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婿入り先での初交流


 婿入り先でいきなりやらかした。

 いくら妻になる相手が好みドストライクだからって、あれはやらかし以外のなにものでもない。

 屋敷を案内されても、中の様子を気にするどころじゃない。

 前を行くセリカ嬢は真っ赤な顔のまま何度もこっちをチラチラ見てくるし、年配の女性使用人とリーチェさんは温かい笑みを浮かべている。

 あれはセリカ嬢の仕草が微笑ましいのか、それとも俺達の反応を楽しんでるのか、どっちなんだろう。


「さあ、どうぞこちらへ」


 年配の女性使用人が扉を開けて通されたのはリビングのようで、あまり大きくない長テーブルと椅子が三脚置いてある。

 当主であるリーチェさんは上座に座り、俺とセリカ嬢は向かい合うように座らされた。

 立場上こうするのが自然なんだろうけど、今はちょっと正面から向かい合うのが恥ずかしい。

 おそらくは赤くなっているであろう、やたら熱い顔を少し背けつつ俯く。

 視線だけセリカ嬢へ向けると、移動中と同じくこっちを見ては顔を背けてを繰り返している。


「うふふ、初々しい反応ね」


 さっきから浮かべている温かい笑みの理由はそれなのか?

 そしてなんで口調が楽しそうなんだろう。

 とにかく、なんか気まずいからお詫びをしよう。


「先ほどは失礼しました。初対面の相手に、いきなりあのような事を言ってしまって……」

「あら、謝る必要は無いのよ。セリカも嬉しかったでしょう?」

「ひゃいっ!?」


 噛んだ。でもそこがまた可愛い。


「は、はい。社交辞令だとしても、嬉しかったです」


 社交辞令じゃなくて、本音だったんだけど。


「あの、あれは社交辞令じゃなくて、あまりに素敵だったので思わず本音が」


 って、なんで二の轍を踏むかな俺はあぁぁぁぁぁっ!

 思わず本音は、今もやっちゃったじゃないかあぁぁぁぁぁっ!


