一狩り行こう
作物を調査するためにケルムさんがやってきて数日が経った。
その間にも、土壌改善計画を施した畑や田んぼではこれまでと同様に作物が育っていて、収穫物はどれも絶品の味わいだという報告が届いている。
そうなっている原因こそまだ不明だけど、食べて体に害が出たという報告は無い。
むしろ、収穫物を食べてから体の調子が良いって人が多いようだ。
「味だけでなく、栄養も高まってるのかな?」
「だとしたら最高じゃないですか。土壌改善計画、大成功です!」
今日は久々の休日。朝食後、部屋のベッドの上で背中から抱きしめているセリカがこっちを向き、満面の笑みでむふーと鼻から息を吐く。
うん、やっぱりセリカは常にかわいとおしい。
より密着したくなって、抱きしめる腕に力が入ってしまう。
「旦那様、二人きりとはいえ恥ずかしいです……」
存分に恥ずかしがって照れてくれ。それがセリカをかわいとおしく思った原点だから。
それにしても、上手くことが進んでいるのに不安感が拭えない。
急激に成長したり品質が劇的に向上したりした原因が分からないからか、何か妙な怖さがある。
順調すぎると逆に不安になるって、こういうのを言うのかな。
「あの、そろそろ準備しませんか?」
「ん、そうだな」
今日は休日とはいえ、一日中部屋で過ごすのも不健康だからと、屋敷の裏山へ狩りに出かける予定になっている。
十分に食休みは取ったから、汚れてもいい服装へ着替えて武器を用意する。
セリカと義母上によると、裏山には魔物はおらず、動物しかいないから安心していいとのこと。
まあそもそも、冒険者や傭兵や兵士でもないのに魔物を狩るとか無理な話だ。
「旦那様は剣でよろしいのですか?」
「武器は剣しか扱ったことがない」
しかも嗜み程度だから、腕前に自信がない。
だから今回の俺は狩りをしに行くというよりも、狩りに同行するって感じだ。
「セリカは弓矢なんだな」
「はい。腕には自信があります」
確か結婚前は、たまに義母上と一緒に裏山で野生動物を狩っていたんだったな。
俺がこっちへ来てからは狩りへ行けていなかったから、ウキウキしながら準備を進めている。
「二人とも、準備はできた?」
狩りには義母上も同行することになっていて、動きやすい服装に弓と矢筒を背負い、胸当てを身に着けた姿で部屋へやって来た。
おお、胸当ての内側に胸がみっちり詰まってらっしゃる。
「あとは胸当てを着けるだけです」
「早くしなさいね。ふっふっふっ、久々の狩りだから腕が鳴るわ」
興奮を抑えられず、背負っている弓を手にして弦を弾く。
義母上は弓魔法の使い手だから、腕前も期待できるだろう。
そう思いつつ胸当てを着け、大きめの背負い袋に腕を通して準備を整える。
うん? なんかセリカが手こずってるな。
「ん、あれ、えっ?」
「どうかしたか?」
「いえその、前に使っていた胸当てが、なんだか合わなくなっていて……」
困った表情のセリカが、合わなくなったという胸当てを着けようと四苦八苦している。
押し潰されては戻る胸が、ボインボインと変形して実に目の保養になる。
悪戦苦闘しているセリカは気づいていないから、じっくり観察して目に焼きつけておこう。
「まさか太ったなんてことは……」
いや、それは無い。
昨夜も存分に励んだけど、いつも通り素晴らしく肉づきのいいプニプニでムッチリな体つきは、とても太ったようには思えない。
むしろ大きくなったのは腹囲じゃなくて……。
「何言ってるのよ。胸当てが合わなくなったんだから、太ったんじゃなくて胸が大きくなったのよ」
「ふえぇっ!?」
義母上、正解。
この目で直に見て、この手で直に触れているから気づいてたけど、初夜の時から少し大きくなっている。
それに気づいた時は少し驚いたよ。まだ大きくなるのかって。
ちなみに、それが嬉しくないと言えば嘘だと断言しよう。
「あ、あうぅ……」
恥ずかしがって前屈みになり、両腕で胸を隠そうとしても存在感があるその胸を隠せるはずがなく、むしろ腕から溢れ出ようとしている。
