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嫁の寝起き


 ふと目が覚めました。

 もう朝なのかなと思って、目を擦りながら体を起こします。

 やけに鮮明なシーツがずり落ちる感触を覚えながら窓の外を見たら、まだ暗いです。

 だけど空が薄っすら明るくなってるので、夜明けはそう遠くないでしょう。


「ふに……ふぁっ!?」


 シーツがずり落ちる感触が妙に鮮明だと思ったら裸だった!?

 慌てて体を起こした時にずり落ちたシーツで体を隠したけど、よく考えたらここは私と旦那様の部屋です。

 一緒にいるのは、当然ながら隣で寝ている旦那様だけ。

 その旦那様も裸のまま安らかな表情で寝ていて、起きる気配はありません。

 さっき思わず声を上げちゃったけど、起こさなくてよかったです。

 昨夜もその……遅くまで激しく夫婦の営みに興じちゃいましたからね。ベッドも凄いことになっちゃっています。


「ふぁ……」


 旦那様の寝顔を見ていたら、また眠くなっちゃいました。

 外はまだ暗いし、二度寝することもできそうです。

 ベッドへ横になって、旦那様の方を向きます。

 普段はしっかりしているので年上だと錯覚しそうになりますが、静かに寝息を立てている表情は年下って感じがします。

 だって寝顔がちょっと可愛いんですもの。


「私の方が年上なんですけどね……」


 旦那様はこういう時しか年下なのを実感させてくれなくて、それが悔しいので指で頬をプニプニします。

 あっ、思ったより柔らかくて癖になりそうです。

 そういえば、頬に触れているのはいつも唇なので、こうして指で触れるのは何気に初めてでした。


「んん……」


 おっと、起こしちゃいそうなので、ここまでにしておきましょう。

 身じろぎはすぐに止まり、旦那様はすぐにまた寝息を立てだしました。

 ふう、危うく起こしちゃうところでした。

 旦那様はこの地へ来てから、私との結婚とお母様の後を継いで領主になるための勉強だけでなく、ちょっとした好奇心から生まれた土壌改善計画の作業、その成果による発展を見越した新規開拓計画への参加と、やることが目白押しです。

 土壌改善計画の作業は現状だと旦那様にしか出来ませんし、そもそも領地の今後を左右する二つの計画に、次期領主として関わらないわけにはいきませんから仕方ありません。

 だからといって嫌々やっているわけでなく、自分がやっていることを己の成果として自慢し、不遜な態度を取ることもしていません。

 この領地のために、真剣に取り組んでくれているのがとても嬉しいです。

 そうした姿が、領民の方々に受け入れてもらえた理由の一つでしょう。

 といっても、領民の方々は代々他所からお婿さんが来ている状況に、良くも悪くも慣れているので割とすぐに受け入れてましたけどね。

 でも、そんな日々を過ごして疲れないはずがありません。

 成人して結婚もしたとはいえ、まだ十三歳ですし、夜の営みも……その……凄いから大丈夫なんでしょうけど、知らぬうちに体は疲れていると思います。


「少しでもゆっくり寝て、疲れを取ってくださいね」


 寝ている旦那様の前髪に触れる。

 お風呂で洗ってあげている時に毎回思っていますが、うちには碌な石鹸や香油はないはずなのに、どうしてこんなにサラサラなんでしょう?

 天然でこれだとしたら羨ましいです。私の髪はどうしてもふわふわになっちゃうので、風の強い日とかは大変なことになっちゃうんです。

 でも旦那様はこのふわふわ髪が気に入っているみたいですし、それならこれでいいかなとも思っています。


(会うまでは不安だったのが、懐かしいです)


 寄親のレトリバー辺境伯様からの使者が来た時は何事かと思いましたが、この家へ婿入りする相手が決まったという通達を聞かされた時は、遂にこの時が来たと思いました。

 うちは領地を貰った初代様以降は女系で、代々外からお婿さんが来ています。

 なので一人娘の私もいずれお婿さんを貰って、その人との間に子を生さなくてはなりません。

 その結婚相手というのが、レトリバー辺境伯様が王都で内政に関わっているコーギー侯爵様との繋がりを作るために選んだという、コーギー侯爵様の寄子に当たるザッシュ男爵家の次男、シオン様。

 目の前で可愛らしい寝顔を浮かべている、愛すべき旦那様です。

 とはいえ、当時は単純に貴族として家の血を繋ぐだけでなく、互いの家の寄親が繋がりを持つという重要な政略結婚をすることになったので、だいぶ驚いてしまいました。

 勿論、断ることなんてことなんてできません。それが貴族というものですから。

 顔も知らない相手と結婚なんて、貴族にはよくあることだと分かっていても、いざその時を迎えると相手への好奇心や興味よりも、変な人や怖い人だったらという不安や恐怖の方が強かったです。

