道半ば
新規開拓計画は上がったものの、まだまだ計画を立案状態。
普段の仕事に影響が出ない範囲での人員はどれだけか、いずれは農作業に協力してくれる調理魔法使いが何人いるか、おおよその予算と期間はどれくらいなのか、開拓予定は本当に予定地で大丈夫なのか。
実行前に調べることや下準備すべきことは多々ある。
上手くいけば大きな利益になる反面、そこまでの道のりが過酷だという新規開拓の大変さの一片を、現在進行形で実感している。
「今の財力と動員できる人手だと、開拓は新たな農地を作るのが精々ね」
義母上の言う通り、現在のバーナード士爵家の財力と動員できる人手を考慮すると、新規開拓は農地を作り上げるので精一杯だ。
農家の子供は余っているから、畑や田んぼを増やしても管理できる人手はあるし、家を建てれば実家暮らしの狩人や職人も独り立ちできるし、宿屋も一軒くらいなら増やせる。
でもそこで終わり。それ以上の発展をするには、金と人手が圧倒的に足りていない。
さらに開拓して住める土地を増やしても、そこに住人がいないと無意味に広げただけになってしまう。
「義母上、これはやはり辺境伯様からの支援がないと厳しいです」
分かっちゃいたけど、バーナード士爵家だけでやるには人手も金も圧倒的に足りない。
土壌改善した野菜を売り出せば金に目処はつくだろうし、その金で人を雇えば人手も目処がつく。
でも現状の畑や田んぼからの予想収穫量と、そこから領民が食べる量と税として収める分を差し引くと、新たな開拓をして村や集落を拡張する必要がある。
だけどその予算も人手も足りないという堂々巡り。
何かの拍子に大金が転がり込むなんて幸運はまず無いから、打破するには金がある人からの支援が必要だ。
国の東の果てにある辺境の小領を治める弱小貴族に支援してくれるとしたら、寄親であるレトリバー辺境伯しかいない。
「そうね。となると、心証を損ねる訳にはいかないから、しっかりとした見返りを提示しないとね」
「やっぱり利権がいいですかね。発展することができれば、色々な利権が生まれますから」
品質が向上した野菜が評価されれば、当然買いつけに来る商人が増えるだろうし、それに同行する護衛、発展している途中の地なら仕事があるだろうという移住者も出るだろう。
そうしたことを見通せば、行き来がしやすいにように街道を整備、泊まれるように宿屋を増設、馬車や護衛の武器を修理するための工房と職人、挙げだせばキリがないほどの利権が用意できる。
まあ勿論、どれも上手くいけばという前提があるけど。
そこをレトリバー辺境伯がどう考えるかだな。
悪い噂は聞かないとはいえ、実際に会ったことが無いから腹の内が読めない。尤も、どんな相手にもそんなのを読んだことは無いけど。
「なんにしても、育った作物とケルムさんの研究をどう評価してもらえるかどうかね。それまでは小規模な開拓を、細々とやっていくしかないわ。駄目なら駄目で、それを継続すればいい話よ」
「ですね」
一気にドバッと開拓するなんて、夢物語。
どれだけ金と人員を用意しようがしまいが、開拓は地道に細々とやっていくものだ。その規模が大きいか小さいかというだけで。
「作物はこうしている間にも育ってるからいいとして、ケルムさんの研究はどうなってるの?」
「進めてはいるそうですが、研究しておきたいことが多いのと、それをまとめるのに手こずっているそうです」
ケルムさんの下へ出向いて現状確認をしてきたセリカから、難航している進捗具合が伝えられた。
「だったら小規模な開拓でも、今はやめておきましょう。現状で優先すべきは三つよ」
義母上が指を三本立てた。
「まずは現状で生産可能な品質向上した作物を、安定して供給する体制の完成」
その野菜の売り上げが今後の発展の資金源になるんだから、それは当然だな。
「次にエルフの集落の復興完了。国から保険金が入ったとはいえ、こっちに人手とお金を使っているのも確かだから、新規開拓よりこっちを優先するわ」
それについても当然だ。
開拓するにしてもエルフ達の協力は必要不可欠だし、彼らの生活環境を取り戻さずに開拓を優先することはできない。
「三つめは調理魔法による農作業に協力してくれる人達の育成。これはシオンから新規開拓地の土地整理を利用して練習って話があったけど、村長達の報告によると既に何人かが練習をしているらしいわ」
えっ、そうなのか?
