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実家への手紙


 俺の名はトーマス。

 かつては王宮の厨房にいたが、先輩達からの嫌がらせで幾度となく無茶な仕事をさせられた上に、その先輩達の失敗を押し付けられて責任を取らされる形で追い出されてしまった。

 その後はザッシュ男爵家の先代に拾われ、今では厨房を預かっている身だ。

 この日も若い連中と夕食の仕込みをしていたら、年配の女性使用人がやって来た。


「トーマスさん、シオン様からお手紙が届きましたよ」

「ああ、こりゃどうも」


 前掛けで手を拭き、差し出された手紙を受け取ったら女性使用人は一礼して厨房を出て行った。


「シオン様からですかい?」

「わざわざ手紙を寄越すなんて、シオン様らしいですね」

「お前ら、喋ってないで手を動かせ」

「「へーい」」


 若い連中の会話を聞きながら封を開け、中身を取り出す。

 これでも王宮の厨房に入れたくらいだから、文字の読み書きは出来る。

 シオン様らしい丁寧な字で書かれた手紙の書き出しは、俺達が元気でやっているか、自分は元気でやっている、なんてありきたいの定番なものだ。

 どうやら婿入り先の女当主である義母から許可を貰ったようで、今後はたまに手紙を送ってくるらしい。

 遠い辺境の地からの手紙だから、金も時間も掛かるから頻繁には無理とあるが、こればかりは仕方ないな。


「トーマスさん、シオン様はなんですって?」

「気の強い嫁さんの尻にしかれて、大変だって書いてますか?」

「バカ、そりゃお前のことだろうが」

「あいにくだが、結婚相手のセリカ様って方は見た目だけでなく中身も悉くシオン様の好みらしい。おまけに向こうもシオン様をいたく好いてくれているようで、とても仲良くやっているそうだ」


 シオン様と嫁さんのことを伝えたら、気の強い嫁の尻にしかれている若造がマジかと苦笑し、他の連中がその若造を笑い飛ばした。


「じゃあ、婿と姑問題は?」

「それも無いってよ。次期領主として厳しく仕込まれてるが、プライベートではとても良くしてくれているらしい」


 再びマジかという声と笑い声が上がる。

 どうやら婿入り先は良い所だったようだな。

 生まれた当初は長男の予備に過ぎない次男とあってか割と放置されていて、子を持つ親として何かと世話を焼いていたから妙に懐かれたっけ。

 周囲が一方的かつ勝手な期待を寄せていた頃は、それで調子に乗って傲慢な性格にならないか不安だったが、シオン様はそれをうざったく思っていたからそうはならなかった。

 むしろそういう奴らを反面教師にしていた節もあった。

 まあそんな連中も、シオン様が調理魔法を授かったら掌を返してあっさり離れていったし、旦那様や奥様もシオン様を見限ったがな。

 それ以降、調理魔法の練習だとよく厨房に来ていたのは、平気な素振りをしていてもやっぱり寂しかったんじゃねぇかな。

 だからこそ、婿入り先で楽しくやっているようでなによりだ。


「ほう? 向こうの領内には結構な数の種族が暮らしているようだぞ」

「へぇ、そうなんですか」


 この国は種族差別こそ禁止されているが、一部の地方では差別意識が根強く残っているし、貴族の中にはあからさまに他種族を嫌ったり見下したり蔑んだりしているのもいる。

 旦那様や奥様や長男のブルド様もそういった傾向があり、種族差別をしない先代夫婦の頃から働いていた何人かの獣人族や鬼族が、先代夫婦が亡くなって後を継いだ途端に全員をクビにしたくらいだ。