 変な人を婿入りさせたら寄親の沽券に関わるから安心しなさいとお母様に言われても、不安や恐怖を拭えない日々を過ごしました。

 そうして迎えた当日、せめて外見が悪いだけであってほしいと願う私の前に現れたのが、旦那様です。

 あの時は、本当に慌てたんですよ。


「旦那様の外見が、私の理想通りなのが悪いんです」


 これは旦那様にもお母様にも伝えていない、私だけの秘密です。

 恐怖と不安に押しつぶされそうになっていた時に現れたのが、私の好みど真ん中のとても好ましい外見をした方だったのですから。

 思わず自己紹介がたどたどしい口調になってしまっていましたが、あれは緊張からだけではなく、好み過ぎる外見をした方が結婚相手として現れたことに動揺したからなんです。

 一目見た瞬間に、理想通りの外見をした方が結婚相手として現れた時の対処方法を教えてほしいと、心の中でお母様に叫んでしまうほどでした。

 それと、その後の旦那様の返事も効きましたね。

 うっとりと見惚れるような眼差しで素敵発言なんてされたら、異性との恋愛経験も交際経験も全く無い私が耐えられるはずないじゃないですか。

 なんか悔しくなってきたから、また頬を軽くツンツンしちゃいましょう。


「おまけに一緒に過ごしたら、とても優しい方ですし」


 そんなの、貴族の義務なんて関係無しに好きになっちゃうに決まってます。

 外見も内面も私の理想通りという、一生分の運を使い果たしたかのような奇跡の出会いに、思わず神様に感謝しましたよ。

 そういえばこんな固くなって傷だらけの手も、勲章だって褒めてくれましたね。

 おまけに現状では開拓どころか開発さえも難しい現状に、風穴を通して未来への明かりを灯してくれました。

 ツンツンするのをやめて可愛らしい寝顔をジッと眺めていると、自然と頬が緩んできます。

 恋愛経験も交際経験も全く無いんですから、少々チョロいのも仕方ありません。未経験者の甘さを舐めないでください。

 旦那様は良い方だから良かったですけど、外見が良くて口が上手ければ、下心満載の悪い人にだってあっさり引っかかっちゃうんですからね。


「……にへへ」


 なんか気分が浮かれてきたので、ツンツンを辞めて抱き着いちゃいましょう。

 シーツに覆われている以外、お互い何も身に着けていませんが、何度も体を重ねたのですから今さらですよね。


「すんすん……」


 ああ、旦那様の匂いは本当に香しい。

 どれだけ汗を流しても汗臭いどころか、逆に高揚するほど良い香りです。

 前にお母様から借りた本に、好きな相手の衣類の匂いを嗅ぐ描写があったので、興味本位で旦那様の洗濯前の服を嗅いだら一発で虜ですよ。

 本で読んだ時はその気持ちが分かりませんでしたけど、虜になった瞬間に理解しました。

 畑仕事やなんかをしている他の男性から漂っていた匂いは、ただ汗臭くて不快だったのに、旦那様の匂いだけは一切の不快感を覚えず、むしろ夢中になっちゃいました。

 その事はうっかりからバレてしまいましたが、優しい旦那様はそんな私すら受け入れてくれたので、今では堂々と脱ぎたてシャツや枕を嗅いでいます。

 ああ、でも直に嗅ぐのが一番良いです。クンカクンカ。

 特に夜営みをしている時は汗以外にも色々な匂いがしているので、それだけでもう最高です。


「にゅふふ~、旦那しゃま~」


 普段なら恥ずかしくてやらない、旦那様が寝ている時限定の甘え声での密着。

 大きくて肩が凝っちゃう胸を旦那様にぐいぐい押しつけて潰して、少しでも接触面が広くなるように密着します。

 だって、愛する旦那様と少しでもくっ付きたいんです。

 触れる肌面積が少しで広くなるよう、頑張ってくっ付いて押し付けて密着して、頭を旦那様の胸の上に置いて超至近距離で匂いを嗅ぎます。

 これこそ旦那様より早く起きた時だけの、至福の状態なのです。


「ふぁ……」


 さて、まだ外は暗いですし、この至福の状態のまま二度寝に入りましょう。

 寝れる時間は短いでしょうが、ぐっすりと寝れそうな気がします。

 では、おやすみなさい。



 *****



 体が優しく揺すられて目が覚めました。


「おはよ、セリカ」


 視界に映ったのは笑顔の旦那様です。


「おひゃよう、ごじゃいます……」


 ああ、そうでした。二度寝をしていたんでした。

 外はすっかり明るくなっていて、小鳥のさえずりが聞こえます。


「ん、おはよ。それよりそろそろ放してくれないかな?」


 んん? ハッ!?