なんでも、自作の肥料を作ろうとしたり、空き地の隅を利用して土を耕す練習をしたりしているとのこと。
まだまだ全然だそうだけど、そういった熱心な人達がいるのは頼もしい。
「以上を踏まえて、一つ目はエルフの集落の救援時に、計画を一時的に停止していた期間を埋められれば体制作りは問題無いわ。二つ目は焦ってどうにかなるものじゃないし、安全第一を最優先に考えて進めていきましょう。最後に三つ目だけど、事前に練習しておいて損は無いからそのまま練習させておくわ。新規開拓は辺境伯様の支援が無い限り、復興が済んでから少し期間を置いて開始しましょう」
つまり重要かつ優先すべき点が三つあるけど、特別な対応をする必要は無いということか。
新規開拓の時期もそんなところかな。
復興作業が終わった後に、続けざまに開拓だと不満が出そうだし。
「というわけで、当面は特別な動きは無しよ。だから普段の仕事に集中してね」
「はい」
「分かりました」
こうして話が纏まったら、そのまま領主になるための勉強へ移行。
今日は国に対する領主としての義務か。まだまだ覚えるべきことは山ほどありそうだ。
その勉強が終わると、昼食を挟んで午後は老農会が世話している茶畑へ出向き、肥料作りと現在は土を休ませている休耕地にて土作り。
半分趣味だけに範囲が狭いから、作業はあっという間に終わった。
「いやぁ、助かりましたぞシオン様」
「見ての通り、ジジイとババアばかりですからな。この範囲の土を耕すのも一苦労で」
「誰がババアだい、誰が!」
「お前に決まっておるじゃろうが、このクソババア!」
「あたしがクソババアなら、あんたはクソジジイじゃろうが!」
「やめんかシオン様の前で」
「お前達はいつもそうじゃのう」
「あれで離縁せずに夫婦でいるじゃから、分からんもんじゃな」
体力は落ちていても気力と元気は有り余っているご老人方を見ていると、なんだかこっちも元気が出てくるよ。
お茶とお茶請けの野菜の塩漬けをいただきながら、まるで若返ったかのように目をキラキラさせながら、どれだけ美味い茶に育つのかと話す老農会の方々の様子を眺め、その姿に思わず微笑んでしまう。
「それだけ元気なら、まだ畑仕事もできるんじゃないか?」
「無理ですわい。こうして好きな時に休んで働ける半分趣味の作業ならともかく、食っていくために遮二無二働くのは体がもちません」
話しかけた男性はそう言って、首を横に振った。
「自分と家族が食っていくだけならともかく、それで金を得なくちゃならんからの」
「そうじゃな。食わすだけが養うということじゃない、食わした上で金を貯めて初めて養うことになるんじゃ」
「わしらのような農家にゃ、衣食住のうち食は自分で確保できても、衣と住は金を稼いで手に入れんといかんからの」
さすがは長く生きているだけあって、深みのある言葉をありがとうございます。
「そういえば、半分趣味でこの茶畑を作っているそうだけど、もう半分はなんだ?」
やっぱり元農家としては、何かを作りたいって気持ちが消えないのかな。
それで同じよう年齢の人が集まって、助け合いながら新たな生産を。
「かっかっかっ。税金対策ですじゃ、税金対策」
……えっ?
「前のように働けなくとも、僅かでも稼げば子供達の負担も減るしの」
「あんまり売れとらんがな」
「あたしらは好きなんだけどね、この茶畑の葉で作った紅茶」
「全くじゃ。苦くて渋い従来のより、千龍から長年かけて品種改良したこれの方が美味いじゃろうに」
何が半分趣味だよ、メッチャ売る気あるじゃん。
そんでこれが税金対策……。
いやまあ、老人が動けるうちは税金対策に軽労働をするってのは王都でもあったけど、この茶畑もそうなのか。
なのに売る気はあるとか、やっぱり多少なりとも元農家のプライドもあるんだろう。
自分らの作った物が不味いのかって感じで。
「俺は気に入ってるぞ、ここの葉で淹れた紅茶」
「でしょう? 美味いでしょう!」
「ここの葉を売っている行商人によると、それを理解しようとせん連中が多いようなんですわい。従来の物ばかり贔屓してからによって」
「頭の固い連中じゃわい」
そのお怒りはごもっとも。
好みは人それぞれだとしても、こんなに美味い物を受け入れないんだから、頭が固いと言わざるを得ない。
決して俺達の舌がおかしいわけじゃないから、そうに違いない。
むしろ向こうの舌の方がおかしい。
「しかし、土壌改善で品質が向上したらどんな味になるんだろうな」
「採れた野菜を食いましたが、相当な美味さでしたからなぁ」
「どれだけ美味い茶になるか想像できませんが、楽しみですわい。ふぉっふぉっふぉっ」
俺も楽しみだ。
まさか王都にいた頃は苦手だった紅茶を楽しみにする日が訪れようとは、考えもしなかったな。
「そういえばシオン様、新しい開拓の話が持ち上がっていると耳にしましたが?」
「ああ、確かに計画は上がっているけど、まだ先の話だ」
「何故でしょうか?」
尋ねられた以上は答えてあげよう。別に隠すほどのことじゃないし。
というわけで、老農会の方々に辺境伯様からの支援を取り付けないと小規模の開拓が精々であること、今はまだエルフの集落の復興を優先しているため、開拓はそっちが終わってからでないと着手できないことを伝えた。
「はぁ、そういうことですかい」
