れ、老農会の方々とラッセルさん達と別れて屋敷へ向かう。
さっき茶畑の土に反応していただけあって、畑や田んぼを見かける度に輝くほどの笑顔を浮かべ、感嘆の声を漏らしている。
「どこの畑や田んぼも素晴らしいです。それ以外の土は正直大したことがないのに、畑や田んぼの土だけは素晴らしく素晴らしいです!」
褒めてくれているようだけど、素晴らしく素晴らしいってどんな言い回しだ。
あと、それ以外の土が大したことないっていうのは余計だ。
「ところで、どうしてここへ移住したいんだ?」
深い森の更に奥地や険しい山脈の中に住んでいるっていうドライアドが、どうしてわざわざ人里に移住したがるのか。その理由が分からない。
人里に現れている以上は、人と交流する気が全く無いわけじゃないのは分かるけど、移住したい理由は知っておきたい。
ドライアドのような種族が移住を希望しているんだから、何か厄介事でなければいいんだけど。
「ここの畑や田んぼの土が、とても素晴らしいという情報を入手したからです!」
……待っても続きは無い。
「理由はそれだけか?」
「はい!」
胸を張って言い切ったよ、この子。
というかその情報、どこからどうやって入手したんだ。
「えっと……順を追って説明してくれ」
どうせ屋敷まではまだ距離があるし、先に詳しい話を聞いておこう。
義母上へのスムーズな説明のためにもな。
「それはですね」
シードの説明によると、彼女の一族はもっと南の別領地にある、四方を山に囲まれた窪地に住んでいる。
ところが最近、そこで温泉が噴出した。
それのどこに問題があるのかと思うけど、温泉と一緒に有毒性の気体まで噴出してしまったとか。
窪地のために有毒性の気体が徐々に溜まっていき、さらには噴出している辺りから植物が枯れだしていって土の状態も悪化して、とても住める環境ではなくなってしまった。
そのため、早急に新天地を探す必要があるそうだ。
「私達ドライアドは栄養と魔力が豊富に含まれた土に寝そべって、そこから養分を吸っているんです。なので何も食べる必要は無く、あとは水を飲んで空気を吸って日光さえ浴びていれば大丈夫なんです」
まるっきり植物みたいな生態なんだな。
だからさっき、土の上に寝転がりたいって言ったんだな。しかも全裸で。
「人里に住まないのは、そういう理由か?」
「はい。人の手が加わった場所よりも自然豊かな場所の方が、土の栄養も魔力も豊富で濃厚ですから」
「なのに、ここへ移住したいのか?」
「ここの畑や田んぼの土は別格です! 人里なのに、今まで住んでいた場所よりも遥かに質が良いです!」
その土を作った身としては、褒めてもらえると嬉しい。
「それにしても、ここまで来るのは大変だったんじゃないか?」
「ふっふっふっ~。実はそうでもないんですよね」
得意気な表情で語るのは、ドライアド特有の能力。
彼女達ドライアドは全ての植物と対話できるようで、それで良質な土のある場所や自身への危機を教えてもらっているらしい。
ドライアドの高い察知能力は自身の力じゃなくて、周囲の植物に教えられているからなんだな。
その能力で周囲の植物に話しかけ、ドライアドが住める良質な土壌のある土地を尋ねたところ、この領地の畑や田んぼの土がとても良くなったという話が伝わっていると聞きつけた。
しかしそこは人里ということもあり、現地調査とそこの主との交渉のためにシードが派遣されることになって、わざわざやって来たそうだ。
植物の伝達能力、おそるべし。
しかもここまでの移動も、延々と歩いてきたり馬車で移動したりしたわけじゃなく、植物を介して一瞬で転移してきたとか。
ただ、距離が遠くて魔力が足りなかったため位置がずれてしまい、木々に尋ねながら村を目指して歩いている最中にラッセルさん達と遭遇。
悪い人達じゃないと植物から聞き、理由を話して村まで連れてきてもらったそうだ。
というかドライアドは逃げ足が速いって話、あれは単純に足が速いんじゃなくて、植物を介して遠くへ転移して逃げていたのか。
周りの植物による監視と警告、そして植物さえあれば遠距離を一瞬で移動する転移能力。そりゃ捕まるわけがないって。
察知能力の正体といい、真実なんてこんなものか。
「村の中で畑や田んぼを見かけて土を見たら、もう身震いするほど感激しましたよ。人里にもこんな土があるんだって、初めて知りました!」
ドライアドに感激されるなんて、そんなに土壌改善した土は良いのか。
うん、やっぱり嬉しい。
そしてドライアドには土の良し悪し、正確には土に含まれる魔力や栄養を見抜く力も有るようだ。
「しかもですよ! 思わずその場にいた農家の方々を問い詰めたら、これは次期領主のシオン様が調理魔法で肥料を作り、土を耕してくれたからと言うじゃないですかっ! あれほど素晴らしい土が人の手で作られたなんて聞いて、すごく驚きましたよ!」
もっと褒めてくれ、調子に乗ってしまうほど褒めてくれ。
褒められて嬉しくない人はいない。
それと問い詰められた農家の方々、ご苦労様です。
「あれ? そういえばお兄さん、確かさっきシオン様ってラッセルさんが……。それに次期領主予定者って……」
いまさらっ!? 気づくの遅っ!?