 体勢が二度寝をする前に堪能していた、至福の状態のままです!

 要するにこれ以上ないほど密着して、頭を旦那様の胸の上に乗せている状態です!


「へうぅっ!? も、申し訳ありません!」


 一瞬で目が覚め、慌てて離れました。

 やっちゃいました、旦那様が先に起きることを一切考えずに至福の状態で寝ちゃいました。


「気にしなくていいよ。というかそんなにくっ付きたいなら……ほら、おいで」


 体を起こした旦那様が、笑顔で両手を前に出します。

 これはあれです、いつでもハグしていいよというポーズです。

 そんなことをされたら、ふらふらとその胸に飛び込んで寄り添って、腕に抱かれながら直に匂いを嗅ぎたくなるじゃないですかっ!

 悪魔です、これは悪魔の誘いに違いありません。

 あそこへ飛び込んだら最後、蕩けて甘えてしばらくは脱出が不可能になってしまいます。

 それなのに、それなのに! そうなると分かっていても、そこへ飛び込もうとする欲求を抑えられません!

 どうあっても抗えないなんて、正にこれは悪魔の誘いです。


「で、では、遠慮なく……」


 悪魔の誘いに負けて旦那様の腕に抱かれると、やはり自覚できるほど表情が蕩けてしまい、甘えるように頬ずりしながら匂いを嗅いで脱出する気が微塵も残りませんでした。

 やはり旦那様の香しい匂いは魔性を秘めています。

 どれだけ汗を流そうともこの香しさは失せることなく、むしろムワッと増しているのですから、魔性以外の何者でもありません。


「そろそろいいか?」

「もうちょっとだけ、お願いします」


 今、思考すら蕩けそうになるくらいとてつもなくしゃーわせなので、まだ離れたくありません。

 くんかくんか、すーはーすーはー、ふみゃ~。

 駄目ですこんなの。こうして直に匂いを嗅がせてくれる優しい旦那様に甘えて、ずっとギューしたまま、一日中ダラダラ過ごす怠惰な一日を過ごしたいです。

 なんならダラダラではなく、一日中夫婦の営みに興じるオークやゴブリンって魔物のような一日を過ごしてもいいです。

 まあ、そういう訳にもいきませんけどね。


「……ありがとうございます、もう十分です」


 今日は午前中にお母様との勉強をして、午後はエルフの集落で再建した橋の視察と復興状態の確認、それと向こうで土壌改善した畑や田んぼでの作物の様子を確認して、長との話し合いもあります。

 非常に、ひっじょおぉぉぉぉぉぉぉっに残念ですが、名残惜しい気持ちで離れました。


「いや、こっちも朝からありがとう」


 ありがとう?

 なんのこと……。


「はわあぁっ!?」


 何も身に着けていないのを忘れてました!

 シーツも起き上がった時に下へ落ちてますし、明るい中で丸見えじゃないですか!?

 慌ててシーツで体を隠します。


「別に隠さなくても、いまさらだろ」

「だとしても、恥ずかしいものは恥ずかしいんです!」


 旦那様は私がこういう反応をする時、決まって微笑みながら温かい眼差しを向けてきます。

 悪い反応ではないと思いますが、どういう気持ちでいるのか今度聞いてみましょう。


「それより早く支度をしましょう。今日も予定があるんですから」

「だな。じゃあ、今日もよろしく」

 

 そう言って額へキスをした旦那様はズルイです。

 ここまでされたら心をがっちり掴まれて、離縁しようなんて気は未来永劫起きないに決まっています。

 これが恋愛経験も交際経験も皆無な少女のチョロさですよ。

 でもそのお陰で、私は他の男性には見向きもしないでしょう。

 仮にしつこく絡まれたとしたら、狩りで得た獲物の皮を剥いだナイフ使いでツラの皮を剥いでやりましょう、そうしましょう。

 だってこの身と心はとっくに旦那様一色に染まっていて、他のどなたにも触れる余地がありませんから。

 一時は不安に包まれそうだった結婚生活ですが、思わぬ幸せぶりを再認識しつつ衣服を身に纏い、旦那様と部屋を出ます。

 さあ、今日も頑張りましょう。


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