計画再開
大雨の影響でエルフの集落が被害を受けてから十数日。
集落を復興させるため、諸々の支援の手配や手続きに奔走する日々を送った。
国への報告も済ませ、集落からの徴税を一時的に免除してほしいという申請も無事に通り、一安心だ。
なお、義母上によるとこの申請が出たら、本当かどうかを抜き打ちかつ極秘で調査しているらしい。
以前にこの制度を利用し、脱税をしていた領主がいたからとかなんとか。
「何時の間にそんな調査を……」
「旅人や冒険者や行商人を装って現地を訪れているとか、住民に溶け込んでいる国の諜報員とか、色々な憶測や噂があるけど定かではないわ」
そりゃあ、調査方法がバレたら極秘にならないからな。
「報告は本当の事だから心配は無用だけど、申請が通るとホッとするわね。お陰で国からの支援金が出るし災害保険も降りるから、復興のための資金繰りも目処がついたわ」
資金繰りがいかに大変なのかは、この十数日でよく理解した。
裕福じゃないから金にそこまでの余裕が無く、下手な増税で住人達の負担を大きくするわけにもいかない。
だから支援金が出るのは本当に助かる。
「それにしても、災害保険なんて制度があったんですね」
「ええ。これに入っていて良かったわ」
災害保険は領地持ちの貴族が自由に入れる国の保険で、税金とは別に一定額の保険料を国へ払っていれば、今回のような自然災害の際に金を出してくれる制度だ。
これが意外と馬鹿にできる金額じゃなくて、資金繰りに苦しむバーナード家の財政も、支払われる保険金のお陰で苦しまずに済むくらいだ。
俺も義母上から後を継いだら、継続して保険料を払い続けよう。
「塞がっていた道は復旧したし、家と備蓄庫と橋はドワーフと蜥蜴人族の協力で再建中。一時避難者達も生活には問題が無いみたいだし、これで一段落ってところね」
背もたれに寄りかかる義母上が体を伸ばす。
そんなことをしたから、セリカ以上の存在感を放つ胸がだゆんと揺れたよ。
全く、娘婿の目をもう少し気にしてほしいもんだ。
「そういう訳だから、シオンには明日から計画の方に戻ってもらうわ。予定が詰まっているから、頑張ってね」
「分かりました」
予定が詰まっている計画、それは即ち……。
*****
「撹拌」
調理魔法の「撹拌」で刻んだ雑草と「発酵」で作った肥料、山の土を畑へ混ぜ込みながら耕していく。
予定が詰まっている計画といえば、これしかないよな。土壌改善計画。
幾分か前倒しで進められていたとはいえ、エルフの集落の一件ですっかり遅れているから、急ピッチで作業を進めている。
だからといって雑にはならず、繊細かつ丁寧な魔力制御で作業をしていく。
「旦那様、その調子です」
調整役を務めるために同行したセリカの応援で、いやがおうにも気合いが入る。
「はぁ~、大したもんだ」
「俺達じゃ一日仕事の耕作作業が、あっという間に終わっちまってる」
「それでいて上等な肥料まで作っちまうんだ。若がお嬢の婿来てくれて良かったぜ」
今回出向いた獣人族と魔族が中心の村で農家をしている人々も、感心した様子で作業を見守っている。
護衛として同行してくれているロットさんとレイさんは、もう見慣れたようで反応が薄い。
「ついでに「発酵」で、酒でも作ってくれねぇかな」
「それは予定にありませんし、そんな暇はありません」
野次馬しにきた酒職人だという魔族の呟きは、セリカによって一蹴された。
悪いがそんな事に魔力と時間を消費している暇があったら、少しでも作業を進めたい。
だって計画が遅れた分、それを取り戻そうとするかのように、新たに組まれた予定が鬼のように厳しいから。
まあ、できてるというか、できちゃっているからいいんだけどね。
「ほい、こっち終了」
「では次は隣の畑ですね。既に持ち主の一家が必要な物は全て撒いてくれたので、すぐに始められますよ」
手際いいね、休憩する間も無いくらいに。
「シオン様、大丈夫?」
「疲れてない?」
まだ歩き方が覚束ない、魔族の男の子と女の子から心配された。
ここで弱音を吐いたら男が廃る。
さすがにちょっと疲れてきたけど、次期領主として強がってみせようじゃないか。
「大丈夫だよ。まだまだ余裕だ」
「「じゃあ、頑張ってね!」」
子供達はそう言い残して立ち去る。子供って……。
幼い子特有の気まぐれかつ気分任せの言動にちょっぴり悲しく思いつつも、隣の畑へ移動して作業に取り掛かる。
だって作業は待ってくれないもの。
「撹拌」
ん、この畑は撒いた水が多いのか、少し土の感触が重い。