「へ、へうぅ……」


 ほらまたセリカ嬢が変な声出して、耳まで真っ赤にして俯いちゃった。

 リーチェさんとお茶を用意している年配の女性使用人の表情も、温かい笑みを通り越してニヤニヤ顔だし。


「か、重ね重ね失礼しました」

「い、いえ、そう言ってもらえると、嬉しいです」


 恥ずかしくてこれ以上は顔が見れず、俯いてしまう。

 今俺は、無性に冷たい水を頭から被りたい。


「もう、見てるこっちまで恥ずかしくなっちゃうわ。紅茶でも飲んで、落ち着くといいわ」


 とか言いながら、そのニヤニヤ笑顔はなんですか。

 しかし紅茶か、苦くて渋くてあまり好きじゃないんだよな。

 だからといって断るのは悪いから、年配の女性使用人が淹れてくれた紅茶を飲む。


「あっ、美味しい……」


 王都で飲んでいた物に比べると苦味と渋味が弱く、代わりに柔らかくて心地良い甘みと香りがある。

 紅茶通を自称する某貴族曰く、あの苦味と渋みがいいらしいけど、個人的にはこっちの方がいい。

 その自称紅茶通に勧められた紅茶は、苦味と渋味の強さの割に甘みがほとんど無いし、香りも刺々しかった。

 正直、今まで飲んでいた紅茶は何だったんだ。


「いかがですか?」

「とても美味しいです。王都で飲んでいた物とは、雲泥の差です」

「それは良かった。この領地の数少ない特産品なんです」


 へぇ、この領地にはこんな物があるんだ。

 小さな辺境の領地としか聞いてないし、調べる暇も無く出発したから知らなかった。

 冒険者達も、遠い地だからよく知らないって言ってたし。


「尤も、あまり生産していませんし、売りに出してもあまり売れないんですよね」

「何故ですか?」


 こんなに美味しいのに。


「あまり生産していないのは、ここが辺境の貧しい土地だからです」


 リーチェさん曰く、バーナード士爵家は爵位と領地を授かってからまだ四代目の比較的新しい家で、セリカ嬢の夫になる俺で五代目。

 そのため開拓はそこまで進んでおらず、領内には領主の館があるこの村の他に農村が二つと集落が三つあるだけ。

 おまけに生産力がそこまで高くないから、領民の多くが農作や狩猟や川漁といった、食べるものを得るための仕事をしている。

 だから紅茶のような嗜好品よりも、食べるための作物が優先されており、この紅茶も引退した元農家の老人達が半分趣味で作っているとのこと。


「そういうことでしたか。でも、売れないのは何故でしょう?」

「出入りしている商人の方は気に入ってくださったんですが、購入者からは苦味や渋味や香りが弱くて物足りない、こんな甘い紅茶は飲めないと言われたそうです」


 なにそれ、要はこんなに美味しい紅茶じゃなくて、王都で飲んでいたような苦くて渋くて刺々しい香りの紅茶の方がいいっていうのか?

 そいつらの味覚と嗅覚、おかしいだろ。

 それともあっちを当たり前のように飲んでいるから、この味を正当に評価できないのか?


「勿体ない。俺なら定期購買をしたいくらいです」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。良かったわねセリカ、旦那様はこの地を気に入ってくれそうよ」

「だ、旦那様……」


 紅茶を飲んでいた手を止め、頬に手を当てて恥ずかしがる仕草がまた可愛らしい。

 うん? セリカ嬢の方には何か小さな入れ物が添えられてる。


「セリカさん、そちらはなんですか?」

「え? ああ、これはミルクです。これを入れて飲むと、味がまろやかになるんです。よろしければ、どうぞ」


 せっかく勧められたのなら、お言葉に甘えよう。

 差し出されたミルク入りの容器から少量入れ、年配の女性使用人から差し出された小さな木製のスプーンで軽く混ぜて飲む。


「わっ、本当にまろやかですね」


 そのまま飲んでもいいけど、これもいいな。

 味だけでなく風味もまろやかになって飲みやすい。


「お気に召していただけたようで、何よりです。私はこの飲み方がお気に入りなんです」


 王都の自称紅茶通達は、何かを加えて飲むのは邪道、そのまま味わうのが王道って声を揃えて言っていた。

 その影響で、どこへ行ってもそのままでしか飲んでいなかったけど、何かを加えても美味いじゃないか。


「こうした飲み方もあるんですね」

「他にも黄色くて酸っぱいレマンって果実の果汁を少量とか、砂糖とかハチミツを加えても美味しいですよ」


 加えられる物って、そんなにあるの!?


「是非、それも味わってみたいです」

「では準備させますので、少々お待ちを」

「いえいえ、今すぐでなくていいですから」


 そんな会話をしていると、リーチェさんがクスクス笑いだした。


「やっぱり会話の切っ掛けがあると違うわね。さっきまでの緊張や恥ずかしさでガチガチだった初々しさは、どこに行っちゃったのかしら」


 とても嬉しそうなリーチェさんの発言で、互いに顔を見合わせて赤くなって顔を逸らしてしまう。

 だって、その前のやり取りを思い出してまた恥ずかしくなったから。


「あらあら、せっかく切っ掛けができたのにまた黙っちゃったわね」


 あなたが茶々を入れたからです!

 とは言えずに黙っていると、扉がノックされて中年の女性使用人が現れた。


「リーチェ様、シオン様の荷物の搬入が終わりましたので、冒険者の方々が依頼完了のサインを欲しいと」


 そういえばラッセルさん達は、そこまでが請け負った仕事内容だったっけ。


「分かったわ。ちょっと行ってくるから、二人でお話でもしててちょうだい」


 そう言い残して年配の女性使用人も連れて部屋を出て、セリカ嬢と二人きりになった。

 気を遣って二人きりにしたんだろうけど、正直気まずい。

 どうしよう、紅茶の話の続きをしてまた自然な会話を誘発するか?

 というか、それしか会話のネタが思いつかない。

 よし、いくぞ。


「あ、あの」


 出鼻を挫かれた!