 シオン様はかわいそうだと反対していたが、あんな醜い連中はいらんと旦那様に一蹴された。

 その時のあいつらの嘆きっぷりは見ていられず、新しい勤め先として知り合いの商店や飲み屋に紹介してやって、なんとか全員再就職したんだったな。


「彼らとの交流も上手くいってるそうだ」

「そりゃなによりですね」


 他種族との交流は、差別意識を抜きにしても文化や生活環境の違いがあって難しいからな。

 向こうの領地は村や集落で住み分けをしつつ、上手く交流をしているようだ。


「ほう、鬼族がいてミソやショウユを入手しやすいのか」

「うわっ、いいなあ」

「前に働いていた鬼族の人が自家製ミソを作っていて食わせてもらったけど、炊いた米にメッチャ合うんだよな」

「向こうの家ではその米が主食らしい」

「マジっすか。いいなぁ、俺はパンより米がいいから羨ましいぜ」


 確かに羨ましい。

 俺もクビにされた鬼族の人が作っていた自家製ミソを食べさせてもらったことがあるが、絶対に米に合うと思って定期購入したいくらいだった。

 ショウユは話にしか聞いたことがないが、その鬼族の人からの話でとても興味を持っている。

 シオン様、そんな食生活を送っているとはなんと羨ましい。

 拾ってくれた先代への恩と家族がいなければ、すぐにここを辞めて行きたいくらいだ。


「戻りました。あれ? お父さん、その紙なに?」


 おお、我が愛する息子のサミーじゃないか。

 見た目が中性的でたまに娘と間違えられるが、まごうことなき息子だ。

 同じくらい愛している妻と共に赤ん坊の頃のお前を世話していた時、息子である証は何度も見ているから間違いない。


「シオン様からの手紙だ」

「シオン様からの!?」


 息子の少女のように見える弾ける笑顔が眩しい。

 サミーはシオン様の一つ年下の十二歳。

 料理人になりたいと言い、十歳からこの厨房で下働きさせているが、その時にシオン様と知り合って年が近いこともあり仲良くなった。

 身分こそ違えど、同年代で余計な気遣いや親の思惑が絡まない相手との交流とあって、シオン様も会うのを楽しみにしていたっけ。

 シオン様が婿入りのために屋敷を去ると知った時は、仕方ないと分かっていてもサミーが泣いていたくらい仲が良かった。

 そういえば、一部の女性使用人達がシオン様とサミーが仲良くしている様子を見て、頬を染めながらやたらとハァハァしていたが、あれは一体なんだったのだろうか。


「お父さん。読ませて、読ませて!」

「ハハハ、分かったから落ち着け」


 急かす息子を宥め、読みかけの手紙を渡す。

 サミーには将来のために文字を教えていて、書くのは苦手だが読むのは十分にできる。

 キラキラした眼差しで手紙を読む様子に、若い連中も微笑んで暖かい眼差しを送っている。


「良かった、シオン様は元気でやっているんだね。奥さんも義理のお母さんも良い人そうだし、ホッとしたよ」


 シオン様がいなくなってから、毎日のように大丈夫かな、心配だなと呟いていたからな。

 お前が安心したようで俺も一安心だ。


「それにしてもシオン様、奥さんのセリカ様にベタ惚れなんだね」

「むっ? そうなのか? 途中までしか読んでないから分からん」

「手紙の後半からは、如何にセリカ様が可愛くて愛おしいかが書いてあるよ」


 あのシオン様がそんなことを書くのか?

 気になったから手紙を返してもらって後半を読むと、その通りだった。

 なんだこのベタベタに甘い内容は。砂糖でも吐き出しそうだ。

 見た目に関しては一切書かれていないが、こういう仕草がいいだの、こういう表情が可愛らしいだの、こっちにいた頃からは想像できない内容が書き連ねられている。


「ねっ?」

「本当だな……」


 勝手な期待を一方的に寄せていた大人達に囲まれていたせいで、性格が少々ひねくれてしまっていたように思えたシオン様が、ここまで特定の相手にベタ惚れするとは思いもしなかったぞ。

 見た目も中身も悉くシオン様の好みと書いてあるが、一体どんな相手なのか気になる。

 一口に貴族の令嬢と言っても、所詮は人だから容姿や性格は千差万別だ。


「サミー、お前はシオン様から聞いたことがないか? 付き合ったり結婚したりするなら、こういう相手がいいって」

「ないよ。どうせ周りが勝手に決めた相手と結婚させられるだろうから、理想を語っても無駄だって」


 やっぱ周りのせいでひねくれちまってるな。

 普通そういう話をしたら、何かしら見た目や性格の話が出るものなのに。

 だが、語っても無駄だと言っていたということは、語らなかっただけで理想はあるってことだ。

 その理想が、偶然にも結婚相手の令嬢とピッタリ合ったってわけか。


「あっ、せめて性格が良ければいいやって言ってたかな?」


 思いっきり投げやりだな。

 外見は美人でも中身が最悪より、性格さえ良ければ不細工でも構わないってか。

 そこら辺の判断は人それぞれだが、シオン様はそう思っているんだろう。

 雇い主とはいえ、先代夫婦やシオン様と違って旦那様や奥様やブルド様はあまり性格が宜しくないから、その影響か?