「力自慢の獣人族や物作りが得意なドワーフがいるとはいえ、復興は時間が掛かりますからなぁ」
「でも、だいぶ進んではいるんだぞ」
土砂の撤去は済んだし、集めた土は砂利が少なければ畑に撒いて、砂利が多ければ集落の周辺へ広く少なく撒くことで処理。
倒木は木材として利用できないから割って乾燥させて薪に、岩や石は砕いて建物の基礎に使う砕石っていうのに利用している。
家を建て直すための木材を開拓予定地から採れれば良かったけど、新規開拓の話が持ち上がった時には既に材料は足りていたから、タイミングが合わなかったのが口惜しい。
「今の調子なら、来月には復興完了かな」
正直、他種族の秀でた能力を甘く見ていた。
人間よりも力強かったり手先が器用だったり持久力があったりするのは分かっていたけど、復興作業のような大掛かりな作業だと、それがより一層ハッキリ分かる。
だって明らかに普通より作業が進んでるんだもの。
土砂は次から次へと運ばれていき、全壊または半壊した家屋はみるみるうちに建て直されていき、生活環境も整えられていく様子は見ていて驚いた。
義母上によると、人間だけだったらまだ半分がいいところだって話だから、本当に彼らの力や技術は大したものだ。
お陰で他の村や集落にいる知り合いの下へ避難していたエルフ達も、徐々に戻ってきている。
「なるほどねぇ。そういう人達が同じ領地にいるなんて、頼もしいねぇ」
「なぁに言ってるだ。遠い昔にここを開拓して村が作れたたのも、彼らの協力があってこそだって、おっとうやおっかあも言ってたじゃろうが」
やっぱり新規の開拓にも、彼らの協力が必要不可欠だな。
だったらなおさら、今はエルフの集落の復興を優先して開拓は後回しにすべきだろう。
人数がいれば並行での作業ができただろうけど、ここの領民の人数じゃ並行しての作業は難しい。
この人達のような老人や子供、それに日頃の仕事もあるしな。
「なんにしても、村が発展するのはいいことだ」
「んだんだ。これもシオン様がお嬢の婿に来てくれたからだな」
「シオン様が来てからセリカ様も幸せそうだし、作物のことで世話にもなった。シオン様様だな」
「ありがたやありがたや」
「いやいや、拝むことないだろ」
褒めてくれるのは嬉しいけど、拝むのは止めてくれ。
それに土壌改善計画だって、たまたま出来た事が結果的に上手くいっただけで運が良かっただけ。
ただ、第三者からセリカが幸せに見えるのは素直に嬉しい。
「なんにせよ、村がどうなるのか楽しみだな」
「それを見るまで、まだまだ死ねんわい」
「いったい何歳まで生きるつもりだい、このクソジジイ」
「なんじゃとクソババア!」
ああ、また始まったよ。
こんなんでよく何十年も夫婦をやってるよ、本当に。
喧嘩するほど仲が良いって言うし、その類の典型かな。
……駄目だ、セリカと喧嘩するなんて考えたくない。
万が一怒らせてしまったら、全力で平謝りして許しを請うだろう。
これが惚れた弱みってやつか。だってセリカはいつもかわいとおしいんだもの。
「シオン様、もしもセリカ様と喧嘩になったらすぐに折れるんですよ」
「そうですじゃ。亭主関白より、女の尻に敷かれる方がいいんじゃから」
「一つとはいえセリカ様の方が年上なんですから、女を立てるつもりでいてくださいね」
「最後の時まで夫婦円満なんて無いと思って、どこかで妥協するってことも覚えておくんじゃよ」
なにこのお婆さん達による夫婦関係についての波状攻撃。
これらは経験則からなのか、それとも自分が思っていることを言っているだけなのか、果たしてどういう意図での助言なんだ。
まあ、喧嘩になったらすぐに折れるのは、そうするつもりだから問題無し。
入り婿としては亭主関白をするつもりは無いから、これも問題無し。尤も夜の営みではどっちが上でもいいけど。
そして我が極愛の妻は一つ年上だった。なにかとかわいとおしくて年上って感じがしないから、あまり気にしたことは無かった。
んでもって最後の妥協については、今のところそうすべき点は思い浮かばない。
でも待てよ、逆にセリカは何かを妥協しているかも。
……女を立てるってのをやっておくか。
ひとまず、帰ったらいつもありがとうと伝えてみよう。
こっちへ来てから視察への同行や結婚生活で色々と感謝すべきことはあるから、突っ込まれたらちゃんとそれを応えよう。
少し恥ずかしいけど、これも夫婦生活のためだ。
「シオン様? 分かりましたか?」
「ああ、よく分かった。覚えておくよ」
今後のセリカとの夫婦生活、さらにはいずれ生まれる子供と義母上との家族生活のためにもな。
さてと。お茶は飲み終わったし、そろそろお暇しようかな。
「おっ、ちょうどいいところに。シオン様、ちょっといいですか?」
とか思っていたら、ラッセルさんとその仲間達の登場だ。
近くを通る道からこっちへ近づいて来るけど、一体何の用だろう。
うん? というか人数が増えてる。
前はいなかった、褐色肌で短い緑色の髪が所々跳ねている、胸元が少しだけ存在を主張している半袖シャツとハーフパンツ姿の小柄な少女を連れてる。
こっちで加わった仲間かな? いやでも、あんな子は見たことが無い。
「ああ、構わないぞ。どうかしたか?」
「実はこの子なんですが……」
「ふおわぉぉぉぉぉぉっ!?」
うおっ、なんだ!?