魔力をスゥーっと増やして範囲はそのまま、勢いだけをガガガガッて感じに強めて対応だな。
皮肉にも、水を吸った重い土砂から「骨抜き」で倒木を抜いていた経験が生きている。
水を吸った土に対してのアプローチが、前よりも精密かつ繊細になった。
「いいな、この耕し方。俺、調理魔法授かってるから練習してみようかな」
「そりゃいいや。毎回シオン様の手を煩わせるのも悪いし、やってみろよ」
「後でシオン様に、コツを教わりましょうよ」
狐系の獣人族のお姉さん、コツを聞かれても困ります。
それでも説明しろと言われればするけど、訳が分からない感じの表情を浮かべるのが目に見えている。
事実、この畑での作業を終わった後にそうなった。
尋ねてきた人達、目が点になってたよ。
「旦那様は、もっと理論的に魔法を使うべきだと思います」
「そう言われてもなぁ……」
魔法に関しては感覚派だから、理論的にと言われてもどうすればいいのやら。
結局尋ねてきた彼らは、自分達で練習してみるということに落ち着いた。
ちょっと情けないな、反省。
「さあ旦那様、予定が押していますから次に行きますよ」
急かすセリカもかわいとおしい。
最早セリカという存在の全てがかわいとおしい。
「ああ、行こうか」
こうして作業は進められていき、次から次へと肥料を作って畑や田んぼを耕していく。
順調どころか新たな予定すら前倒しになる勢いで作業は進んでいき、僅か三日でこの村での作業は終了した。
屋敷へ帰って義母上に報告したら、前日の報告からこうなるのを予想していたようで特に驚かれることはなく、明日からは蜥蜴人族の集落で作業に当たるよう言われた。
本当ならエルフの集落が先なんだけど、先の件でまだ復興作業中だから最後に回すとのこと。
これは既に先方にも連絡済みで、承諾の返事は貰っているらしい。
「蜥蜴人族の集落へ行くのなら、袖や裾が長い服を着た方がいいですね」
「そうね。その方がいいわね」
セリカの提案に義母上が賛同したけど、理由がさっぱり分からない。
「なんでだ?」
「彼らは湿気が多い土地を好む種族なので沼地に住んでいるのですが、そういう所には血を吸う生物が多いんです」
蜥蜴人族は表皮が丈夫だから刺されないらしいけど、そうでない俺達はそういう生物の格好の的らしい。
蚊くらいならともかく、ダニやノミ、さらには蛭までいるらしい。
そうした生物に噛まれたり刺されたりしたら病気になる場合があるから、袖や裾が長い服装でそれを防ぐのだという。
「湿気の多い場所へ、袖と裾が長い服装で行くのか……」
湿気が多い場所は大抵が暑いのに、そんな服装をしなきゃならないのか。
「蒸し暑いでしょうが、病気になるよりはマシです」
「そうよ。虫に刺されて罹る病気は厄介だから、ちゃんと予防しなさい」
「分かりました」
セリカと義母上の説得に頷く。
となると、作業中は水分補給に気をつけないと。
「さて、仕事の話はここまでにしましょう。早くお風呂に行って、汗を流してらっしゃい」
「はい」
「ひゃ、ひゃい」
風呂の準備をして、そのまま二人で入浴。
それが土壌改善計画の作業を終え、義母上に報告をした後の日課になっている。
一糸まとわぬ姿をもう何度も見ているのに、未だに恥ずかしがるセリカをかわいとおしく思いながら浴場へ向かい、「注水」と「加熱」で風呂の準備をする。
その間にセリカは一度部屋へ戻り、大きめの手拭いと着替えの準備をする。
夫婦になったから湯浴み着なんて野暮な物は不要、勿論体に布を巻いて隠すなんてこともしない。
「お待たせ、しました」
「ん。こっちの準備も終わってるぞ」
風呂の準備を整え、やや緊張気味のセリカを脱衣所で迎える。
そんでもって汗を吸った衣服は脱ぎ、洗濯に回す用の籠に入れておく。
こっちを気にしているセリカは胸を揺らしながら服を脱ぐと、自分のを籠に入れて俺の衣服を取り出し、顔を埋める。
「すんすん……ふあぁぁ……」
下着姿のセリカが汗を吸った俺の服の匂いを嗅いで、恍惚な表情を浮かべて悦に浸っている。
この前、俺の汗の匂いを嗅いでいるとぶっちゃけてから、セリカはこの行動を隠さなくなった。
ぶっちゃける前は洗濯前にこっそり嗅いでいたそうだけど、ぶっちゃけてからはこうして脱ぎたてを嗅ぐようになった。
だからといってセリカを嫌ったり、軽蔑したりはしない。
人の趣味はそれぞれだし、それを強要しない限りは何も言うつもりは無い。
そもそも、この程度のことで俺がセリカを嫌いになるはずがない!