「まあ上手くやってるんなら、それでいいか」

「それはそうだけど、やっぱり会いたいなぁ……」


 仲が良かった友人と急に別れたんだ、会いたい気持ちは分かる。

 だが、そう呟く仕草が妙に女々しくて恋する乙女のように見えるのは何故だ。

 サミーは身も心もまごうごとなき男なのに。

 不安だからちょっと聞いてみよう。


「ちなみにサミーは、どんな女性が好きなんだ?」

「明るい年上の人がいい! できれば僕が世話を焼ける、ちょっとだらしないところがある感じの女の人ならもっといい!」


 いい笑顔を浮かべて前半はともかく、後半はそれでいいのかという回答だな。

 本当にいいのか、ちょっとだらしない相手で。

 若い連中は、サミーは世話焼きだからなと笑っているが、親としては不安だ。

 だが、だらしなさを晒して服を着崩しているか下着姿でうろつく様子は、その女性のスタイル次第では有りだと思う。


「そうか、そんな人が見つかるといいな」

「うん!」



 *****



 バーナード士爵領のとある住居兼研究所にて


「へっくちっ! くぅん? 風邪かなぁ? あっ、検査薬に変なの入ってないよね⁉」



 *****



 さて、手紙は読み終えたし親子の会話はここまでにして、そろそろ仕込みに。


「トーマスさん、ちょっといいから?」


 戻れなかった。

 声を掛けて来たのはブルド様の妻として、この家へ嫁いできたスフン様だ。

 見た目こそでっぷりして脂肪の塊で、歩く様子はノッシノッシって感じだが、気立ては良くて俺達や使用人達にも良くしてくれている。

 飲食店の情報に詳しくて、妻やサミーの誕生日に贈るケーキを買う店を教えてもらったら、これが大当たりで大喜びされたから感謝している。


「スフン様、どうかされましたか?」

「明後日に開くお茶会のことで相談が……あら? お手紙かしら?」


 おお、そういえば手紙を持ったままだった。

 そうだ、スフン様はシオン様と仲が良かったな。


「ええ、シオン様からです。良ければお読みになりますか?」

「まあ、シオン君から!? 勿論読ませてもらうわ。元気にしてるかしら」


 差し出した手紙を受け取ったスフン様が読み進めていくと、表情を綻ばせた。


「まあまあ、元気にしているだけでなく、向こうで上手くやれているのね。おまけにお嫁さんのことをこんな風に書くなんて、よっぽどその子のことが好きなのね」


 それには俺も驚いたよ。

 他所の地で冷え切った夫婦関係を続けながら領主をするなんて、俺には想像もつかない寂しい時間を過ごすんじゃないかと思っていたが、そんな不安を吹っ飛ばすぐらい嫁さんにベタ惚れなんだからな。


「あのシオン君をここまでベタ惚れにさせているなんて、このセリカって子はどんな子なのかしらね」

「気になりますか?」

「ええ。私の義妹に当たる子だもの。聞いているかもしれないけど、私には兄達しかいなかったから、弟とか妹に憧れてるのよね。ここへ嫁ぐのが決まって、シオン君っていう義弟ができるのを知った時は嬉しかったわぁ」


 そういえばブルド様と結婚する前、訪問するたびにシオン様へお土産を渡しているのは義弟ができた嬉しさからだと、彼女に付き添っていた女性使用人から話を聞いている。

 シオン様からも、あなたのお義姉ちゃんになるんだから何かあったら相談してねと、毎回のように言われていると聞いた。


「元気そうだし、お嫁さんと義理のお母様とも上手くやっているようで、安心したわ。シオン君って幼い頃から周りにいた大人達の態度のせいか、ひねくれているというか世の中を斜に構えて見ているというか、そんな節があったものね。傲慢になるよりはマシだけど、あれはあれで心配だったのよ」