新しく加わっていた少女が急に変な叫び声を上げたぞ。
何事かとその子を見たら、茶畑を見て目を見開いて驚いている。
「こ、この茶畑の土も素晴らしいです! 栄養も魔力も豊富なのに加えて、今すぐにでも飛び込みたいほど新鮮です!」
なんだこの子、土を見て興奮しているのか?
しかもどうして栄養と魔力が豊富だと分かる。
そして思ったよりも声が幼い。俺より頭一つ低い背丈も相まって、少女というより女の子って感じに見えてきた。
「ラッセル、その子はなんだ?」
「……種族を代表して新天地を探しているという、移住希望者です」
「移住希望者?」
しかも種族を代表って、なんだか大きな話になりそうだな。
「あのあの、あなたがここの領主様ですかっ!?」
目を輝かせた女の子が迫ってくる。
駄目です、俺にはセリカという妻がいます。
なんて冗談はさておき、話を聞かないとな。
「いや、俺は次期領主予定者だ。君は? 移住希望者と聞いたが」
「申し遅れました! 私、一族を代表して新天地捜索の任を受けております、ドライアドのシードと申します!」
ピシっと可愛らしく敬礼した姿はともかく、ドライアドだって?
それって確か、普段は深い森の更に奥地や険しい山脈の中に住んでいる、エルフ以上に自然と密接な生活を送っているっていう種族だよな。
人里にはたまに姿を現す程度で、その時には住処から持って来たという珍しい薬草を売って、その金で日用品を買ってるらしい。
昔は珍しさと薬草目当てで狙われることが多かったそうだけど、力は子供並みに弱くとも逃げ足がとても早くて察知能力が高いから、一度も捕まったことが無いとか。
しかもその後、身柄を狙われた町や村はかなりの広範囲で土地が枯れてしまう上に二度と姿を現さなくなるから、決して手を出すなと言われている。
人目を避けるために町や村じゃなくて外で狙っても、木にされてしまうという噂もあったな。
「……本当に?」
「はい! 証拠になるか分かりませんが、これをご覧ください」
そう言って差し出したのは、人型をした不気味な根菜。
なんか顔の部分が呪われそうな感じで、今にも呪詛を口にしそうだ。
「シオン様、これはマンドラゴラです。眼力魔法を授かっている仲間が確認しました」
こ、これがマンドラゴラ。
ドライアドが持ち込む以外では、発見したという記録も持ち込まれた物から栽培に成功したという記録も無い、正にドライアドからしか手に入らない薬草だ。
しかも「目利き」や「鑑定」といった、物の価値や真贋や情報を見抜く魔法の使い手が確認したなら間違いない。
「信じていただけたのなら、領主様にお取次ぎ願えませんか?」
「勿論だ。領主の館へ案内しよう」
本物のドライアドが移住するのなら、これほど嬉しいことはない。
どうしてここへ移住したいのかは分からないけど、彼らを害そうとせず、友好な関係を築ければと思う。
この領地は色々な種族が住んでいて、その下地はあるからな。
「よろしくお願いします! あっ、でもその前に一ついいですか?」
「なんだ?」
「この素晴らしい土の上にしばらく寝転がらせてください! 全裸で!」
「駄目だ」
土での汚れは落とせばいいけど、全裸は駄目だ全裸は。
断られたシードは、おあずけですかと凄くがっかりした。
いや、おあずけでもないから。全面的に駄目だから、色々な意味で。
しかしさっきも茶畑の土に反応していたし、ひょっとして移住を希望する理由は土壌改善した土か?