これだけは断言できる。
「先に入ってるぞ」
「あっ、はい。私もすぐに行きます」
俺の衣服に顔を埋めて匂いを嗅ぐセリカに背を向け、一足先に浴場へ。
桶でお湯を掬って体を流している間に、手拭いで前だけ隠したセリカも浴場へ入ってきた。
うん、いつもながら実に良い。
隠していても隠しけれない存在感を主張して揺れる胸。
纏められてもふわふわの髪。
ムッチリとした色気のある肉感的な体つき。
どれも実に最高で眼福で、なにより恥じらう様子が可愛くて愛おしい、かわいとおしくて溜まらない。
だからといって欲情に身を任せて行為に至ることはなく、互いに体を流し合い、セリカが背を向ける形で一緒に入浴しながら色々と喋って風呂から上がった。
洗い合った際に、お互い色々と触れたのはご愛敬だ。
「あら、もう上がっちゃったの。仕事が終わったから、突入しようと思ってたのに」
「お母様!? 何を言ってるんですか!」
二人の時間を邪魔されずに助かったような、ちょっと惜しかったような、そんな複雑な心境を抱かせる義母上は何を思って突入しようとしたのやら。
そんないつも通りに戻った日常を過ごした翌日、いつも通りセリカと馬に同乗して蜥蜴人族の集落へ向かう。
ただし今日はいつもと違い、セリカが前に座って馬を操り、俺が後ろでセリカの腰に手を回している。
なんでも、いつも手綱を握らせて悪いからとのこと。
別に気にしないけど、たまにはいいかと思って手綱を任せ、せっかくの機会だから背中に引っ付かせてもらっている。
こっちを振り向いた際、セリカの表情が照れていてかわいとおしい。
「話には聞いていましたが、本当に仲がよろしいですね」
そう告げたのは今回の護衛を務めてくれる、蜥蜴人族の女性狩人ルガーナさん。
蒸し暑い場所だと鎧姿のロットさんが倒れかねないから、新たに護衛として手配された人だ。
わざわざ護衛のために集落から来てくれた彼女は槍と弓の名手で、女性ながら集落一の狩人とのこと。
「そりゃそうだ。こんなに素敵な妻を貰ったのに、愛でない手は無いだろう」
「へ、へうぅ……」
何度言っても照れて恥ずかしがるその新鮮な反応、実にいいです。
「大事にしてくれる旦那様で良かったですね。私には、いつそんな相手ができることやら……」
ひょっとしてルガーナさん、強い女性あるあるに陥っている?
なまじ強くて名声は得ているものの、それゆえに婚期を逃す冒険者や騎士が多いって聞いたことがある。
彼女も集落一の狩人だから、そうなっちゃっているのかな。
「だ、大丈夫ですよ。きっといつか、良い相手と巡り会えますって」
セリカ、この手の人にその励まし方はアウトだ。
「そのいつかはいつなんですかっ! 今日ですか、明日ですか、来月ですか、来年ですか!」
ほら見ろ。婚期を気にしている人にとって、いつかじゃなくて今この瞬間も勝負なんだ。
だからいつか、なんて言っちゃ駄目なんだ。
「あ、あうぅぅ……」
困った表情で助けを求められても、どうすればいいのか分からない。
そっとしておいてあげるしか対策が浮かばず、黙って首を横に振った。
それからしばらくルガーナさんは出会いについて叫び続け、ようやく治まった頃にはだいぶ集落に近づいていた。
「……蒸すな」
「蒸しますね」
集落へ近づくにつれて湿度が上がり、蒸し暑くなってきた。
だけど吸血生物に刺されたり噛まれたりしないよう、長い袖や裾を捲れないから我慢だ。
「私達、蜥蜴人族にとっては快適なんですけどね」
そりゃこういう場所を選んで住んでるんだから、快適だろうよ。
「こういう湿度の高い場所でも、作物が育つのか?」
「ええ、育ちますよ。種類は少ないですが、栽培可能な野菜はあります。尤も、蜥蜴人族は野菜や魚よりも肉や卵を好むので、作物の大半は他の村や集落や行商人との取引に使っています」
自分達で食べるよりも、他所との取引をして金や物を得ているのか。
そういうやり方も有りと言えば有りだな。
とかなんとか感心しているうちに、蜥蜴人族の集落へ到着。
長と挨拶を交わしたら農作地へ移動して、これまで同様に「発酵」で肥料を作って枯れ草を「みじん切り」で細かくしたら水と一緒に撒いてもらい、「撹拌」で土とかき混ぜる。
湿気が多い土地柄か土が少し重いから、威力と勢いを少しばかりギュワッとして強化。
うん、良い感じになった。
「ほう、思ったより広い範囲を耕せるんだな。しかも速い」
「ちっとばかり不安だったが、あれなら大丈夫そうだな」
「あっちの方の田んぼもやってもらえるのよね? あっちの作業は大変だから、助かるわ」
なにやら作業が大変な田んぼがあるようだ。
だけど手作業では大変でも、魔法ならそう難しくはないはず。
そう思っていたんだけど、その作業が大変だという田んぼは普通の田んぼじゃなかった。
「……なんだこれ?」
目の前に広がっているのは、水を引いていない点を除いても、およそ田んぼとは呼べない沼のような場所。
しかもこれまでに見て来た田んぼより、深く掘り下がっている。
これが本当に田んぼなのか?