「ひょっとして、農家の方々が言っていた、土壌改善計画の立役者のシオン様ですか?」
「ああ、そうだ」
「神と呼ばせてください!」
「断る」
「一刀両断です!?」
いくらなんでもそんな褒め方は結構だ。
さすがに神と呼ばれて調子に乗るほど自惚れてはいない。
第一、神なんて呼ばれたら教会から何と言われるやら。
「あのあの、どうして調理魔法であんなに素晴らしい土が作れたんですか!? 肥料も見せてもらいましたが、そちらも栄養と魔力が豊富でしたし!」
とても興奮した様子で詰め寄る様子がなんだか微笑ましい。
お転婆な妹がいたらこんな感じなのかなと思いつつも、妻のある身であまり迫られたら困るから落ち着かせよう。
「ちゃんと説明するから落ち着け。ほら、深呼吸」
「はいです。ひっひっふー」
「……それ深呼吸か?」
なんか別の呼吸法っぽい。
「ドライアドにとっての深呼吸は、こうやるんです」
変わった深呼吸をする種族だことで。
種族によってなにかしらの違いがあるのは、多くの種族が暮らすこの領地では珍しくないし、あまり気にしない方がいいか。
自分に言い聞かせるようにそう決めて、屋敷に着くまでの間にケルムさんからの調査結果を含め、土壌改善計画のことを簡潔に伝えた。
するとどうやらケルムさんにも興味を持ったようで、移住が認められたら話をしてみたいと言われた。
植物の研究をしているケルムさんからすれば、ドライアドとの会話なんて夢のようだろうな。
とかなんとかやっているうちに屋敷へ到着。
早速義母上がいるであろう執務室へ向かおうとしたら、廊下で紙の束を手にしたセリカと遭遇した。
「旦那様。おかえりになられていたのですね」
「うん、ただいま」
「おかえりなさいませ」
極愛の妻からかわいとおしい笑顔でのおかえりなさい。
何度経験してもいいね、これ。
「あら? そちらの方は?」
「どうも、お邪魔してます!」
片手を上げて元気に挨拶をするシード。
だけど何故ここにいるのかが分からず、セリカの視線がこっちへ向けられる。
「彼女はシード。一族を代表してやって来た、ここへの移住を希望するドライアドだ」
「まあ、そうなんですか。領民が増えるのは良いこと……ってドライアド!?」
そりゃまあ、驚くよな。なにせドライアドだし。
でも、微笑みから驚愕への表情変化もかわいとおしい。
それと驚いて少し仰け反った際の、胸のプルンとした揺れはしっかりこの目で捉えておいた。
「ほ、本当なんですか?」
「本当らしい」
「どどど、どうしてドライアドが、こんな辺境の地へ移住希望を?」
「土壌改善した土が気に入ったらしい」
なにせそれをやった俺を神と呼ぶくらいだから。
「はい! シオン様が手を施した土は、実に素晴らしいです! 一族の仲間達も、満場一致で気に入ってくれるでしょう!」
「ふわあぁ、ドライアドのお墨付き……。さすが旦那様です」
本日のさすだん、ありがとうございます。
「そういうわけで、義母上と話し合いがしたいそうだ。執務室にいるか?」
「あっ、はい。どうぞこちらへ」
まだちょっと信じられない様子のセリカを先頭に執務室へ向かう。
「お母様、戻りました」
「ありがと。あら、シオンも戻っていたのね。そちらはどなた?」
「俺から説明します。彼女はですね」
証拠のマンドラゴラを出してもらってシードのことを紹介したら、やっぱり義母上は驚いて席から立ち上がった。
その勢いでブルンと揺れ、さらに余韻でプルプル震えている。
さらに義母上の紹介を挟んでシードがここにいる理由を説明したら、義母上はあまりの驚きですっ転んだ。それはもう見事にステーンと。
単にドライアドが来ただけならともかく、この地へ移住したいと言うのだから、そんな反応をするのも無理はない。
ただ、転倒した際に義母上の存在感抜群の胸がブルルンと大きく揺れたはずなのに、角度の問題で見えなかったのが実に残念だ。
「ほほほ、本気なの!?」
「本気も本気、超本気です!」
ふんすと鼻息を吐いて胸を張るけど、こちらはブルンともプルンともしない。
あるにはあるけど、揺れるほどじゃないから仕方ないか。
「移住を許可していただくためならば、この通り! ドライアドにとって最上級の土下座でもって、心よりお願い申し上げます!」
そう言ってシードが取った体勢は、床に伏せた体勢から足が頭上に来るほど背中を仰け反らせたもの。
これがドライアドにとって最上級の土下座?