そこに恥ずかしがるセリカのかわいとおしさが相まって、愛しの妻どころか最愛の妻すら通り越して極限まで愛おしい妻、略して極愛の妻と呼ぶべき存在と化した。
一言で表現するのなら、至高としか言いようがない。
「まだまだ成長中とは、我が娘とはいえ恐れ入ったわね。シオンの愛が、育ててくれているのかしら?」
「もう、お母様! やめてください!」
ふっ、ならばセリカの胸はこれからも育ち続けるだろう。
ニヤニヤ笑顔の義母上に、勿論と返事をするように親指を立てて応えると、同じく親指を立てて返された。
さすがは義母上、ノリが良くて分かってる。
その後、セリカは義母上の胸当ての予備を借り、少し大きめのそれをキツめに付けることで対処した。
さすがに無しで行くのは危ないし、弓矢を使う時は胸当てがないと弦が胸にぶつかって凄く痛いらしい。
母子揃ってそれだけ大きいから、身につけた方がいいな、うん。
「さあ、一狩り行きましょうか」
「はい!」
「はい」
装備を整え終えたら屋敷を出て裏山へ入る。
全く整備なんてされていないから足下は悪く、木の根で足を引っ掻けて転びそうになったり、不意にぬかるみがあって滑って転びそうになったり、下ばかり注意していたら目の前に木の枝があって顔をぶつけそうになったり、狩りをする以前に危ない場面が何度かあった。
尤も、そうなったのは俺だけで、山歩きに慣れている義母上とセリカは全く危なげがない。
むしろ危ない場面で二人から声を掛けてもらったり、支えてもらったりとフォローしてもらっている。
慣れの問題だから気にしなくていいと言われたものの、ちょっと情けない。
溜め息を吐きながら最後尾を歩いていると、セリカが少し先を指差す。
「お母様、あそこにウサギの足跡があります」
「ええ、そうね。ここから距離を取って隠れましょう」
うん? 隠れるのか?
「足跡を追わないんですか?」
「そんなことをするよりも、ここへ来るのを待った方が良いわ」
足跡があったからって、またここへ来るのか?
言われた通りに距離を取って隠れながら尋ねると、セリカが教えてくれた。
野生の動物は敵に襲われないよう、安全な場所を通る習性がある。
そのため一度通った場所は安全と認識して、再びそこを通る可能性が高いらしい。
それと、下手に動き回ったら体力を消耗するし、大物の縄張りに足を踏み入れかねないからとのこと。
「山中で狩りをする時は下手に動き回らず、足跡や縄張りを示す痕跡を注意深く探して、それを見つけたら隠れて待つのが定石なの」
「隠れる際に取る距離は、確実に矢を当てられる距離の範囲内であることが大事です」
狩りって思ったより注意することが多いんだな。
おまけに矢を確実に当てられる距離の範囲内ってことは、セリカと義母上はそれを把握しているってことか。
「とはいえ、久々の狩りだものね。距離は少し短めにしておいたわ」
「その分気づかれやすいので、物音には注意してくださいね」
「分かった」
狩りに関しては素人なので、二人にお任せします。
それからは獲物が現れるのをじっと待つ。
会話は小声に抑えて、三人が交代で足跡のある獣道を監視することになった。
その間に、王都の貴族が道楽でやっている狩りとの違いを話す。
「草原と違って、障害物が多い山の中は馬で移動するのに不向きです」
「だから徒歩移動なのか」
「ええ。それに徒歩の方が獲物がいる痕跡を見つけやすいですし、音に敏感な動物にも気づかれにくいですから」
これが道楽でやる狩りと、日々の糧を得るための狩りの違いか。
失敗しても影響の無い道楽の狩りと違って、糧を得るための狩りは食事や収入に直結する。
だからこそ、確実に獲物を捕らえられるように手段を考えているんだな。
「こういった類の狩りは、思ってたより大変なんだな」
「そうなんですよ。でもこう見えて、結婚前は猪を狩ったことがあるんですよ」
どうだと言わんばかりに、ふんすと鼻息を吐くセリカはかわいとおしい。
とても猪を狩ったことがあるとは思えないけど、嘘を言っても何にもならないから本当なんだろう。