 だけど向こうから話しかけてきたのは、ある意味ラッキーだ。

 ここはこの流れに乗ろう。


「なんでしょうか?」

「えと、あの、紅茶、お好きなんですか?」


 さっき紅茶で話が盛り上がったから、その線で話を切り出してきたか。


「この紅茶を飲むまでは、苦手でした」

「そう、なんですか?」

「ええ。王都で流通している物は、どれも苦くて渋い上に香りも刺々しかったので」


 さっきリーチェさんにも言ったけど、これとは雲泥の差だ。

 仮に王都で飲んでいた紅茶にミルクなり砂糖なりを入れても、苦手なのに変わりなかったと思う。


「これを飲まなければ、苦手なままだったでしょうね」

「そう言ってもらえると、嬉しいです。ですがお母様の言う通り、あまり売れないんですよね」


 がっくり落ち込むセリカ嬢の気持ちも分かる。

 自分達が美味しいと思っていても、それが外部では評価されないんだから。

 だけどそれは、評価する側がおかしい。


「この紅茶に不満を口にした方々は、これの美味しさを分かっていないだけですよ」

「そうなんでしょうか?」

「ええ。あんな苦くて渋くて鼻に刺さる香りがする紅茶の、どこがいいのか俺には分かりません。おまけに何かを加えるのは邪道だと主張して、その影響で淹れたままを飲むのが主流になっているんですよ」