こんなの、予め言われてなくちゃ土下座をしているなんて、とてもじゃないけど分からない。
一見バカにしているような土下座の姿勢に、セリカはかわいとおしく口を半開きにしてポカンとしている。
「どうか、どうか私達がこの領地へ移住するのをお許しください! ここに住めてあの素晴らしい土を得られれば、お礼にこの領地のために薬草でも野菜でも穀物でも作りますし税金とやらもお支払いしますから、お願います! この通りです!」
農作業をするのと税金を支払うのはともかく、どこがこの通りなのか、その体勢だと今一つ伝わってこない。
土壌改善した土を気に入って、なにがなんでもここへ移住したいっていう気持ちは分かるけど、一風変わったその土下座のせいで台無しだ。
特にセリカと義母上は反応に困って、戸惑った表情を浮かべている。
「どうかお願いします、領主様!」
「え、えぇ、別にそこまでしなくとも、少し話を聞いて問題無ければ移住を許可するわよ」
戸惑った表情のまま移住を許可するなんて、初めて見た光景だよ。
ひょっとしたら、今後一生見られないかもしれない。
「ありがとうございます!」
そのままの体勢で感謝されても、イマイチ感謝されている気がしない。
とりあえず特徴的すぎる土下座を止めてもらい、場所をリビングに移して話を聞くことにした。
途中で会ったサラさんにお茶の用意を頼み、リビングに着いたら向き合う形で座る。
椅子に座ったシードが足をプラプラさせている姿が、見た目と相まってなんだか微笑ましい。
「それじゃあ、いくつか話を聞かせてもらうわね」
「はい! なんでも聞いてください!」
「移住したい理由は、さっきのシオンの説明でおおよそ把握したけど、本当にここでいいの? 一族の皆と相談をするとか、連絡を取るとかもせずに決めて良かったの?」
「大丈夫です! 仲間の皆も、シオン様が土壌改善した土や肥料を得られるのであれば、満場一致で賛成してくれます!」
判断基準は絶対的にまでそこなんだな。
だけどまあ、同じことで何度褒められようとも悪い気はしない。
「そもそも、ここの土が良いと植物を介して聞いて、私が派遣されたんです。私が大丈夫と言えば、皆も納得してくれます」
理論的にはそうだろうけど、納得してくれるんだ。
それほどシードに信頼があるのか、それともドライアドって種族がそういう点に関して緩いのか。
どっちなのか、それとも別の理由があるのか。そんなことを考えていたらサラさんがお茶を持ってきてくれて、テーブルに紅茶が置かれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
元気の良い返事をしたシードが紅茶を飲むと、表情をほころばせた。
「とても美味しい紅茶ですね。普段はお水で、お茶もあまり飲まないのですがこれは美味しいです」
今後はさっきの茶畑から、もっと美味い紅茶が取れるんだぞ。
無事に収穫できたら飲んでもらおうかな。一体、どんな反応をするだろう。
「ありがとう。じゃあ一族からの承諾は得られるとして、人数は何人くらいなの?」
「七十人ぐらいです」
「七十……」
義母上が難しい表情をした。
無理もない。領民が増えてくれるのはありがたいけど、いきなりそんな大人数を受け入れるだけの力が、今のこの領地には無いんだから。
使っていない土地はいくらでもあるし、ドライアドは土と水と日光があれば食事は不要。でも寝泊まりする場所が無い。
村に宿はあるものの、さすがに七十人は他の村や集落へ分散しても無理だ。
「あの、悪いんだけどそれだけの人数を受け入れるのは……」
「お家の心配ならしなくていですよ。お家ならあっという間に作れますから、土地さえご用意いただければ、それで十分です」
「「「はいっ?」」」
意味不明で理解不能な発言に、俺とセリカと義母上の声が揃った。なんか恥ずかしい。
「シードさん、それはどういうことでしょうか?」