「ちなみにお母様は昔、弓魔法を授かってからは熊を連日狩ってきたので、一時期熊殺しお嬢と村の方々に呼ばれていたらしいです」
熊殺しお嬢って……。
今の義母上からは想像できない、なんてお転婆娘な呼び名なんだ。
「ちょっとセリカ、私が熊殺しお嬢って呼ばれていたなんて、初耳なんだけど?」
「亡くなったお祖母様が言ってましたが、お母様には秘密にしていたそうです。変に広まって嫁の貰い手が無くなったら困るからと、お祖父様が他所へ広めるのを禁止していたとか」
当然の対応だな。
そんな物騒な呼び名がある相手の下へ婿入りしたがる貴族の子息なんて、そうそういないだろう。
俺も呼び名を聞いただけだと、仕留めた熊に片足を乗せて剣を掲げる、返り血を浴びた筋肉質の怖い女性を思い浮かべてしまう。
「他にも、狩り過ぎて数が減ったら生態系に影響が出るからと、熊狩りを禁止させられたお話も聞きました」
「ぐっ!? 母上ってば、孫娘に余計なことを……。というか熊殺しお嬢ってなによ、弓魔法の威力を確かめたいのと畑を荒らす害獣駆除のため、連日熊を狩っていただけじゃない」
理由は何であれ、連日熊を狩っていたら熊殺しお嬢って呼ばれても無理はないと思う。
同じ感想をセリカも抱いているのか、監視を続けながらもブツブツ文句を言う義母上に苦笑している。
「っと、話はここまでよ。来たわ」
獲物が現れたと聞き、会話を止めて物音を立てないよう身を隠したままじっとする。
真剣な表情の義母上は矢筒から矢を抜き、手にしていた弓に番えて弦を引く。
腕は決して太くなく、前に湯浴み着姿で風呂へ突撃してきた時に見た腕は、むしろ細かった。
それなのに弦は思いっきり引かれ、弓は大きくしなっている。
弓は扱ったことがないけど、あそこまで引けるのは腕力だけじゃないのかな?
「ふっ!」
身を隠している茂みの向こうへ矢が放たれ、直後に小さな鳴き声が聞こえた。
「しとめたわ。行きましょう」
その場から動かずにいた俺とセリカは茂みから出て、矢に射抜かれて痙攣するウサギへ近づく
歩み寄った時には痙攣は収まっていて、微動だにしなくなっていた。
「……死んでますね」
セリカがウサギに触れて生死を確認し、さっきまで生きていたものが肉塊になったことを告げた。
これでかわいそうとか言うのは筋違いだ。
だって俺達は、ずっと遠い昔からこうやって生きてきたんだから。
「じゃあシオン、処理をお願い」
「はい」
義母上に促され、背中の背負い袋を下ろし、人数分の小さいシャベルを取り出して穴を掘る。
ある程度の深さの穴を掘ったら、ここからが俺の出番だ。
深く刺さった矢を引っこ抜き、「皮はぎ」で皮だけを剥ぎ取り、掘った穴へ矢が刺さっていた箇所を近づけ、「血抜き」で血液を噴出させて穴の中へ流す。
手早く済ますため、ギューッとして一気に絞り出そう。
それが済んだら「内臓摘出」で内臓を取り出し、これも穴の中へ入れる。
血液と内臓を入れた穴をセリカと義母上が埋めている間に、「切り分け」で部位ごとに切り分けて肉は骨付きのまま「冷蔵庫」へ、「皮はぎ」で取った毛皮は背負い袋へ入れておく。
調理魔法で耕作をしたり肥料を作れたりしたから、毛皮や角なんかを「冷蔵庫」へ入れられるかと思ったけど、それは無理だった。
入れようとしたら弾かれてしまい、「冷蔵庫」には肉や野菜や魚といった食材しか入れられなかった。不思議だ。
「こっちは終わったぞ」
そう、今回俺が同行している最大の理由は、狩った獲物をその場で解体するのと「冷蔵庫」による運搬だ。
「冷蔵庫」を使えば肉と骨は運び放題で、残った皮や牙や角ぐらいなら背負って運べば問題無い。
「こちらも埋めました」
「よし、じゃあ次を探すわよ!」
久々の狩りで生き生きとする義母上が微笑ましくて、セリカと笑みを浮かべながら先行する義母上を追う。
そこからの俺は、完全に解体要員兼荷物持ちと化した。
セリカがしとめた鹿、義母上が弓魔法の「上昇強化」と「速度強化」を施した矢で射落とした上空を飛んでいたホロホロチョウ、セリカがしとめ損なったものの義母上が「威力強化」を施した矢でしとめた猪。