 子供は周りの気配に敏感だからな。

 そういうのに何年も晒されたら、性格も変化するもんだ。

 シオン様の場合、あの程度で済んで良かったって感じだな。


「お父さん、返事を書きたいんだけどいいかな?」

「それは構わないが……。届けるのに、いくら掛かるのやら」


 大事な愛息子の頼みだから叶えたいが、気楽にいいぞとは言えない。

 貴族の屋敷の厨房を任されていると言えば聞こえは良いものの、所詮は可もなく不可もなくな男爵家の雇われ料理人に過ぎず、給料はそこまで高くない。

 それで愛妻と愛息子を養い、さらには生まれるのはまだ先だが愛妻の腹に宿っている第二子を養う必要もある以上、余計な出費は抑えたいのが本音だ。

 近い距離ならともかく、辺境まで届けるとなると相当な金額になるだろう。


「高いの?」

「なにせバーナード士爵領は、東の果てにあるからな」


 ワンダール王国は大国と呼べるほどではないが、それなりに広い。

 当然、東の果てまではかなりの距離がある。

 そこまで手紙を届けるとなると、冒険者や行商人に頼んでもいくらになることやら。


「あら、だったら私もシオン君へ手紙を書くから、一緒に送らない? お金は私が出してあげるから」

「本当ですかっ!?」


 スフン様からの思わぬ提案に、サミーの表情はパァッと明るくなった。

 愛息子のとても良い笑顔は素晴らしいが、この申し出をあっさり受け入れるわけにはいかない。


「お待ちください。スフン様にそのような負担を強いるわけにはいきません」

「大丈夫よ。実家にいた頃のお小遣いはだいぶ残ってるから、手紙を出すくらいどうってことないわよ。遠慮せずに甘えてちょうだい」


 スフン様の実家はここと同じ男爵家で、経済状態はここよし少しマシ程度。

 だが、さすがは貴族なだけあって、うちがサミーへ渡している小遣いとは桁が違うんだろう。

 考えてみれば、結婚前は毎回お土産を買って遊びに来ていたんだ、それも当然か。


「本当によろしいのですか?」

「ええ、任せてちょうだい」

「お父さん、いいかな?」


 笑顔で頷くスフン様にサミーが乗っかってくる。

 これで駄目と言ったら、確実に愛息子から嫌いと言われてしまう。

 それだけは避けたい。


「分かりました。お言葉に甘えさせてもらいます」

「ありがとう、お父さん!」


 弾ける愛息子の笑顔を直接向けられたら、お言葉に甘えただけなのに嬉しいじゃないか。


「サミー君だったわね。さすがに二通送るとお金が余計に掛かっちゃうから、二人で一緒に送るってことでいいかしら?」

「はい! ありがとうございます!」


 本当にスフン様は優しい方だ。

 それなのに結婚相手がブルド様とはな。

 あの方は器が小さいというか、子供っぽいというか、能力以前に人柄が次期当主として疑問を覚える。

 今の当主である旦那様は、先代に比べると能力はさほど変わらないが人柄はだいぶ劣る。

 それでもブルド様より幾分かマシだ。

 旦那様は他種族を家から追い出したが、もしもブルド様なら全員を奴隷として不当に売り飛ばした上で、その金を自身の懐に入れて私腹を肥やしていただろう。

 そうなったら次の就職先の紹介もできず、買われる相手次第になってしまう。

 まっ、そう考えるとあいつらはそうならなかっただけマシなんだろう。

 今度の休みにでも、顔を見に行ってやるかな。


「スフン様、手紙はいつ出しますか?」

「私の方は明日でも平気よ。時間が掛かりそうなら、それ以降でもいいけど」

「いいえ、明日で大丈夫です!」


 張りきるのはいいが、手紙を書いてて寝坊したり寝不足になったりするなよ。

 でもまあ、今回くらいは大目に見るかな。

 なにせ大事な友人への手紙なんだ、そういう時ぐらいは親として温かく見守ってやろう。


「おいサミー、そろそろいいだろう。仕込みに戻れ」

「あっ、はい!」

「それでスフン様、今度のお茶会の相談というのは?」

「ああ、そうでしたね。実は実家にいた頃によく利用していた商店から、行商人から変わった茶葉を仕入れたと聞いて」


 シオン様が向こうで頑張ってるなら、俺はここでの仕事に励むだけ。

 いつかまた会えた時は、例の秘密の覗き穴から見た新たに雇われた新人女性使用人は、着やせするボインちゃんだと伝えてやろう。

 愛妻と愛息子に恥ずかしくないのかって?

 別に覗き穴から着替えを見ているだけで、声を掛けたり誘ったり手を出したりはしていないから大丈夫だろう。

 着替えを覗いていることがバレない限りは!


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― 新着の感想 ―
[一言] ケルムさんはきっちり手をかけて世話を焼けばパフォーマンスを発揮しそうだし世話焼きにとって理想の人物かも サミー君が相手を堕落させるのが趣味とかでないなら シオンは近い血縁には恵まれて無いんだ…
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