「これは土じゃなくて泥? あの、これは本当に田んぼなんですか?」
「はい、田んぼです」
セリカの問い掛けに、持ち主だという中年の蜥蜴人族の男が頷き肯定する。
「こちらはレンコン専用の田んぼなんです。レンコンは普通より水深を深くした、泥のような土の中で育てるのですよ」
レンコンって、あの穴の開いた野菜か。
てっきりニンジンやなんかと同じで土の中で育てるのかと思っていたけど、泥の中で育てるのか。
「どうでしょう? こちらは出来ますか?」
「とりあえずやってみる」
心配そうなルガーナさんにそう返し、これまで通りに枯れ草と肥料を撒いてもらったら「撹拌」でかき混ぜる。
むっ、だいぶ重いな。でもこの重さなら問題無い。
追加の魔力はギュオで勢いをゴゴゴッって感じに強化して、逆にしっかりかき混ぜるため速度はススッと落とそう。
「おおっ、上手くかき混ざっていますな」
「さすが旦那様です」
セリカからのさすだん、いただきました。本日もありがとうございます。
「レンコン用の田んぼは他にもありますから、この調子でお願いします」
「ああ、分かった」
とはいえ、泥が重いからちょっと魔力の消費が大きいかな?
まあこれくらいなら平気か。
消費魔力を計算しながら微調整して可能な限り魔力を節約し、作業は進んでいく。
やがて今日の分を想定より少し前倒しして終わったら、ようやく帰路へ着く。
疲れは平気だけど、蒸し暑くて肌がベタベタだ。
「あうぅ……。服が張り付いてなんか気持ち悪いです……」
行き同様に前に座るセリカが呟く。
確かに気持ち悪い。でもしっとりと肌に服が張り付くセリカの姿は、案外悪くない。
これで、これで汗によって服が透けていればとは思うものの、そんなセリカの姿を他の人に見せたくないから、これはこれで良かったのかもしれない。
「帰ったらしっかり汗を流そうな」
「はい」
「夫婦でお風呂……羨ましい。そんな相手が欲しい……」
ルガーナさん、頑張ってください。
いつかきっと良い人が見つかるはずです。たぶん、おそらくは。
そうこうしているうちに村が見えてきた。
日はだいぶ傾いてるけど、日が落ちる前には屋敷へ戻れそうだ。
そう思っていたら、村へ出入りする門の前に義母上と村長がいるのが見えた。
「お母様がいます。何かあったんでしょうか?」
「こっちへ使いを出していないから、急用じゃないとは思う」
本当に何かあったのなら、誰かを寄越してすぐに戻らせるはず。
ということは、そこまでではないけどすぐに伝えたい事が発生したんだろう。
向こうもこっちに気づいたようで、大きく手を振っている。
義母上は手だけでなく、胸もポヨンポヨン揺れている。
「義母上、何かあったんですか?」
合流してすぐに尋ねると、義母上は微妙な表情を浮かべていた。
「それがね、ちょっと見てもらいたいものがあるのよ」
「見てもらいたいもの?」
「ええ。セリカも一緒でいいから、こっちへ来て」
歩き出した義母上と村長に、なんだろうと思いつつも馬を降り、手綱を引いて後に続く。
やがて到着したのは村の畑だった。
「はぁっ!? なんだこりゃ!?」
そこには、小さな実を付けたり花が咲いた作物によって畑一面が覆われていた。
この村の土壌改善をしてから、まだそれほど月日は経っていない。
さすがにこんな短期間で作物が育ちきるはずがないのは、農業に素人な俺でも分かる。
「えぇぇぇぇっ!? どういうことなんですかっ!?」
「見ての通りよ。例年どころか通常を遥かに越える早さで、作物が育っているのよ」
驚くセリカの問い掛けに、義母上は頭が痛そうに返した。
いや、だからなんでっ!?