それらを調理魔法で処理しては、肉と骨は「冷蔵庫」へ、他は背負い袋へ入れていき、途中で「冷蔵庫」に保管しておいた飲み物や軽食で小休止を挟みつつ狩りを続ける。
極めつけは、義母上が大きな熊をしとめてみせたことだろう。
弓魔法の「威力強化」と「速度強化」と「追尾」と「螺旋回転」を施した矢を三本同時に放ち、射線を阻む木々の枝を破壊しながら熊へ矢を飛来させ、急な攻撃に熊が逃げようとしても「追尾」の効果で脚へ命中。動けなくなったところへ、「威力強化」と「螺旋回転」を施した矢で頭を射抜いてしとめてみせた。
「これが、かつて熊殺しお嬢と呼ばれた義母上の腕前か」
「これからは、熊殺し領主ですね」
うん、そうなるだろうな。
「やめてよ、その呼び方! もうあんなに熊ばかり狩る日々を送らないから、そんな呼ばれ方されないわよ!」
だけど、当時を知る人達は懐かしむだろうな。
そう思いながら調理魔法で処理していき、それが済んだら今日の狩りは終了。
回収した皮や角なんかは村へ戻ったら商人ギルドへ売りに行ったんだけど、その際に熊の毛皮を検分したベテラン職員が頷きながら微笑んだ。
「この熊は領主様が狩ったのですね。昔と全く同じ方法ですので、すぐに分かりました」
それを聞いてセリカと一緒に義母上の方を向く。
「ひゅー、ひゅー」
はい、そこの元熊殺しお嬢にして現熊殺し領主さん、明後日の方向を向いて吹けもしない口笛を吹いて誤魔化さない。
「いやぁ、懐かしいですな。幼い頃の領主様が連日熊を狩っては、同行したお父上や狩人が運んできてまして。それが続くものだから、いつからか村民の間では熊殺しお嬢と呼ばれるようになってしまい、嫁の貰い手がなくりそうだからとお父上が口外禁止を」
「そんなことを懐かしまないで!?」
他人にとっては昔を懐かしむ微笑ましい出来事も、本人にとっては恥ずかしい出来事。
しかも知らぬ間に妙な呼び名まで付いていたんだから、なおさら恥ずかしいだろう。
そんなやり取りを挟みつつ、皮や角を売ったら屋敷へ帰宅。
留守中は何も無かったとトルシェさんとサラさんから報告を受けたら、胸当てや弓矢や剣をセリカが清掃魔法の「洗浄」で洗って片付ける。
……剣、出番無かったな。あっても困るけど。
その後はいつも通り、汗を流すためにセリカと風呂に入る。
「お邪魔するわね!」
いや、いつも通りじゃない、湯浴み着姿の義母上が入浴中に乱入してきた。
やっぱり凄い。ボンッキュッボンッでブルンブルン揺れてる。
「お母様! 何をしているのですか!?」
反論するセリカもプルンプルンだ。
こっちは夫婦ゆえに湯浴み着が無いから、丸見えで実に素晴らしい。
だけど湯浴み着越しも甲乙つけがたい。
「親子水入らずの時間を過ごしたいのよ」
「今は夫婦水入らずの時間です!」
「それは今夜でもいいじゃない。さすがにそっちは邪魔しないから、たっぷり愛してもらいなさい」
任せてください義母上。
全身全霊を持って、かわいとおしい妻を愛します。
「義母上からそう言われた以上、入り婿としては応えるのが筋ですね。今夜もしっかり励もうな」
「へ、へぅ……」
後ろから抱きしめてそう囁くと、一瞬で顔中どころか耳や首まで真っ赤になってしまった。
狩りをしていた時のちょっと勇ましい感じは新鮮だったけど、やっぱりこういうかわいとおしいのがセリカという極愛の妻だ。
「だったら私も、娘婿を労ってあげないとね。セリカ、二人でシオンを洗ってあげるわよ」
「ひゃいっ!?」
なんという行動に打って出るんだ、義母上は。
こんなの断れるはずがないじゃないか。
というわけで背中は義母上に、正面はセリカによる挟み洗いが実行された。
「んしょ、んしょ」
目の前で恥ずかしがりながらも一生懸命に洗うセリカの、ポヨンポヨン揺れながら押し付けられる胸の感触が最高だ。
あと、背中側の義母上の胸も地味にプヨンプヨン当たってる。
だけど変なことには至らず、入浴は無事に終了した。
そんな休日を過ごした二日後、ケルムさんから原因判明の一報が届いた。