 セリカ嬢が信じられないといった表情を浮かべた。


「それ、本当なんですか?」

「本当です。なのでミルクを加えたこの柔らかい味と風味は、ちょっと大げさですが衝撃的でした」


 何かを加えるのは邪道だって言っている、自称紅茶通達はどんな味覚と嗅覚をしてるんだか。


「ひょっとすると、紅茶自体の悪さのせいで、何かを加えたら余計に味が酷くなったのかもしれませんね」


 なるほど、そういう考え方もできるか。

 だとすると自称紅茶通達の主張は、何も加えない味の方がマシだから、という風にも捉えられるな。


「それかとんでもない物を加えて、何も加えるべきではない、と早とちりをしてるのかもしれませんよ」

「ありえますね」


 笑う表情も仕草も可愛らしい。

 どうしてセリカ嬢は、こうも俺の好みを突いてくるのだろうか。

 お陰で和やかになった雰囲気と会話が楽しくてしょうがない。


「戻ったわ。あら、楽しそうに何の話をしてるの?」

「聞いてくださいお母様。シオン様から聞いたのですが」


 すっかり緊張も恥ずかしさも無くなったセリカ嬢は、さっきまで話していた王都の紅茶事情をリーチェさんに話していく。

 時折内容に少し驚きつつも相槌を打つリーチェさんも楽しそうだ。

 そんな様子にすっかりこっちもリラックスして、母子の語らう様子に思わず微笑んでしまう。


「まあ、ということはこれが売れないのは、味と香りの分からない連中がのさばってるからなのね」

「そうみたいです。ですよね、シオン様」

「まったくもってその通りです。実に勿体ないですよ」


 いつの間にか俺も会話に加わって、話はさらに弾む。

 そうした会話を続けていたら、不意にリーチェさんが手を叩いた。


「さっ、楽しんでるところを悪いけど、私はちょっと片付けなきゃならない仕事があるので、これで失礼するわね。セリカ、シオン君に屋敷を案内してあげて」

「分かりました」


 ふわふわの髪を揺らしながら頷いた際、豊かな胸元も一緒に揺れたけど、凝視しないようにすぐ目を外す。

 そうして退室したリーチェさんに続いて俺達も退室し、セリカ嬢の案内で屋敷を回る。

 改めて見ると、建物自体が古いわりにはやたら清掃が行き届いていて、窓ガラスには曇り一つ無く埃が溜まっているようにも見えない。

 さすがに汚れは多少あるものの、長年の利用で染み込んだ汚れのようだ。

 厨房やトイレや風呂といった設備は、どれも旧式だけどまだまだ十分に使えそうだし、冒険者の人達が荷物を運びこんでくれた俺の部屋もそこそこの大きさがある。

 擦れ違う使用人は年配や中年ばかりで、セリカ嬢によると若い人達は大事な労働力として、女性でも農作業をやっているらしい。

 まあこうした地じゃ、そうなっちゃうのも仕方ないか。


「最後に、こちらが裏庭になります」

「おぉ……」


 俺の知っている屋敷の裏庭っていうのは、大抵花壇があったり小さな木が植えられていたりするものだけど、ここのは何故か大半が耕されて半分が菜園になっていた。


「家庭菜園の趣味でも?」

「いえ、実はその……恥ずかしながら、当家の食料調達の一環として……」


 趣味じゃなくて、純粋に食べるためなんだ。

 説明によると半分を野菜作りに利用して、もう半分は土を休ませているところらしい。

 そうしないと、後々作物作りに影響が出るんだとか。


「変、ですよね。貴族なのに」

「いえ、そんなことはありませんよ」


 貧しい地の領主が貴族のたしなみとしてではなく食料を得る目的で狩猟をしたり、子供に山菜なんかを採取させに行ったり、領民に混じって土に汚れながら開拓作業をしたりする話は珍しくない。

 それを説明したら、そうなんですねと安堵の表情を浮かべた。


「これはどなたが?」

「使用人の方々が中心ですが、私も少し手伝っています」

「セリカさんも?」

「ええ。農作業の大変さを知れば、領民の皆さんがどんな気持ちで暮らしているか、少しは分かると思いまして」


 そう告げるセリカ嬢の手をよく見ると、所々に小さい傷がある。

 農作業どころか水仕事一つしていない俺とは違う、働く大変さを知っている手だと思う。 

 俺の視線に気づいて両手を後ろに回して隠したけど、恥ずかしがることは無いんじゃないかな。


「ご、ごめんなさい、作業のせいでこんな手になってまして」

「気にしないでください」


 隠した手を引っ張り出すとやっぱり細かい傷があって、触れてみるとちょっと硬い。

 でも傷一つ無い柔らかい手の俺より、ずっと誇らしい手に見える。


「領民の事を想って行動した、立派な勲章じゃないですか。俺もここで一緒に暮らす以上、こうした手になれるよう頑張ります」

「はわわわわっ」

「……うん?」


 どうしたんだろう、真っ赤になって手に視線を……あっ。


「ご、ごめんなさい! 急に手を握ったりして!」


 うっかりセリカ嬢の手を握っていることに気づき、慌てて手を離す。

 やっば、顔熱っ!


「いいい、いえ、こんな手を褒めてくださり、ありがとうございます」


 気にしていないようだけど、なんか気まずい。

 こういうときは……勢いでなんとかしよう、うん!

 ちょうど鍬もあるし、ちょっとはかっこいい姿を見せないとな。


「と、とにかく、これからは俺もこの菜園を手伝いますよ。ほら、こうして……ふん!」


 近くに立てかけられていた鍬を手に取り、土を休ませている場所へ振り下ろす。

 って、固っ!? この地面、固っ!?


「あっ、この土地の地面は固いので、耕すのも一苦労なんです。山の土とか、農家の方から肥料を分けてもらって加えているんですが、なかなか柔らかくて農業に適した土にならなくて」


 しかも領内はだいたいそんな感じで、どこの村や集落も農作業は楽じゃないらしい。

 だからといって、勇んで飛び出しながらこれだとかっこ悪いし、何か良い方法はないかな。

 これが地面じゃなくて、ボウルに割った卵や調合中のソースなら、調理魔法の「撹拌」でかき混ぜてなんとかできるんだけどな、こんな風に。


「撹拌」


 半ば冗談半分に、何気なく耕しただけの地面へ向けて「撹拌」を使った。

 すると地面が渦を巻いてかき混ざりだした。


「えっ?」

「はい?」


 思わずセリカ嬢と共に呆気に取られる。

 いやなんで、さも当然のように発動して上手いこと混ざってんの!?


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― 新着の感想 ―
[良い点] ファンタジーが好きってものもあるけれどストーリーも最初のあらすじ見ただけで思って見てみたら実際にも面白くて良い作品だなと思いました。 [一言] 投稿ガンバ
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