「私達ドライアドは植物と対話したり、植物を介して遠くへ転移したりするだけでなく、その場にある木々を利用して樹木のお家を作ることもできるます! なので、一切手入れをしていない土地でも大丈夫です!」
自慢気な表情で何を言うのかと思ったら、思ったよりも凄い事だった。
どうなっているんだドライアド。植物関係に関しては万能すぎて、恐ろしさを感じるぞ。
「ですがこういった能力があるせいなのか、ドライアドは「授魔の儀」を受けても魔法を授からないんですよね」
授からなくていいよ。
植物との会話や植物を介した転移に加えて、樹木の家を作る能力まであるのに、そこで魔法まで授かったらとんでもないことになるって。
能力そのものが魔法っぽいし、そういう理由で魔法を授からないのかもしれない。
「まあ、そうなの」
「そうなんですよ。だけどそのお陰で、栄養と魔力が豊富な土のある人里離れた奥地で、俗世とほぼ隔絶したような生活を送れていますから、決して悪いことだとは思いませんね。私達の種族は争いを好みませんし、お金を稼ぐために働くよりも、土の上に寝転がって日向ぼっこしながらのんびり平穏に過ごすのが好きですしね」
そんな日々、誰だって送りたいよ。
働かずに一日中日向ぼっこして過ごすだなんて、年に何回できるやら。
もしもそんな日を過ごせるなら、是非ともセリカと添い寝をしながら過ごしたい。
俺がセリカの胸に顔を埋めるも良し、セリカが俺の胸に顔を埋めるも良し。とにかくしっかり抱き合っていれば、それで良し。
あれ? そういえば……。
「だったら、日用品を買うために売る薬草はどうしてるんだ? どこかで採取してるのか?」
「いいえ。病気になった時に備えて育てている物を、古い物から順に売っているんです」
食べる必要は無くとも、病気にはなるんだ。
そりゃ備えておかないと、何かあったら怖いな。
「売りに来るのがマンドラゴラとか、珍しい薬草ばかりなのは?」
「普通の薬草だと量が必要で、荷物がかさばるじゃないですか。その点、私達が住んでいるような土に栄養と魔力が豊富に含まれている土地でないと育たない薬草なら、珍しい品種なので少量でも高値で売れますから」
俗世とほぼ隔絶したような生活を送れているとか言いながら、そういうことは気にしてるんだな。
「という訳で、だいぶ話は逸れましたが、土地とあの土が手に入るのならお家の心配は無用です。あの土なら私達が育てている薬草も育ちますので、それを売ったお金で税金をお支払いすることができます」
さすがはドライアドが認めた土、珍しい薬草も栽培可能なのか。
しかもそれを少量ずつでも安定して供給してもらえれば、新たな資金源になる。
そのためだったら、肥料作りでも耕作でもやってやるよ。作業自体はもう慣れたものだからな。
「そういうことなら話が早いわね。分かったわ、移住を許可します。土地はちょうどいい場所があるから、そこを使うといいわ」
「ありがとうございます! では私は一旦向こうへ転移して、仲間へ伝えてきます」
「だったら、うちの菜園にある土と肥料を少し持って行かない? 村の畑や田んぼと同じ物だから、仲間への説明に使えると思うわよ」
「是非!」
というわけで、菜園の土と肥料を積めた小さな袋をお土産にシードは一度帰ることになった。
距離の問題があるから、転移は村を出た場所からするとのこと。
場所の説明と案内は明日行うことにして、それで問題が無ければその日のうちに移住を開始するらしい。
ちなみに義母上が言っていた、ドライアドに住んでもらうつもりのちょうどいい土地というのは、村の付近にある開拓予定地のことだった。
移住を利用して、先送りになっていた開拓をドライアドにやってもらうという義母上の策略、さすがです。
しかもさりげなく、どうせならと範囲を広げて農家の次男や三男に与える田畑まで整備しようと考え出している。
色々と振り回されながらも、ちゃっかりと抜け目無く利用する手際の良さは、領主としても当主としても見習うべきだな、うん。




